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137. 少女が決着をつけるとき②


 この記憶がもう五千年以上前のことだなんてわたくし信じられませんわ。

 

 だってそれは、私にとってつい昨日のことのように強く鮮明に記憶に刻み込まれているのですから。

 


 「どうして…… どうして世界から争いが消えないのですか…… お答えください主上よ…… あと何回祈ればこの世界に平穏がもたらされるのですか……」

 

 聖女として生まれ落ち、その身の全てを民衆に、やがて訪れるであろう世界平和に捧げてきた。

 

 けれど、私は疑うようになっていた。

 

 本当にこのままでいいのか。民は常に命の危険に晒されているというのに、私は安全な場所でただ祈っているだけでいいのかと。

 

 そんなとき、次代の勇者と呼ばれる者が私のいる神殿を訪れました。

 

 「ラウディアラ教団、か…… 呑気なものだなここの連中は、どいつもこいつも呆けたような顔をして」

 

 この神聖な場所に足を踏み入れた第一声がそんなものでしたから、とんでもない人が勇者になったものだなとわたくし驚きましたわ。

 

 

 「は、はじめまして次代の勇者よ…… 私はオリヴィア・ノーツ・ナルシスカ。 預言の詠み手、ラウディアラ教団の聖女で御座います」

 

 「ああ、おまえが…… 」

 

 「……? どうかされましたか?」

 

 「いや? おまえの顔は特に気に入らないと思っただけだ」

 

 「なっ……! 失言ですぞ勇者ガウス! よりにもよって希代の美女と称される聖女オリヴィアのお顔を気に入らないなど……! 今すぐ謝罪をっ!」

 

 周りの神官はそんなふうにわたくしを擁護しますけど、わたくしあまり怒る気にはなれませんでした。

 

 だってその前日の夜、私は己の無力さに枯れるほどの涙を流していたから。

 だからきっと、それが顔に出ていたのかもしれません。

 

 それになにより、わたくし自身自分の顔が嫌いで仕方がありませんでした。

 

 確かに周りの人はわたくしのことを美しいと褒めてくださいます。

 けれどそれがなんなのか、それで世界を救えるのか。

 

 ただ己の無力さを際立たせるだけのこの顔が、わたくしは嫌いで嫌いで仕方がなかったのです。

 

 

 そうしてその日の夜も、わたくしは一人祭壇に赴き祈りを捧げていました。

 

 すると、入り口から声が聞こえてくるのです。

 

 

 「殊勝なことだな。 こんな夜更けにもお祈りか」

 

 「……勇者ガウス。 いったい何用ですか? 殊勝だなんて思ってもいないくせに……」

 

 「ああそうだな。 実のところ全く無駄なことをしているように見える」

 

 「……ッ! 貴方に何がわかるのです! 私は自分に出来ることを精一杯しているというのに!

 どうしてそこまで貴方に批難されなければならないのですかっ!」

 

 「はっ……」

 

 「何が可笑しいのですかっ!」

 

 「何が可笑しい? 可笑しいだろうが、何もかも全てが。

 おまえは一体誰に祈っている? こんな狂った世界を創り出した元凶に、一体何を祈るというんだ」

 

 「そ、それは……」

 

 「ああ、だからその顔が気に入らないというんだ。 疑う余地があることがわかっていて、なおも二の足を踏んでいる。気がついている分おまえは他の連中よりもタチが悪い。

 そんなおまえの祈りが、いったいどうなって世界平和に繋がるんだ? なあ、教えてくれよ」

 

 このときガウスから相当に厳しい言葉を受けたことを覚えています。

 彼の言うことは至極真っ当で、核心を突かれたわたくしは何も反論することが出来ませんでした。

 

 「そんなの、そんなの私にだってわかりませんっ…… どうしたら世界から争いが消えるのか、どうしたら人々が幸せになれるのか私にはわからない……

 勇者ガウス、貴方はそれを知っているというのですか?」

 

 「知らん」

 

 「なっ……!?」

 

 「知らんがこれだけは確実に言える。 理想や憧れで動くのは愚かだということを。

 世界を救いたいというのなら、その身全てを世界に捧げる覚悟で動け。 間違っても己個人の感情……」

 

 「……? どうされたのですか?」

 

 「いや、なんでもない。 今のは忘れてくれ、他人に聞かせるようなものではなかった」

 

 「何故ですか? まだ途中でしたけど、今の貴方の言葉からは貴方の強い想いが伝わってきました。 私と同じ、世界を救いたいという想いが」

 

 「はっ、どうだか…… っと、そもそもの用件を忘れるところだった」

 

 「そもそもの用件?」

 

 「ああ、水浴び場がどこにあるか知らないか? 汗を流したいのだが」

 

 「水浴び……? 待ってください、よく見たら貴方泥だらけじゃないですか。 こんな夜更けまでいったい何をしていたのですか?」

 

 「日課の鍛練だ。夜は静かで集中できる」

 

 

 そのときわたくしは思い知らされました。

 

 私が疑いながらも続けていた祈りを捧げていた時間が本当に無駄なものだったのだということを。

 

 わたくしが迷っていた間にも、彼は着々と世界を救うための努力をしていたのです。

 

 

 「ははっ…… ああなるほど。 確かに貴方は勇者に相応しい御方だったのですね。 それに比べて私は…… 何の取り柄もない無力な存在でしかない」

 

 「また可笑しなことを言うな。おまえのその美貌は十分に取り柄だと思うが?」

 

 「何を…… だって貴方は今さっきこの顔が気に入らないって……」

 

 「……? 何を勘違いしている? 俺は確かに気に入らないとは言ったが醜いとは一言も言っていない。

 それになにより、おまえのその美しさは世界平和に役立つ」

 

 「なななっ……! い、いったいどういう意味ですかっ」

 

 「その美貌には民衆の心を惹き付ける力があると言っているんだ。

 オリヴィア、おまえはさっき祈ることが自分に出来ることと言っていたが、俺に言わせればおまえが美しくあり続ける事こそおまえにしか出来ないことだと思うぞ」

 

 ああなんということでしょう。

 

 彼は、ガウスは、わたくしの美貌に価値を見出だしたというのです。

 

 祈ることしか出来なかったわたくしに、それすらも疑っていたわたくしに、人々のために出来ることがあると教えてくれたのです。

 

 そのときに抱いた感情が何だったのか今はもう忘れることにしましたけど、それでも私は貴方の側に居たい。

 

 貴方の側に居続けて、誰よりも美しくあり続けて、争いの無くなった世界を共に見ると誓ったのです。

 

 

 だから……

 

 だから……!

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 「わたくしは美しくあり続けなければいけないのです! こんなところで終わるわけにはいかないのです!

 ……あと少し、もう少しなのに!ガウスの、わたくし達の夢を! 貴殿方に邪魔されて堪るかぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 「ッ!」

 

 「〈コール・トワイライト・ナイト〉! 〈オーレン・リスター〉!!! 」


 

 より一層戦意を高めたオリヴィアは二種の高位魔法を立て続けに使用した。

 

 

 「堅牢な盾、剛強無双たる剣撃、そして事象の否定に等しき絶対治癒の加護!

 ビスタ・サードゲート! 貴方にこの無敵の騎士団を突破することが出来ますか!?」

 

 「やってみせるわよ! 行きなさい!〈ダグマ・ソッソ〉!!!」

 

 「ゴォォォォォォォォォ!!!!!!」

 

 

 強く構える二体の聖騎士。

 

 それに対しビスタからの命令を受けた蝙蝠の怪物は唸ると同時に突進を仕掛けた。

 

 それを聖騎士達が受け止める。

 

 ほんの一瞬後退りするものの、ある程度の地点で両者の力が拮抗しはじめた。

 

 するとそこで怪物の眼が光り、凄烈な光線が薙ぎ払われるように放たれては聖騎士達の頭部が跡形一つ残らず消滅する。

 

 しかし勝負はまだ終わらない。

 

 オリヴィアが事前に発動していた〈オーレン・リスター〉の効果が発動し、聖騎士の頭部はものの見事に再生されてしまった。

 

 「くっ……!」

 

 意外にもオリヴィアの表情が少しだけ歪む。

 

 頭部の再生こそしたが、その間に生じた僅かな隙に怪物はさらに押し出していたからだ。

 

 

 「だったらこの魔眼で……!」

 

 

 そう言ってオリヴィアは自身の眼を妖しく光らせた。

 

 光らせて、怪物を激しく睨み力を抑えようとした。

 

 

 が、そのとき……

 

 

 「お母様の眼、返してもらうわよ!!!」

 

 

 このときオリヴィアの注意は完全にビスタから外れてしまっていた。

 

 この状況で本人が前に出てくるわけがない。

 

 そう高を括っていた。

 

 しかし結果はどうだろう。

 

 一見、剣の一つも満足に振れそうにないように見えるビスタの華奢で繊細な腕、指。

 

 しかしその内に秘める膂力は並みの男の、カルラのそれすらも遥かに凌駕することはステータスプレートによる情報が証明している。

 

 

 無防備な相手の隙を突いて密かに接近することに成功したビスタ。

 彼女はその絶大な膂力を以て、オリヴィアの両目を、亡き母の形見である紫水晶色の眼を抉り奪い出した。

 

 

 「キャアアアアアアア!!!?!?!?!」

 

 

 それはあまりに一瞬の出来事。

 

 得も言えぬ激痛にオリヴィアは堪らずもがき、絶叫した。

 

 「……〈オーレン・リスター〉。 その魔法知ってるわよ。 確か欠損した部位が残っている場合は痛みがひくことはあっても再生することは出来ないのよね」

 

 聖騎士の一体が二人の間を割くようにして剣を降り下ろす。

 ビスタはそれを避けようと大きく距離を取ってそんなことを言った。

 

 

 「よくも、よくもッ!!!」

 

 オリヴィアの出血は瞬く間に止まった。

 

 しかしビスタの指摘したとおり眼球そのものの再生までには至らなかったようで、彼女はかつてない程の怒りを見せる。

 

 「許さない……! ビスタ・サードゲート! おまえだけは絶対に!!!

 力負けするからなんだ! 目が見えないからなんだ!! そんなもの、数で押し切ってやるッ!!! 〈コール・トワイライト・ナイト〉!!!」

 

 興奮が覚めることもなく、オリヴィアはさらに聖騎士を召喚した。

 

 「ちょ…… 待ちなさいオリヴィア・ノーツ・ナルシスカ!」

 

 「コール! コール! コール! コールコールコール、コォォォォォル!!!!

 アハッ、アッハハハハハ!!! どうです! コレほどの数なら成す術もないでしょう!」

 

 何を思ったか、ビスタは今すぐ召喚魔法を止めるように警告した。

 

 しかしオリヴィアは聞く耳を持たず、ただひたすらに魔力が尽きかけるまでひたすらに魔法を行使し続ける。

 

 そして機は熟したと言わんばかりに攻撃の命令を降した。

 

 「行けッ! 〈トワイライト・ナイト〉達よ! ビスタ・サードゲートを血に染め上げ…… 」

 

 しかし、瞬間オリヴィアの周囲に異変が起きる。

 

 暗闇の中彼女が一番最初に感じ取ったのは何かが欠落するかのような破裂音に近い音。

 

 その音の正体を考える間も無く、一秒にも満たない時間の後彼女は浮遊感に包まれた。

 

 

 「しまっ……」

 

 

 そしてオリヴィアは全てを察した。

 

 察したが、その時にはもう全てが手遅れ。

 

 忘れてはならなかった。彼女達が今いた足場はカルラが造り出した仮のものでしかないということを。

 

 そんな中でオリヴィアは〈トワイライト・ナイト〉を何十体も呼び出してしまった。

 たった一体が跳んで跳ねるだけでも足場が揺れるのだ。

 こうなった場合どういう結果を招いてしまうかは冷静になれば容易に想像がついただろう。

 

 しかしオリヴィアは視界を失い興奮するあまりそんなことにも気づくことが出来なかった。

 

 ビスタが警告したのにも関わらず、だ。


 

 「こんな、こんな死に方嫌…… ガウス、助けてっ!!!」 

 

 

 落下していく中、上も下もわからない状態でなおもオリヴィアは手を伸ばした。

 

 しかし彼女の仲間はここにはいない。

 

 呼び出された大量の聖騎士達も、この状況では何も出来るわけがなかった。

 

 

 

 もう駄目なのか。

 

 オリヴィアが諦めようとしたそのとき、何者かが彼女の伸ばした手を強く掴む。

 

 「ガウ、ス……?」

 

 「私の手、そんなにゴツいかしら?」

 

 もとよりこの場にいるのはそれぞれの召喚獣を覗けばオリヴィアとビスタの二人だけ。

 

 オリヴィアの手を掴んでいたのは飛行する怪物に抱き抱えられるビスタだった。


  

 「ビスタ・サードゲート……? ど、どうして……」

 

 「……勘違いしないで、私は貴方を許したわけじゃない。

 私が貴方を助けたのは今死なれたら困るから。 それと、理由はどうあれさっきガウスに助けられたから。 ただそれだけよ」

 

 「何を……! 敵に情けをかけられるくらいなら自分から……!」

 

 少しずつ冷静になってきたオリヴィアは、そのとき自らの手でビスタの掴む手を振りほどこうとした。

 

 

 「甘ったれんじゃないわよ!!!」

 

 

 しかしビスタが放つ怒号がそんな彼女を激しく糾弾した。

 

 「……っ!」

 

 「貴方が今まで殺してきた魔族や魔物達は貴方なんかよりももっと生きていたかったの! 残された人達はもっと一緒にいたかったのよ!?

 それがなに!? 散々命を奪っておいて、どうしてそう簡単に命を捨てられる!?

  そんなの許さない、そんなの絶対に許さないから!!!」

 

 息が切れるほどにビスタは叫んだ。

 

 叫んで、相手を引き上げて、有無を言わせずその頬を強く叩く。

 

 

 「……わたくしを生かしたこと。後で後悔しますよ」

 

 「後悔? 後悔ならもう散々したわよ。 だから今、二度と後悔がないように自分の意思で選択したの。

 貴方を地上に連れ、人間達との対話の場を設けさせる。 二度と争いが起こさないようにするために、この世界での魔族の居場所を取り戻すために。……もう、誰も悲しまないで済むように」

 

 ビスタの頬に涙がつたう。

 

 彼女の脳裏には亡き母の姿があった。

 

 

 

 きっと母ならこうなることを望むはず。

 

 なぜなら私はビスタ・サードゲート。母はその名に「展望」の願いを込めてくれた。

 

 相手が憎い、今すぐにでも殺してやりたいくらいに憎い。

 

 けれどその感情のままに相手を殺して、そこに未来の展望はあるか?

 

 本当にそれが正しい道だと言えるのか?

 

 いや、違う。

 

 この感情を昇華させてはならない。これまで味わった悲しみは未来に語り継いでいかねばならない。

 

 そのためには魔族も人間も対等な立場でいる必要がある。

 

 だからこの女はここで死なせない。

 

 その罪を、生きるという形で償わせなければならないんだ。

 

 

 そんなことを、ビスタは胸の内で繰り返した。

 

 

 それがこの少女の選択。

 

 誰でもない、カルラでもない、彼女自身の意思で選んだ答えだ。

ご覧頂きありがとうございました。

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