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15. 新たな幕開け


 そこはどこだ。我々には見知らぬ土地だ。

 

 吹き荒ぶ嵐は黒い雨を呼んでは獣が如く轟き続け、また、荒野を穿つ雷は悉く紅に染まっている。それまるで、天の怒りを、嘆きを体現しているかのようだ。

 

 それは、かの「地獄」という地に酷く似ている。決して人が踏み込んではならない魔の領域であると、あらゆる倫理に問いかけることだろう。

 

 そこに大きく構える居城はまさしく大悪の住処。

 黒い石壁、刺々しい意匠。やはりそこは、人が踏み込んでいい場所ではなかった。もしそんなことをすれば、たちまちこの城の主に侵されてしまう。

 

 しかし、そこにはもう主の姿はない。あるのはまだ年端も行かない可憐な少女と、それを取り囲む騎士達の姿。一見すれば、騎士達が少女を追い詰めているようにも考えられる。

 

 「ハハハハ!!! 魔王の娘、ビスタ・サードゲートだな!? その首を以て、長きに渡る人と魔との戦いを終わらせよう! 」

 

 騎士の一人は高笑いしながら少女に剣を突きつける。

 多勢に無勢と言えるこの状況、もはや彼らは騎士としての矜持を持ち合わせてはいない。あるのは勝利への執着。例え敵が少女一人だろうとも、卑怯だと言われようとも、全力を以て標的を討とうとしている。

 もっとも、彼ら自身はこの行為に対して卑怯であるなどとは思っていない。「全ては正義のため」、彼らにとってはそれがあらゆる行動理由となりえるのだ。

 

 このような状況で、少女は強かに返答してみせた。

 

 「あらあら、今宵は殿方のお誘いが多いこと。でも残念、私人間は苦手なの、臭くて穢らわしくて、とても手を取る気にはならないわ」

 

 「減らず口を! そのような言葉、二度と吐けぬようにしてくれるわ!!!」

 

 

 「ジョークも通じないなんて、これだから人間の男は程度が低い…… 」

 

 はあ、と短い溜め息をついて、少女は再び敵を視界に捉える。そうして指を鳴らしたかと思えば、次の瞬間、それに呼応して彼女の足元から一匹の獣が飛び出した。

 

 「ぐは!」

 「なにぃ!?」

 

 獣は素早い動きで翻弄し、その鋭い爪と牙で敵を葬っていく。不意を突かれた騎士達は、瞬く間に二人やられてしまった。

 

 「油断した、まさか黒天狐を従えていたとはな、しかしその程度の魔物、不意を突かれなければ我々の敵ではない!」

 

 そのように啖呵を切った騎士の一人に黒天狐と呼ばれた獣は飛びかかっていく。相も変わらず素早いことに違いはないが、騎士はその一連の動きを初動から完全に見切っていた。

 

 「もらった!」

 

 宣言通り、獣の攻撃はもう通用しなかった。

 騎士の踏み込んだ一撃は獣の身体に大きな傷を与える。激しく血を吹き出して勢いを失った獣は、そのまま床に滑り落ちた。

 

 「ヴヴヴヴッッ!!!」

 

 獣は辛うじてまだ生きていた。傷が痛み苦しいはずなのに、また立ち上がろうとしている。騎士達と同様に、この獣にも底知れぬ執念があったのだ。何に変えても、主を守り抜いてみせるという執念が。

 

 「ほう、魔物風情が見上げた根性だ。しかし残念だな、そう体力を消耗してしまってはまともに動くこともままならないだろう」

 

 騎士達は笑った。果敢に挑むも無様に傷を負ったこの獣を、この程度の抵抗しか見せることの出来ない敵の現状を。それらを理解すれば、彼らにとっての勝利は目前であることが再確認される。

 

 実際、獣はもはや虫の息で、他に増援がいるようにも見えない。


 

 しかし、騎士の一人があることに気がつく。

 

 

 少女がいない。

 

 

 まさか逃がした?いや、違う。この部屋からは逃がすまいと、獣と対峙しながらも最低限の注意を払っていた。だから、この部屋のどこかにはいるはずだ。一体どこだ、どこに隠れている?

 

 獣を仲間に任せて辺りを見回すも、目が届く範囲では彼女の姿は見当たらない。考えられるのは部屋の奥の方、影で見通せないあの部分に退いたか。

 

 そんな推理をしていたら、大きな雷が城のすぐ側に降り落ちた。部屋の窓を通して一瞬光が部屋中を明るくする。

   

 その光によって少女の姿は現れた。騎士の推察どおり部屋の奥へと下がり、壁に手をついて今まさに何かの呪文を唱え終えようとしていた。

 それを見て騎士は思った。また無駄な足掻きをしようとしている。こんな状況で、逆転など出来るはずもないのに、いったい何をしようというのだ。

 

 その思考は疑問でもなければ好奇心というわけでもない。ただただ呆れ、飽きているだけだ。

 

 しかし、注意しなければならないのは、相手の魔法は既に完成してしまっているということ。一人で突っ込めば、返り討ちにあってしまうかもしれない。男は相手の出方を伺うことしか出来なかった。

 

 そんなときに、またもや雷が降り注ぐ。それも一度や二度ではない。何度も、何度も、雷は閃いて部屋の中を照らし出す。まるで、騎士達に何かの警告を促しているようだ。

 

 騎士は少女のいる部屋の奥に視線を向ける。先程はほんの一瞬の光だったので、少女の姿を確認することしか出来なかったが、幾つもの雷によって、少女が触れていた壁の全容が明らかとなる。

 

 「な、なんだあれ」

 

 いや、果たしてそれを壁と称していいのだろうか、物々しい悪魔の壁画に囲まれたそれは、何か扉のような、いや、その規模からすれば、「門」と称すのが適切であろうか。

  

 残りの騎士達もその存在に気がつき、皆同じように驚いた。明らかに異質。いったいなぜ、屋内にこんな門が備え付けられているのか。

 そして身震いした。騎士達は直感したのだ。これは人間の理解が及ぶものではないと。ある意味で、畏怖の念すら抱いた。

 

 「リサ!もう十分よ!こっちへ戻っていらっしゃい!」

 

 少女が合図を送ると、負傷した獣は力を振り絞って少女の元へ駆けた。「門」に気をとられていた騎士達はその咄嗟の出来事に反応出来ず獣を取り逃してしまう。

 

 「ビスタ・サードゲート! その門はなんだ! 貴様は一体何をしようとしている!」

 

 「答える義理があるのかしら? そうね、教えてあげられるのは、あなた達と遊んであげるのはここまでということね」


 少女は妖艶に笑って見せて「門」を開いた。

 

 騎士達はその言葉の意味を考え、何かをそこから呼び出すのでないかと剣を構えたがそれは違った。

 

 少女はそのまま中に入っていく。

 

 悉く判断を誤った騎士達は全てに気がついて追いかける。しかし門には障壁が掛かっていてそれは騎士達を弾き飛ばしてしまう。

 

 「逃げる気か!!! 魔王の娘よ!!!! 」

 

 騎士の一人が剣を床に突き立てて吠える。

 しかし、もうそれが彼女の耳に届いているかは分からない。少女と獣の姿は音もなく光に包まれて消え、やがてゆっくりと門は閉まっていく。


  

 「正義を…… 我らに正義を……」

 

 因縁の敵を逃がしてしまった騎士達は、頭のネジが外れたかのように同じワードを何度も呟いた。それはどこか空虚で、弱々しく。何かにすがっているようにも見える。

 

 

 これが人間。

 

 これがこの世界。

 

 

 あの少女はこの地に君臨する魔王の娘であったが、魔王は人間に討たれ、母も拐われた。

 

 同胞も皆敗れ、残った少女は母の言いつけを守って人間に見つからぬようこの隠し部屋に籠っていた。

 

 そして、あの「門」は、人間達に見つかってしまったときの最終手段だった。

 

 

 救いはなかったのだ、この世界には。

 

 少なくとも、この少女には。

 

 

 だから少女は扉を開いた。

 

 

 ここではない何処かへ、

 

 魔の手から逃れ、身を隠せる安全な場所へと向かうために。

 

 

 

 

 ここはどこだ。

 

 そうだここは。

 

 

 争うことでしか進めない。狂った正義が蔓延る世界だ。

ご覧頂きありがとうございました。

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