34. 深紅の鞭
「こ、ここです……」
少年が指差した店は、思っていたよりもすぐに着いてしまった。そこは相も変わらず闇市区の中、先程よりもさらに奥へと進んだ場所だった。
「なにしてるの? さっさとドア開けてよ」
爆発した彼女の怒りの矛先は、いよいよ俺の方へと向いてきた。俺はもう何も言わず先に回ってドアを開けた。眷属として順調に調教されていってる気がする。
「なんじゃ? お客さんか?」
店に入ってみると、そこにいたのは店主らしきヨボヨボのドワーフだった。当たり前だが何も知らない彼はビスタを前にしても平然としている。
「うん、この女の人が鞭欲しいんだって……」
「お~、そうかそうか。お嬢さんはどういった鞭をご所望なのかな?」
「鉄の塊をぶちのめせるような物が欲しいわ」
これまた露骨な殺意が籠った注文だ。だが、いくらなんでもそんな鞭があるわけ……
「あるぞい」
「あるんですか!?」
「ちょっと待ってなさい、すぐ持ってくるから…… よっこい、あいたたたた」
ドワーフは立ち上がろうとしたが、どうやら腰を痛めているらしく、悲鳴を上げてうずくまってしまった。
「じいちゃん!」
少年はそれを見て素早く駆け寄った。しかし今のじいちゃんという発言は少し気になる。純粋な人間の少年と、ドワーフの老人が血縁関係にあるようには見えないが……
「じいちゃんはそこで待ってて、俺が持ってくるから」
しかし、ドワーフをいたわる少年の様子は、まさに孫そのもの。これもやはり何かわけありだと言うことか。
そうして少年は店の奥へと姿を消して、俺達三人だけが取り残された。
「お二人はライアンの友達か何かかい?」
ライアンというのは恐らくあの少年の名前なのだろう。襲ってきた男の一人もそう呼んでいたから分かる。
「いえ、たまたまそこで知り合って、この店を教えてくれたんです」
「そうかい」
ビスタが余計なことを言わないうちに俺が答え、そこでこの会話は終了。無言の間が耐えられなかったので、俺は店の中に飾ってあった武器を眺めていた。
「いい剣ですね。素材は平凡ですが、加工の技術が素晴らしい」
「お、わかるかね。それはワシの自信作だよ」
他の剣を見ても、その仕上がりは極めて高水準なもの、かつ比較的安価なものだった。素材を技術でカバーして、高性能ながらも価格を抑えているというわけか。素晴らしい考え方だ。
だが、これほどの店がなぜこんな薄暗い闇市に構えているのか分からない。ここなら大通りに出店しても十分やっていけそうなもんだが……
「ところで、君は変わった格好をしているね。よかったらそのインナースーツを少し見せてくれないか?」
ドワーフは何を思ったのか、突然そんなことを言い出した。特に断る理由もないので俺は近づいて見せてやった。
「おおこれは、見たこともない素材だ。伸縮性、肌触りはインナーとしてのレベルを保っているのに、剛性もかなり高い。……鑑定してもいいかい?」
「どうぞ」
鑑定というのは一部の職業が持っているスキルのことだ。俺も詳しくは知らないが、装備やアイテムの性能や情報が一目で分かるらしい。
「おお、こりゃたまげた。耐久性が2000、しかも魔法無効効果がついている。いったいこの服をどこで?」
きっとドワーフは職人としての探求心からそんなことを聞いているのだろう。決して他意がないことは俺にも分かるが、残念ながらこのインナーについて語ることは出来ない。
「すみません、これは特注品で、仕入れ先を教えたりすることは出来ないんですよ……」
「ああ、そうなのかい。残念じゃのお」
「ま、まさか自分の髪で出来ているなんて他人に言えないよねぇ~」
俺以外誰も聞いていないのを良いことに、ロロがそんなことをぼやいた。だが、それらは全て事実だ。
修行期間中にとある錬金術師に作らせた、いや、勝手に作られたのだが。実はこのインナースーツ、俺の髪を素材にしているのだ。
ことの経緯はこうだ。
ある日俺がいつも通り修行していると、師匠の知人とかいう錬金術師が遊びにきた。
ソイツはドワーフと同じく鑑定スキルを持っているそうで、俺を見るなりその特異なステータスに大興奮。
特に目をつけたのが髪で、髪を切るときは自分を呼んでくれと言って、以来俺の髪を数年かけて集め続けた。
ゴミを回収してくれるからなんでもいいやと呑気にしていたら、ある日ソイツは俺のもとに一着のインナーを持ってきた。
ぜひ着てみてくれと言われたので試着してみたら、肌触りはいいわ、通気性いいわ、軽いわ動きは阻害しないわ、おまけに魔法で凍ったり燃えたりしないわでまさに俺の求める理想の服だった。
俺の髪で出来ていると知ったのは、既にこの服の虜になった後のこと。
今でも性能に不満はないが、よくよく考えてみれば自分の髪で出来た服を着ているなんて変人扱いされるに決まっているので、俺はこの服については決して口外しないようにしている。
「じいちゃん! 持ってきたよ!」
と、ちょうどいいタイミングでライアン少年は帰って来た。手には大きな木箱が抱えられている。
「おお、ご苦労さん。お客さん達に見せてやってくれ」
ドワーフの指示を受けて、ライアンはこちらまで運んで箱を開けてみせた。
中に入っていたのは薔薇の意匠が施された深紅の鞭で、芸術品と言っても差し支えないほどに華やかな見た目をしている。
だが、俺達にとって見た目は重要じゃない。ビスタはそれを手に取るなり、不敵な笑みを浮かべ、ギラリと目を光らせて俺の方を見た。
が、ちょうどその時、玄関の扉が乱暴に開かれた。客かと思ったが、どうやら違うらしい。
「おい! 俺達の仲間をやった女はここにいるか!?」
どうやら先程のゴロツキ達の仲間らしい。察するに報復にやってきたと言ったところか。
しかしなんというバットタイミング。確か彼女は二度と顔を見せるなと言ったはずだが……
不安になってふとビスタのほうを見てみれば、やはり彼女の周りに底知れぬ怒りのオーラが満ちている。
このままでは死人が出ると判断した俺は、すぐさま飛び蹴りで男達を蹴散らした。
「あっ」
ライアンとドワーフはあまりの展開についていけずにいる。
「あれ? なんで玄関が開いているんですかね~、誰か来ましたっけ~? 来てませんよね~? 」
俺は目で二人に合図した。ライアンはすぐさま察して俺に合わせた。
「う、うんうん! 来てない来てない!」
「いや、今君が追い出し……」
だが、状況を理解出来ていないドワーフだけは空気も読まずそんなことを言おうとした。もちろん最後まで言わせはしない。
「あ、そうだビスタ! 早速試してみましょうよ! 」
「そうそうそう! 外で、外でね!」
そうして俺達は店の外に出た。
お互いに程よい距離をとって、ビスタは勢いをつけるために風切り音を奏でながら鞭を振り回し、何故か俺ではなく廃屋となった小屋の一つに攻撃した。
けたたましい音と共にあっけなく崩れる廃屋。誰がどう見ても人に当てていい威力じゃなかった。
「あら、ごめんなさい、つい力んで手が滑ってしまったわ。まあ、誰でも住んでないしいいわよね?」
いったい何がいいのか突っ込みたくもなるが。俺達は皆スルーした。だってあの廃屋のようになりたくはないから。
彼女は俺の方へ向き直し、俺はその一撃が来るのを今か今かと待ち構える。しかし中々その時は来ない。
それでもしばらく待っていると、彼女が何かを思いついたかのようにこんなことを言ってきた。
「あ、カルラ君、精霊術使って?」
俺はその言葉を聞いて少しその意味を考え、安堵の息を漏らした。
なんだ、この子にも慈悲というものがあったのか、そうか、そうだよな。仮にも俺達は仲間同士、いくらなんでも家を壊すような威力をそのままぶつけてくるわけないよな。そう思った。
そしてお言葉に甘えて防御力を高めるため、《吽壌邏》の精霊符を取り出しすが、俺が詠唱しようとしたときに、屈託のない笑顔で彼女は衝撃の一言を放った。
「違う違う、そっちじゃなくて、くりしゅな?とかいう方よ、攻撃力マシマシでお願いね?」
俺はその時は思った。化け物とは底知れぬ悪意と執念を持ったものこそがそう呼ばれるに相応しいと……
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