33. 魔王の娘は怒ると恐い
「世知辛いねぇ」
「二度も三度も言わなくていいんですよ。晩飯抜きますよ」
ロロの阿呆が煽るように連呼する。それも店を出る度にだ。
そう、俺達はあれから既に数軒回っているが、未だに鞭の一つも買えずにいた。それはこの街の物価が基本的に高いせいなのもあるが、中々彼女の求めるレベルの代物が出てこないのだ。
途中の店でオーダメイドを提案されたが、俺達にはそんな金も時間もない。かといって妥協して低品質なものを買う気にもならない。
「ねえ、他に店はないの?」
ビスタは俺が挑発したせいで一泡ふかせないと気が済まないといった様子だ。こりゃ相当に気が立っているな。
「めぼしいところは全部見てしまいましたね、いったいどうしたものか……」
自分でけしかけといてなんだが、機嫌の悪いビスタはめちゃくちゃ怖い。
居心地悪く感じた俺は、用を足すとビスタに告げて公衆トイレに駆け込んだ。
世の男も女性と一緒にいるときはこうやってトイレで一旦落ち着いたりしてるのだろうか。
ただの買い物でもこうなるんだから、デートなんてもっと大変なんだろうな……
そんなことを考えていたら、いきなり後ろから子供が話しかけてきた。
「もしやそこのお兄さん、質のいい鞭を探しているのかい?」
後ろを振り向いて姿を確認すると、その少年は俺より年下の人間で、この街の雰囲気には然程似つかわしくない格好をしていた。身に纏っているローブはボロボロで、髪や肌は重油のようなもので黒く薄汚れている。
普段ならこういう包食は相手にしないが、今の俺には相手を選んでいられる程の余裕はなかった。
「探してますよ。君は良い店知ってますか?」
「ああ、知っているとも。安くて良質なものを取り揃えている店をね」
少年は自信有り気に笑った。その笑みが本物かどうかを見極める能力は俺にはないが、この際そんなことはどうでもいい。
俺は藁にもすがる想いでその店へ案内してもらうよう頼んだ。
そうしてビスタとも合流して、俺達は少年の後を着いていく。道中声をかけてもビスタが一言も喋ってくれないのが本当に怖い。
「あれ? ここってもしかして」
「ああ、伝え忘れてたけど、店はこの先にあるんだ」
俺がそう確認したのには理由があった。
錆びた看板が入口に構えられた、日中だというのに薄暗いアーケード。繁華街からも冒険者区からも離れた場所にあるここは、俗に言う闇市区だったからだ。
少年は気にすることもなく平然と奥へ進んでいく。まるで嫌なら来なくていいとでも言いたげな様子だ。
ここまでにしようとも思ったが、ここで引き返してはビスタに何を言われるか分からない。
現に後方から漂う威圧感は今にも俺を喰いそうな勢いだ。俺は覚悟を決めてそのまま老人の後を追ってアーケードの中へ入っていった。
アーケードの中はなんというか想像通りの場所だった。酔っぱらいかジャンキーかよく分からないおっさんが路地の片隅で転がっているし、露店商は怪しげなアクセサリーを通行客に売りつけようと勤しんでいる。
奥の方からは博打でもしているのか、くそがと喚く声が響いている。
「本当にこんなところに武具屋が?」
「もうすぐ着くさ。ほら、この路地を曲がったところだ」
そう言って少年はひょいっと曲がり角の向こうへ消えてしまった。見失ってはならないと足早に追いかけると、そこは店なんて一つもないただの行き止まりだった。
「これはいったい?」
立ち尽くす少年に俺は訊ねた。少年はこちらから目を逸らして何も言わない。詰め寄って問いただそうとしたが、後方からの気配を感じてそれはしなかった。
「おぉライアン、ちゃんと連れてきたんだな」
後ろから頭の悪そうな声がしたと思って振り向けば、そこには武器を持った男達が10人ほど逃げ場を塞ぐように並んでいた。
「は、はい! 言われたとおり銀精剣を連れてきました! あ、あの、これで支払いの期限延ばしてくれるんですよね!?」
怯えた声音で少年は男の一人に問いかけた。つまりはそういうことなのだろう。俺もろくに15年生きていないので今ので色々察してしまう。
「おー、そうだな、まあその話はまた後でしようや。とりあえず、銀精剣の経験値を頂くぜ! 野郎共!やっちまえ!」
リーダーらしき男の号令とともにゴロツキ共はこちらへ雪崩れ込んでくる。迎え撃とうとした俺を遮るように、ビスタがゴロツキ共の前に立ちはだかった。
「ねえカルラ君、コイツら私に任せてくれない? いいわよね?」
「え、でも、彼らは私目当て……」
「い い わ よ ね ?」
「あ、はい」
あまりの迫力に気圧されてしまった。残念だが、ああなっては誰にも止められない。ゴロツキよ可愛そうに、せめて彼女の憂さ晴らしに付き合ってくれ……
「邪魔だ邪魔だァ!」
「邪魔はおまえだ」
冷たい声と共に放たれた閃光は、それはもう見事にゴロツキ共を吹き飛ばした。
どうやら最低限の加減はしているようで、身は焦げているが死んではいない。
だが、ビスタの気はこれでは収まらなかったようだ。彼女はゴロツキの一人の胸ぐらを掴んで持ち上げ、次のように言い放った。
「どこの世界にもクズっているものね。私、貴方達みたいな人の足を引っ張ることしか出来ないクズが大嫌いなのよ」
突然のカミングアウトを前に、男はまるで意味が分からないといった様子でポカンと口を開けている。
それは彼に限ったことではない、俺を含めたここにいる全員が、同じように目を丸くして同じ事を思っているだろう。
「何を言っているのか分からないかしら? なら、分かりやすいように教えてあげるわ。私達ここまでくるのに一時間は経っているのよ。わかる? 一時間よ、一時間。私の貴重な一時間が、貴方達ゴミクズのせいで無駄になったの」
「ご、ごめんなしゃい……」
「誰が謝れって言った!?おまえごときの謝罪で時間が帰ってくるのか!?!?!? 自惚れるのも大概にしろ!!!」
「は、はぃぃぃぃ!!!!」
「ああ、その怯えた顔もいかにも負け犬、社会の底辺って感じでムカツクわ。もういい、よく考えればクズと関わるこの時間も無駄そのものだわ。さっさと失せろ、次顔を見せたら塵一つ残さず消し飛ばすから」
そう言って男を投げ飛ばして、ソイツは一目散に逃げていった。他の奴等も後に続くが、数人気を失ってしまっているようで、ピクリとも動きはしなかった。
「寝てんじゃないわよ、クソがッ!!!」
だが、そんな彼らすらもビスタは許しはしない。悪態をつきながら爪先で脇腹を蹴り上げて、無理矢理叩き起こしてまた投げ飛ばした。
なんだろう、こんな感じの輩に凄く見覚えがある。
「さて、と……」
そうして全員が見えなくなって、彼女はこちらを振り向いた。少年はヒィッ、とビビり、なぜか俺も同じリアクションをとっていた。
そんな俺達を蔑むように見下して、彼女は不自然な笑みを浮かべながら少年に話しかけた。
「ねえ僕、私見た目じゃ分からないかもしれないけど、今とぉっても機嫌が悪いの。一度しか質問しないから、聞き直さないでね?」
俺はこれ以上彼女の機嫌が悪くならないように、嘘はバレるからつかないほうがいいぞと、そっと耳打ちした。
少年も命が惜しいのだろう。本来敵であるはずの俺の忠告に、コクコクコクと必死に頷く。
「それじゃあ聞くわよ? 貴方、私達を騙してここまで連れてきたみたいだけど、本当に武具屋はないの? 一軒や二軒、心当たりがあるんじゃないの?」
「ひ、一つだけなら……」
「ならそこに連れていきなさい。言っておくけど、拒否権ないから」
そうして俺達はまた少年に案内させた。彼女の不機嫌が元を辿れば俺のせいだということを考えると、少し申し訳なく思ってしまう。
そして同時に、威力の高い鞭が見つからないことを心の底から祈った。
「先に御冥福を祈っておくよ」
縁起でもないこと言わないでほしいが、多分どうやっても俺も無事ではいられないだろう。
今までダメージを受けたことはないが、いよいよ今日その時が来てしまうかもしれないと、俺は腹をくくった。
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