136. 少女が決着をつけるとき①
立ちはだかる雑兵を仲間達に任せ、長い長い道のりを越えてやっとここまで辿り着いた。
オベリスクの頂上にも似た神秘的な空間。
時間がないと急ぎながらも、後の戦闘のことを考えて精霊化は温存していた俺はこの光の回廊を生身で落下しここまで来た。
「あはっ、やっと来た私の騎士様」
俺の姿を見て一言、そんなことを言うビスタ。
こっちは必死の想いで駆けつけたというのに相変わらずのご様子だ。
「ビスタ、怪我はありませんか?」
「ぜーんぜん? というか、安全確認はまだ早いんじゃ?」
ビスタは真横に立つガウスに視線を送ってそう言った。
確かに、依然として彼女の身柄は敵に渡ったままだ。
まあ、事前に策は用意してきた。
どこからでも……
「……行け」
「えっ」
驚いた。
他でもないガウス自身が、ビスタをこちらに向かわせて彼女の背中を押したのだ。
俺もビスタも事態を飲み込めないまま合流して、そのまま彼女の手につけられた枷を外す。
「……いったい何のマネですか?」
「どのみちその女にはまだ生きていて貰わないと困るのでな。 人質としての役割を持てないから余計な過程を省いたまでだ。 どこか離れた場所に匿っておけ」
俺の質問に対してガウスは静かにそう答えた。
それを聞いてビスタを見る。
彼女はただこくりと頷く。
「……そういうことなら」
「私達は二人で戦わせてもらうわ」
そうして、二人してそれぞれの武器を構え並び立った。
「……何のつもりだ?」
「何って、見たままですよ。 一人よりも二人の方が強いですから」
「何を言っている。もう忘れたのか? 貴様は弟と共に戦ったばかりに敗北を招いたのだぞ?」
「はて、なんのことやら。 私はあのとき敗けた理由をリインに擦り付けるつもりはありませんよ。 ただ己の力を過信してしまっただけです」
「……なるほど、ならばこちらも二人で行かせて貰おう。〈コール〉!」
ガウスが魔方陣を展開する。
そこから召喚される一人の人物。
現れたのは怒りを露にするオリヴィアだった。
どうやらガウスは俺が彼女を既に倒してきたなんて可能性を一欠片も考慮しなかったようだ。
それだけ彼女に対する信頼があったというこたか。
「カルラ・セントラルク……! 先程はよくもわたくしを出し抜いてくれましたね……!」
登場するなり拳を震わせ俺を睨みつけるオリヴィア。
「カルラ君、いったいあいつに何したの?」
「何もしていませんよ。 ただあまりに悠長に構えるものだったから横をすり抜けて行っただけです」
俺達がそんな会話をしていると、たまらないといった様子でオリヴィアが声を荒げる。
「すり抜けただけですって!? よくもまあぬけぬけと! 私は正々堂々勝負を挑んだはずです! それを目もくれず走り去ってしまって……
だいたいあの速さはなんですか! 貴方はもうメタルスライムの力を失って……」
「ああ、そういえばこの蜘蛛の巣みたいなのといい結局どうなったの? 仲直り出来た?」
「ええおかげさまで、今じゃステータスだけじゃなくて他にも色々出来るようになりまし……」
「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「……」
はあなんだよ、まだ話の途中だっただろうが。
怒り狂う相手の姿はまさに更年期のソレ。
おばさん、見苦しいっすよ。
「殺す! 殺す!」
まるで獣のように息を荒くしてオリヴィアが構える。
それを、ずっと後ろで静観していたガウスが諭す。
「落ち着けオリヴィア、いつもどおり動くぞ」
「はっ…… わたくしったらなんてはしたない……」
それでまるでつきものが落ちたかのように彼女の冷静さが一瞬にして取り戻される。あのままだったら楽だったのに。
「じゃ、最終決戦と行きましょうか。 ……ときにカルラ君」
「なんでしょう」
「あのヒステリックババア…… じゃなかった。 オリヴィア・ノーツ・ナルシスカは私に任せてくれないかしら」
「……わかりました。 だったらこれを使うのがちょうど良いですね」
ビスタからの申し出を受けて俺は懐から一つの小瓶を取り出した。
それを見て何を思ったかガウスが呟く。
「……魔法瓶」
そう、それはこのドランジスタだけに存在するマジックアイテム。
ジェシカが発明した中に入っている煙を吸うだけで魔法を習得出来るという便利アイテムだ。
ビスタが拐われてから今日まで、フォルガーナではほとんど時間が無かった中で俺達は出来得限りの準備をしてきた。
それがこの一つ。
俺が知る中の、俺が最も評価し驚異とした魔法をこの瓶に封じ込めさせた。
だがそれはオリジナルでない俺が使うには色々制約があって、使うタイミングも限られている。
それでもまあ、ビスタの望み関係無しにしても使うならここしかないだろう。
瓶を割り、中から溢れ出る煙を吸ってビスタに告げる。
「ビスタ、先に言っておきます。 私が作れる時間はもって10分です。その間に彼女との決着をつけてください」
「十分よ、ありがとうカルラ君」
ビスタはもう俺の顔を見ることなく、ただ真っ直ぐにオリヴィアに視線を向け集中していた。
だから俺も無駄なことはせず精霊化してその魔法の名を唱える。
「行くぞッ! 百火世界ッ!!!」
瞬間、ビスタとオリヴィアを取り残して空間が改変されていく。
おびただしい程の熱気…… はさほど感じなかった。
どうやらこの魔法は使用者によってその性質を大きく変えるらしく、俺とガウスを取り巻くその世界はリインのそれとは異なり金色の焔に支配された空間だった。
そのとき、ガウスはその景色を観察するでもなくただ俺のほうを見て呟く。
「……魔法瓶、 そうか、そういうことだったのか」
「……何がです?」
「ジェシカのことだ。 あいつは今貴様らの下についているんだな?」
「……」
目の前で魔法瓶を使う。たったそれだけのことでガウスはジェシカの存在に気がついた。
最初から疑っていたのか、それとも……
どちらにせよ、答える必要が無いので俺は黙秘を貫いた。
だがその是非は奴にとってはもうわざわざ確認を取るまでもないのだろう。
ガウスは早々に自ら話題を切り替えた。
「……ああ、ところで」
「?」
「貴様はどうやらあのメタルスライムと再融合を果たしたようだな」
「ええ、それが何か?」
「いや? ついでにギーグバーンの弔い合戦が出来て手間が省けたというだけの話だ。 ……さあ、剣を構えろ。正義のための礎となれ」
そんなことを、熱くなるでもなく淡々と言ってガウスは剣を抜き出す。
それに応じて俺も倶利伽羅を召喚した。
相手の出方を探るように互いに一歩前に踏み出す。
決戦の火蓋が今切って落とされた。
◆ ◆ ◆
「……してやられましたわね」
「いったい何の話?」
「こちらの話です。……しかし気に入りませんわ。どうやら貴方はこの私を一人で倒せるとお考えのようで」
「そうよ、何か問題ある? 回復役なんて孤立させてしまえば手も足も出せないでしょう」
「まあ、なんて短絡的で浅はかなこと。 わたくし、そんなに弱く見えます?」
「ええもちろん。 昔から言うじゃない、強い女は美しいってね」
「妙に含みのある言い方ですわね。もしや挑発のつもりですか」
「どう取るかは貴方次第…… さあ、もういいでしょう。 お母様の仇、ここで討たせてもらうわ!」
二人だけとなった空間。
カルラが造っていった足場の上、相手の了承を得る間も無くビスタは魔力弾を連続して放った。
たちのぼる硝煙。
並みの人間ならば文字通り木っ端微塵となっていてもおかしくない威力だが、その向こうから現れたのは傷を負ったオリヴィアではなく純白の鎧に身を包んだ巨大な騎士だった。
「まあ、そう簡単にはいかないか」
小さく舌打ちするビスタに対し、騎士の背中に避難していたオリヴィアが嘲笑いながら再び顔を見せる。
「アハハハハ! それが浅はかだと言うのです! この! わたくしが! 一人になったときの状況を想定していないわけがないでしょう!」
そう言って彼女は一つの魔方陣を展開した。
すると、同じ姿をした二体目の騎士が軋むような唸り声を上げてそこから出現する。
「〈トワイライト・ナイト〉 ラウディアラ教団の聖女を守護する役目を持ったゴーレムの一種……
さあどうです! 貴方にこの聖なる双盾を打ち崩すことが出来るかしら!?」
「へえ、こんな無愛想なのが貴方の騎士? はっ、女としての価値が知れてるわね!」
ビスタは怯むこと無くさらに魔法による攻撃を放った。
しかしそれを〈トワイライト・ナイト〉の一体が前に出てその大盾で悉く防いでいく。
結果、当然のようにオリヴィアは無傷。ただただビスタが消耗するだけに終わってしまった。
「ああいや、ちょっと固すぎるでしょコレ……」
「まさかもう終わりですか? なら次はこちらから行かせてもらいます! 行けッ!〈トワイライト・ナイト〉!」
「!!」
オリヴィアの命令を受けてもう一体の聖騎士が大きく変える身を屈める。
何を仕掛ける気だとビスタが身構えたその瞬間、聖騎士は跳躍してまるで隕石のような迫力をもってその大剣を降り下ろしてきた。
「くっ……!」
予備動作が大きいこともあってビスタはなんとかその攻撃を回避する。
回避はするが、彼女達が今立っている足場はカルラが造り出した突貫のものでしかない。
ゆえに聖騎士が着地したその衝撃で足場は揺れ、ビスタは足をもつれさせ体勢を崩してしまう。
その隙を聖騎士は見逃さず、返す剣を大きく振った。
「ああもう! 流石に出し惜しみしてられないわね!」
苦い顔をするビスタの眼が光る。
その眼は兜の奥から覗ける隻眼を捉え、聖騎士の動きは途端に鈍くなってしまった。
ビスタはその隙を見て相手の間合いから脱出する。
「チッ……! 往生際の悪い……!」
相手を仕留め損ないオリヴィアはたまらず舌打ちする。
「往生際の悪い、じゃないわよ! 貴方達私に死なれたら困るんじゃなかったの!?」
「ええもちろんです。 けど大丈夫、死んでもすぐにならわたくしの神聖魔法でどうとでもなりますから!」
「はぁ、本当狂ってるわね! だったら私も奥の手出そうかしら!」
奥の手。
その言葉と共に取ったビスタの行動は両手に握った深紅の鞭を前に突き出すというもの。
「いったい何を……」
それを見てオリヴィアは怪訝に思う。
ただ、名伏し難い妙な予感を感じ取った彼女は相手が仕掛ける前に潰してしまおうと聖騎士の一体をけしかけた。
鈍重な鎧を身に纏うことをまるで想わせない騎士の素早い接近。
しかしビスタは焦ることなくその術を発動させる。
「あんまり可愛くないから極力使いたくなかったんだけど…… ま、仕方ないわね。 ……おいで!」
騎士の剣に魔力が満ちる。
閃光煌めくその斬撃は間も違いなくビスタを捉えていた。
「フフッ、他愛もない……」
光が止んで、視界が開ける。
剣を降り下ろしきった騎士の背中を見てオリヴィアは勝利を確信していた。
「……ん?」
しかし、どこか様子がおかしい。
敵を仕留めたはずの騎士は、どうしてかそこから動こうとしないのだ。
そしてオリヴィアが異変に気がついたのも束の間。
圧倒的な力と堅牢さを象徴するかのような純白の鎧。
その鎧に今、一筋のヒビが入った。
「な、なにッ!?」
驚嘆するオリヴィア。
ヒビはみるみる内に広がっていき、限界に達したその鎧は一瞬にして破壊されてしまった。
崩れ去る瓦礫の向こうから、ビスタの姿が現れる。
いや、ビスタだけではない。
彼女の手に携えられた深紅の鞭。
その鞭の先を辿れば、芯は次第に肥大化していく。
そうして顕れる凶悪な爪、牙、禍々しい眼光と悪魔を想わせる巨大な両翼。
「〈闇蝙王ダグマ・ソッソ〉。 鞭を触媒にして召喚する最凶の眷属よ。
どうやらこっちの世界じゃないと呼べないようだからろくに出番が無かったけど…… 以後、お見知り置きを」
瓦礫の向こうから現れたトワイライト・ナイトにひけを取らない巨大なコウモリの怪物は、体全体でビスタを覆い護るようにして君臨していた。
両親の仇。
因縁の戦い。
いや、それ以上にこの戦いは人間と魔族の命運を賭けた戦いなのだ。
「敗けない……! 私はこんなところで敗けるわけにはいかない!!!」
そしてそれはオリヴィアも十分に理解するところなのだろう。
彼女は反撃を受け僅かに動揺するものの直ぐ様己を奮い立たせた。
共に民を導く身、この戦いだけは絶対に敗けられない。
そんな女同士の戦いはまだはじまったばかり。
ご覧頂きありがとうございました。