31. 商業都市リデリア
守護神アルルカが管轄する世界、フォルガーナ。アルルカの祝福によって約束された人生が与えられたこの世界にはエルフ、人間、獣人、ドワーフ、海人、そして魔族。知性を持った6つの種族が暮らしている。
太古にはこの六者間で領地を巡る大きな戦争があったとされ、その傷痕は風習という形で現在も残っている。特に人間と魔族との溝は深く、両者は不可侵条約を結び、互いに干渉しないように一切の交流を絶っている。
アルルカが言うにはこの世界のこういった歴史の推移は他の世界と比べても特別ということは無いらしい。どれだけ神がコントロールしても、争いは避けられないそうだ。
そんな感じでこの世界の説明をビスタに教えながら。そして俺達は今、最寄りの街リデリアに向かっていた。一先ず身を落ち着ける場所が欲しかったからだ。
しかし、どこから情報を聞き出したのか、道中経験値目当ての冒険者が何人も挑んできて余計な時間がかかってしまっている。
そして、俺が本日11人目の挑戦者をねじ伏せたとき、旅の同行者、ビスタ・サードゲートはたまらずこの奇異な状況に口を挟んだ。
「ちょっとカルラ君、いくらなんでも襲われすぎじゃない? もしかして貴方お訪ね者とかじゃないわよね?」
「失礼な、今のところは善良な一般人ですよ」
つい昨日タダ乗りの件があったのでハッキリとは言い返せないのが実にもどかしい。
しかし、彼女がそう言いたくなる気持ちもわかる。一日に何人も襲われるようなこと、普通じゃありえない。
俺はもう慣れてしまっているが、流石にこうも足を止められてしまっては、不満の一つや二つ言いたくなっても仕方がないだろう。
「メタルスライムの特性だったっけ? 厄介な部分まで引き継いでしまったのね、やっぱり神様って頭おかしいわ」
綺麗な桃色の髪を揺らして、ビスタはさらに悪態をついた。神を恐れずそんなことを平然と言える辺り、彼女は中々の度胸の持ち主だ。
「これに関しては頭が悪いと言った方が適切だと思いますよ」
「あなたも中々言うわね」
まあな、ことアルルカに限っては遠慮する必要もないからな。
「そういえば、ビスタはメタルスライムのことを知っているのですか?」
「そりゃ知っているわよ、あんな特殊な種族はそういないわ。今思えば不遇な子達よ、人間達には経験値目当てで狙われ、それを阻止するために魔族からは無理矢理保護という名目で捕獲される。戦争中は窮屈な想いをしていたでしょうね」
「え、保護したということは生き残りがいるということですか?」
「ええ、人間達が殺してなければね」
マジか、マチューの記憶じゃてっきり絶滅してるもんだと思ってたぜ。ということは、マチューが叶えられなかった目標の一つ、メタルスライムの里を復興させることも不可能ではないということか。
と、歩きながらそんな考え事をしていたら、いよいよ街が見えてきた。
「へえ、結構大きな街じゃない」
ビスタがそのような感想を抱いた街は確かに大きな建物がいくつも並ぶ栄えた街だった。
商業都市リデリア。いかなる自治領にも属さず、この世界で唯一独立に成功した大都市。
かつてはアーサーリアという現存している人間の大帝国の支配下に置かれていたが、70年前に独立宣言。
当時、国内外問わず非戦論が流行し、古くから侵略行為を繰り返してきたアーサーリアは批難の対象となり、その流れに便乗して非戦を建前に掲げられたこの独立宣言は、国外の世論を大きく味方につけ、それが独立成功の決定的な要因となった。
非戦を理由にしたこともあって、表向きはこの国が戦争に加担することはない。といっても、武器や備蓄を帝国に横流ししているという黒い噂が絶えず、その真相は定かではない。
スローガンは自由と繁栄。そのためか、遠方からは出稼ぎのために人間やエルフ、獣人やドワーフと、魔族を除くこの世界に暮らす様々な種族が別け隔てなくやって来て、争うことなく共に生活している。しかし、例年ここを立ち去る者も少なくない。
なぜなら、ここは自由を重んじる国。自由とはつまり実力主義ということ。ここでは生まれや身分は重要ではない。優秀な者、勝利したものだけがこの国で生きることを許されるのだ。
こう説明すると、ここは居心地の悪そうな街に聞こえるかもしれないが、もちろん良いところもある。それは特に今の俺達にとってとても重要なことだ。
他の国ならば、ゲートで入国審査が必要だ。しかしこの国は違う。お訪ね者リストチェックに引っ掛かりさえしなければ、誰でも顔パスで入国できるのだ。
「カルラ・セントラルクさんと、ビスタ・サードゲートさんですね! ようこそ、リデリアへ!」
この世界で国籍もなにも持たないビスタが唯一入ることが許される国。それがここリデリアなのだ。いやほんと、たまたま近くでよかった。
そうしてゲートをでると、街は想像以上に賑わっていた。昼食時ということもあって、様々な出店が混在し、獣人やドワーフが、それぞれの文化の芸を披露している。
まさに自由の国。その言葉に偽りはなかった。
「それで? 街についたけどこれからどうするの?」
そんな光景を目の当たりにしても、ビスタの様子は相変わらずだ。無理もない、ここは自分が知っている世界ではないのだから、気を張るなと言う方が無茶な話だ。
「もちろん向こうの世界に行く手段を探しますが、利便性を考えて当面の間はここを拠点にしようと思います。とりあえず、今日泊まる宿を見つけて、それから昼食を取りましょう」
「そういえば、お腹空いたわね」
「ロロもお腹すいたァァァァァ!!!!」
これまで一切会話に入ってこなかったが、昼食というワードに反応して当然叫び出したのは虫ケラ妖精のロロ。
妖精は精霊使いにしか認識出来ないから、今の声を聞いたのは俺だけだ。
しかし、いきなり叫びだすのは止めて欲しい。流石に俺も驚くし、何もないのにビビった変人みたいに見られてしまう。
まあ、適当に咳き込んだフリして誤魔化せば問題ないがな。
「ねえカルラ君」
「なんでしょう」
「会った時から気になってたんだけど、貴方もしかして幻覚でも見えてるの?」
全然誤魔化せてなかった。
「いや、幻覚じゃないんですよ? ちゃんと存在してるんですよ?」
「落ち着いて、大丈夫、大丈夫だから」
俺が弁明すればするほど、辺りに変な空気が流れる。ビスタは途端に優しい声音になって諭してくるが、こちらとしては逆に辛い。
「カルラ落ち着いて!」
「いや、そもそもお前のせいだろ!……ッいってぇ!」
そこで俺が色々醜態を晒してこの場はおさまってしまった。食事のときに説明しますとだけ伝えて、人目を避けるように俺達はその場を離れ先を急いだ。
手頃な料金設定の宿を見つけ、大人二人、二部屋で予約。ペット同伴が認められてるので、ビスタの影に入っているリサも自由に行き来が出来るのはありがたい。
「そういえばリサは中々出てこないですね」
「黒天狐は日のあるところは嫌がるのよ。夜になったら出てくるんじゃないかしら」
黒天狐というのはリサの種族のことらしい。何度も見た影に潜る能力は、黒天狐なら生まれつき誰でも持っている能力だそうだ。
そんなこんな話ながら歩いていると、宿屋の受付にオススメされたレストランにやってきた。中に入って辺りを見回すと、客層は若い冒険者がほとんどのようだった。
「日替わり定食二つと、クフ肉ハムの盛り合わせで」
一通りメニューを確認して、一番安い定食と、一番安い肉料理を注文した。お察しの通り、この肉はロロのものだ。
「おっにくー!おっにくー!」
「……」
料理を待っている間、人の気も知らずにご機嫌な鼻歌が俺にだけ聞こえてくる。言い出し辛くなっていたのを察してか、先に口を開いたのはビスタだった。
「にしてもさっきは中々の変人っぷりだったわね、思わず他人のフリをしたくなったわ」
そっちがいきなり変なことを言い出したというのに、この言われ様。しかし何も言い返すことは出来ない、俺が変人だったのは間違いのないことだ。
「……ダンジョンの中で、精霊使いと言ったと思います」
「ああ、そんなこと言ってたわね。正直あの自己紹介は名前以外ちんぷんかんぷんだったわ。そもそも精霊ってなに?」
そこからかい、と突っ込みたくもなったが、そう言えば向こうの世界には魔力の概念はあれど精霊に似た存在はいなかったと思う。これは一から説明する必要がありそうだ。
「精霊というのはこの世界に満ちるマナが具現化した存在です。精霊使いは、そんな彼らから力を借りて精霊術を行使します。貴方も体験した力の増幅は、精霊の力を借りている状態だったんです」
「へえ、私の世界じゃ魔力は自分の体内で生み出すものだったから今一つ分かりづらいけど、取り敢えず話を進めて」
「はい、それで精霊にも色々種類があって、主に四つに階級分けされています。上から、大精霊、上霊、下霊、そして妖精です。この四つに共通するのが、決して一般人には見えないということです」
「精霊使いにしか見えないと?」
「その通りです」
「なるほどね、つまり、今貴方の横には私達には見えていない精霊がいるってことね?」
察しが良くて助かる。最初から薄々勘づいていたんじゃないかと疑ってしまうくらいに。まあ、ここまで話してしまえば、紹介しないわけにもいかない。
「そうです妖精のロ……」
「ロロだよ!」
「ロバート・レッゾフォードって言います」
「おいコラァ!」
んだよ、ちょっと魔が差しただけじゃねえかよ。冗談の通じない奴だ。
「嘘です。ロロって言います。親指くらいの大きさの羽の生えた女の子……」
「可愛らしい女の子!!!」
「……可愛らしい女の子の姿をしています」
やっぱりこういうやり取りは他人から見るとヤバイ奴にしか見えないわけだが、全てを知ったビスタからはそのような印象は受けない。どうやら誤解は晴れたようだ。
「へぇ~ロロちゃんって言うのね。はじめまして、ビスタ・サードゲートよ。……って知ってるか」
「知ってますね、ずっと一緒にいましたから」
そう、コイツは最初から全部を見ている。起きない俺をビスタが介抱してくれていたことを教えてくれたのもロロだ。
なんてことを考えていたら、つい俺が人工呼吸を受けている想像をしてしまう。本来の彼女の姿があの触手怪人だということを踏まえると、いささか複雑な心境だ。
まあ、今俺の目の前にいるビスタは美少女そのものだが。
「おまちどおさまでぇ~す」
そうしてキリの良いタイミングで料理が届いてきた。一番安い日替わり定食を頼んだはずが、その内容は値段以上のものだった。
野菜スープにサラダにライス、それに果実のピクルス。メインはミックスフライか。5種類入っているが、見たところ全て魚介のもののようだ。海の近いリデリアならではと言ったところか。
「うわぁ! お肉いっぱいだぁ!」
ロロ用に頼んだ盛り合わせは、薄切り、厚切り、ボイル、ソテーと様々な調理が施されたクフ肉ハムがこれでもかと皿いっぱいに盛られていた。
「奢りなので、遠慮せず食べてください」
「あらそう? ありがとう、それじゃあいただくわ」
そう言いながらも、彼女はフォークを手に取ろうとはしない。恐らく俺が食べ始めるのを待っているのだろう。マジマジ見つめられて気まずいので、俺も早々に食べることにした。
「……地の恵みに感謝を、天の巡りに感謝を、精霊の御加護に感謝を、頂きます。」
これは師匠に教え込まれた精霊使い流の礼儀作法だ。常日頃からこのように祈ることによって、精霊術の精度が高まるのだという。
しかし、それがこの世界共通の作法だと勘違いしてビスタは俺に続いて同じようにした。意外に真面目なところがあるのだと少し感心する。
「おいしいおいしいおいしいおいしい!!!!」
そんなビスタと対照的に、ロロは貪るように肉を食べ進める。端から見ればひとりでに肉が消えていくように見えるようで、ここでやっとビスタはロロの存在を認識したようだ。
「小人一人がこのスピードで食べてるの? なんというか圧巻ね……」
「貴方も早く食べた方がいいですよ、油断していると横取りされます」
「わかったわ……」
俺の言っていることが決して冗談ではないと察した彼女は、そこからは何も喋ることなく黙々と食べたり、影の中にいるリサに投げ与えたりしていた。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「こっちの食事は口に合いましたか?」
「ええ、最初は戸惑ったけど、慣れるととても美味しかったわ」
食事を終えるも、俺達はまだ店を出はしなかった。ここで今後の予定を決めて起きたかったからだ。
とにかく向こうの世界へ行く新たな手段が欲しい。俺はアルルカから渡された例の巻物を取り出した。
「なにそれ?」
「私の旅に欠かせない便利アイテムですよ。きっとここに別の方法が書かれているはずです」
そうして調べること10分、それらしき記述を見つけることが出来た。読み上げようとしたが、自分が読みたくて仕方ないといった感じでソワソワしているビスタから先に読ませた。
「なになに? ゴルド領、セントラルク地区北西にあるダンジョンの最奥部にて鍵を手に入れて、世界柱オベリスクにある隠し部屋の中に入り、《ゼファーの汽笛》を手にいれろ? なんのことだかさっぱりね」
分からなくて当然だ。ゴルド領だのセントラルク地区だの、この世界の地名を言われたところで理解出来るはずがない。
……って、え?
「セントラルク?」
「ええ、ここにはそう書いてあるわ。そういえば貴方の名前と一緒ね」
ビスタが返してきた巻物を受け取って、自分の目でも読んでみる。そこにはやはりゴルド領セントラルク地区と書かれている。
「こ、ここは」
「どうかしたの?」
「ここは、私の故郷です」
ご覧頂きありがとうございました。




