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21. 黒より黒し


 いったいコイツはどこから現れた?

 

 件の犯人はコイツだったのか?

 

 

 絶対不可避の攻撃を前に、そんな考えだけが頭をよぎる。くそ、深入りし過ぎだったかな。

 

 

 「カルラッ!」

 

 

 

 繰り出された一撃は一寸の狂いもなく俺の首裏を切り裂いた。参ったな、こんな魔物がいるなんて聞いてないんだが……

 

 

 

 

 

 

 でもまあ、

 

 

 

 

 

 

 仕留めきれていないんじゃ、不意討ちも意味ねえなあ!?

 

 

 「オラァ!」

 

 敵の攻撃は確かに俺の首裏を捉えていたが、実際は掠めたに過ぎなかった。

 

 当たり前だ、俺を傷つけられるやつなんてそうはいない。

 

 攻撃の主は俺が生きていることに驚き、俺はその隙を突いて相手の腕を掴んで背負い投げをかましてやった。

 

 少し強引だったような気もするが、存外相手が軽かったので綺麗に決まった。

 

 

 「カルラ大丈夫!?」

 

 「ええなんとか、あれは私じゃなきゃ即死でしょうね」

 

 さて、さんざん人を弄んだバカ野郎のお姿を拝ませて頂くとしよう。掴めたということは、実体があるということで、決してお化けではないと思うが……

 

 

 そうして待つこと数秒、投げ飛ばされた黒い何かは、立ち上がることでその姿がはっきりとなる。

 

 

 相手はお化けでも冒険者でもない。

 

 鋭い牙と爪を持ち、たくましい四肢に美しい黒の毛並みを備えた一匹の獣だった。

 捕捉するなら猫というよりは、狼や狐に似ているかもしれない。

 

 予想はしていたが、しかしなぜ獣系の魔物がこのダンジョンに……? というか、あんな魔物見たことねえ。

 

 

 謎が謎を呼ぶ展開に、今一つ思考が追いつかないが、とにかく今はコイツを倒すことに専念しなければな。さすがにこの状況になって「構うな」というほうが無茶な話。

 

 ロロも流石にそれは分かっているようで、否定する気は無さそうだ。

 

 「グルルルルルル……」

 

 琥珀の眼は真っ直ぐに俺を睨んでいる。おおよそ俺がピンピンしていることに疑問を感じて警戒しているのだろう。

 

 しかし、警戒しているのは俺も同じだ。コイツが突然背後に現れた謎を解かなければ、うかつに攻めることは出来ない。

 

 にしても、コイツの威圧感というか、迫力は半端ねえな。この闘争心、そして気高さ、もはや獣というよりも一人の戦士を相手にしているようだ。こんな魔物、初めてだぜ……!

 

 緊張感漂う戦場の中、先に動いたのは魔物の方だった。左右に動いてフェイントをかけながらすばやく距離を詰めて来る。

 

 やはりそこらのモンスターとはまるで動きが違うが、それほどまでに脅威というわけではない。複数のドレッドマミーを相手した実力のヒミツは、スピードというわけではなさそうだ。

 

 むっ、しかし今のフェイントはうまい。俺の視界を外して左に回りやがった。しかしまぁ、対応できないルートではないな。


 

 「って、消えた!?」

 

 おいおいおいおい、消えた。今完全に消えたぞ、あのやろう一体どこに隠れやがった!? 

 

 突然の出来事に、後ろから見ていたロロも驚いているようだ。これがアイツの隠された能力……!

 

 「ロロ、あいつは今どんな風に消えましたか?」

 

 「一瞬だったからよくわかんない…… でもなんか、地面に吸い込まれるように消えたような……」

 

 地面か……

 

 地面に潜ったっていうより、地面そのものに入ったって言うほうが正しいのか?一切気配がないし、そもそもこの石畳を一瞬で掘って潜るっていうのは無理があるよな。

 

 いや、てか普通に考えてそんなん無敵じゃねえかよ。チートだチート。

 

 

 俺はこれから自分が取るべき行動を考えた。それはもちろんこいつを引きずり出すための方法だ。

 

 そうして数秒考えて、一か八か相手を挑発する作戦に出た。言葉が通じなければなんの意味もない方法だ。

 

 

 

 「……アホらし」

 

 「えっ?」

 

 「アホらしくなったって言っているんですよ。こんな引きこもりを相手にしたところで埒が明きません。さっさと次に進むのが賢明ですかね」

 

 ここで目配せをすることで、ロロもやっと俺の意図に気がついたようだ。よし、ここからは二人でアイツを炙り出してやるぜ。

 

 「でもさでもさー! あれだけ脅かしてくれた奴の正体が、あんな臆病なワンちゃんだったなんて、ロロ怖がって損したー!」

 

 「ロロ、あんまり悪く言ってはダメですよ。所詮は犬畜生…… ッ! まともな勝負を求めるほうが酷ってものですよ」

 

 クッソ、こっちはイヤリングの痛み覚悟でやってんだ。さっさと出てきてくれないとこっちがもたねえ。

 しかし、心なしかざわつく気配を感じる。もう一押し、なにか決定的な一発があれば、奴を引きずり出せるのに……!

 

 

 さらなる一手を求める俺に、一つの疑問が頭をよぎった。

 

 

 そういや、あの魔物はどうしてあのタイミングで出てきたんだ……?

 

 ここが地形的に有利だから? いや、地面に入る能力なら場所はどこだっていいはずだ。思い出せ、さっきの状況を、場所じゃない、アイツは何に反応した?

 

 

 喧嘩、仲直り、いや違う。

 俺達が追跡をやめたから?まだあり得るが、今一つ噛み合わない。

 

 

 もしかして……

 

 

 「ロロ、私には大きな目標があります。このダンジョンの向こうにある世界に行って、奴を必ず倒すという目標が! 楽しみですよ! アイツが私の目の前で泣き叫んで命乞いをすると思うと!」

 

  

 「ゥガアアアアア!!!!!」

 

 ビンゴ!理由はわからんが、やっぱりこいつさっきの会話を聞いて襲いかかってきてたんだ!

 

 そして今、出てくる瞬間をはっきりと確認した。コイツは地面を出入りするんじゃない、影の中を出入りするんだ!

 

 「捉えたぞ!」

 

 なんとなく背後を取られる予感はしていた。

 場所が予測できたなら、カウンターを決めることはそう難しくはない!

 

 食らえ!必殺のアッパーカット!!!!

 

 「キャイン!?」


 もろに食らって盛大に吹っ飛んだ魔物は受け身をとってそのまま通路の奥へと退いた。戦意を失った様子はない。おそらく態勢を整えるだけだろう。

 

 だが、この勢いを失うわけにはいかない。俺達は急いで奴の後を追いかけた。

 

 

 「追いかけましょう!」

 

 「うん!」

 

 

 魔物を追いかけると、俺達は再び新たな小部屋に出た。例によって他の魔物の姿は見えず柱の近くに大量のドロップ品が転がっている。

 能力を知ってやっと分かった。こいつは柱の影から奇襲を仕掛けていたんだ。だからあのときも柱の周りにドレッドマミーの死体があった。

 

 そんな考えごとをしていた俺を睨み付けながら、当の魔物は部屋の真ん中で鎮座している。まるで、ここから先には行かせないとでも言うように微動だにしない。

 

 どうやらここで決着をつけるつもりのようだ。

 

 「まって! あの魔物なんか様子がおかしいよ!?」

 

 ロロの指摘の通り、いつの間にか獣は息を荒くしていた。

 どういうわけか、立つのもやっとな程に消耗しているようだ。

 怪しくなってさらによく見てみれば、脇腹の辺りから大きな刃物のような傷が見え、そこから血が滴っている。

 

 どういうことだ?あんな傷、俺はつけた覚えはないぞ。

 もしかして、さっきたまたま見えなかっただけで、ドレッドマミー達との戦闘で既に負傷していたのだろうか。いや、ドレッドマミーの攻撃じゃあんな傷はつかない。

 

 というか、改めて見るととても戦闘なんて出来る状態じゃねえじゃんかよ。いったい何がそこまでコイツを駆り立てるんだ。

 

 あークソ!めんどうなことになったな!

 

 

 「カルラ、どうするの……?」

 

 「あまり消耗させてはあの魔物は絶命してしまうでしょう。目の前でそんなことをされては後味が悪いですから、ここは手短に、かつ穏便に処理します」

 

 

 問題は相手にまだ戦意があるということ。こちらとしては無力化できればそれで十分だから、とにかく確実に一撃で決めて、極力相手の消耗を抑えることが重要だ。

 

 逆に、下手に追い込んで抵抗されるのは最も望まれないパターンだ。

 

 ……そうだな。そうなれば、いよいよアイツの出番かもしれん。

 

 「ロロ、先にこれを渡しておきます。急ぎで食べてください」

 

 「え、ええ? これってサラミ? ちょっとカルラ! ふざけてるの!?」 

 

 「至って大真面目です。あなたの光が今は必要なんですよ」

 

 さあて、俺のプランが上手くいけばいいが、こればっかりは不確定要素が多い。とりあえず、相手は門番に専念しているようだし、今のうちに下準備させてもらおう!

 

 「裏海の渚を歩む者、星を廻す災いの化身。汝が示す真言は『破戒』。法と理を繋ぎ合わせて、輪乗世界に乖離をもたらせ。今、力へと至る道は開き、我はここに天下無双の剛力を求めん!憚れ、《繰主奈》!!!」 

 

 これは通常のものよりも数節加えた、言わば上位詠唱。長い詠唱の分、精霊との繋がりは強まり、効果も飛躍的に伸びる。

 

 これで俺の筋力は増し、例えばそこの柱を折って投げるくらいのことは出来るようになった。

 

 「むぅぅぅぅぅんっ!」

 

 力任せに柱を投げたが、もちろん、それを魔物にぶつけるなんてわけじゃない。俺が狙ったのは天井、あの光源だ。

 

 柱は猛烈な勢いを保って光源に激突した。装置がぶっ壊れた光源はその機能を停止し、それ以外に光を放つものが無くなったこの部屋は真っ暗闇に誘われる。

 

 「ヴゥゥ…… ガウッ!ガウッ!」

 

 敵である俺の奇異な行動に、魔物は威嚇行動に移った。あーくそ、あんまり激しく吠えると傷が広がるだろうが、頼むから大人しくしててほしいところだ。

 

 しかし、ここまできたら魔物の心配をして動きを止めている場合ではない。

 

 次に、この暗闇に紛れて残りの柱を全部潰す!

 それはもう粉々に、あいつが入れそうな大きさの影の一つもろくに出来ない程にだ!

 

 「ふっ!ふっ!」

 

 よし、粗方柱は砕けたな。次で大詰めだ。あの魔物なら、きっと俺の予想通りに動いてくれるはず。頼むぜロロ、全てはお前にかかってる!

 

 「ロロ! 今です! めいいっぱい光ってください!」

 

 「あいあいさー!!! フルパワーマックスだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 俺の背後で放たれたそれは、もはや閃光と呼ぶにふさわしいほどに強く刺々しく光輝き、暗闇だった部屋を目映く照らし出した。

 

 「!?」

 

 突然の光に脅威を感じたのか。魔物はとっさに一番近い影に潜り込んだ。それはあまりに素早く、とても阻止できそうにもない動きだった。

 

 いや、阻止なんてする必要はない。この影に誘き寄せた時点で俺の勝利は確定した。そう、さっきの暗闇の中で、俺は影になりそうなあらゆる物体を破壊した。ただ、アイツを誘導させるために、たった一つを残して。

 

 俺の足元から、真っ直ぐ前方に伸びる影。アイツは今まさにその俺の影に入り込んでいるのだ。

 影の中からでも分かる。迂闊な判断をしてしまったと、コイツは逃げ場の無い俺の影の中でさぞ悔やんでいることだろう。

 

 最後の段階へ進むために、俺は亜空間から自分の武器を取り出した。それは父から譲り受けたかつてのレイピアではない。

 

 あれだと敵を殺さないようにするのは難しいから、いつの日からか封印するようになった。そもそもこの状況では役に立たないだろうしな。

 

 俺が取り出したのは一振りの木刀。まるで墨液に浸したかのように淡い黒に染まった、それ以外はなんの変哲もないただの木刀だ。

 

 しかし、見た目は黒いだけでも、その力は一味違う。俺は木刀に魔力をコーティングさせて強化するテクニック、魔力武装を施して、刀の力を解放させた。

 

 魔力武装についてはまだ語るべきことがあるが、今は時間が惜しいので、この木刀の力についてだけ語らせていただこう。

 

 端的に言えば、この木刀は呪われている。それはこの木刀が、一つの木だった頃からだ。

 

 まあこれも詳しい説明は省かせてもらうが、この木刀に斬られたものは、森羅万象あらゆるものを、呪い尽くす。それは空気でも、魔法でも、どんなに概念的なものでも例外ではない。

 

 「ハァァッ!」

 

 俺は木刀を逆手に構えて足元の影に突き刺した。刀身から漆黒の靄が空間に滲みだし、影を尽く侵しはじめる。

 

 

 古来より、影は闇に似ていると良く言われ、地方によっては、冥府の象徴、暗黒の化身、悪魔の住処なんて言い伝えられるほど、人々の畏怖の対象になっている。

 

 

 だがどうだろう。靄は、今まさにその影をぐずぐずに蝕んでいる。

 

 

 黒よりもドス黒く。

 

 暗黒よりもさらに昏い。

 

 

 影すらも飲み込むその呪いの様は、この世の何よりも闇に似ていた。

 

 

 

 この木刀は、森羅万象あらゆるものを、呪い尽くす。それは空気も、魔法も、時間も、空間すらも、何もかも全て。

 

 

 

 そう、たとえ"影"でさえも。

ご覧頂きありがとうございました。

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