18. ロマン
盗賊を退治した後、俺達は行商人のおっさんとは適当に誤魔化して別れ、鬱蒼とした森の中を10時間以上歩き続けてやっとのこと目的地に辿り着こうとしていた。当たり前だが余裕で夜だ。
それにしてもあのおっさんはしつこかった。
礼はいらないって言ってるのに、一緒に街に着いてきて是非ともお礼をさせて欲しい、自慢の特上葡萄酒を御賞味頂きたいと食い下がり。
挙げ句の果てには、憲兵に捕まえてもらうために盗賊達は拘束して荷台に乗せていくが、俺がいないと不安だ、などと半ば脅すようなまねをしてきやがった。
もしかしたら俺を憲兵に突きだすつもりだったのかもな。助けたんだからチャラにしてくれてもよかったのに。
まあ、そんなことは関係無しにあのまま同行するわけには行かなかった。なぜなら、俺達の目的地は決して人に知られてはならない秘密の場所だからだ。
「うへ~ロロ疲れた~」
「あなたふらふら飛んでただけでしょう」
「飛んでても疲れるもーん。それより、なんかおっきな岩壁しかないけど、ここがゴールなの?」
「いえ、正確にはこの中ですね」
アルルカの渡してきた巻物によると、お目当てはこの岩壁を抜けた秘密の空間から入れるダンジョンの最奥部にあるのだという。
ダンジョンとは、この世界の各地に点在する地下迷宮のことだ。中には凶悪な魔物や、厄介なトラップ、侵入者を阻む要素がてんこ盛りで、わざわざ潜ろうなんて酔狂な奴はそう多くはない。
それでも「冒険者」と呼ばれる連中は好き好んで中へと入っていく。それはダンジョンの中に眠る宝を手に入れるため、あるいは踏破して名声を手に入れるため、またあるいは己の力を試すため。様々な目的をもって世界中の猛者共はダンジョンの中へと赴いていく。
かくいう俺も表向きは冒険者ということで名が通っている。ギルドで冒険者資格を取得していないとダンジョンに入れないからな。
それで今回のダンジョンの中に何があるのかというと、どうやら勇者達の世界に繋がるゲートがあるらしい。もちろんそんなものが俺以外の一般人に見つかれば大事になるので、アルルカは誰の目にもつかないように、こんな森の奥底の、さらに岩の向こうへと隠しているのだ。
「どこかに小川があるはず、それが目印です。ロロも耳を澄まして水の音を探ってください」
「水の音ならさっきから聞こえるよ。ほら、あっち」
ロロが指差した方向には確かに緩やかな流れの小川があった。近くに寄って見てみれば、水はめちゃくちゃ黒く濁っていた。臭いはないが、ただただ汚い。
はーなんだよ、普通こういう秘境とか山奥の水って綺麗なもんじゃねえの? ダメだダメ。まるでロマンが足りてない。
それで川を辿っていけば洞窟があって、そこを抜けると比較的開けた空間があった。天井は無く、見上げれば満点の夜空が広がっている。
「あれだけ徹底して、上からは丸見えというのはどうなんでしょうか」
なんというか、無能らしいというか……
「バーベキューしても煙が籠らなくていいじゃん!」
わーお超ポジティブ。このアホが一緒にいたら、あの無能もプライドが保てるかもな。
「あれぇ? でもダンジョンの入口なんてどこにもないよ?」
ロロが言うように、この場所には相変わらず糞汚ねぇ水を流す小さな滝とその水溜、あとはめっちゃ怪しい赤い実が成った蔓くらいしかない。ロロではないが、ぱっと見はバーベキューにうってつけなキャンプ場にしか見えない。
だが、これも想定内だ。巻物にはこう指示されている。合言葉を唱えろと。
「神の使いのもと、道を開けよ」
合言葉を言いきった瞬間、変化は起きた。
滝の水が停まり、水溜まりの水面が揺れてやがて渦を巻いていく。
水が黒いためよくは分からないが、底に穴でも空いたのだろうか、渦は大きくなりながら水嵩はどんどん減っていき、最終的には予想通り渦の中心だった場所に地下へと続く穴があった。
「おおお、なんかカッコいいー!」
わかる。こういうのはロマンがあって俺好みだ。顔には出さんがな。
「それじゃあ早速入っていこー!」
「いやいやいや、流石に今日は遅いですし食事を取ったら寝ますよ」
「やだやだやだ! 入りたい入りたい!」
はー、この虫ケラはわがままばっかり言いやがって……
仕方ねえここはあれで釣るしかねえな……
「言うことを聞いてくれれば、マガンタお手製の極上サラミを今日の晩御飯に出しましょう」
「なぬ!?」
ロロが血相変えて食いつくのも無理はない。マガンタお手製極上サラミとは、ハクバカの森に生息するレギオリザードの尾肉と岩コブ猪のバラ肉、そして若いアバ鴨の肝をすり潰して秘伝のスパイスハーブと混ぜ合わせたものを腸に詰めて熟成乾燥、んでよくわからん他諸々の処理をした究極のサラミだ。
マガンタ曰く、素材関係無しにハクバカの森でないと作ることは出来ないらしいが、そんなことはどうでもいい、とにかくウマいのだ。
噛めば噛むほどにジワッと広がる旨味、肝による舌に絡みつくような濃厚さとハーブとの絶妙なバランス。
サラダやパン、あやゆる料理にトッピングするだけで全てご馳走に変貌させる。まさに極上、究極、至高の……
ああ、想像するだけで唾液が出る!
さらに驚くべきはなんとこのサラミ、めちゃくちゃ手間隙かかってたくさんは作れないのに、マガンタは旅立つ日に気前よく10本もくれたのだ。以来俺は頑張った日だけ、自分への御褒美としてチマチマ大切に食べている。
「ほしい!サラミほしい!」
「ならダンジョンは明日でいいですね?」
「うん!!!」
めっちゃ思いきりのいい頷きだったな。さっきの駄々コネはいったいなんだったのか。
まあ所詮は虫ケラよ、本能のままに生きているから食欲には勝てない。
さて、それじゃあスライスしていきましょうかねぇ。
「カルラもっと薄く切ってよ~」
「マガンタのようにはいきませんよ、無茶言わないでください」
人がせっかく切ってやってるといえのにこの態度。ああだめだ、気が散って仕方ない。
サラミという食べ物は、薄ければ薄いほど美味しい。 歯切れがいいし、旨味も濃く感じる事ができる。
「どれだけ上質なサラミだろうと、切り手がヘタクソならそれだけで全てが台無しになる。サラミと避妊具は薄いものに限るぞ」というのはマガンタがサラミを扱う度に言っていた言葉だ。
その言葉についてはなにも思わなかったが、なんとなくサラミを切るマガンタの姿がカッコよく見えたので修行の合間に俺もよく切る練習をしていた。
その成果としてマガンタも及第点を出してくれる程には上達したのだが、ロロをはじめとした妖精どもにはイマイチな評価を受け続けている。
例え人間が満足する薄さだろうと、妖精からすればまだまだ厚いからな、まったく強欲な連中だ。そんなもんマガンタくらいにしか出来ねえよ。
「薄く切れないと女の子にモテないよ~?」
「虫にモテたい願望はないので大丈夫です」
はい、イヤリング判定セーフ。前に試したから分かっていたことだ。ちなみに虫ケラはアウト。
そんな馬鹿なやりとりは食事が終わるまで続いた。コイツと一緒にいるとまるで静かなときがないな。
本来俺は食事は静かにしたいタイプだったのだが。
「さて、食事も済みましたし後は寝るだけですね」
「え~、デザート欲しいよぅ」
「そんなものはありません。どうしても欲しいならあの実でも食べてたらどうです?」
俺が岩壁をつたう蔓に成っている赤い実を指差した。ロロはそれを見て一瞬だけ迷い、またこちらを向き直す。
「もっと美味しそうなのがいい!」
知るかボケ、わがままも大概にしろ。こんな阿呆はほっておいて俺は寝かせてもらう。
しかしまあ、下手をすれば明日敵の本拠地に着いてしまうのか、朝起きたら準備は入念にしておかないとな。
ああ、考え事をしていたらだんだん眠たく……
「カルラカルラカルラー!!!」
「…………なんですか」
なんだろうこの感じ、昼間にも体験したような気がする。しかし、ここまできたらキレる気も失せてきたな。俺も大人になったってことか…… 大人になるって疲れるんだな……
「この実すごい! 甘くて美味しいし、なんか食べたら元気になる!!!」
「はい?あなたいったい何を言って……」
「ごちゃごちゃ言わず食べろ!」
うわ!やめろ! そんなよく分からないもの口に押し込んでくるな…… ああ、クソッ!丸飲みしちまったじゃねえか!
「どう!?」
「どうって、丸飲みしたから味は分からな……」
そう言いかけたところで、突然自分の中の体に編かが起きるのを感じた。まるで体の内から活力がみなぎっていくようだ。
「お、おおッ?」
「ねえねえ! 今ならダンジョンにいっても良いんじゃない!?」
はあ、コイツはどんだけ入りたいんだよ。
いいさ、なんか眠気も吹っ飛んじまったし、さっきから体を動かしたくて仕方がねえ。よっしゃ、いっちょやってやろうじゃねえかッ!
「30分で支度しますよ、やっぱいいは無しですからね」
「おおとも!」
ご覧頂きありがとうございました。