35. 八つ当たり
「なんでこれでもダメージ与えられないのよ!」
数分後、最大威力で俺をぶっ飛ばしたにも関わらず、ビスタは怒りが収まるどころかさらに激昂していた。
「まあまあまあ、間違いなく鉄塊をぶちのめすくらいの威力はありましたよ。すごいですよ、この武器。ねえ?」
「ああ、その鞭をあそこまで使いこなせる嬢ちゃんの腕も良かったぞい」
「そうそうそうそう! この薔薇のデザインなんて綺麗なお姉さんにピッタリだし、いいと思うんだけどなぁ!」
種族も年も違う男三人が、揃って女一人を宥めるように褒めちぎる。なんというか、虚しい光景だ。
だが、皆嘘はついていない。実際あの鞭の威力はかなりのものだったし、それを一発で使いこなす彼女の腕には舌を巻くものがあるし、なにより深紅の鞭を構える姿は様になっている。
なのに彼女はまだ納得していない。他の誰でもなくこの俺をじっと見て、こんなことを聞いてきた。
「カルラ君、この鞭ほんとに私に似合ってる?」
「ええ、似合ってます」
「ほんとのほんとにほんと?」
「ほんとのほんとにほんとです」
俺は目をそらすことなく答え、そこまで言われてやっと彼女に決心がついたようだ。それを確認した俺は、気がつかれないようにホッと息をついて会計した。
「お代は1万ビスでいいよ」
「安すぎません?」
俺はその値段に驚いた。
ここらへんの地域はビスという通貨で売買取引され、一般家庭の平均月収が20万ビスと言われている。
ちなみに今日の昼食代が全員分合わせて2000ビス、宿泊代が6000ビスだ。
そんな中でこれほどの鞭が1万ビスというのは、流石になにか裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。
「ああ、兄ちゃん噂の銀精剣だろ? その鞭使ってウチを宣伝してくれればいいさ」
「は、はぁ……」
それから何度も抗議したが、結局丸め込まれてしまった。
まあ、安く買えるならそれに越したこともない。ついでに防具のほうもいくつか買わせて頂こう。
数分後、買ったものを全て亜空間にしまって俺達は店を後にした。これで今日やることは折り返しに入った。
あの二人のことは少し気のかかるところはあるが、俺達には俺達のやるべきことがある。わざわざ構っている時間などない。
俺達はそのまま闇市を出た。
「で? これからどうするの?」
「これからギルドに向かって、貴方に冒険者登録をしてもらいます」
そう、またダンジョンの中に入ると分かった今、彼女にも冒険者になってもらう必要がある。幸いこの街じゃ大した手続きも必要なくライセンスを取得できる。
俺達は足早にギルドへ向かった。
ギルドの建物に入ると、そこには多くの冒険者達がいた。
「お、おい! 銀精剣だぞ!」
「ほんとだ! 横にいるのは仲間か!? あいつずっとソロだったのに!」
「めっちゃかわいくね? あいつら付き合ってんのかなぁ……」
人が入るなり、有象無象の雑魚共はそんなことを呟いている。まったく、これだから目立つのは嫌なんだ。
そんな歓迎を受けて、いつものことだと思いつつも俺は思わず溜息をついた。だが、俺と違ってロロは少し嬉しそうだ。
「この感じ私は嫌いじゃないけどなぁ~」
そりゃおまえは実際渦中にはいないからそんなことが言えるんだ。変われるもんなら変わりたいよ。
そんなことを思いつつ、俺はビスタを案内した。こんな風に見られるのははじめてだろうに、彼女は堂々としている。こういうところは流石と言うべきか。
「あそこが受付です。すぐ終わると思うので行ってきてください」
「わかったわ」
周りから羨望の眼差しを向けられながら歩く姿は、まるで大女優が舞台の上を歩くよう。これははじめから分かっていたことだが、俺は彼女の美しさを改めて認識した。
待っている間、俺は掲示板に貼られていた依頼書に目を通して時間を潰していた。
依頼の内容は、お使いや魔物討伐、素材の納品など様々だ。
ちなみに、こういった依頼をこなしていくのも冒険者の仕事の一つだ。
俺達もただダンジョンに潜っていくだけではやはり生計が成り立たないので、まさに依頼主と冒険者の需要が合致した優れたシステムだと言えるだろう。
「なにか受けてくの?」
こちらの顔を覗き込みながらロロが訪ねてくる。
「そうですね、これからは食費や宿泊費も単純計算で二倍になりますから、ここら辺で稼ぎたいところではありますね」
しばらく依頼書を吟味して、同時にこなせそうなものを幾つか選んで取ろうとした。
だが、それを取ろうとしたときに後から威圧的な声が聞こえてきた。
「オイオイオイオーイ! 銀精剣よ、そりゃ俺が受けようとした依頼だ。横取りすんなや」
声の正体は柄の悪い冒険者だった。今までの経験からして、彼も俺のことを狙っている連中だろう。
「はい? 依頼を受けるのに横取りもなにもないと思いますが?」
「ごちゃごちゃうるせえな、とりあえず面貸せ」
突然訪れた修羅場に、当然周りはざわつきだす。しかしビスタの方を見てみれば、彼女は手続きに集中していてこちらには気がついていないようだ。どうやら少し手こずっているらしい、こりゃ後10分はかかるだろうか。
待つ間暇なので、俺は男の誘いを甘んじて受けた。
「いいですよ、外に出ましょうか」
「カルラほんとよく喧嘩売られるよね~」
ぶっちゃけ俺もロロもこういうことに慣れすぎていて今更緊張感なんて持てやしなかった。
男に着いていって外に出ると、やはりと言うべきか数人程の武装集団が待ち構えていた。
「なあおい銀精剣? おれぁ正直お前のこと気に食わねぇんだわ、最低ランクのくせにスカした態度とりやがって、おまけにあの横にいた女はなんだ? 見せつけてるつもりか?」
男の言っていることは意味がわからなかった。俺自身、まったく心当たりがない。
「御託はいいからさっさと始めましょうよ。時間がもったいないです」
気づけば俺はさっきのビスタと似たようなことを口にしていた。なんだかんだ、俺達は似た者同士なのかもしれない。
「ああそうかい! ならはじめようか!」
きっと自分の問いかけにまともに答えなかったことが男は気に入らなかったのだろう。さらに苛ついて襲いかかってきた。
しかし、いざ戦いがはじまったというのに、自分でもどういうわけか分からないが、俺は走馬灯のように今日一日のできごとを思い返していた。
───そういえば、今日一日色々あった。
ビスタに怒られてしばかれて振り回されて、正直言って散々な一日だ。
「な!こいつやっぱかてぇ!?」
───どいつもこいつも弱いくせに人の邪魔ばっかしやがって、そもそもなんで俺が女の機嫌なんざ取らないといけないんだ。
守るとは言ったが、それとこれとは話が別だろう。
元はと言えばお前らが足を止めるから彼女が苛つき出したんだ。
「怯むな!ドンドンいけぇ!」
───ああもう、ほんとにうるさいな。命令だけしてるお前はなんなんだよ。
「攻めろ攻めろ!」
───人が大人しくしていたら、負けても殺されはしないからって次々挑みかかって来やがって。
───どうせ、今日も遊び半分で喧嘩を売ってきたんだろ。
───だが残念だな。
今日の俺は、腹の虫の居所が悪い。
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!!」
「うるさい」
最後の一人のを殴るとソイツはぐったり気を失ってしまった。
気がついて辺りを見回してみると、辺りには逃げ出すこともかなわない程にボロボロになった男達が横たわっていて、軽く観衆が集まっていた。
まったく、これから先もこんな感じだと思うと、改めて辟易してくる。
金もさらに必要になってくるというのに、これじゃオチオチ依頼も受けられない。
「あ、そうだ」
「どうしたのカルラ?」
「いや、良いこと思いついたんですよ。ほら、私ってよく挑まれるじゃないですか」
「うん」
「こんなに挑まれ続けるのって、こっちの対処が問題だったんじゃないかって」
「というと?」
「つまり挑む側にリスクが無さすぎるんですよ。ろくにケガすることもないし、負けても損がないんです。ローリスクハイリターンってやつですね」
「ほうほう」
「だから、今回からはこうすることにします」
そう言って、俺は横たわる男の一人の懐を探った。
「な、なにしてるんだテメエ……」
気を失っていたと思っていた男は、辛うじて意識を保っていたようで。俺の行動について質問してくる。
「なにって、お金を探してるんですよ。ペナルティとして頂こうと思って」
「なっ……! ふざける……」
ふざけるな、そう言おうとしたのだろうが、俺が彼の顔を踏みつけることによってそれは阻止される。
「ふざけるな? ふざけてるのはどっちですか、喧嘩売るだけ売っといて、負けても何も取られない。そんな甘ったれた理屈が通ると思ってる方が間違いでしょう」
そうして俺はチャリンと音のする布袋を取り出した。はした金だが、ここにいる全員分集めればそれなりの額にはなるだろう。
観衆からは、ひどい、鬼だなんて声が聞こえてくるが、睨みつければすぐに大人しくなる。俺は構わず作業を続けた。
途中逃げ出そうとしたやつもいたが、もちろんそうはさせない。木刀を取り出して呪いを打ち込み、金縛りで動けなくなったのを確認してゆっくり探らせてもらった。
そうして俺は全員分の布袋を掲げ、声を大にして宣言した。
「ということで! 今日から私に挑む人は、負ければ持ち金を全て渡すことになります! 挑戦される際はご注意下さい!」
リアクションは返ってこない。だが問題はない。どうせ明日にはこの話は噂になってリデリア中に広まっていることだろう、こいつらはそういう奴らだ。
ちなみにこれは犯罪行為にはならない。そもそもこの世界では決闘の後には負けたやつが何かを差し出すのが当たり前のことなのだ。
俺は気にすることなく布袋を亜空間にしまってギルドに戻った。
ギルドに戻れば、ちょうどビスタが手続きを済ませたようだった。指輪の範囲が心配だったが、どうやら滞りなく出来たようだ。
「カルラ君なにかあったの?」
「いいえなにも」
いつの間にか日中抱えていたストレスは、どこかへ消えてしまっていた。きっと彼らとの戦いがストレス発散になってくれたお蔭だろう。
ゆとりがあるって素晴らしい。
そう思えた午後のことだった。
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