142. 真の英雄
「命を絶つことが出来ずとも、動きを封じるくらいなら出来るッ!!」
「!?」
隙を見て俺は百火世界を発動させた。
対象はラウディアラのみ。 これによって十分は閉じ込めることが出来るので今の内に作戦を練らねばならない。
「ガウス、少しだけ私の話を聞いてもらえますか」
「……なんだ」
「私の技のひとつに銀精剣というものがあります。
精霊術で極限まで威力を高め、呪いや炎といった斬撃に宿る力を"銀の救済"の魔力で外側から閉じ込め濃縮し放つという技です。
……貴方が先程見せた聖剣の一撃、あの技をもう一度使ってください。それと私の力を合わせればおそらく奴を討つことが出来ます」
「ほう? あれはそもそも奴が造り出したものだ。 それがどうして奴に通用すると考えられる」
「奴は先程から聖剣のことを気にするような素振りを見せていましたから。 あの自由な性格からしても自分の創造物を自分に有効なように造ることも不思議ではないかと。
……というより、そもそも貴方はアベルの記憶から何か知っているんじゃないですか?
例えば弱点だとか、そういうものを知っているからここに来た。違いますか?」
「……なるほど、勘が冴えているな。 そのとおりだ。 俺は奴の弱点を知っていて、貴様が口にした方法が有効なことも知っている」
「なら、今すぐにでも……」
「無理だ、もう俺は聖剣を呼び出すことは出来ない。
だからカルラ・セントラルク。 貴様が聖剣を呼び出せ」
「えっ?」
「"勇気の精霊"を冠する貴様ならばその資格は十分にあるはず。 安心しろ、俺が手解きしてやる。貴様はただ俺の言ったとおりにすればいい」
「……」
「不満気だな」
「いえ、そういうわけでは……」
「ならさっさとはじめるぞ、時間がない」
限られた時間の中で、俺達は聖剣を呼び出そうと試みた。
しかしどういうわけかガウスの指示通りにやってみても聖剣は現れない。
その原因を探ろうとするも、そこでタイムアウトの合図が送られる。
予定よりも早く、空間を突き破ってラウディアラが戻ってきたのだ。
「アハッ! 数分振りねゴ・ミ・ク・ズども!
そろそろ聖剣が呼び出せないことに気がついているかしらァ?」
「なに? まさか貴様が……」
「ええそうよ、〈界竜核〉に命令してカルラ・セントラルクには聖剣を呼び出せないよう世界のシステムを書き換えたの!
アナタ達の企みなんてオ・ミ・ト・オ・シってわけ!」
「くそ……!」
「判断を誤ったわね! 私を閉じ込めている間にこの〈界竜核〉を破壊すればよかったものを!
……まあでも、さっき上書きしてこの〈界竜核〉は聖剣じゃないと破壊できないようにしたんだけどね?」
ラウディアラは嘲笑い、そんなことを俺達に教えてきた。
それは何より自分が敗けるわけがないという確信を持っているから。
とことん追い詰めて、俺達の反応を楽しもうという魂胆なのだろう。
「ちなみにガウス、貴方から聖剣を呼び出す権限を奪ったわけではないわ。
今一度全てを捨てる覚悟を持つことが出来たのなら、また聖剣を振るうことも夢じゃあない」
「そんなこと……」
「そう! そんなことは絶対に起きはしないの! 天地がひっくり返ってもあり得ない!
無様ねえ! これだけ御膳立てされて尚も足踏みするしかないなんて!
いったい今どんな気分なのかしら! アハハ! アハハハハハハハハ!!!!」
「黙れ!!!」
高笑いを上げるラウディアラに、俺は飛び出しその拳を撃ち込もうとした。
けれどそれが相手に届くことはなく、もう少しのところで回避されてしまう。
俺はそこで一度立ち止まり、振り返ることなくガウスに声をかける。
「……ガウス、私が時間を稼ぎます。 だからその間に聖剣を取り戻してください」
「なにを…… 俺は、もう……」
「諦めるな!」
「……っ」
「失った命は返ってこない。 過ぎ去った時間は戻ってこない。 一度犯した過ちが正しくなるなんてこともない……
けど、その全てがあって貴方は今ここにいる! 下を向くな! 自分を恐れるな! 可能性は、いつだって自分の手の内にあるんだ!!!」
俺はラウディアラに突撃し、攻撃を加え続けながらもガウスに言葉を投げ続けた。
それを見てラウディアラがほんの少しだけ険しい表情を見せる。
「五月蝿いぞエルフ…… それ以上何も言うんじゃあない!」
「ぐっ……!?」
そのとき、ラウディアラは魔法で俺の動きを封じようと仕掛けてきた。
突然重くのし掛かる見えない力。
それに押し潰されてしまった俺は、たちまち地に伏せまともに声を出すことが出来なくなってしまう。
「……ほんっと、アナタの存在は目障りね。 流石はあのアルルカが仕向けてきた尖兵なことだけあるわ。
アベルのときもそう。 アナタの言葉は一々勘に障るのよね!」
語気を強め、それに伴い俺に掛かる力もさらに強まる。
「ほら! 死ね! さっさと死ね! アナタなんて、ぐちゃぐちゃになってしまえばいい!!!」
そうしてラウディアラは、まるで癇癪を起こしたかのように何度も何度も俺を攻撃した。
「はっ、これで少しは大人しく……」
「まだだ……」
「なに……? あれだけの攻撃を受けてなぜ立ち上がれる!?」
「そりゃ、あれだけ大口叩いといて私が先に倒れるわけにはいかないでしょう……
彼が聖剣を呼び出すまで、そして貴方を倒しビスタを取り戻すまで、私は何度だって立ち上がり希望を謳い続けますよ……!」
「生意気な……! だったらガウスの方から仕留めてやるッ!」
その言葉の通り、ラウディアラは両手を前に出してまた魔法を発動させた。
それはあの杭型の瘴気を相手の頭上から降らせる魔法。
本気を出したのか、今回はそれを何本も差し向けてくる。
だが、俺は高速でガウスのところへ戻り、それを全て防いで見せる。
悔しさを見せるラウディアラをよそに、俺は再びガウスに声をかけた。
「ガウス、何を躊躇っているのですか! 早く聖剣をッ!」
「無理だと言っているんだ! 貴様だってわかっているだろう! あれが最後のチャンスだった! 迷いを断ち切ることが勇者の資格を取り戻す唯一の方法だった!
それすらも放棄した今、いったい俺は何を信条にすればいい!」
「そんなもの、皆を救いたいという想い以外に無いでしょう!」
「!?」
「例えやり方が間違っていたのだとしても、この世界を救いたいという貴方の気持ちは本物だった!
正義なんてものに拘る必要なんてない、皆を救いたいという想い以上に必要なものが他にあるか!?」
「……!」
「わかったなら立ち上がれ! おまえがはじめた物語は、おまえの手で終わらせるしかない!」
「余計な真似をするナァァァァァ!!!!?!?!」
そのとき、ラウディアラの絶叫と共に鋭く伸びる黒い衝撃波が俺達の間を割くように放たれる。
それを俺達は間一髪で避けるも、その動きにははっきりと疲れの色が映っていた。
外面では余裕を振る舞っていても、正直なところもう時間がない。
ここでガウスが覚醒しなければ、じきに俺の精霊化も解けて戦い続けられなくなってしまう。
「無理よ! 無理! 神である私が無理だと言っているの! これ以上の証明が他にある!?」
「あるッ!!!」
「ア゛ッ゛!!!!?」
「誰が英雄か、何者にその資格があるのか。それは神が決めるものでも世界が決めるものでもない!
今を生きる人々! 民衆! あらゆる生命にその決定権がある! おまえ如きが否定したところで何の意味もない!
彼が声を上げ周りがそれに応じれば、聖剣は必ず戻ってくる! 他者から希望を託された者には、誰だって英雄になれる可能性があるんだッ!!!」
「そんなルール、私は書き記した覚えはない! もういい……! 私の全力で、全てを終わらせる!!! 死ねェェェェェ!」
そう叫んで奴は特大の瘴気弾を作り出した。
まるで黒い太陽とでも形容出来そうなほどに禍々しいその悪意の塊は、迷うことなく俺達のところへ向かってくる。
「こんなものッッッッ!!!!」
俺は立ち向かうように飛び出して金色の焔を放ってそれを受け止める。
だが、その威力は計り知れなく連戦続きの俺の力ではそこで対抗するのが精一杯だった。
一見両者の力が拮抗しているように見えても、少しずつ、少しずつ押し出されていく。
まさに絶体絶命、もう駄目かと思われたそのとき、男の冷たい声音が俺の背後で静かに響いた。
「……ああ、この感情、久しく忘れていたな」
そうしてその声の主は、俺の横に並んではこう告げてくる。
「……カルラ・セントラルク。 攻撃を中止しろ、アレは俺が斬る」
「ガウス……」
男は、金焔の光と風にあてられながらただ前を見据えていた。
だから俺はその言葉に従い瘴気弾を防ぐことをやめる。
当然、その黒い太陽は再び進行を始め、俺達のすぐそこまで迫ってきていた。
「礼を言うぞ勇気の精霊よ。 貴様の心からの言葉は、本来敵であるはずの俺の心すらも奮い立たせた。
きっと、貴様のような奴こそが真の勇者と呼ばれるに相応しいのだろう。 ……だが」
ガウスは踏み込み、まるで鞘から剣を抜き出すような構えを取ってはその口上を口にした。
我が想いに応えよと、今までとは異なるその口上を高らかに唱えた。
するとどうだろう。どこからともなく光が彼の手元に集結される。
それは先程も一度目の当たりにした。いやそれ以上に目映い聖なる光だった。
そうして現れる一つの剣。
まごうことなき希望の象徴。あらゆる悪を斬り裁く聖なる剣が今彼の手に握られたのだ。
「この世界の勇者は、俺だッ!!!」
放たれる一閃。
それは歪むことなく目の前の暗黒を斬り裂いた。
「ば、馬鹿な!!! なぜおまえが聖剣を呼び出せる! もう二度と戻ることはなかったはずなのに!」
「愚問だな。 俺の想いが皆の胸に届いたというだけだ。 貴様が認めずとも、俺は勇者に認められたんだよ。
……ああ、今なら聞こえる。皆の生きたいという願いが。 その強い想いが、俺に力を与えてくれる」
「なんだとッ……? どいつもこいつも、この神である私の意思に反していいと思っているのか! ここは私が創った世界だぞ!!!」
「だが、貴様の世界ではない、俺達の世界だ。 覚悟はいいか旧き神。 勇者ガウスは、これより貴様を断罪する」
「ほざけ…… 調子に乗るな! たかが人間の分際で! おまえ達は虚無と愉悦の狭間で踊り狂うことがその本質なんだ!
それを、ワタシの意思から抜け出して許されると思っているのかァァァァァ!!!!」
激昂と共に再び放たれる瘴気弾。
それを前にして、勇者は焦ることも取り乱すこともせず俺に向かってこう言った。
「……さあ、カルラ・セントラルク。そしてマチュー。貴様の力、もう一度だけ俺に貸してくれ」
「言われなくても、そのつもりですよ」
俺は半身になってガウスの側面を覆うように並び立ってはその剣の柄を共に握った。
闇を浄化する〈銀の救済〉の力がその剣に付加される。
さらにダメ出しで複数の精霊術による再強化。
俺達は今、かつてない程の力をその身に宿している。
さあ、いこう。これで最後だ……
「この一撃に全てを賭ける!!!」
「この一撃で全てを終わらせる!!!」
「いくぞッ!!!」
「必殺ッ!!!」
「銀ッ!!」
「聖ッ!!」
「剣ッッ!!!!」
瞬間、邪悪なる神を討ち滅ぼす聖なる一撃が、希望を照らす究極の光が放たれる!
「クソ、クソォォォォォォォォ!!!!」
白光が全てを呑み込もうとする。
ラウディアラは抵抗を見せるが、それが続いたのはほんの一瞬のこと。
俺とガウス、二人で繰り出した究極の一撃はとどまることを知らず、ラウディアラだけでなくその背後で佇んでいた〈界竜核〉すらもそのまま破壊し尽くした。
勝った……
俺達は勝ったんだ……
「やりましたねガウス、これでビスタも…… ってあれ?」
勝利の余韻に浸るのも束の間、俺はラウディアラがいた場所に駆け寄って辺りを見回すが目当てのものが見つからないこと焦りを覚えた。
「どうした」
「か、〈鍵〉が見当たらないんです! まさか、今の攻撃に巻き込まれて消滅してしまったんじゃ……」
「安心しろ、それならここにある」
そんな俺に、ガウスはその右手に握られた光を見せてくる。
よかった、これでビスタも戻ってくる。
はやいところ、彼女のもとにこれを届けなければ……
「あ、れ……?」
ガウスのもとへ向かおうとしたそのとき、突然俺の視界が渦巻き揺れた。
まずい、力を使いすぎたか?
いや違う、この感覚は催眠魔法か。
「ガ、ウス……!」
この期に及んで奴はいったい何を企んでいるというのだろう。
そんな推測も半ば、虚しくも俺の意識はそこで途絶えてしまうのだった。
ご覧頂きありがとうございました。