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32. まるで輩


 「故郷?」


 

 「そうです。ゴルド領、セントラルク地区。私の父が領主をつとめる地域です」

 

 「へえ、つまり貴族? あなたそこそこ良いところの出身だったのね。でも、それがどうしたの? なにかわけあり?」

 

 ビスタの疑問はごく自然なものだろう。普通に考えれば、久し振りに家族と再開できるんだから喜ぶべきだ。

 

 「いえ、まあそのなんというか、大事な使命があると言って強引に家を飛び出して、ろくに手紙を送ることもなく今まで過ごしてきたんですよ……」

 

 「なぁるほど、つまり顔を会わせ辛いと?」

 

 「まあ、そういうことです……」

 

 そうして微妙な空気が間を作る。

 

 そのタイミングを見計らってか、ひどく焦った顔でロロが話しかけてくる。

 

 「ちょっとちょっと!」

 

 「なんです…… あっ」

 

 

 問いかけて、俺はビスタの心情を全く考慮していない振る舞いをしていたことに気がつく。

 父が殺され、母がさらわれた彼女の前で、顔を会わせ辛いなどと甘ったれたことを言っているのは不謹慎にも程がある。

 

 「えっと、すみません……」

 

 俺は思わず謝った。

 

 「ん? ああ、もしかして私に悪いとか思った? そんなこと気にしなくていいのに」

 

 気にしなくていいのになんて言われても、普通気にするだろ。なんでこんな冷静なのか。

 

 「ビスタは、お母さんのこと心配ではないのですか……?」

 

 「……心配よ。でも今はそんなこと言っている場合じゃないわ、元の世界に戻ることが最優先事項よ」

 

 それだけ言って、彼女は席を立ってそのまま店の外へ出てしまった。俺も急いで会計を済ませて後を追いかける。

 

 店を出ると彼女はすぐそこにいた。

 

 話かけようとすると、話の流れを断ち切るように今後の予定を聞いてきた。


 「それで? 今日はこのあとどうするの?」

 

 「えっ、ああ。そうですね、取り敢えず貴方の装備を揃えようと思います。鞭、壊れたままでしょう」

 

 「ああ、そういえばそうね。どっかの誰かさんが盛大に引きちぎってくれたものね」

 

 そう言って彼女は腰に収納してあったボロボロの鞭を取り出した。当たり前だが、とても戦闘に使えそうにはない。

 

 「なんというか、すみません……」

 

 「謝ることないわよ。強引に仕掛けたのはこっちだもの」

 

 そう言ってくれると助かるが、やはり申し訳なく思う。

 

 俺達は街中の案内板を頼りに武器屋へ急いだ。

 

 街の地図を見て気がついたのは、リデリアは幾つかの地区に別れているということだ。様々な店が立ち並び観光客が賑わう繁華街、冒険者向けの武器屋や宿屋、冒険者ギルドがある冒険者区。

 

 他にも地元住民が生活する居住区。そして、一般人は誰も寄り付かないゴロツキが蔓延る闇市区だ。

 

 俺達が向かうのはもちろん冒険者区だ。わけありの身分だが流石に闇市に用はない。

 

 

 しかしこれだけ街が広いと買い物一つするだけでも一苦労だ。人混みを掻い潜りながら30分程歩いてたどり着いたのは、この街最大級の武具屋、シャロン商店。きらびやかな店が並ぶこの大通りでも、一際目立つ外装をした大きな建物だ。

 

 「これまた大きな建物ね、いったい何階建てかしら」

 

 「10階くらいじゃないですか?」

 

 俺達は見上げてそんなことを言っていた。端から見ればただの田舎者だ。

 

 ここならきっと彼女に見合うくらいの武器があると考えて取り敢えず来てみたが、その外観はどこからどう見ても高級店のソレだ。

 金はそれほど持ってないのだが、大丈夫だろうか。


 ここはもう少しグレードの低い店から覗……

 

 「まあ、店の前で立ち話してても仕方ないわ、さっさと入りましょ」

 

 覗きたかったが、ビスタは俺の憂いなど露知らず、ズンズン店へ入っていった。俺もやけくそになって後を着いていく。

 

 「うわぁ……」

 

 そのきらびやかな内装を目の当たりにして、悲鳴に近い声が漏れてしまう。

 天井を見ればよくわからん絵が書かれているし、下を見れば真っ赤なカーペットが一面に敷かれている。外装も大概に豪華だったが、中はその比ではない。

 

 シャンデリアが灯す光もどこか上品で、貴族生まれの俺でもこれは少し臆してしまうほどだ。

 

 「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

 

 店に入るなり物腰柔らかく話しかけて来たのは、ここの従業員だろうか。振る舞い、言葉使い、服装や作法の至る点まで一流であることが伺える。

 

 「あ、ああ、えっと、冒険者なんですけど彼女の装備を揃えたくて……」

 

 「かしこまりました。差し支えなければ細かいご要望をお聞きした上でこちらでご用意させて頂きますが」

 


 

 「あ、え~っと」

 

 

 俺はビスタに目配せする。

 

 

 「カルラ君に任せるわ」

 

 「……とりあえず今日は見にきただけなので、大丈夫です」

 

 「かしこまりました。何か御座いましたらお気兼ねなくお申し付けください。それでは、ごゆっくりどうぞ」

 

 そう言って従業員は一礼の後にどこかへ行った。正直早々に見逃してくれてありがたいと思った。なぜなら、ちらっと回りの商品の値段を見たら、目玉が飛び出そうなくらいにぶっ飛んだ値段をしていたからだ。

 

 こちらの金銭の知識なんて全く持っていないビスタは、軽い足取りで様々な武具を見て回っている。

 

 もし今手に取っている兜が欲しいなんて言われたら、俺は男として一生の恥を背負うことになるだろう。

 

 ここは危険だ。適当に理由をつけてビスタを連れ出す必要がある。

 

 「あのぉ、ビスタ?」

 

 「なにかしら?」

 

 「ここもいいんですが、やっぱり他の店も見て回りませんか?」

 

 「私としては早いうちに揃えたいのだけど? ほら、この鞭なんて長さもしなり具合もちょうどいいわ」

 

 そう言って彼女が見せてきたのはガイアドラゴンという上級魔物の腹皮を素材にした鞭だった。

 

 取り敢えず値札を見てみれば、俺の全財産の10倍の値段をしている。流石魔王の娘、お目が高いというかなんというか。

 

 

 「……あ、あ~そうですねぇ、良さそうですねぇ。でもこれホントに使えるんですかねぇ? あっ、そうだ。 試しにこれで私を叩いてみてくださいよ」

 

 「え?」

 

 「威力を確めようと言ってるんです。あ、店員さーん、ちょっとこれ試させてもらっていいですかぁ?」

 

 「えっ?えっ?」

 

 有無を言わさず従業員に開けた場所に案内してもらい、有無を言わさずビスタに鞭を握らせた。

 

 「どうぞ!」

 

 「じゃ、じゃあ行くわよ…… えいっ」

 

 未だ戸惑いを抑えられない様子のビスタが放った一撃は、明らかに手加減されているようだった。本人はなんだこの茶番は、と思っているのかもしれない。だが、こちらとしては至って真剣だ。

 

 だから俺はそんな生温い攻撃を素手で受け止めて見せ、次のように言い放った。

 

 「真面目にやってください、遊びじゃないんですよ?」

 

 「は?」

 

 その発言で、プライドの高い彼女の心に火がついたようだ。

 

 思っていたよりもドスの効いた声が帰ってきたものだから少しビビったが、もう背に腹は変えられん。このままこちらの作戦に付き合ってもらおう。

 

 そうして、俺とビスタの戦いが始まった。

 

 戦いと言っても、ビスタが一方的に攻撃するというだけだが。

 

 「フン!」

 

 「まだまだァ!」

 

 「おりゃ!」

 

 「そんなものかァァァァァ!」

 

 「おりゃぁぁぁぁ!!!」

 

 「……あーだめ!その鞭全然だめだめ! 店員さん!もっといいの持ってきて!」

 

 「は、はい!」

 

 そう言って店員はただちに新しい鞭を持ってきた。当代一の鞭職人が作ったというこれまた高級品だ。

 

 「ウオラッ!!!」

 

 「だめ! 次!」

 

 「セイヤッ!!!」

 

 「グハッ 。……ダメダメダメダメ!!!! 全然痛くない!この店の鞭全部ダメ! 時間の無駄無駄無駄無駄ァ!ビスタ! もう行きますよ!」

 

 「貴方覚えてなさいよ! 次こそ絶対に痛いと言わせてやるんだから!」

 

 「世知辛いねぇ」

 

 頭の上から聞こえてくるロロの冷めた声。俺達は従業員を置き去りにして店を後にした。

 

 二度とこの店に近づかないと心に誓って。

ご覧頂きありがとうございました。

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