16. カルラとロロ
暖かな日差しが差し込む昼下がり。
馬車の中で揺られながら、俺は穏やかな眠りへと誘われる。この暗くて少し窮屈な荷台の中というのがまたいい。
ああ、なんて心地がいいんだ……
もう寝てしまおう。今寝てしまおう。今日は少し寝不足だったからな。なに、ほんのちょっとだけだ。この誘惑には、誰も勝てな、い……
「カルラ~! 起きろ~!!! 」
「ぐえ!」
俺の優雅な仮眠が阻害された。完璧なコンディションで迎えた至高の昼寝が回し蹴りで邪魔された。
誰に?
わざわざ確認するまでもない。こんな乱暴な起こし方をするのは俺の知る限り二人しかいない。
一人は懐かしき俺の幼馴染み、エミリアだ。
思い返せば俺の運命を分けたあの日も、エミリアが強引に起こしてきたっけな。だが彼女は今ここにいるはずがない。旅立つ日、言葉を交わすこともなく別れてきたからな。
あいつ今頃なにしてんだろうな~、 ゴミカスリインと仲良くやってんのかね~
……じゃなくて、昼寝だよ昼寝。
さすがのエミリアでもこんな乱暴な起こし方はしてこねえだろうよ。ましてや人の鼻に回し蹴りなんて、まともな奴のやることじゃねえ。
「おはよう!」
そう、なんの悪びれもなく元気のいい挨拶をかましてくるのは虫けら妖精のロロくらいだ。
「おはよう、じゃないですよ。なんですか?人が昼寝しようとしていたのに起こさないでくださいよ」
「お腹減った!」
「……いやいや、お昼ご飯ならさっき食べたでしょう。寝言は寝て言ってください。ということで、おやすみ」
我ながらなんて素晴らしい話の運び方だ。一切の無駄なく自然に昼寝へと導いてしまった。こりゃいい夢が見れそうだ。
しかし、ロロがそれを見過ごす訳もなかった。またもや俺の後頭部に飛び蹴りをかましてくる。
ちなみに当たり前だが痛くもなんともない。別にさっきの回し蹴りだって痛かったわけじゃあない。
俺は前世がメタルスライムだからな、例え岩の下敷きになったって痛くなんてないさ。ロロもそれは分かっている。分かっていてやっている。
ただ、なんだ、自分の顔や頭に好き放題蹴りをかまされるのは、単純にムカつく。それだけの話だ。
「寝るなバカー!」
「……あーもう、うるさいなぁ!起きますよ!起きればいいんでしょ!」
っと、いけない。つい苛立ちに身を任せて声を荒らげてしまったがここじゃあ大きな声は禁止だ。
俺達が今いるのはとある行商人が引く馬車の荷台の中。
5年間の修行の末、7ヶ月前に師匠の元を離れて旅を再開し、とある目的地に向かうにあたって移動費と時間を削減するために荷台に忍び込んでタダ乗りさせてもらっているのだ。
もし俺達が入ってることがバレてみろ、場合によってはお縄行きだ。
「場合によらなくてもお縄行きでしょ」
面白おかしそうに蔑んだ目でこちらに視線を送るロロは、元を言えば師匠の森に住む野良妖精だ。どういうわけか知らんが、師匠にもマガンタにも黙って勝手に着いてきやがった。
「あのですね、そもそもあなたの食費が嵩んでいるから、こんなことをしないといけなくなっているんですよ? そこのところ分かってます?」
「ふぇ?」
ふぇ?じゃねえんだよ、シバくぞ。てめえさえいなかったら多少は金に苦労せず旅出来てるっていうのによ。
何が楽しくてこんな虫ケラを連れて、あげく飯をやらねえといけねえんだ。
…………って一言一句違いなく言ってやりたいがそれはできない。 クソ、 この呪いのイヤリングさえなければよぉ。
そんな悔しさに滲む想いをそっと胸の中にしまって、俺はせめて言い負かしてやろうと続けて追及した。
「とぼけないでください。さっきだって他の客のご飯まで食べてしまって。一体どれだけ払ったと思っているですか」
でもこれは流石にあんまりじゃないか? もう五年も経つが、敬語で話す自分に時たま嫌気が差してくる。
大体よ、コイツみたいなバカには一度ガツンと言わなきゃ駄目なんだよ。こんな丁寧口調じゃあ俺が本当に怒ってるなんて伝わりやしない。
「ふぇぇぇ、ロロよくわかんないぃぃぃぃ……」
ほら見ろこのアホ面! なんの反省もしてないし、上手く誤魔化せたと誇ってすらいるこの顔!
……ああだめだ、さっきからイライラが止まらない。きっと睡眠時間が足りてないんだな。
夜はしっかり寝よう。そうしよう。
「ねーねーカルラー、今どの辺なのかなー」
数分後、干し肉を噛み千切りながらロロが俺に問いかけてくる。
別に根負けしたわけではない。これも〈精霊使い〉としての務め、いつだって精霊様には手厚いもてなしをするのが絶対なのだ。
特に駆け出しの内はな。俺は掟に従っているだけであって、決してこの虫ケラに負けたわけじゃない。
「そうですね、さっきの町のシンボル塔があの位置にあるので、今はこの辺ですかね、ロロ、地図を開くので少し光って貰えますか」
「了解! お肉食べたからMAXパワーで行くよー!」
「少しって言いましたからね? ちゃんと加減してくださいよ?」
フリじゃねえからな?ほんと頼むぞ?
「おりゃー!」
わぁすごい、真っ暗な荷台の中で花火が撃ち上がったみたいだぁ。妖精様と意志疎通するのは大変だなぁ。まだまだ修行が足りないなぁ、ウフフフ。
なんて言ってる場合じゃねえよ! 商人にバレちまう!はやくやめさせねえと!
「もういいです! もういい! なんなんですかあなたは! 危うく失明するところでしたよ!」
「えへへ、張り切りすぎちゃった。それで地図見えた? 」
「ああ、ええ、見えましたよ。優秀なランプのおかげでそれはもうクッキリと」
肉を燃料に光るランプ。自分で言っておいてなんだが、中々酷いな。どうしよう機嫌を損ねたら、めんどくせえな。
「も~そんな褒めないでよ~」
うん!余計な心配だったね!どうやら寛大な妖精様のどんぐり脳じゃ皮肉も世辞にとられるらしい!
「ロロはめでたいですね」
「めでたいってどういう意味?」
「愛され体質ってことですよ」
「またまた~」
だめだ、おかしすぎて腹が痛え、笑いを堪えるのがしんどいわ。
なんてやり取りをしていたら、どういうわけか馬車が止まったぞ?もしかして、バレた……?
絶対さっきの光のせいだ。絶対こいつのせいだ。
「あーあ!カルラ犯罪者になちゃうね!」
「人の飯を横取りする窃盗犯には言われたくないですね」
「ふ……」
「ふぇ? はもういいです。 バレていたとして、見つかる前にここを出ないと……」
「とりあえず私外の様子見てくるよ」
おお、たまには良い働きすんじゃねえか。確かに人の目に見えないコイツなら偵察にはうってつけだ。よし、ここは任せることにしよう。
「頼みますよ」
数十秒後、ロロは戻ってきた。
「ただいま~」
「お帰りなさい、それでどうでした?」
「う~ん、まあ、難しい状況だねぇ」
ロロはどこか芝居がかったような喋り方で返答する。なんか微妙にテンションが上がってないか?
「難しいとは?」
「一言で言うと、盗賊に襲われちゃってる」
あ~、なるほどねそういうことか~……
……
…………
………………
めんどくせえ……
ご覧頂きありがとうございました。