14. 精霊術
「ほっほっ、さて、さっそく稽古といこうかの」
試験が終わり少し休憩したのも束の間、場所も変えずいきなり教えを受けることになった。まあ、こっちとしては早く進むことに異論はない。
「……」
極力話したくないので、俺は何も言わずにいた。身内以外に敬語を使うくらいなら黙っていた方がマシだ。
「ん?返事が聞こえんな、よろしくお願いしますも言えんのか?」
ジジイがそう言うと、タメ語を使っていないにも関わらず、耳が痛くなる幻覚が俺を襲う。
「イタタタッ!なんで!?」
「ああ、いい忘れておったがそのイヤリングは儂が念ずればすぐさま幻覚が発動するようにもなっておる。ずっと黙ってやり過ごそうなどと企んでも駄目じゃ」
くっそ!厄介な機能が多すぎる!
「わかりましたわかりました!よろしくお願いしますッ!!!」
「よろしい」
それでやっと解放される。なんだか自分が調教される獣になったような気分だ。
「それではまず、我々〈精霊使い〉の肝となる精霊術について説明しておこうと思う」
「精霊術?」
なんかわりとそのまんまだな、魔法とは違うのだろうか。
「精霊術とは、その名のとおり精霊を借りて用いる術じゃ、習得するためにはなによりも精霊と親交を深める必要があり……」
「はい!はいはい!質問があります!」
「なんじゃ?」
「そもそも精霊ってなんですか!?」
俺が質問を耳にして、ジジイはその場で崩れ落ちる。どうやら初歩中の初歩について尋ねてしまったようだな。
「そこからか……まあよい、では精霊について説明しよう。精霊とはこの世界におけるマナの根源、世界に満ちるエネルギーそのものが具現化した存在を指す」
あーなんか父の本にそんな事書いてあった気がする。マナなくして魔法は使えないとかなんとか。
「さっきの羽の生えた生き物は?」
「あれは妖精、精霊の一種じゃが、低位に位置する種じゃ、個々の力は弱いが数は多く、世界中に生息する。この森一帯では少なくとも一万はおるじゃろうな」
「一万!?」
まじか、妖精とか精霊ってそんな感じでいるんだな。もしかしたら地元にもいたのだろうか。
「まあ精霊の説明はそんなもんでよいじゃろ、正直精霊についてはわからないことが多くてな、研究もまだ発展途上なんじゃ」
研究ねぇ、そんなオカルトじみた分野に専門の研究者なんているのだろうか。まあ、そんなことは今はいいか
「それじゃ精霊術の説明に戻るぞい。先も述べた通り、精霊術は精霊の力を借りて用いる術、そしてそのためには何よりも精霊との親交が必要不可欠、……ここで一つ問題を出そうかの、精霊と意志疎通が可能な存在は世界中でも限られておる。その存在とはいったいなんじゃ?」
んん?いきなり問題かよ。意志疎通出来る存在ねぇ、確かさっきの妖精もそれに関係しそうなこと言っていたよな、人間に見つかるなんて、とかなんとか。なら通常は見えないということだ、でも俺には見えていた。とするとつまり……
「はい!〈精霊使い〉です!!!」
俺は勢いよく答えた。
「正解、じゃが答えるまでに考えすぎじゃ、このくらいの問題次からはスピーディーに答えるように」
ぐぅ……
手厳しいが事実でもある。次は文句言わせねーぜ。
「では話に戻ろう。精霊と唯一対話を可能とする存在、それが我々〈精霊使い〉。戦闘面における特徴としては精霊術は基本的に攻撃技に乏しい。しかし精霊の加護によってステータスを上げたり状態異常を回復させたり、サポート能力に富んだ職業なんじゃ」
えっ? サポート!?それじゃ勇者倒せねえじゃん!
「はい!質問です!攻撃技が乏しいというのはどれくらいのものなのでしょうか!」
「ふむーそうじゃな、例えば同レベル同装備の平均的な〈戦士〉と比べた場合、同じ魔物を倒すのに三倍ほど時間がかかる、と言えばわかるか?」
三倍!?三倍攻撃しないと倒せない!?おいおいおい、全然話にならねえじゃねえか!?こちとら不死身を相手にしようとしてんのにそれ以前の問題になっちまう!
「あのー、言っちゃ悪いんですけど、これぶっちゃけハズレ職業なのでは?」
俺がついそんなことを言ったら、仙人の目がキランと光る。
「ほほう?聞き捨てならんな?ならば儂が直に見せてやろう、〈精霊使い〉の実力を」
あーはいはい、あんま張り切らなくていいっすよ~?
そんなことを思ったが口にはしない、だって耳が痛いから。
「ぬしは特に攻撃力を欲しているようじゃから、まずはそれに関する術を見せてやろうかの……」
ジジイは俺から距離を置いて、持っていた杖を掲げた。
「『力』を司る精霊よ!我に鬼神がごとき怪力を授けたまえぇぇぇ!」
そう叫ぶと杖の先が光りだす。恐らくこれで完了したのだろうが、見たところジジイには変化は見られない。
「そうじゃな、例えばそこに大きな岩があるじゃろう」
ジジイが指差す方向には確かに大岩がある。まさかあの岩を砕くとか言うんじゃねえだろうな?ありきたりだが、まあ分かりやすいか?
「まあそこで見とれい」
俺を置いて大岩に近づく。そして右手の指を差し出して、あろうことか五本ともそのまま突っ込んだ。
「!?」
「ぬうううううん!」
それだけに留まらず、仙人のうなり声と共に大岩は軽々と片手だけで持ち上げられてしまった。
なんというか、デタラメだ。
「精霊術すげえ!……ったた!」
こんなことでもイヤリングは反応しやがる、厄介極まりない。
それよりも今の術だ。あのヨボヨボが自分の10倍はあるであろう大きさの岩を持ち上げた。もし俺があの術を習得すれば、それは大きな戦力になるに違いない。
「仙人よ!早く俺にも教えてください!」
「まあ待たんか、物事には順序がある。この術を身に付けるなら、これから修行を重ねて早くて10年はかかるじゃろう」
「長すぎます!なら俺は5年で習得してやりますよ!」
どさくさにまぎれて敬語の線引きを模索してやった。痛みはない、どうやらこれくらいならセーフなようだ。
「おー、やる気に満ち溢れとるのう、果たしてその意気がいつまでもつかな?」
それから、俺の血の滲むような修行の日々が続いた。精霊とかいう最初はわけのわからなかったオカルトも、案外すんなり受け入れることが出来た。ここら辺は仙人の的確な教えに依るところが大きい。正直、この仙人の実力は認める他ないだろう。
妖精らの話によれば、昔は結構な活躍をした英雄だとかなんとか、なんでそんなのが森に引き籠ってんのか知らないが、まぁ、別にわざわざ詮索するような事でもない。
そう言えば、共に過ごすにつれあのマガンタも複雑そうな過去があることが判明した。やっとまともに会話出来るようになったかというある日、本人から直接打ち明けられたが、驚いたことにアイツは魔族だった。一つ目の巨人、サイクロプス、それがアイツの種族。
この世界では大昔人間と魔族は敵対していたという話は有名だが、その影響は現代にも続いており、両者の間の溝は深い。だからマガンタみたいな魔族がヒトの領地で暮らしているという事例は結構めずらしいことだ。
おそらく、このことが街の者に知られたら大事になるだろう。
ここに来た経緯も少し気にはなったが、やはり詮索するようなことではないので聞きはしなかった。一つだけ分かっているのは、魔族を受け入れるあの仙人の器量の大きさだけだ。
兄弟子にあたるマガンタは俺に色々なことを教えてくれた。例えば剣術、自主的に行っている剣の稽古で苦戦してた俺にマガンタは何も言わず付き合ったくれた。聞けば向こうにいた頃は優秀な戦士だったらしく、魔族流の剣術を俺に教えてくれた。
自分で自分のことを優秀と称するのもおかしな話だ。そう思ってツッコミを入れると、魔族なりのボケだと照れくさそうに返された。マガンタは意外にもお茶目なやつだった。
その他には炊事や裁縫についても教えられたし、魚の獲り方や毒キノコの見分け方なんかも教えられた。
二人には感謝してもしきれないほど世話になった。今はなにも出来ないが、全てが終わったら恩返しがしたい。
そうそう、修行中にとんでもないヤツが現れたんだった。精霊と交信する特訓をしていた時だ。「やあ、久しぶりだね」と、いきなり無能神、もとい守護神アルルカが現れたんだ。
俺は別に大して驚かないが、仙人とマガンタは流石にびっくりしていたな。まあ、精霊どころか神が出てきたんだから無理もない。
その無能がなんで現れたかと言うと、俺に謝りたいことがあったかららしい。
ヤツ曰く、自分の実力不足で中途半端な転生になってしまったこと。
それで、俺、カルラにとんでもない迷惑をかけてしまったこと。
〈精霊使い〉の職を与えたのは二つ理由があって、ひとつは固有スキルのせいで魔法が使えないから魔法に頼らない職じゃないといけなかったから。
もうひとつは、こうやって話をしたかったから。なんでも神と会話をするのは、俺みたいな特殊な事情を抱えていても〈精霊使い〉じゃないと厳しいんだとか。
でもそれも今回限りらしい、あんまり接触しすぎると上司に目を付けられるから、今後は会うことができないと言われた。
その代わりに謎の巻物を渡された。今後に必要な情報を記してあるらしい。
それとアルルカによってスキルも追加された。
〈亜空間収用〉、いつでも何処からでも物を出し入れすることが出来るというトンデモスキルだ。
そんでアイツが消えようとするときに、ジジイの敬語調教をなんとかしろと言ったら、それは別にそのままでいいんじゃないかな?とぬかしやがった。なんとなく、俺は嵌められたのだと悟った。
まあ、そんなこんなで早五年。宣言通り俺は試行錯誤して短期間で必要な術を全て身に付け、いよいよここを出ていく日が訪れた。
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