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140. 鍍金の絶対正義


 感じる。

 

 君の鼓動が、昂る感情が、俺達の間に交わされた"契約"によって伝わってくる。そして訴えかけてくるんだ。 早く君を助けろって、その涙を拭えって。

 

 

 そうだビスタ、君は間違ってなんかいない。

 

 君は魔族のために正しい選択をした。

 

 俺が復讐を肯定しても、君はあの場で流されずに自分の意思で選択することが出来た。

 

 そうだ、何も間違っていない。恥じることも涙することもない。

 

 君自信の意思で選んだ答えが悲劇を招いたなんて、そんなことがあっていいわけがないんだ。

 

 だから、俺が。

 

 俺が今からその選択を肯定してみせる。

 

 

 「カルラ…… 君……?」

 

 俺の姿を捉えた彼女が、涙を頬に濡らしたまま俺の名を呟いた。

 

 「ただいまビスタ、遅くなってすみません」

 

 俺はガウスの剣を掴んだまま静かに返事する。

 すると、俺に邪魔をされたのがよっぽど気に食わなかったのか、らしくもなく顔を歪ませては怒りを見せるガウス。

 

 「カルラ・セントラルク……! 貴様、いったい何の真似だ……!」

 

 「何の真似? それはこちらのセリフですよ。 いったい何故貴方がこの二人を攻撃しようとしているのです?」

 

 「全ては正義のためだ。 貴様が言った俺の中の"迷い"さえ断ち切ればもう誰も、貴様さえも俺を止めることは出来ない。

 その手始めに、俺はかつての仲間達に別れを告げるのだ」

 

 「口を開けば正義正義正義正義…… そこまでいくともはや洗脳の類いですね。聞く方はもううんざりだ」

 

 「なんとでも言え、俺は世界が救えさえすればそれで……」

 

 「救えないですよ、そんな考えじゃあ。 自分の仲間に、実の妹に剣を向けるような奴に世界を救う資格などない」

 

 「何も知らないガキが大口を叩いているんじゃあない……! 邪魔すると言うのならば、貴様もろともこの聖剣の贄としてくれるッ!」

 

 そう言うと、ガウスは大きく後ろに飛び下がってへ剣を大きく上段に構えた。

 

 そして光が集結しては刺々しい輝きを放つ。

 

 「どうせ先程のものはまぐれだ! いくら貴様といえど、聖剣の一撃が人ひとりに防がれるわけがない!!! さあ、朽ちて滅びろ……! 〈白導真斬〉ッッ!!!」

 

 そうして先程と同じ、いやそれ以上の熱量と破壊力を有した光の斬撃が俺を襲おうと迫ってくる。

 

 確かに、こんなものは魔王や竜でもないと防げるはずもない。

 

 けど、俺は今一人でここに立っているんじゃない。

 

 ビスタや他の魔族達の想いを背負ってここに立っている。

 

 

 だから、こんな攻撃……


 

 「防ぐことなど造作もないッ!!!」

 

 

 光はそのまま進路を変え、力を失うこともなく壁に激突してはそれを抉った。

 そしてガウスはまたもや驚きの声を上げるが、そんな奴をよそに俺はビスタに語りかける。

 

 「……ビスタ、どうか涙を拭いてください。私は貴方が下した判断は本当に素晴らしいものだと思っています。

 憎しみを乗り越え、それでも未来を見据えようとする貴方を誇らしく思います。

 だから私は肯定する。 絶対、必ず、この場で誰も死なせはしない。

 ……そしてガウス・ハンフルフ、今は敢えてそう呼ぼう。

 言っておくがこんな攻撃を何度繰り返したって私は落ちないぞ。

 こんな、自分も仲間も犠牲にして手に入れたような無謀な力、例えこの世界が認めようとも私は力の限り否定し続ける!」

 

 「調子のいいことを……! ならば、貴様の精霊化が解けるまで攻め続け……」

 

 「それが無謀だと言っているッ!!!」

 

 

 ガウスが白兵戦に持ち込もうと聖剣を握り直したとき。そのときに、俺は静かに手刀で空を薙いだ。

 

 そこから飛び出す一迅の衝撃波。

 

 それは真っ直ぐガウスのもとへ飛んでは襲う。

 

 「効くか! そんなものッ!」

 

 だが、ガウスは真正面からそれを切り伏せる。

 しかし俺は何も返さず、何度も何度も同じ攻撃を繰り返し仕掛ける。

 

 それに対してガウスも次々と衝撃波を防いでいき、途中こんなことを口にした。

 

 「ハッ……! 見えているぞ貴様の魂胆は……! おおかた、この聖剣ドランジスタを破壊して俺を否定しようと言うのだろう……!

 だがこの剣は過去の一度も刃毀れすら許さなかった強度を有している。

 迷いを捨てた俺と同じく、折れることなどあり得ないのだ!!!」

 

 「いいや折れるさ。この私が完膚なきまで叩きのめす」

 

 そんな会話を交わしている内にも、その剣には少しづつ傷がついているように見えた。

 だがガウスはいまだ戦いの意思を見せ続け、ゆえに俺の攻撃も緩まることはなかった。

 

 「ガウス、もうとっくに気づいているんでしょう? 誰かを犠牲にして手に入れた平和に価値なんてないのだと。

 世界平和は自分だけが願ってもたらされるものではないのだと」

 

 「気づいているからなんだ! 結局は誰かがやらねばならないんだ!

 誰かが自ら率先して行動しなければ何もはじまらない……! そしてその役目は誰よりも強く正しい勇者であるべきなんだ!」

 

 「何が勇者だ…… しょせんは一人の人間だろう!」

 

 「それは行動を起こさない理由にはならない!」

 

 「私はそんなことを言っているんじゃない! 人間でもいい、魔族でもいい、何故たった一言、"助けて"と口に出来ないんだと問うているんだッ!!!」

 

 「!?」

 

 止めの一撃は俺自らが近づいて降り下ろした炎刀だった。

 

 ガウスはそれを聖剣で受け止めるが、抵抗も虚しく瞬く間に全体にヒビが広がってはやがて粉砕された。

 

 「馬、鹿な…… ドランジスタが…… 絶対正義の象徴が……」

 

 「ガウスッ!」

 

 聖剣が光に包まれ消えていき、それでようやくガウスは戦うことを諦めその場で膝から崩れ落ちる。

 

 視力を失ったオリヴィアは、辿々しい足取りで駆け寄り奴の体を受け止めた。

 

 そのとき、背後からジェシカが近づいてきては俺にこう話しかけてきた。

 

 

 「……止めてしまったのね、あのガウスを。 私は実力行使しか方法が思いつかなかったのに」

 

 「……どう見たって今のも実力行使でしょう?」

 

 「そんなことない。 ドランジスタは本当に折れるはずがない至高の剣なの。

 それがああも見事に砕け散ったということは、貴方の最後の言葉にガウスの心が揺れ動かされたということに他ならない」

 

 ジェシカがそんなことを言った後、俺は精霊化を解き呆然として項垂れていたガウスに歩み寄っては声をかけた。

 

 「ガウス……」

 

 「認めない……! 俺は認めないぞ……! 何が"助けて"だ。勇者が、人の英雄が他人に助けを求めることなどあっていいわけがない。

 孤独を背負い、理解を求めず、尚も道を切り開くのが正しい在り方なんだ……」

 

 「……息苦しいですよ、そんなの」

 

 「なに……?」

 

 「こうで在るべきだとか、こうしなければならないだとか。 自分の掲げた信念で自分を縛り上げて、そんなことしたってただ苦しいだけです」

 

 「貴様に何がわかる!」

 

 「わかりますよ。 私もこの前まではそうでしたから。

 けど、ほんの少し自分を許す気持ちを、過去の失敗を受け入れる勇気を持つと身軽になれるんです。

 それで私は今ビスタを守りきることも、彼女を悲しませることもなく済ませることが出来ました。

 ……そして、今までの経験があるからこうやって貴方に手を差し伸べることが出来る」

 

 俺は語って、言葉のとおり相手に手を差し伸べた。

 

 

 「……」

 

 

 ガウスはそれでも納得しきれないのか、その手を掴むことを迷っているようだった。

 

 それに対しつい焦れったさを覚えたそんなとき……

 

 

 「お嬢様っ!ご無事でしたかっ!」

 

 

 上層からかけ降りてくる一人の人物。

 

 ビスタの呼び方からわかるとおりそれは紛れもないリサだった。

 

 そんな彼女の姿を見て、一番はじめに口を開いたのは俺達よりも上層側に待機していたビスタ。

 

 「リサ! 外の状況は!?」

 

 「問題ありません! 警備の兵士達は制圧した! それより、一体この状況は……?」

 

 リサは答えながら大きく跳んで見事な身のこなしでビスタのすぐ側に降り立ち、ビスタもそのまま彼女の方へ駆け寄ってはその質問に答えた。

 

 「……彼らはこのまま地上に連れ戻すわ。 後のことは皆で話し合いましょう」

 

 「……ここで始末されないのですか?」

 

 「ええ、だめかしら?」

 

 「滅相もない。私はただビスタお嬢様に付き従うのみです」

 

 

 二人がそう話しているところを、俺はその場から動くこともなくただ見ていた。

 

 しかし、どういうわけか俺の中の直感のようなものが漠然とした不安感を訴えかけていた。

 

 それが何なのか、何度も考え詰めるが見当もつかない。

 

 そんなときに、ガウスの側にいたオリヴィアがビスタ達の方へ顔を向けてこんなことを口にする。

 

 「あの者はいったい……?」

 

 「リサですよ。 ビスタの従者、リサ・サンヴォルルフ。 まあ、名前を言ったところで伝わるのかわからないですけど……」

 

 「そういうことを…… そういうことを聞いているのではありません。

 貴方は何も感じないのですか……? あの者から滲み出ている禍々しいオーラ。

 そう、まるで以前貴方が使っていた黒い呪いの力に似た……」

 

 「えっ……」

 

 言葉が出なかった。

 

 オリヴィアが言い切る前に俺は振り向き直して驚嘆の声を漏らし、そのときにはもう全てが手遅れだった。

 

 その一連の出来事が、まるで切り取ったかのようにスローモーションで視界に映る。

 

 ビスタは俺の声に反応して振り向き、そのほんの僅かな隙にリサは不敵に笑ってさらに距離を詰めた。

 

 何かに気がついたビスタは咄嗟に離れようとしたが、リサはそれよりも数段速い動きで右手を構えてそのまま差し込む。

 

 

 とても受け入れそうにもないその光景。

 

 リサが、その逞しく発達した獣腕で主人であるはずのビスタの胸部を穿ち貫いていたのだ。

 

 

 「クフッ、クハハ…… アハハハハハハハッ!!!!!」

 

 

 途方もなく広大なはずのその空間に、女の笑い声が響き渡る。

 

 リサのものではない。

 

 どういうわけかその体はまるで眠りについてしまったかのように力なく倒れ、まるで脱皮したかのように謎の黒い女型の影だけがそこに立っていた。

 

 そして、その女の手の内で輝く光。

 

 それを見てガウスが呟く。

 

 

 「あれは、〈鍵〉だッ!」

 

 

 鍵? それはずっと奴が狙っていたビスタの中に眠っていた鍵のことか?

 

 そんなものを取り出して、彼女は今どういった状況にあるんだ?

 

 無事なのか? いや、そもそもあの影はなんなんだ? 何処かで見覚えが……

 

 ああそうだ、あれは確かアベルとの決戦のとき、奴の背後で蠢いていたラウディアラの魂とそっくりなんだ。

 

 いや違う、今はそんなことを考えている場合じゃ……

 

 あまりに受け入れ難い展開を前に、そんな思考が悉くワンテンポ遅れてやってくる。

 

 

 「アハハハ!!!いいわよアナタ達! その顔さいっこうにそそるわ! 」

 

 「……ッ! 貴方はいったい誰!」

 

 「あらぁ? わからないかしらぁ? わかるわけないかしらぁ?

 ラウディアラよ、ラ・ウ・ディ・ア・ラ。 この世界ドランジスタの創造神、全ての源にして万物の母!

 礼を言うわ、貴方達がここまでの守護獣を蹴散らしてくれたおかげで楽ぅ~に来れたのだから! でもザ~ンネン、もう用済みだからサ・ヨ・ウ・ナ・ラ?」

 

 「まずいッ!」

 

 その言葉を最後にラウディアラが瘴気を展開した。

 

 どう見たって奴の瘴気は俺の木刀と同種のもの。それはたった十分の一の力でも生物を呪い殺すほどの強大な力だ。

 

 今、それを、ラウディアラは何の躊躇いもなく最大限にまで力を高めて解放した。

 

 そうなればどうなってしまうかは俺はよく知っている。

 

 そう、その瘴気は森羅万象あらゆるものを呪い尽くすのだ。それは空気も、魔法も、時間も、空間すらも、何もかも全て。

 

 

 それは一瞬の出来事。

 

 

 音もない、光もない。

 

 

 俺達を取り囲んでいた全てが暗黒に包まれた。

ご覧頂きありがとうございました。

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