19. ダンジョン
溜池の穴を覗くが明かりもなにもなくただただ深遠が続いている。これじゃあ深さがイマイチわからんな。試しに小石を落として見よう。
………………ポチャン。
今のは水の音だろうか?まあ、さっきまでここにあった水が流れていったんだから不思議でもないか。とりあえず今の時間差で大体の深さは把握した。このまま潜って問題ないだろう。
「水の中を潜るの?」
「いえ、恐らくその必要はないでしょう。まあ入ってみれば分かりますよ」
しかしここ結構深いな。あの深さを降りていくとなると、いくら鋼の肉体とは言え何も無しで飛び落ちるのは無謀だ。ここはロープを使おう。
適当なところに杭を打ち込んでロープをくくりつけて、反対側を俺の体にもくくりつける。これでセット完了だ。
「それでは行きましょうか。 ロロ、先行して光をお願いします」
「りょうかい!」
意気込むと同時にロロはいつも通り光出した。昼間同様、肉を食った直後なので普段よりも光が強い。これだけ明るかったら大丈夫だろう。
それから数分間、俺達はひたすら下へ下へと降りていった。楽にいけるかと思ったが、これが中々に難しい。まず、この穴のそこらじゅうに苔が生えてるんだが、これがものすごくヌルヌルしていてかけた足をとられやすい。指先にまで神経を使ってしまってそれだけで進行スピードが遅れてしまう。
しかもこの苔、ロロの光に反応して青白く光出しやがった。光に反応する苔、見たことも聞いたことも無かったが、やけに綺麗で見とれてしまう。おかげで輪をかいて遅れてしまうことになった。
「カルラ気を抜いて足滑らせたりしないでよー? 上から落っこちたきたらロロ潰れちゃう」
「……善処します」
あーくそ、軽口叩く余裕もねえな。こりゃさっさと下に着かねえと。
「でもまあここら辺じゃないかと思うんですけどね」
「どゆこと? なーんにもないけど?」
「先程も言いましたが、下の水溜まりまで行く必要はありません。恐らくそっちは一般人を惑わすためのダミーでしょう。巻物にはこう記されています。紋章を見つけ、専用の術符を貼れと」
指定された術符は既に用意している。これはわざわざ別のダンジョンで手に入れたもので、多分同じものは二つとしてないレアアイテム。つまり専用の鍵ってわけだ。
なので、俺が無くさない限りはこの先も俺以外には入ることは出来ない。ほんと、無能の癖に徹底してるよなぁ。
「そのもんしょーってもしかしてコレ?」
ロロが指差したのは俺の背後の壁。見てみれば1つの円を中心に無数の直線が放射状に伸びている模様があった。
俺は試しに術符を貼りつけてみることにした。すると紋章のすぐ下のスペースが突然揺れて壁の一部が崩壊した。瓦礫となった土が底の水に落ちる大きな音が聞こえてくる。
「ビンゴですロロ。この先がダンジョンで間違いないでしょう」
「やーったね! ロロ大活躍!」
まあ、ランプ係としては上々なんじゃないか?
さて、崩れた壁の向こうには石造りの通路が見える。モンスターや罠などの危険はとりあえずなさそうなのでこのまま入ってしまおう。
ロープはほどくだけでそのままにしておいて、さあ、ガンガン進んでいこう。
おっと、その前に虫ケラには釘を刺しておかないとな。
「いいですかロロ、何度も言っていますがダンジョンというのはとても危険な場所です。いつ何が起こるか分かりませんから、勝手な行動はしないこと。ちゃんと私についてきて……」
「うわ!あれなんだろー!?」
はいはいわかってたよ。そもそも五年間一緒に行動していて、今さらこんな忠告をする必要があるってことは、普段からコイツはこの類いに関してはまるで言うことを聞かないってことだ。
ほんと、なぜか昔からダンジョンに入ると興奮気味になるんだよな。
「……あんまり遠くに行かないでくださいよ!」
まあいいや、うるさいのが横にいないなら色々やりやすいかもしれない。俺は俺のやることをやってしまおう。
ダンジョン攻略の際に必ずしなければならないことが幾つかある。まずダンジョンに入ったらその建築パターンを見極めなければならない。
世界中のあらゆるダンジョンは全く同じ構成のものは二つとなくとも、おおよそのタイプで分類分けできることが近年の研究で明らかになっている。
そしてそのタイプを割り出すことが出来れば、ある程度出現する魔物の系統を予測することが出来るのだ。
さて、ここは典型的な石造りの遺跡タイプだな。魔物はゴーレム系、アンデッド系と言ったところか。物理攻撃が効きにくい連中だから少し俺とは相性が悪いな……
まあやりようが無いわけではないがな。
よし、それじゃあそろそろ進むかね。……あれ、虫ケラどこいった?
「カルラ助けてー!」
声のする方へ目を向けると、ゴミ虫が全身包帯グルグル巻きの人型の魔物に追いかけられながらこちらに向かってくる光景が見えた。
「ほんとにあなたと言う人は……」
説教は後にするとして、まずはこの状況を打開しなければならんな。
あれは確かドレッドマミー。赤い包帯のミイラ男で、目が退化している代わりに熱源探知能力を持っている。
妖精であるロロが見つかったのはこの能力によるものだろう。
「隅っこにでも隠れてなさい!」
「ごめんなさい~!」
アンデッドや怪奇現象の類いが大嫌いなロロは珍しく泣きべそをかいて、俺の背後へ飛び込むように隠れた。
さて、ドレッドマミーか。中級の魔物で包帯攻撃を受けたら稀に痺れてしまうのが厄介なんだよな。だが、しょせんは一体。俺からすれば楽な相手だ。
「とりあえずファイアーボール!」
まずはあまり良い思い出のないファイアーボールで相手の気をそらそう。
熱探知するドレッドマミー相手だからこそ通じる作戦だ。
「ウガ?」
よしよし、炎に気をとられて向こうを向いたな。今のうちに術を唱えよう。
「『炎』を司る精霊よ、森羅万象を刹那に降して、今、我に灼熱の加護を与えよ!〈閼国〉!」
炎の精霊〈閼国〉がもたらすは文字通り炎の加護。すなわち、火属性に耐性をもたせ、自身の攻撃に火属性を付加させることができる。
「隙だらけだ!」
ドレッドマミーの弱点はズバリ火属性! このまま炎の拳で後頭部をぶん殴って俺の勝ちだ!
「た、倒した!?」
天敵が大人しくなったタイミングでロロは顔を出してきた。まったくどんだけ嫌いなんだよ。
「ええ、ばっちり焼き払いましたよ。もうこの世を彷徨うこともないでしょう」
倒されたドレッドマミーは光に包まれてやがて消え、そこに残ったのは奴が身に纏っていた赤い包帯だけだった。
これは俗に言うドロップ品というものだ。ドレッドマミーにかぎらず、倒された魔物は何かしらのドロップ品を置いて消えていく。
普通の魔物相手ならよっぽどのことがない限り命までは奪わない。だがコイツは、死してなお無理に地上に繋ぎ止められた悲しきモンスター、まるで勇者に魂を囚われたマチューの仲間達のようだ。
アンデッド系の出自を知っていると、自分の中で彼らとダブってしまって、せめてあの世に逝かせてやりたい、そんな風に考えてしまう。
だから、こいつらだけはちゃんと倒してやって、安らかに眠れるように簡易だがまじないをかけることにしている。
それが俺にしてやれる精一杯のことだから。
「あー怖かった~……」
ホッと安堵の息を漏らすロロ。こりゃこの先思いやられるな。
しかし、初っぱなからドレッドマミーか…… あいつらって一体だけだとそこそこ止まりだけど、複数相手するとかなり厄介なんだよな。しかも、更に上位のアンデッド系が出るとなると……
「ん?苦い顔してるね。」
「ええ、このダンジョン思っていたよりも手強いかもしれません。せめて詠唱する時間を作れれば楽なんですが」
「まだそれで悩んでるの?だから言ってるじゃん、早いとこ仲間見つけたほうがいいって」
ロロが言うことは一理ある。というか、全面的に正しい。
基本的に、ダンジョンを攻略する際はパーティを組んで入ることが推奨されている。
ダンジョン内の資源や生態系の維持を考慮して、パーティの上限人数は五人まで、それ以上は見つかり次第ギルドから直々に処罰が下される。
もちろん、余程の足手まといを連れているなんてことが無ければ、パーティの人数は多ければ多いほど攻略が有利になる。特に戦闘面では数にものを言わせて敵を圧倒出来ることだろう。
そんなこんなの理由があって、大体の冒険者は五人でパーティを組んでダンジョンに赴く。それは初心者でも上級者でも変わらずだ。もし一人でダンジョンに潜るなんて奴がいるなら、そいつは自殺志願者と非難の嵐に曝されることだろう。
かくいう俺自身が見てのとおりソロ活動しているわけだが、別に好き好んでこんなことしているわけじゃあない。
神に頼まれて異世界勇者どもに復讐する旅なんざ誰を巻き込めるって言うんだよ。
事情を理解してくれる奴がいるなら、そりゃ仲間にしてえけどよ。
「いいんですよ、下手に足手まといを連れていくくらいなら一人のほうがマシです」
「相変わらず気難しいねぇ、まぁ頼れるロロがいるから仕方ないかぁ」
おまえは今さっきぶっちぎりで足手まといだったけどな!
募る苛立ちを抑えつつ、俺達は先を急いだ。ダンジョン攻略はまだまだ始まったばかりだ。