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135. 神の領域


 そこはどこだ。

 

 我々が知るはじまりの場所、かつての魔王が居を構えた城だ。

 

 魔族の繁栄を象徴していたこの城はもう、何十年もの時を経て完全に人間が支配するようになっていた。

 

 しかし、未だに人間が立ち入ることが出来ずにいる場所がある。

 

 それはかのビスタ・サードゲートが逃亡する際に使用した〈門〉の向こう側。

 

 今、その〈門〉の前に人間の兵士達、その先頭にガウスとオリヴィア、そしてビスタが並び立っていた。

 

 

 「……で、私を拐ってこんなところまで連れてきて、貴方達いったい何をさせるつもり?」

 

 「聞くまでもないだろう。 貴様には〈サードゲート〉を開けてもらう」

 

 「……なんのことかしら?」

 

 「とぼけるな。この門はサードゲート族が代々守り継いできたものだ。実際、貴様は一度この〈門〉を開いてみせている」

 

 「けれど私が行き着いた先は異世界フォルガーナよ? そんなところに……」

 

 ビスタが言い切ろうとしたそのとき、ガウスの腰に携えられていた剣が鞘から引き抜かれる。

 

 「……」

 

 ビスタは言葉の最後を慎んだ。

 

 相手が放った切っ先は、ビスタの美しい桃色の髪を数本捉えていた。

 

 ハラリと落ちるその髪が床に落ちる前にガウスが言う。

 

 「二度同じ事を言わせるな。 こちらはアベルの記憶から全ての情報を手に入れている。

 世界の起源、歴史。 そして貴様らサードゲート族がどういった存在で、この〈門〉の本当の使い方もな」

 

 「……はあ、やっぱり人間の男ってつまらないわね。 息苦しいったらありゃしない」

 

 溜め息を吐きつつ、ビスタは相手の命ずるままにその〈門〉を開いた。

 

 重厚な扉が唸り声のような音を上げる。

 

 その奥には途方もない闇が広がっていた。

 

 

 「……で、誰から入るの?」

 

 「俺が先頭を歩く。 次に貴様が、オリヴィアはその後ろに続け。

 ……おまえ達はここの警護だ。 一切の侵入者を許すな」

 

 「はっ!!!」

 

 

 待機していた兵士達にそう告げ、ガウスらは〈門〉の向こうへと足を踏み入れた。

 

 

 「奇妙な空間ですわね……」

 

 

 足場もない、天井もない。 もはや前後左右の概念が存在するのかもわからない。

 そんな空間を目の当たりにして、しんがりを務めるオリヴィアが呟く。

 

 

 「……」

 

 

 誰もそれに返事をしない。

 

 雑談を交わすような状況ではないとわかっているからだ。

 

 

 そうこうしていると、ある一定の地点に到着したところで空間に揺らめきが生じる。

 

 生じて、気がついたときにはもうそこは全く別の場所になっていた。

 

 何もかもが色褪せてしまったかのような光景を見せる空間の中、ガウス達の目前には悠然たる巨大な神殿が築かれていた。

 

 「……情報通りだな、行くぞ」

 

 ガウスはそれだけ言って再び歩みだし、神殿の内部へ入ってはさらに進む。

 

 道中、そして最奥へと至れば、そこにはまた新しい〈門〉が設置されていた。

 

 それは魔王城のものとは異なり、天使のレリーフが周りに施されている。

 

 それらに興味を示すこともなく、ガウスはアルルカに剣を突きつけて命じた。

 

 

 「さあ、また貴様の仕事の番だ。第二の門を開けろ」

 

 「はいはい」

 

 

 ビスタが門に手をかざして呪文を詠唱する。

 

 するとまたもや門は開き、奥からは目映い閃光が走っていた。

 

 

 「……よし。 オリヴィア、ここはおまえに任せる」

 

 「わかりましたわ。 ……ガウス、必ず帰ってきてください」

 

 「当たり前だ」

 

 

 二人はそんな言葉を交わして別れた。

 

 「……」

 

 その間ビスタは何も言わずガウスが動くのを待つ。

 

 そうして二人、人間の王と魔族の姫はさらに奥へと進んでいった。

 

 そこは光の回廊。

 

 無限にも思える大きく弧を描いた螺旋階段。

 

 ガウスとビスタは、それをただ黙々と降りていく。

 

 しかしそこでビスタがガウスにこう話しかけた。

 

 「……にしても、まさか〈門〉に目をつけるなんてちょっとびっくりね」

 

 「……」

 

 「私、実は知らないのよ。 この先に何があるのか。 古の時代から自分達が何を守ってきたのかわからない。

 いったい、貴方はアベルの記憶から何を見たっていうの? よかったら今教えてもらえないかしら」

 

 そんな質問をビスタはガウスに投げ掛けた。

 

 「……」

 

 しかしガウスは魔族と話すことを嫌っているのか、相手の質問を無視してただただ足を動かしていた。

 

 やはり人間の男はつまらない、特にこのガウスという人間は。


 そんなことを思うビスタは内心辟易していた。

 

 いったいこの無駄に長ったらしい階段を降る間、会話をしないのならどうやって暇を潰せばいいんだ。

 

 そんなことを思っていたそのときだった。

 

 

 「……最初に見えたのは青い空」

 

 

 ビスタの質問に答えようとしているのか否か、絶対に口を開かないと思われていたガウスがおもむろに語り出したのだ。

 

 少し驚くビスタに、ガウスは続けてこう話す。

 

 「どこまでも広がる青い空だった。 今の俺達の世界にはない美しい光景。

 そして、アベルの目に映る創造神ラウディアラの姿も捉えた。

 神はこう言った。 万が一自分が死ぬことはあってもこの世界だけは守り抜く。

 自身の手を離れようとも円環を廻せるように細工を施しておく、と」

 

 「……どういうことかしら」

 

 「……つまり、亡き神に代わってこの世界を操作している者がいるということだ。

 いつまでも人間と魔族が争うように、いつまでもこの世界が破滅と再生を繰り返すように。

 ……いや、おそらくそれは生命ではない。どちらかと言えば機械やカラクリの類いだろう。それを〈界竜核〉と神は呼んでいた」

 

 「……ああつまり、私達は真実も知らぬままそれを守り続けていて、貴方は今からそれをぶっ壊しに行くと」

 

 「そうだ。 それでこの世界は救われる。 永きにわたる争乱の歴史に終止符が打たれるのだ」

 

 「……ふぅん」

 

 「抜けた返事だな、自分から聞いておいて」

 

 「だって、ちょっと壮大過ぎるでしょう。世界がどうとか、あまりに現実味が無いわ」

 

 「仮にも魔族の長の言葉とは思えんな」

 

 「魔族の長、だからよ。 私は皆を守ることで精一杯、今はこの世界全体の成り行きなんて気にしていられないわ」

 

 「そうか、それは残念だな。 ……さて、もうお喋りはいいだろう。 先を急……」

 

 ガウスが言葉の終わりまで言いかけたそのとき、どこからともなく現れた光の狼群。

 

 狼達は空間を駆けながら二人に迫っていき、その鋭い牙をビスタの柔肌に突き立てようとした。

 

 しかし、既の所でガウスが立ちはだかる。

 

 立ちはだかって、剣を薙ぎ払った。

 

 見事な一撃、その一撃の前に狼達は成す術なく消滅していく。

 

 「……ありがとう」

 

 「……敵に礼を言う奴があるか。 しかし思ったよりも防衛装置の起動が早いな」

 

 「防衛装置?」

 

 「これ以上誰も進めないように神が仕掛けたのだろう。 おそらく進めば進むほど出現する守護獣は強力になっていくはずだ」

 

 「へえ、それがわかっていて他の人間は置いてきたんだ?」

 

 「見てのとおり俺一人で対処出来るからな。 何も問題はない」

 

 「ふぅん、ああそう。ところでまだ貴方には聞きたいことがあるのだけれど」

 

 「なんだ」

 

 「貴方のことよ。どうしてか今猛烈に貴方のことが知りたいのよね。 どんな過去があって、どんな経験があって、何を見て、何を思って今に至ったのか」

 

 「……なぜ、そんなことを?」

 

 「興味本意よ。 それに道はまだまだ続いてそうだし、暇つぶし代わりに、ね? ああ、なんなら私からでもいいわよ?」

 

 

 ビスタが階段の先を指差し言う。

 

 いったい何を考えているのか、ガウスには見当もつかなかった。

 

 ただ、相手の言うとおり先はまだ長いということは事実だ。

 

 だからガウスは相手の身の上話を返事をするでも相槌を打つでもなくただ聞き流した。

 

 聞き流して、話が終わって、今度は貴女の番と振られた。

 

 だからガウスはおもむろに語り出した。

 

 英雄の旅路、その生涯を。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 「……へえ、結構壮絶な人生送ってるじゃない」

 

 「……引くくらいなら最初から聞くな」

 

 「引いてなんかいないわよ。ただ、ちょっと寂しいなって思っただけ」

 

 「なんとでも言え、端から他人の理解を求めるつもりはない」

 

 「……頑固」

 

 言い返そうともせず、まるで悟り切ってしまったような態度を見せるガウスに、ビスタは不満気にそう呟いた。

 

 しかし逆に、そんなビスタを見てガウスも呟く。

 

 「……解せんな」

 

 「なにが?」

 

 「おまえは理解しているのか? これから自分がどういう運命を辿るのか」

 

 「ああ、なんだそんなこと…… ええ、わかっているつもりよ。 死ぬんでしょう、私?

 最後の〈門〉を開ける鍵はサードゲート族自身。 そのために、私達の力は脈々と受け継がれてきた」

 

 「そうだ。 わかっているならなぜそう余裕でいられる? 結果はともかくとして、抵抗する機会はいくらでもあったはずだ」

 

 ガウスがそう訊ねると、ビスタは煽るように鼻で笑った。

 

 「なぜって、そんなの決まっているじゃない。 彼が助けに来てくれるって信じているからよ」

 

 「彼? ああ、カルラ・セントラルクのことか。 しかし戻ってきたところで何が出来る? 身も心も完膚なきまでに叩きのめされ、立ち上がれるわけがないだろう」

 

 「……はあ、わかってないわね」

 

 「なに?」

 

 「貴方いったいアベルの記憶の何を見ていたの? カルラ君はね、どれだけ絶望してもまた立ち上がることができる子なの。

 あんなので勝った気になっているならそれは大間違いよ」

 

 「……ハッ、だったらもう一度叩きのめしてやる。 戻ってきたところで奴の強さは知れているからな」


 「それも間違い。 きっとカルラ君は強くなるわよ。 だって本来彼の武器は精霊術だけじゃないから。ああ、楽しみだわ、全てを手にした彼がどれだけ強くなっているのか」

 

 「世迷い言を……」

 

 「世迷い言かどうか、確かめてみたらいいじゃない?」

 

 「なに?」

 

 「ほら、どんどんこっちに向かって来ているわよ」

 

 

 ビスタが上空を指差し言った。

 

 すると遠い遠い光の向こうから、一人の男の声が聞こえてくる。

 

 ガウスは睨んだ。少しづつ鮮明になるその男の姿を、ここまで辿り着いたというその事実を。

 

 

 「暁雲噛み殺す蛇の者、青き繁栄に双牙を組んで、今、我らに城壁が如き力を与えよ!《吽壌邏》!!!」

 

 

 その詠唱によって、ビスタが一瞬光に包まれる。

 

 包まれて、比類なき守りの力が与えられる。

 

 

 それは紛うことなき精霊の力。

 

 ビスタが待ち焦がれた男の力だ。

 

 

 ガウスは睨みこそすれど特段驚くようなことはしなかった。

 


 男が放ったまるで蜘蛛の巣のように展開された銀液。

 それは八方に延びて杭打つように壁と繋がり足場と化した。

 

 そこに降り立ったその者をやはりガウスはただただ睨む。

 

 

 「……間に合った。 今度は、間に合った」

 

 

 そうして噛み締めるように、その男は静かに立ち上がっては呟いた。

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