28. 魔王は死んだ
「それじゃあ最初の質問。ここはいったいどこ?」
いきなり説明し辛い質問来たなコレ。いやでも、それを知っておかないことには何もはじまらないよな。
「えーっと、その、信じられないかもしれませんが、ここは貴方達の知る世界とは別の世界。つまり異世界なんです」
「ええ!? 異世界!?」
どうしようもないので、ありのまま嘘偽りなく伝えてやった。どうやら流石の彼女も驚きを隠せないようだ。さて、どうする?
「……嘘をついている様子は無さそうね、でもそれだと一つおかしなことがあるわ。あなたが異世界の人なら、私達はどうしてこうやって会話が出来ているの? 言語が違うはずよね?」
「ああ、それは多分これのおかげですね」
彼女の疑問に答えるために、俺は身につけていた指輪の一つを見せた。
「これは?」
「これはモストリーの指輪、言葉を自動翻訳で聞こえるようにしてくれるマジックアイテムです。身につけている者だけでなく、近くにいる者全てに効果が及ぶのが特徴ですね」
「……へぇ~」
疑り深い彼女を見て、俺は試しに指輪を外して見せた。そして適当に喋ってみせると、彼女は納得してくれた。
「オッケイ、もう信じるわ。でも10秒だけ時間を頂戴、頭を落ち着かせるから」
そうして待つこときっかり10秒、切り替えた彼女は質問を再開させた。
「おまたせ、それじゃあ次の質問。ここが本当に私達のいた世界じゃないとして、あなたはなぜその事を知っているの? この世界では異世界の存在は常識なの?」
「いいえ、貴方達の世界を知るのは私の知る限りでは私と幾つかの知り合いだけです。 なぜ知っているのかという質問については……」
「……どうしたの?」
「いえ、少し整理していただけです。そうですね、なぜ知っているのかという質問については、私がそもそもそちら側の住人だったからと答えさせて頂きます」
「というと?」
「ここからは私の身の上話になりますが。私の前世はとある一匹の魔物でした。メタルスライムです。
前世の私は勇者一行と呼ばれる連中に同族を皆殺しにされ、復讐することを誓いました。まあ、なにも出来ずに死にましたがね。
でも神様がチャンスをくれたんですよ。転生して復讐するチャンスをね。ただ色々条件があって、気がついたらカルラという違う世界のエルフに転生していました。
それで私は数年前に前世の記憶を思い出しまして、今こうして勇者達を倒すために世界を渡ろうとしていたわけです。
つまりは、私には特別前世の記憶があるから貴方の世界を知っているということです」
俺はそのように説明するも、少女の厳しい表情が解かれることはない。
「にわかには信じがたいわ、大体神様ってなに? 人殺しの手伝いをする神様なんているの?」
「いるんですよ、それが」
「頭おかしいんじゃない?」
「否定はしません」
そこまで言ったら彼女はまた黙りこんでしまった。
まあ、そりゃそうだろう、俺達の神が実はどうしようもないアホだったなんて、理解するには時間がかかる。人によっては自殺ものだ。
「……それじゃあリサが聞いた向こうに行って因縁の敵を倒すというのは、そういうことでいいのね?」
「そうです」
彼女の質問はまだ終わらない。
「にしても今のって結構なカミングアウトよね? どうして私に話せたの? もし私が勇者の仲間だったらどうするつもり?」
「そんな心配はないとは思っていますが、まあ、もし仮に貴方が勇者の仲間だったら、迷うことなく倒します」
俺が口調を強めてそう言うと、彼女はもうこれといったリアクションを見せることはなかった。
どうやら俺が言ったことは図星のようで、一通りの質問は終了したらしい。
だが、そこで会話を終わらせるわけにはいかない。聞きたいことはこちらにもある。
サードゲート、 マチューの記憶が正しければ、それはかなり高位の魔族が冠する名だ。見た目はどう見ても人間だが。
こちらの世界に来た手段も含めて、俺は彼女の正体を知る必要があると判断し、そのまま質問した。
そうして返ってきた答えは、驚きのものだった。
「いいわ、教えてあげる。まずは私のことからね。
さっきも言ったとおり、私の名前はビスタ・サードゲート。誇り高きサードゲート族の末裔で、代々とある門を守る使命を受け継いできた。そして、私の父はかつて魔界の誇る三万三千の軍勢を統べた王者、魔王よ」
「……」
これは驚いたな、あんな強い魔物を従えていたり、とんでもない契約が出来たり、本人の実力も相当高かったり、ただ者ではないとは思っていたが。まさか魔王の娘、そんなことってあるのか。
そんなふうについ考え混んでしまった俺に構うことなく彼女は続けた。
「それで、なぜどうやってここに来たのか? だったわよね。簡潔に言えば奴ら人間に追い詰められたから。あまりに数が多くてね、こりゃ殺されるなと思って一か八か、さっき言った門に潜ったの 」
「では、その門とダンジョンが繋がっていたと?」
「それが分からないのよ、どうしてあそこに来たのか。 私はただ、もしものことがあれば門をくぐれっていう母の言いつけを守っただけ。
あの門は、本当は私の世界のどこかに通じあてるはずだった。でも、どういうわけかあそこに繋がってしまっていたのよ」
なるほど、つまり全てはただの偶然だったと。
俺はその話を聞いて、アルルカがやらかしたと確信した。本当にあの馬鹿はろくなことをしない。
しかし気になることが一つある。それは現在の魔族と人族のパワーバランスだ。
ここまでの話をまとめると、自然と向こう側の背景が浮かんでしまう。もしかして、ビスタの父、つまり魔王を含めた魔の軍勢は……
そんな邪推を察してか否か、そのことに先に触れたのは彼女のほうだった。
「ちなみに父は殺されたわ。忌々しい勇者どもにね。そして母は拐われ、指揮者を失った魔王軍は成す術なく人類に敗北した」
彼女は俺が知りたかった情報を淡々と語った。その、まるで他人の日記を読み上げるかのような淡白さに俺は少し違和感を覚える。
なんだか、そのことはもう彼女にとっては重要ではないみたいだ。
「それじゃあ、これからどうするつもりなんですか?」
「もちろん元の世界に戻るわ、そして今は亡き魔王の意志を継いで、もう一度人類に挑む。生き残った同胞達は、新たなリーダーとして今も私という存在を求めているはずよ」
その決意と誇りに満ちた目は、一切逸れることなく俺を見つめた。
彼女は本気だ。本気で戦おうとしている。
でも、このどこか漂う悲壮感はなんだ?
「ねぇ、カルラ君。 私と手を組まない? 今までの会話の内容を整理すると、私達は互いの目的が一致していると思うのだけど。」
彼女の提案は至極当然のものだった。というより、俺という存在がいなければ彼女はこれからどうすることも出来ない。
「そんな風に言っておいて、実は拒否権なんて無いんじゃないですか? なんと言ったって、私は下僕なんですから」
「あら? そんなことないわよ? 私こう見えて眷属には優しいの。ちゃんと意見は聞いてあげるわ。まあ、貴方みたいにタフな人が一緒に戦ってくれると嬉しいけどね」
俺はこのとき少しカマをかけた。それはあの契約に俺を無理矢理従わせるような力があるのかを確かめるということ。
結果帰ってきた答えはなんとも判断しかねるものだった。こちらの意図に彼女は気がついたのかもしれない。
「……それなら、少しだけ時間をください」
「かまわないわ」
俺は彼女をその場に置いて洞窟の方へ向かった。ロロが何かを言いたそうにしていて、これは少し長い話になりそうだと予感したからだ。
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本日は16時頃にも更新しますのでよかったら見てください。




