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29. 己が声を杖にして


 「カルラどうして? こんなにラッキーなことないよ、何を悩む必要があるの?」

 

 ここなら聞こえまいと頃合いを見て、ロロはたまらず俺に問いかけた。

 

 つまり、実力に不足はなく、こちらの事情にも理解がある。仲間にするには申し分ないビスタの誘いをなぜ即決で受けなかったのかということだ。

 

 

 「嫌なんですよ」

 

 「嫌って?」

 

 「あんな華奢で可憐な女の子が、意志を継ぐだのリーダーだの、そんな理由で戦わなくちゃならないっていうのが」

 

 

 「理由が気に入らないってこと?」

 

 

 

 「いや、そうじゃありません。それ以前の問題です。 見たところ彼女は私とそう年は変わらないように見えます。

 そんな子が、どうして戦わないといけないんですか?しかも、魔王も失った負け戦なんか、みすみす死ににいくようなものですよ」

 

 「……それじゃあ、もし、あの子の誘いを断って、その後はどうするの?」

 

 「彼女をここに置いていきます。……恐らくあのダンジョンにあったゲートはもう使えません。ボスを倒した後に起きた洪水は、用済みのダンジョンを潰してしまって他の人に見つからないようにするためのものだったのでしょう。

 ならば、ここで私が協力を拒んで、彼女を置いて行けば、彼女は自分の世界に戻ることは出来ず、戦いに身を落とすことはなくなります」

 

 

 

 「それってエゴじゃ?」

 

 「エゴですよ、ダメですか?」

 

 そんなことは、分かっている。俺が勝手なことを言っているのは。

 だからもう開き直ることしか出来なかった。それでも彼女を巻き込みたくないというこの想いは本物だろうから。

 

 そんな返答を受けてか、ロロは少し呆れている様子だった。しかし、馬鹿かと一蹴されてもおかしくない俺の反論に、あくまで冷静に、論理的に説得してきた。

 

 「正しくは、ないんじゃないかな。私から言わせてもらえば、カルラに彼女を止める資格も権利もないよ。

 

 前世とか神様とか、そんなのカルラからすれば関係無いはずなのに、それでも5年も修行して、今も戦おうとしている。

 

 カルラの論理に従うなら、カルラよりもあの子が戦う方がよっぽど道理にかなっていると思う」

 

 

 

 「私の戦う動機が弱いと?」

 

 

 

 「そうだよ? 神様からのお願いだからって、自分の人生を犠牲にするようなことじゃない。ぶっちゃけ、私はカルラがどうしてそんなに頑張れるのか分からない」

 

 「私は自分のために戦っているから頑張れるんですよ」

 

 「それはちょっと無理があるんじゃない?」

 

 「いいえ、無理なんてしていません。……貴方には一回私の過去を話ましたよね?」

 

 「うん。リインって凄い優秀な弟にいじめられてたんでしょ? それで昔から魔導師になりたかったのに、なれなかったって。本当は全部、神様のせいなのに」

 

 

 

 「そうです、客観的な事実を見ればそれが全て。

 

 でも、私にとってはそれだけじゃないんです。

 

 ……あの頃の私は自分自身から逃げていたんです。

 

 好意を向けてくれていたはずの家族も幼馴染みも信用できず、怖いからと本心を見ようともしなかった。

 

 本心に目を背けていたのは、他人に対してだけではありません。なによりも、自分の本心を見ようとしなかった。そんな奴が、他人の本心なんて見ようと出来るわけないですよ。

 

 それに魔導師になれなかったときも、本当はなりたくて仕方なかったはずなのに、父に憧れていたはずなのに、僕はどうしようもないからと、早々に諦めた振りを、納得した振りをしたりしてたんです。

 

 周りが励ましてくれたりもしましたしね。

 

 おかしい話ですよね、それまでろくに信じれなかった人達の言葉を、急に真に受けるようになるなんて。私はその時皆の言葉に甘えたんです、自分の気持ちを誤魔化すために都合よく利用したんです。最低ですよ、本当に」

 

 俺はそこまで話してロロの様子を確認するが、何かを反論したりする様子はない。なのでそのまま話を続ける。

 

 

 

 「そんなときに、一匹のメタルスライムの生涯を知りました。仲間を皆殺しにされて、絶対に復讐してやると誓ったのに、上手くいかなくなって、いつしか目的をすり替えて誰の糧にもならずに死ねるからそれで十分だ。俺は自分の一生に満足してるなんて、意味もないのに自分に嘘をついていました。……彼もまた逃げていたんです。

 それで彼は転生しました。今度こそ復讐をするために、悔いを残さないためにと。そうして生まれたのが私です。

 で、修行をしていたある日思ったんですよ。魔物であろうと、エルフであろうと、自分を誤魔化した後悔はずっと消えないんだって、自分から逃げ続けたところで、逃げ切れるわけないんだって。来世まで引っ張るほどにはね」

 

 「それじゃあ、自分の使命から逃げないために戦ってるの?」

 

 「合ってるようで違います。私はただ自分に正直でいたいだけなんです。逃げ続けるだけだった前世を、どうしようもなく弱かった自分を清算させたい。その欲望に応えるために、私は戦うんです」


 

 「それはどうしても必要なことなの?」 

 

「必要です。仮に、自分に出来るわけがないと何もかも忘れて普通の生活に戻ったとしても、待っているのは逃げた自分を責め続けるだけの人生です。それじゃあまたあのときの繰り返しなんですよ」

 

 

 「でも、そんなのしんどいよ、息苦しいよ」

 

 「私にとっては自分を偽って生きていく方が万倍も息苦しいですよ」

 

 「それじゃあ意地悪なこと聞くけど、カルラはそれで幸せになれるの?」

 

 「なれますよ。自分に正直に生きていれば、絶対に幸せを掴める。私はそう信じています」

 

 「……そっか」

 

 ロロから帰ってきた返事は肯定も否定もしない曖昧なものだった。おそらく、彼女の中で消化しきれない部分があるのだろう。無理もない、こんな意見をすぐに理解しろと言う方が無茶だ。

 

 ただ、それをいつまでも待っているというわけにはいかない。

 

 「……これで分かって頂けましたか? 私は自分の声に従って戦っていて、自分に正直だから彼女を遠ざけようとしていることが」

 

 俺は、ロロが根負けして認めてくれると思っていた。俺の理屈がこんな無茶苦茶なものではまともに反論することが出来ないだろうから。

 

 しかし、彼女は俺が思ってもいなかった視点から反論してきた。

 

 「……わかった! カルラがすんごいジコチューだってことが!でも!ううん、だからこそ! やっぱりあの子の気持ちを拒んだりしちゃ駄目。

 後悔を残すのは良くないんでしょ? ここに残されたあの子はきっと凄く後悔するよ? どうして門をくぐっちゃったんだろう。どうしてカルラを説得出来なかったんだろうって。カルラはあの子にそんな想いをしてほしいの?」

 

 

 「それは……」

 

 俺は言葉に詰まった。もちろん彼女にだってそんな想いをしてほしくはない。

 

 それなのに、彼女が俺抜きでは何もすることが出来ないということを良いことに、俺はいつのまにか彼女のことを自分の所有物のように扱っていたのだと思い知らされる。

 

 「それに、このまま仲間を作らなかったら、カルラだって危険だよ。もし仲間がいなかったせいでカルラが死んだら、ロロだって後悔する。もっと強く仲間を作らせるようにしておけばよかったって」

 

 

 「……それじゃあ私はどうすればいいんですか」

 

 この時、俺は大いに投げやりになっていたことだろう。自分でもエゴだとわかっている行為をことごとく他人に否定されて、すがるように代案を求めていた。

 

 

 どうせ、どこかで妥協するしかないないんだろ。そう思っていた。彼女の提案を聞くまでは。

  

 「だから言ってるじゃん! 仲間になればいいって! それで一緒に頑張って、勇者を倒すの。カルラがあの子を傷つけたく無いって言うなら、戦いながら守ってあげればいいんだよ! それだけが、カルラが唯一得ている資格と権利。彼女にしてあげられることだよ」

 

 「……」

 

 「まあでも、最後に決めるのはカルラだよ。後悔しないように考えて」

 

 ぐうの音もでなかった。ロロの言っていることはムカつくが全面的に正しい。

 

 

 そうだ、なんのための契約だ。なんのための耐久力だ。

 

 ここまでお膳立てされて、女の子一人守ることも躊躇うような奴に、勇者を倒せるわけがないだろうが。

 

 

 

 

 「どうやら、私は自惚れていたようですね」

 

 「ウンウン」

 

 「彼女に伝えに行きます。 ……ロロ」

 

 「うん?」

 

 「ありがとう」

 

 俺がこいつに礼を言うことなんて滅多にない。

 

 だから俺は、言った瞬間からかわれると思った。でも後悔はない、このときばかりは素直にありがとうと言いたかった。

 

 俺は自分の気持ちに嘘はつかないから。

 

 

 

 「へへっ、どういたしまして!」

 

 

 

 

 

 

 「……考えは決まったのかしら?」

 

 

 「ええ、もうバッチリです。……ビスタ・サードゲート、私は貴方と共に戦います。そして、守ります。元メタルスライムとして、貴方の眷属として」

 

 

 「そう、それは頼もしいわ。それじゃあこれからよろしくね」

 

 彼女はそう言って手を差し出してきた。恐らく握手を求めているのだろう。

 

 俺はその小さな手を握った。決して壊さないように、決して傷つけないようにと心に誓って。

 

 

 だが、そんな俺の覚悟を彼女は知る由もない。何かを思い出したかのように話しはじめた。

 

 

 「あ、そうそう、言い忘れてたんだけど」

 

 「なんですか?」

 

 「私、この姿は仮のものでしかないの。隠していても仕方ないし、最初に見せておくわ」

 

 そう言って彼女は俺から少し距離をとって自らを光に包んだ。この間、俺は嫌な予感しかしなかった。

 

 光となった彼女のシルエットは、みるみる大きく、禍々しいものに変化していく。そうして現れたのは全身触手だらけの異形の化物だった。

 

 

 「どう? 綺麗でしょ?」

 

 

 「ハ、ハハ……」

 

 「カルラッ!?」

 

 俺は世辞を言う間もなく卒倒した。

 

 そもそもおかしいと思ってはいたんだ。魔王の娘がこんなに可愛いなんて、と。

 

 

 こんなに言い方をしては失礼なのだろうが、騙されたって言いたくなった。 

ご覧頂きありがとうございました。

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