139. 最悪の結末
カルラだけが追放された光の回廊中層。
その場に残るはガウスとオリヴィア、ビスタ、そしてジェシカ。
状況は三者が睨み合い切迫したものとなっていた。
そんな中、いまだ状況を理解しきれないビスタがたまらずジェシカを問いただす。
「ジェシカ・ハンフルフ。 いったいどういうつもり? ここにきて私達を裏切るというの?」
「裏切る? そもそも協力していただけで仲間になった覚えはないわ。
貴方達がガウス達を今すぐ殺さないというのなら、私が直接手を下すだけよ」
「おかしいわよ。 だって貴方達は実の兄妹、唯一の肉親なのでしょう?」
「だからこそ、よ。 もうこれ以上ガウスを、それにずっと彼に従ってきたオリヴィアにも苦しい想いをして欲しくないし誤った道を歩んで欲しくもない。
こうなってしまったら、せめて最期は私の手で楽に逝かせてあげたいと想うのがせめてもの情けよ」
「間違ってる…… そんなの、絶対。 何があっても彼らはちゃんと罪を償うべきよ」
「罪を償う? 今更どうやって? 私達は数え切れない程罪を犯してきたの。 死ぬ以外でどうやって罪を償えと?」
「そんなの決まってる。 これまでの犠牲が無駄にならないように、真の平和をもたらすために魔族と人間の架け橋になるの」
「それは違う。 それは現代に生きる者の間で行われるべきこと。 そもそも私達は無闇にこの時代に関わってはならなかった。
……どうせもう、不老不死は解け私達はながくないの。ビスタ・サードゲート、貴方は避難しておきなさい。ここからは私達の問題だから」
「そんなの、黙って見過ごすわけないでしょう! 行け!〈ダグマ・ソッソ〉!!!」
会話はそこで打ち切られ、ビスタの命令に応じて怪物が動き出す。
怪物の両目から怪光線が発射される。
しかしどういうわけか、直撃したはずのジェシカは無傷だった。
「どうして……?」
「当然よ、私がここに来るまでの間貴方は力を消費しすぎた。 もちろんガウス達もね。
今なら三人まとめて相手しても私が勝つでしょうね」
余裕じみたジェシカの態度。
彼女は言葉の終わりに魔法を発動させた。
すると、あれほどの強大さを見せた蝙蝠の怪物が悲鳴を上げることもなく灰塵と化しては崩れ去ってしまう。
「なっ……!」
予想以上の実力を前に、ビスタは驚きを隠せない。
ジェシカはさらに魔法で作り出した格子状の檻でビスタを閉じ込め彼女を無力化してしまう。
そうしてもうビスタは敵ではないと判断し、その視線をガウス達に集中させた。
「……ジェシカ」
二の腕の傷口を庇いながらガウスが相手の名を呼ぶ。
「久しぶりねガウス。 もうお互い不老不死の呪いも無くなったし、今度こそ終わりにしてあげる」
「出来るのか、お前に。 俺を、兄を、自らの手で討てるというのか?」
「覚悟はしてきた。 もうこれ以上、貴方達に罪を重ねさせはしない」
「……そうか。だが俺達だってはいそうですかとただ受け入れるつもりは毛頭ない。 この命尽きるまで、全力で抗ってみせよう。 オリヴィア、まだいけるか?」
「ええ、まあ…… ジェシカちゃんと戦うというのは些か気が引けますが…… しかしこうして行く手を阻むというのなら容赦はしません」
「……ほんと、諦めが悪いのが貴方達の長所であり短所ね。 ……行くわよ、二人とも!!!」
そうして、かつての仲間であった三人による激しい戦いがはじまった。
お互いに一切の手加減はなし。
まさに死闘。他者の介入を一切寄せ付けはしない凄まじき迫力がそこにはあった。
「どうして…… どうして仲間同士で争えるの!? こんなことしたって意味なんかないわ!」
「お黙りなさいビスタ・サードゲート! もとより目的を達成しない限りは私達の行いに意味など無いのです!」
ビスタは必死に訴えかけるが、その言葉がオリヴィア達の心を動かすことはなかった。
彼女達は一蹴して、戦いは激化の一途を辿るばかりだ。
「違う…… こんなことをしたくて私は……」
後悔と憂い、それらの感情に心が支配されてしまったが故にビスタは目の前の光景を見続けることが出来なかった。
自分の選択は間違っていたのか。
こんな悲惨な事態になるくらいだったら、あのとき自分が止めを刺しておけばよかったのか。
結局私は何も出来ないのか、ただ目の前の状況に流されるだけなのか。
そんなことを思い、己を責めた。
「くっ……!」
一方、三人の戦いの行方は当然と言うべきか終始ジェシカが優勢のように思われた。
ジェシカは圧倒的魔力量で弾幕を張りまるで反撃の隙を与えない。
しかしガウスはオリヴィアとの巧みな連携を駆使してものの見事にそれを掻い潜り接近することに成功した。
「……!」
しかしどういうわけかガウスは急所を捉えているであろう場面で攻撃を鈍らせ、結果相手に回避する隙を与えてしまう。
「ハア、ハア…… いったいどういうつもり……? まさかこの期に及んで妹を斬れないなんて言うんじゃないでしょうね」
「……」
ジェシカは真意を訊ねるが、ガウスは答えようとはしなかった。
「ガウス……」
その様子を傍らで見ていたオリヴィアは少し寂しげに彼の名を呼んだ。
しかしそれで戦いが終わるわけでない。
ジェシカは気を取り直して再び攻撃を再開する。
それは今までとは違い重点的にオリヴィアを狙っているようだった。
「くっ……! キャァァァァ!?!?!」
降注がれる爆炎、雷撃、吹雪。
オリヴィアはその猛攻をなんとかして堪えようとするものの、力を消耗し過ぎていたがゆえに数秒ともつこともなく吹き飛ばされる。
「オリヴィアッ!!!」
ガウスは彼女の身を案じオリヴィアの側に駆け寄ろうとしたところ、ジェシカは自らが前に立ちはだかってそれを阻んだ。
一瞬追い込まれはしたものの、相手の甘さによって呆気なく逆転出来てしまったこの状況に少し辟易したジェシカ。
「……本当、見てらんないわ。感情を捨てたなんて言っておいて根っこの部分はなんら変わってないじゃない。
そんな足元がぐらついた状態でいったい何が出来るというの?
本当はもうわかっているんでしょ? 自分の限界が」
「限界など言われなくともとうに知れている。 それでも俺は成さねばならない。 出来ないは理由にならないんだ」
「……強情、ハキリが今の貴方を見たらきっと悲しむでしょうね」
「ハキリ、か……」
「なに? 懐かしくなっちゃった?」
「……そうだな。 何故か今になってアイツの最期を思い出してしまったよ。
あの日…… そう、あの日俺は誓ったんだ。この身全てを正義に捧げると。 もう、誰も俺達のような目には遇わせないと、な」
かつての親友の名を聞いて、突然口数が増えるガウス。ジェシカはそれを不審に思いながらも耳を傾けた。
そして、一拍置いた後に彼は次のように続ける。
「俺は皆を守りたかった。救いたかった。 その対象にはジェシカ、おまえも入っていたんだ」
「……いったい何が言いたいの? ただの時間稼ぎならもう聞いてられないのだけれど」
「俺はおまえに礼が言いたいんだよ。 この心の奥深くに根差していた迷いを断ち切る方法。 それを今、おまえが教えてくれた」
ガウスは不適に笑って右手を前に突きだした。
そして重く吐いた深呼吸の後、あの言葉を口にする。
「我が正義に応えよ……!」
これまで、彼は何度その言葉を唱えたのだろう。
そして何度、召喚に失敗し己の無力さに絶望したのだろう。
ガウスはずっと、その理由が「自分が世界の意思に背く行為をしてきたから」だと考えていた。
いや、考えるようにしていた。
しかし彼は今日気づかされてしまった。
先程カルラから指摘された自分自身に迷いがあるということが、聖剣を呼び出せなくなってしまった原因に他ならないと気がついてしまったのだ。
だからガウスは、己が野望を成就させんがために今ここでその迷いを断ち切る覚悟を決めた。
するとどうだろう、これまで全くガウスの想いに応えようとしなかった聖剣が、ここにきて彼の目の前に現れたのだ。
「はっ…… やはりな……」
その言葉の裏に潜む感情は悦楽かそれとも哀愁か。
ガウスは皮肉気味に嗤ってはその剣を掴み取る。
「聖剣ドランジスタ……! どうして? 今まで呼び出せなかったはず……」
突然の事態にジェシカは狼狽え余裕を失う。
「思い出したんだよ、俺がいつから聖剣を呼び出せなくなったのか。
そう、あれはおまえを封印したあの時からだった。
実の妹を手にかけてまで行う正義。 それは本当に正しい行為と言えるのだろうか。
正しいのなら、どうして俺達は仲間同士で争わなければならなかったのか、そんなことをどうやら俺は無意識の内に気にしてしまっていたようだ」
「正しくなんかないわよ……! 犠牲の末にもたらされた平和に価値なんてない……!」
「いいや、正しいさ。 それで救われる者がいるならば、全ての犠牲は昇華される。
だからジェシカ…… 俺の正義を否定するというのなら、おまえも平和の為の礎となれ」
「そんな詭弁!聞いてられないわよ!」
ガウスの申し出をジェシカは声を荒げてつっぱねる。
そしてオリヴィアの時同様、幾つもの属性魔法を同時発動させてはそれをガウスに差し向けさせた。
閃光と爆発、そして硝煙が空間を支配する。
しかしオリヴィアはまだ攻撃の手を緩めない。
何度も攻撃を重ねては、反撃の隙を与えようとしない。
「ハア、ハア……! これだけやれば……」
そうして数分後、計四十七の最上位属性魔法と二十四の暗黒魔法。 そしてそれらを組み合わせた八の究極魔法を撃ち尽くしたところでジェシカの手が止まる。
これだけの猛攻、魔王だってまともに受ければ一堪りもない。
彼女はそう踏んでいた。
いや、そう信じたかった。
しかし……
「……まるで効かんな。 初撃を外した時点でおまえの攻撃は全て無駄に終わっている」
たなびく煙の奥から聞こえるガウスの冷徹な声。
その声が表すとおりガウスは傷ひとつ負ってはいなかった。
「そんな……!」
それらの事実を前にジェシカの表情が一瞬にして強ばる。
「……おまえだって知っているだろう。 勇者が聖剣を装備したときどうなるのかを。
その戦闘能力は本人の心の強さによって最大数十倍にまで引き上げられ、あらゆる攻撃を軽減させる加護を得る。
……もう、おまえの攻撃は効かない。終わりだジェシカ」
語ると共にガウスはゆっくり近づいた。
ジェシカに止めを刺すために、一歩、また一歩と足を踏み出した。
「計算外ね…… まさか聖剣が復活するなんて…… 一先ず、ここはビスタ・サードゲートを連れて退散……」
このままでは分が悪い。冷静にそう判断したジェシカは言葉の通り立ち去ろうと謀った。
しかしそのとき、先程から彼女の足元でうずくまっていたオリヴィアが、突然立ち上がっては直接ジェシカを羽交い締めして動きを封じる。
「ガウス、今です! このままわたくしごと止めをッ! 」
「オリヴィア!? いったい何のつもり!?」
「知れたこと……! どうせわたくしはもう殆ど魔力が残っていませんから、このままでは足手まといになるだけ。
それでは仮にこの場を凌げても、後に戻ってくるであろうカルラ・セントラルクとの戦闘は苦戦を強いられるに決まっている。
だからせめてわたくしごと倒させて、ガウスの経験値に……!」
オリヴィアの問いかけに、オリヴィアは神妙な面持ちでそう答えた。
混乱しているわけではない。本当にそれが最善の選択だと理解してそうしているのだ。
きっとそれをジェシカも理解してしまったのだろう。
もうオリヴィアの拘束を解くことは出来ない。自分はこのまま心中を遂げることになる。
そう考えた彼女は、早急に判断し今まで維持していたビスタの柵を解除してはこう言い放った。
「ビスタ・サードゲート! 貴方はすぐに逃げなさい! 」
「なにを……」
「貴方がこのままガウスの手に渡ったら全てが無駄になるの! 貴方だけは生き延びなきゃいけない!」
「そんなの、貴方を見殺しになんて出来るわけがないでしょう!」
「貴方まで何を甘いことを…… 今は自分だけの心配をしてなさ……」
促すもまるでその場から逃げようとしないビスタに苛立ちを覚えるジェシカ。
彼女は変わらず説得を試みようとしたが、それを遮るようにガウスがその首筋に剣を当てた言葉を詰まらせざるをえなかった。
「……っ」
「楽に逝かせてやるから暴れるな。 ……オリヴィア、最後まで世話になったな。 おまえの犠牲は無駄にはしない」
「いいんですよ、それで願いが叶うなら…… さあガウス、一思いに……」
「ああ」
そうしてガウスは剣を構え直して力を溜めた。
膨大な量の光が集まり、聖剣は一際大きくなる。
「……さらばだ、同志よ!!!」
そうして、その光の剣は躊躇いなく降り下ろされた。
「だめ…… だめぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
直前、ビスタが駆け出す。
駆け出すがもう間に合わない。どれだけ足を急がせても、どれだけ手を伸ばしても、その絶大な破壊の圧を前にして成す術があるわけもなかった。
しかし、光がジェシカ達を呑み込もうとしたその刹那。
唸る飛翔音、風を切る音すらも置き去りにして両者の間に割り込んだ一つの影。
「何を、しているんだ……!」
怒りに震えるその男は、ガウスの渾身の一撃を、魔王すらも蹂躙してみせた至高の絶技を素手で掴んで受け止めていた。
「カルラ・セントラルク……! 馬鹿な、聖剣の一撃を正面から受け止めるなど……!」
予想を越えた事態に狼狽えるガウス。
そんなガウスの動揺を気に止めることもなく、カルラは二度同じ言葉を口にした。
「何をしていると、聞いているっ!!!」
ガウスは聖剣を取り戻し、何故かジェシカとオリヴィアに止めを刺そうとしている。
そして、ビスタは目を腫らして泣いていた。
それらの状況を前にして、カルラは今途方もない怒りを覚え激昂していたのだ。
彼は今一度その拳を強く握りしめ闘志を燃やした。
全てはビスタの選択が間違いではなかったと証明するため。彼女の涙を拭うためにだ。
ご覧頂きありがとうございました。