17. 15歳になりました
「グハハハ!!! 金だ! 金目になるものを寄越しなァ!!!」
「ヒィィィィ!!! お命だけは~!!!」
外から聞こえてくるやり取りで、ロロの言ったことが事実であると再認識される。まいったな、昨日の夜戦ったばかりだし、今日はもう休んでいたかったんだけど。
どうやら神様は俺を楽させてはくれないらしい。今度文句を言っておこう。
「戦うの?」
「まあ、見過ごす訳にはいかないでしょう」
勝手にタダ乗りさせて貰ってただけだが、こういう形で恩を売れるなら、やっておいて損はないだろうしな。よし、コテンパンにやってしまおう。
「数は?」
「鉈やら斧を持った人間の男が5人。らんぼうそーなゴリゴリの筋肉だるまばっかりだったから、多分魔法を使えるのはいないんじゃないかなぁ」
なんだその理屈は、と思うかもしれないが、妖精であるロロはマナの動きに敏感だ。こいつが魔法使いはいないというのなら本当にいないのだろう。
「商人は戦えそうでしたか?」
「いんや、ありゃ全然ダメだね~ 武器らしい武器も持ってなかったし、戦力にはなりそうもないよ」
ほうほう、なら、こうなってこうなって、きっとああなるだろうから、こうしといて……
よし、作戦は決まった。相手の力量次第だが、問題はないだろう。
「しかしおっさん。こんな野道を用心棒も雇わず抜けようとしていたのか? 迂闊だねえ? それとも連れが荷台に隠れて隙を伺っていたりするのかなァ!? 」
「いいえ! 私ひとりだけですゥ! あの中には仕入れた樽酒しか乗せていません!」
「ハン! どうだか! ……おい!誰かいるならそこから出てきな! さもなくばこのおっさんの命はねえぞ! 」
勘が良いなあの盗賊。商人だって嘘は吐いていないのに、疑い深い奴だ。
まあいい、今出ても作戦に支障はないさ。
「…… 」
「ああなんだ? やっぱ乗り込んでんじゃねえかよ! おいおっさん!この俺様に嘘吐くたあ良い度胸じゃねえか!?」
「え、えええ!? 私あんな人知りませんよ!?」
「うるせえ! この期に及んで白を切るつもりか! こりゃちとばかし痛い目にあってもらう必要があるようだなぁ!」
そう言って拳を上げて商人に掴みかかった男に、別の一人が肩に手を置いて制止した。他に比べれば幾分か理知的なように見える。
「まあまあ、兄ちゃん落ち着いて。その商人よりも優先すべきはあのエルフだよ。見たところ武器は持っていなさそうだけど、なんかおかしな格好してるし油断できないよ」
兄ちゃん? もしかしてコイツら兄弟か? よく見てみれば皆似たような顔に背格好。まさかの五兄弟かよ。
しかし今の発言は聞き捨てならないな。人のことジロジロ見るなり、おかしな格好なんて言いやがって、どういう教育してんだ。
俺は至って普通…… ではないか……
相も変わらずの三白眼に重たい隈、そして見るからに不健康そうな青白い肌。昔から人を選ぶ姿をしていたというのに、今じゃそれに加えてトンデモファッションだからなぁ。
まずこの黒のインナースーツだろ?インナーって言ってんのに、上半身はそれとストールしか着ない。もうすごい、斬新の極み。おそらく世界中探してもこんな着こなししてるの俺しかいねえよ。
次にこの指貫袴。マガンタのお下がりを履こうとしてブカブカだったから中で折ったやつ。
これもここらへんじゃまず見ない珍しい着物で、もちろん普通はこれだけを履くなんてことはない。でもこれだけ履いちゃう。
変かなと俺も疑ったけど、師匠とマガンタがまあいいんじゃね?って言うから騙されてそのまま来てしまった。
んで指や耳や腕に術の精度を高めるためのあらゆる装飾品がジャーラジャラ。
昔と違って俺ももう15歳。背丈だけなら大人と並ぶようにもなって、いよいよ冗談が利かなくなってきた。端から見れば盗賊よりも不審者だ。
「う~ん、これはなにも言い返せない……」
隣でロロも負けを認めている。くそ、やっぱりみんな変だと思ってたのか……
ちなみにロロの姿は恐らく他の連中には見えていない。妖精を含めた精霊を視認できるのは〈精霊使い〉だけだからな。
「ヘハハハ!サブロー、あんまり格好のことは言ってやるな。 おおよそド田舎出身のエルフなんだろう。奴らの中じゃあきっとあれが普通なんだよ!」
「……人が黙っていれば好き勝手言ってくれますね。あーそうですか、理解しました。どうやらあなた達には無様な姿を晒してもらわないと気が済みそうにもありません」
「あ? なんだとコラ?」
「"ぶっ飛ばす"って言ったんですよ!」
口よりも先に体が動いていた。メタルスライムの特性を受け継いだそのスピードで瞬時に賊の一人との距離を詰め、脚のバネを効かせたアッパーカットをお見舞いする。
ざまあねえ、感触的に男の顎は割れただろうな。これで当分喋れまい。
「な!?弟!」
「コイツ、できる!?」
もうくたばりやがった。数揃えただけで強さは然程でもねえじゃねえか。こんなんでよく俺に喧嘩を売れたな。
「よくも弟を! 許さん!」
「待ってイチロー兄ちゃん! よく見たらそいつ最近噂に鳴ってる"銀精剣のカルラ"だよ!」
「ああ?なんだそれは!?」
「街のゴロツキの間で噂になってるエルフの男さ、やけにすばしっこくて固くて、おまけに精霊術とかいう奇妙な術を使う厄介な奴らしいよ!」
おいおいおい、人が苦労して習得した精霊術をおまけ呼ばわりは酷いんじゃねーか? まあ、俺がそこまで術を使わねえから、効果が薄いと勘違いされてるのかもな。
「しかも噂によればソイツは変なスキルを持ってて、倒せば莫大な経験値を貰えるって話だよ!」
「なにい!? こんな道端の雑草みたいな成りをした奴が!?」
「甘く見ちゃダメだ! その経験値目当てに何人もの凄腕が挑んでるけど、全員返り討ちにされてるんだよ! 昨日だって"玄弾のビハップ"が奴に挑んだけど、ダメージ一つ負わせることが出来ずに敗れたらしい!」
うわあ、昨日の噂がもう広まってんのか、早いなぁ。
そうそう、俺は確かに昨日ビハップとかいうガンマンと戦った。鉄砲なんてまるでオモチャだったから、ヘディングで弾き返して分からせてやったら鼻水垂らして青ざめてたんだよな。
「すっかりカルラ有名人だねぇ」
「なんにも嬉しくないですよ。毎日のように喧嘩を売られて休む暇もない」
「な、あの"玄弾"が? ……って、何をごちゃごちゃ喋ってんだ"銀精剣のカルラ"ァ!!! 」
「これは失礼しました。それでどうするんですか? 確かに私は"銀精剣"の二つ名を持つ者です。 昨日"玄弾"とも戦い勝ちました。この私と、まだやりますか?」
「ハッ! 知れたことよ! 弟がやられてこのまま帰れるか! 行くぞおまえら! "銀精剣"をぶちのめせえ!」
ウォォォォォ!!! と後に続く賊共の雄叫びがわずかに空気をビリつかせたような気がした。
いいねえ、そういうの嫌いじゃねえよ? やっぱ兄弟はこうじゃなきゃな。 俺とリインじゃこうはいかないからちょっと羨ましい。
「わかりました。そこまで言うならお相手しましょう。どうぞ、かかってきて下さい」
「オラァ!」
「行くぞォ!」
まあでも、残念ながらさっきの一人を仕留めた時点でコイツらの力量は知れている。おおよそだが、コイツら一人一人は昨日のビハップよりもずっと格下だ。俺の敵じゃあない。
「防具もつけずに戦おうなんて、無謀にも程があるぜえ!」
甘いな、俺にはそもそも防具なんて必要ないんだよ。さっき仲間の言ってたこと聞いてなかったのか?こりゃ今一度俺の強さを見せつける必要があるな!
「な!コイツ俺の斧を素手で受け止めやがった!?」
「質の悪い鉄ですね。こんなんじゃ私には傷一つつけられませんよ」
掴んでずらして、相手の重心が傾いたところに鳩尾膝蹴り。あーこれでダウンか。ダメダメ、やっぱ全然鍛えられてねえじゃねえかよ。次だ次。
「確かもう一人向かってきていたような……」
「俺ならここだァ!!」
おっと今の隙に後ろをとってたわけか、兄弟なだけあって多少は連携がとれるようだな。でも、それも不可だ。
「フン! フン!フン!……ってアレ?」
ほらな、そんな鉈を力任せに振ってるだけじゃ、武器がもたねえよ。見てみろ、刀身と柄の境目から折れ曲がってんじゃねえか。
「雑すぎます、武器はもっと大切にしないと」
ローキックで崩して、鼻に肘落とし。やべ、今のはちょっとやりすぎたかもしれん。まあいい、とにかくこれであと二人だな。完全に追い込んだ。
「おおおお!シロー!ゴロー! そんな簡単にやられてんじゃねぇぇぇぇ!」
「兄ちゃん、ここは俺に任せな」
叫ぶ兄に、冷静な弟。 ありゃ確か俺のことを知っていたサブローだったっけな。見分けがつかないからややこしい。
しかし、 この状況でやることっつったら恐らく一つしかないだろうが。まあ、よろしく頼むとするか。
「やい!"銀精剣"!確かにお前は強いが、これでもその威勢を保っていられるかな!?……おいおっさん!こっちにこい!」
「えっ、ちょっ、やだぁ!」
はい、予想通りの展開。そりゃそうだ、普通は人質取るんだよ。昔エミリアを拐った連中は何でこれをしなかったのか今でも不思議で仕方がない。怖じ気づく前にやることやれってんだよ悪党の恥さらしが、コイツらの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
「下手に動いてみな! このおっさんの首が吹っ飛ぶぜえ!?」
もう台詞も百点満点だね。おっさんが危険な目にあってそれを俺が華麗に救う。恩を売るストーリーとしては完璧なムーヴだ。
「離してくださいよぉぉぉぉ!」
おっさんはごっつい腕に抱き抱えられて身動きが取れずにいる。もがいて脱出しようとしているが、あの大男の拘束を自力で解くほどの力があるようには見えない。
よしよし、予想通りの展開だ。なら久しぶりに精霊術を御披露目しようとするか!
「……暁雲噛み殺す蛇の者、青き繁栄に双牙を組んで、今、我らに城壁が如き力を与えよ!《吽壌邏》!!!」
「あの札はなんだ!? ヤロウ、警告を無視して仕掛けてきやがった!!」
ああそうさ、精霊術の前じゃテメエらの脅なんざ通用しねえんだ。この防御力を上げる精霊術で、テメエらの作戦は失敗する。
「《吽壌邏》使うなんて珍しいね? カルラは防御力なんて今更上げる必要ないんじゃないの?」
「フフ、まあ見てて下さいよ」
「えらく余裕こいてんじゃねえか、いったい何をしようってんだ……!?」
「でも兄ちゃん変だ、何も起きてないよ」
ああ、そうだろうよ。精霊術は一見その効果を認識し辛いし、素人のテメエらじゃ何が起きたかなんて分かるわけないだろうさ。調度良い、何も気がついてない内に次に行かせてもらう。
「……裏海の渚を歩む者、法と理を繋ぎ合わせ、今、我らに鬼神が如き力を与えよ!《繰主奈》!!!」
これは攻撃力強化用の術だ。師匠が岩を持ち上げていたのが懐かしい。
さて、これで準備は完了した。もうコイツらは詰んでいる。あとは好きに攻めさせて貰うだけだ。
「それじゃあ終わりにしましょう。……いきますよ」
「コ、コイツやる気か!? おっさんがどうなっても良いって言うのか!?」
「どうぞご自由に! それではとりあえずお兄さんからくたばって貰いましょうか!」
少し跳んで回し蹴り。見事に顔面にヒットして一発ノックダウン。しかしこいつら見た目の割りにタフネスが低すぎるだろう。素手のエルフに負けるなんて恥ずかしくないのかね?
「に、兄ちゃん! クソォ! こうなったらおっさんだけでも殺してやる! ハハハ、残念だったな"銀精剣"! おまえはこのおっさんを守ることが出来なかったぞ!僕達の勝ちだぁ!」
「そ、そんなあ!」
なんかすんげえ早口で言い切って、サブロー君の鉈が大きく振り上げられる。次の瞬間真っ直ぐおっさんの首目掛けて降ろされるから、本来ならばおっさんはこの場で生首を晒すことになるだろう。
おっさんは雑に殺されることにショックを隠せない様子だ。まあ安心しろって、今だけアンタはスーパーマンだ。
「お助けえええええ!!!! ……ん、あれ?生きてる?」
「な、なにぃ!?おっさんの体に全然刃が入らねえ! "銀精剣"! おまえ何をした!!!」
そりゃそうだ、今のおっさんは恐らく600くらいの防御力実数値になっている。そんななまくらじゃおっさんを斬ることはできねえ。
「なにって、あなたが言っていた精霊術ですよ、一時的にですが、防御力を上げさせて貰いました。見れてよかったですね」
「こ、これが精霊術……! なんてデタラメな力なんだ……!」
巷で噂の奇妙な術を目の当たりにして感嘆するサブロー君。どうだ、おまけなんてもう言わせねえぞ。
さておっさん、今の俺の発言で何か勘づいたみたいだな?
「斬られないなら無理やりにでも抜け出してやる! コノ! コノ!」
「おいこら!暴れるんじゃない! くそ!さっきより力が強まっている!?」
「それも精霊術の影響です。下手に押さえ込もうとしたら怪我しますよ?」
「ウッ…… クッ……! だめだ!腕がもたない!!」
おっさんががむしゃらに暴れたことによって、いよいよ誰の目にも分かる形で俺の優位が証明された。数が多い故に時間がかかってしまったがこれで最後だ。
「ということで、これで終わりです」
「くっそぉぉぉぉ!!!!」
右の頬に拳を捩じ込んでジ・エンド。つまらん戦いだったぜ。
「ふう、完全勝利、ですね」
「カルラかっくいー!」
まあな、不死身の勇者を倒そうってんだからこれぐらいは当然さ。
師匠との修行で過ごした五年間、俺は死にもの狂いで努力した。
やはり精霊術をたった五年でマスターするにはただの修行ではどうにもならず、創意工夫して至った答えがあの術符だ。
精霊符。
師匠がそう呼んだこの札は、予め精霊術を唱えるのに必要な術式が組み込まれており、これと詠唱を組み合わせることで、未熟ながらも精霊の力を使うことが出来る。
「おっと、今の戦闘でレベルが上がったみたいですね」
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カルラ・セントラルク(マチュー)
レベル:22
種族:エルフ
職業:精霊使い
HP:390/390
MP:550/560
筋力:365
耐久:10277(+10000)
魔力:460
敏捷:10364(+10000)
固有スキル:〈前世の記憶〉〈"耐久"ボーナス+〉〈"敏捷"ボーナス+〉〈魔法使用制限〉〈攻撃魔法無効〉〈討伐者経験値ボーナス〉〈精霊術〉〈亜空間収用〉
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あれから5年。精霊術を学び、剣術を学び、体術を学んで知恵を蓄えた。それは勇者達を倒すためであることに違いはないが、今はそれだけじゃない。
全てが終わったあと、人の道を歩み直せるように、父との約束を守るために、俺は強くなったんだ。
ご覧頂きありがとうございました。