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134. 表裏一体


 「神様、カルラは絶対に帰ってくるよね? カルラがカルラじゃなくなってるなんて、そんなことないよねっ?」

 

 「……どっちに転んでもおかしくはない。 より意思の強い方が勝つ。

 これは存在を賭けた戦い。 己が何を為してきたか、これから何を為したいか、その想いの強さが勝敗を分ける」

 

 「そんな……」

 

 「そう悲観するな。賭けてみようじゃないか、君の信じる男の強さを。投げられたコインがどちらに傾くのかを。

 表か裏か、白か黒か…… いや、この場合だと金か銀か、かな?」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 雨だ。

 

 肌を抉ろうとせんばかりの猛烈な雨だ。

 

 

 空が暗い、視界が暗い。

 

 

 豪風が俺を拐おうとする。

 

 闇へ奈落へ誘おうとする。

 

 

 けれど眠るにはまだ早い。俺はここで立ち止まるわけにはいかない。

 

 俺は己の心に導かれるように、惹かれるようにして独り歩み続ける。

 

 

 きっとこれは運命だった。

 

 人には誰にでもケリをつけなければならないときがあって、俺にとってそれは今だったのだろう。

 

 どうしてこんなことになってしまった。

 

 どうしてビスタを守れなかった。

 

 どうして俺はこんなにも弱い。

 

 

 理由はもうずっと前からわかりきっていたんだ。

 

 俺が向き合わなかったから、己自身の課題に目を背けたからこうなった。

 

 

 一難あるからまた一難。

 

 

 なあマチュー、おまえもそう思っているんだろ?

 

  

 

 

 吹き荒ぶ雨、嵐。

 

 ドランジスタのどこかの荒野。

 

 時間は…… この空ではなにもわからないな。

 

 

 けれどそんなことはどうでもいい。

 

 俺が、アイツが、今こうして相対している。

 

 一対一で向かい合っている。

 

 それ以上の情報が他に必要だろうか?

 

 

 

 「……ようカルラ」

 

 「久しぶりですね、マチュー」

 

 

 互いに素っ気のない挨拶を交わす。

 

 以前俺達が分離するとき、マチューは二度と顔を見せるなと言っていたような気がするが、そんなこともやはりどうだっていい。

 

 

 どうして俺達が今こうして合間見えたのか。

 

 

 簡単な話だ。

 

 

 俺達はもともと一つの存在で、精霊使いの力とメタルスライムの力の二つがあってはじめて成り立つ存在だった。

 

 それなのに俺達は別れてしまって、片や復讐だけに固執し、片や己の存在証明などという愚行に明け暮れた。

 

 まったくもって馬鹿で勝手で無意味な行動。

 

 それだけじゃあ自身の望みは何一つ叶うはずもない。

 

 一番逃げてはならない、一番はじめに勝たなければならなかった宿敵。

 

 俺達は互いにそれから逃げてきた。

 

 克服したつもりになっていた。

 

 

 だから、何も成せなかったんだ。

 

 だから、ここで決着をつけなければならないんだ。

 

 

 どちらが本物で、どちらが正しくて、どちらが勇者を倒すべきで……

 どちらが、この現世を生きるに相応しいのかを。

 

 

 「……少しおまえの記憶を覗かせてもらったよ。 勇気の精霊だっけか? えらく御大層な存在になったもんだ」

 

 「そういう貴方はまだろくに復讐出来ていないようですね?

 まさか、ギーグバーンなんて雑魚で満足してしまったんですか?」

 

 「ほざけ、俺はおまえを倒して完全体になる。 そして勇者を倒して、優しい奴が幸せになれる世界を作る」

 

 「……もう、復讐だけの戦いではないと?」

 

 「ああそうだ。 そのことをスピカが教えてくれたんだ。 俺がなんのために戦っているのかをあいつが気づかせてくれた」

 

  「……スピカ。 あの人間の女の子ですか。 彼女のことは、……残念でしたね」

 

 「はっ、なんでテメエが泣きそうになってんだよ。 感受性豊かすぎんだろ」

 

 「……泣きませんよ。 彼女のことで一番泣きたくなっているのはマチュー自身でしょう。

 それに私にはやり残したことがある。 かけがえのない人を助けに行かなくちゃならない。

 だから泣いている暇はない。貴方にどれだけの覚悟があるのだとしても譲るわけにはいかないんだ」

 

 「上等だ。……さあ、そろそろお喋りは終いにしよう」

 

 会話はそこまでだった。

 

 剣をとり、刃を作り、互いに互いを斬りつける。

 

 そう、俺達はもともと二つで一つ。 所有する感情、思想、その起源の何もかも全てが同じところからはじまっている。

 

 だからこうして互いを傷つけ合うのも、剣を突き立て喰らうのも、たった二文字の"葛藤"という言葉に集約される出来事でしかない。

 

 それでもその"葛藤"はいずれ終わりを迎える。

 

 自分がこれからどうしていくのか、心の選択を決める時が来る。

 二つの感情の狭間で揺れ動いていても、文字通り二つに別れても、いつかは一つの器におさまる時が来てしまうんだ。

 

 けれど、その手綱を握るのはより強い方であるべきだ。

 俺達の目的が勇者を倒すことで一致していても、その本質が戦いである限り強さは無視できない。

 

 

 俺達は引き続き激しい攻防を繰り広げていた。

 

 といっても奴の鋼鉄の体は相も変わらず強固で、俺なんかの剣が通用するわけもない。

 

 「しかし精霊の力なんざ手にしておきながらまだ負けるなんて、ほんと情けない奴だなおまえは!」

 

 「貴方こそ、女の子一人救い切れなかったどうしようもない愚か者でしょう!」

 

 「ああ全くだなっ! 嫌になるよ自分の弱さに!!!」

 

 

 自分で言った言葉が、返ってくる言葉が、その一つ一つが深く胸に突き刺さる。

 なぜならそれは相手だけでなく己自身に向けた言葉でもあるから。

 なぜならそれは己を咎めたいという想いであるから。

 

 攻撃をいなし続けながら俺は話を続ける。

 

 「ねえマチュー! 生きるってなんなんでしょうね!」

 

 「そんなもの俺が知るかよッ!!! けどそうだな、自分に勝つってことなのかも知れねえなァ!?」

 

 「奇遇ですね! ちょうど私もそう思ってたんですよッ!!!」

 

 

 なあマチュー、俺は今いったいどんな顔をしている? どんな顔でこんな話を持ち出したんだろうな?

 

 ここには鏡なんて無いからわかんないけど、俺の目の前にいるおまえは笑っているから、だからきっと俺も笑っているんだろうな。

 

 おかしいよな、どう考えても笑う状況なんかじゃあない。

 

 今すぐにでもビスタを助けに行かなきゃならなくて、タイムリミットは刻一刻と迫っている。

 

 でも、俺はこんなふうにおまえと正面からぶつかるのははじめてだから。

 誰も見ていない、誰の邪魔も入らないこんな状況で戦えるのがたまらなく嬉いんだろうな。


 

 「いいかカルラ! おまえは"脱け殻"だ! "虚ろな存在"だ! 俺抜きでは自己の証明もままならない死に損ないなんだよ!」

 

 「ああそうです! そしてそれは貴方も同じ! だって私達は二つで一つ! 貴方が復讐を求めていたのも、もとを言えば仲間を想う心があったから! 何も変わらない、私達は何も変わらないんだ!」

 

 「けど用意されている椅子は一つだ! 覚悟はいいかカルラ! 俺は今から本気でおまえを殺しにいく!」

 

 「それはこちらの台詞だ!」

 

 

 互いに言葉を重ねていく。

 

 それはもうどちらにとっても既知の事実でしかなくて、改めて言葉にするほどのものでもなくて、だけれども俺達はこの戦いに確かな意味が欲しかった。

 

 一つ一つの感情を、想いを、今まで経験した過去も全部、互いにぶつけ合って互いに確かめたくて互いに認めさせたかった。

 

 「行くぞマチュー! これが私の本気! カルラ・セントラルクの全てだッ!!!」

 

 

 叫ぶと同時に解放する。

 

 黄金に輝く翼、四肢。

 

 それを見て、マチューは少しだけ険悪な雰囲気を露にする。

 

 

 「ああ眩しい! 眩しいなカルラ! まっ金金に光輝いているじゃねえか!

 なんだそれは、くすんだ銀でしかない俺へのあてつけか!?!?」

 

 「ほざけ!!!」

 

 マチューが肉体を変形させ巨大な拳を作り出してはそれをこちらに向けてくる。

 

 対抗するように俺も炎を纏わせて殴り返す。

 

 

 「ウオオオオオオ!!!!」

 「アアアアアアア!!!!」

 

 

 互いの力が拮抗する、意地と意地がぶつかり合う。

 

 金と銀が犇めきあって、それを何度も、何度も何度も繰り返す。

 

 

 「言っておくが、おまえの炎なんて全く効かねえぞ! 俺の防御力は最強だ!!!」

 

 「知ってますよ! だからこそ私はその力が欲しい! 心に見合うだけの強靭な体が欲しい! そしてビスタを助けに行く!」

 

 「欲張り野郎がッ! だったらもっと見せてみろ! おまえの覚悟を、今まで培ってきたもの全部!」

 

 「言われなくてもやってやるさ! ハアッ!」

 

 

 全身から燃え盛る火炎を発する。

 

 

 「なんだ? 炎は効かねえと……」

 

 

 マチューは咄嗟に距離を取ってそんなことを言うものの俺の意図には気がついていない。

 

 相も変わらず激しく降り続ける雨が炎にあてられることによって一瞬にして蒸発するが、まだ俺の企みを見抜けていない。

 

 

 「水蒸気……? くそ、前が見えねえ! おまえ最初からこれを狙って……!」

 

 

 今更そんなことを言い出してももう遅い。

 

 この技にはどうしても予備動作と溜めが必要だったから俺の姿を隠す必要があった。

 

 

 この一撃に全てを賭ける。カイゼル、貴方の力を貸してくれ!


 

 「烈仙ッ!!!」 

 

 

 音速の斬撃、防御力を貫通するメタルスライムにとっては必殺の一撃が空間にたなびいていた水蒸気を切り裂きマチューを襲う。

 

 

 

 「ぐ、ぐぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 回避もままならず、たまらずダウンするマチュー。 しかし奴はまだ諦めていない。

 

 何度も体勢を建て直そうとしている。

 

 しかしその度に体が溶けていって、まともな形を形成することも叶わないようだった。

 

 俺が止めを刺すために近づくと、奴はおもむろに訊ねてきた。

 

 「その技…… いったいいつ覚えたんだ?」

 

 「精霊化を習得しようとあれやこれや模索していたとき…… カイゼルを慕っていた魔族に教えてもらったんですよ」

 

 「あっそ…… つまり無駄なことなんかないってことね……」

 

 

 声がか細くなりえらく縮んでしまい、今にも存在が消え行きそうになっているマチュー。

 

 俺はそんなマチューの体に手を当てる。

 

 

 「……最後に一つ聞く。俺はこっちで何人もの人間を喰った。その罪をおまえは背負いきれるのか?」

 

 「……どうでしょうね。私に出来るのは、ただ自分の信じる道を自分の足で進むこと、それだけです」

 

 「……それを聞いて安心した。適当なこと言ったらぶっ飛ばしてるところだ。

 いいかカルラ、俺は消えるんじゃない。おまえの中でおまえの一部に戻る……」

 

 「そして私は貴方の一部に…… そうして私達は、あらゆる感情を受け入れた一になる」

 

 「ああ、細けえことはどうでもいいよ。ようは勇者をブッ倒しにいく、それだけのことだろ?」

 

 「違いません」

 

 マチューが抵抗を止めた途端にその体が消えていく。

 

 消えていって、粒子となって、それが俺の中へと吸い込まれていく。

 

 

 満たされていく不思議な感覚。

 

 俺とマチューが一つに戻って、彼が俺の右腕を穴埋めしてくれたようだ。

 

 

 

 俺はカルラ、マチューから生まれし者。

 

 マチューの心の中の、憎しみだけでは埋まり切らなかったほんの一部。

 

 

 仲間のことを想う感情。

 

  周りの大切な人を守りたかった、まだまだ一緒に生きたかった。

 

  勇者に魂が囚われているのなら、解放してあげてまた会いたい。


 そんな感情の一部分から俺は生まれ、"ぬるい"とも言えるその感情を排斥したくてマチューは俺ごと切り捨てた。

 

 そして俺自身、心のどこかでマチューを蔑んでいた。

 

 だから拒み、押し退けて、ずっと見て見ぬふりをし続けてきた。


 きっと、俺達が別れたのは奴の意思でもあり俺の意思でもあった。

 

 そうして一人になった俺は、マチューがいなくても自分の力で皆を守ることが出来る、つまりは自己の証明のために"勇気の精霊"なんて肩書きを手に入れた。

 

 それは決して無意味なことではない。

 

 烈仙の習得もそうだが、なによりも俺が覚醒に至っていなければ、命を賭けてでも大切な人を守るという強い想いがなければマチューの覚悟に対抗することは出来なかっただろう。

 

 だから、やっぱり俺の選択は間違っていなかった。

 

 

 遠回りすることもあった、立ち止まることもあった。

 

 同じ失敗を数えきれないほど繰り返した。

 

 そんな渦巻き迷路のような人生。

 

 今振り返ると、俺は一つの道を歩んできたのだと認識する。

 

 挫折も、苦難も、後悔も。

 

 迷いも、別れも、全部が全部。

 

 このときのために必要だったのだと本気でそう思える。

 

 

 「さあ行こうか、 共に存在の証明へ」

 

 

 俺は誰だ?

 

 カルラか? マチューか?

 

 拒む者か? 許す者か?

 

 

 きっと答えは全てだ。

 

 人の心に一つの感情しか無いなんてわけがない。

 

 だから人は迷い、葛藤し、変わっていく。

 


 それはやはりごく当たり前のこと。

 

 

 それを理解し全てを超越した今、まるで世界が変わって見える。

 

 もう恐れる必要はないんだ。

 

 可能性は、いつだって己が手の内に……

ご覧頂きありがとうございました。

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