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130. メタルスライムと少女と②


 あれから程なくしてスピカは帰ってきて、帰宅するなり夕食の準備中取り掛かっていた。

 

 慣れた手つき、火も難なく使えている。

 

 

 「マチューは何が食べられるの? メタルスライムのこと私よく知らないや」

 

 「……基本的には石や鉱物を食べる」

 

 「えっ、すごっ! でもそれだけ? お肉とか野菜は食べないんだ?」

 

 「食おうとも思えば食える」

 

 「あっ、そーなんだ。 じゃあ例えば人を食べたりも?」

 

 「えっ?」

 

 「……じょーだんだってば!」

 

 

 本人はそう言うが、俺は今の質問が何か意図を以て口にしたとしか思えなかった。

 

 スピカは俺の正体に気がついていて、まるで何かを試している。そんな気がしてならない。

 

 例えば俺が自分の父親の仇だと既に気がついていて、復讐する隙を伺っているなんてことも……

 

 もしそれが本当だったら、きっと俺は抵抗しないだろう。

 

 いや、せめて勇者達を殺しきるまでは待ってくれと頼むだろうか。

 

 どっちにしろ俺は今まで憎くて人を殺してきたんだ。なら同じ理由で人間に殺されたって文句は言えない。

 

 

 そんなことを考えていると、俺の目の前に差し出された一つの小皿。

 

 

 「はい! マチューのぶん!」

 

 

 その皿にはよく煮込まれた野菜のスープがよそわれていた。

 

 

 「メタルスライムのお口に合うかわからないけど……」

 

 彼女は何かを期待するかのような眼差しをこちらに向けてくる。

 普通なら何も疑うことなく相手の善意を受けとるところなのだろう。

 

 しかし俺はメタルスライムで、相手は人間で、さらに俺は彼女の父親の仇だ。

 それだけの情報が整理されていて、誰がこの料理を口にするだろうか。

 

 

 「……言っただろう。 俺達の主食は石なんだ」

 

 「えっ、あっ…… ごめんなさい…… 」

 

 

 断って気がつく。もしかしたら俺はお門違いな推理をしていたのかもしれないと。

 

 けれど細心の注意をして損はない。

 

 俺にはまだ成し遂げなければならないことがある。それまで死ぬことは許されないんだ。

 

 

 だが石を注文したものの外はもう暗く次期に魔物が活発になる時間だ。それになにより忘れてはならないのが彼女は目が見えないちいうこと。

 だから今から石を探しにいくことは出来なくて、結局その日は家の横に貯めていたというレンガを頂くことになった。

 

 そうして寝る時間になって、俺は寝たフリをしながら相手の出方を窺っていたが日が昇るまで彼女がベッドの上から降りることはくて、いつの間にか朝になっていた。

 

 「ん~! よく寝た! マチューおはよ!」

 

 まるで昨晩の気まずさが無かったかのようにスピカは明るく接してきた。

 こんな奴を前にも見た気がする。あれは確かエミリアとかいうエルフだったか。

 

 アイツもそうだが、こういうふうに日を跨げば切り替えられる奴を羨ましく思ったりする。

 

 俺はどれだけいっても、それこそ転生しても勇者達を憎む気持ちが消えることはなかった。

 もしも憎しみに縛られていなかったらどんな未来が待っていたのだろう。アイツの、カルラのようになっていたのだろうか。

 

 ……っと、いけない。俺はいったい何を考えていたんだ。

 

 俺は俺、アイツはアイツ。

 

 俺はもう自分の意志で切り捨てたんだ。

 

 あんななまっちょろい奴とでは復讐なんて出来るわけがないと決別したんだ。

 

 それが今更になってどうしてアイツのことを思い出さなければいけないんだ。

 

 

 そこでもう考えることはやめた。

 

 やめて、スピカに挨拶を返す。

 

 「おはよう。ところでずっと気になっていたんだがおまえはどうやって食糧を調達しているんだ? 水や森で採れるものならまだしも、肉なんかは自力じゃ無理だろう」

 

 「えっ? ああ、それはね……」

 

 俺の質問に彼女が答えようとしたとき、外から誰かが近づいてくるような気配。

 

 「あっ、ちょうど来た。 ……んー、どうしよ、ごめんなさいマチュー。 ちょっとだけ隠れててね」

 

 そう言って、彼女はエーテルを溜めた桶ごと俺を狙う部屋の奥の物入れに運んだ。

 

 偶然、物入れの扉の隙間から外の様子が窺える。

 

 するとしばらくしない内に一人の男が重そうな荷物を持って部屋の中へ入ってきた。

 

 俺はその男の顔に見覚えがあった。

 

 二年前、スピカの父親と一緒にいた狩人の男だったのだ。

 

 

 「よーっすスピカ。 ほい、今週のぶんの食糧な。 今日のは大物だぞー? なんたって穴喰いグリズリーが獲れたんだからな!」

 

 「すごい! フレイどんどん腕上げてるね!」

 

 「まーな! おやっさんを越えるのもそう遠くないかも?」

 

 「アハハ、調子のりすぎ!」

 

 

 二人の笑い声が聞こえる。

 

 おやっさんというのはスピカの父親のことだろうか。

 なるほど、どうやらあのフレイとかいう男は父親が死んで一人になったスピカを気にかけてこんなふうに食糧を届けているんだな。

 

 しかし本当に隠れていてよかった。

 

 もしあいつが俺を見つけたらあの日のことがバレてしまうかもしれない。運の良さに救われてしまった。

 

 そんなふうにらしくもなく安心しきっていたところ、フレイが何かに気づいて突然雲行きが怪しくなる。

 

 「……ん? なんか鉄臭い?」

 

 「えっ!?」

 

 

 マズイ、マズイぞ。

 

 さすが狩人、常人よりも鼻が利くのか。

 

 このままじゃあ俺がいることがバレてしまう。

 

 

 「あ、あーえっと、それはえっと……」

 

 

 スピカは嘘をつくのが下手な人種なのだろうか。

 言い訳しようと必死に思考を巡らせているのはわかるが、まるで何も言えていない。

 

 そんなとき、フレイは何を勘繰ってたのか突然こんなことを言い出す。

 

 

 「あー…… なるほどそういうことか…… ごめん、なんか気のせいだった、かも……?」

 

 それに対して、相手の考えていることを察したのか。

 

 「う、うん。 なんか、ごめんね?」

 

 スピカもそんなことを言う。

 

 「いや! 俺こそデリカシーの無いこと言ってほんとごめん!」

 

 そしてフレイは頭をかきながら繰り返しスピカに謝っていて、結果、どうしようもなく気まずい空気になってしまっていた。

 

 鉄臭いがデリカシーに欠ける? 一体なにがどうしてそうなるのか。 人間はよくわからないな。

 

 そうしてフレイはもう用事が済んだのだろう。逃げるように部屋を後にしようとする。

 

 そのとき、スピカは思い出したかのように声を発してフレイにこんなことを言った。

 

 

 「あ、そうだ。 フレイにもう一つおつかいをお願いしたいんだけど……」

 

 「ん? なんだ?」

 

 「ちょっと石を集めてきて欲しくて……」

 

 「石? どうしてまた」

 

 「あっ、えとえと…… うん、そう! 急にコレクションしたくなったの!」

 

 「お、おぉ…… めずらしいな、スピカがそんなこと言うなんて」

 

 「う、うん…… だからいっぱい持ってきてほしいの…… だめ、かな……?」

 

 「い、いや、いいぜ……? 他でもないスピカの頼みだ。そんじゃあ適当に見繕って来週また持ってくるよ」

 

 「あー…… えーっと…… 出来れば今日中がいいかなー…… なんて……」

 

 「わ、わかった! 夕暮れまでには戻るよ!」

 

 

 それを最後にとうとうフレイは出ていった。

 

 スピカは見届けて、一安心したのかほっと息をついてからこちらに向かってくる。

 

 

 「おまたせマチュー。 はぁ~、バレるんじゃないかってヒヤヒヤしたよ~……」

 

 「……なんでも良いんだが、さっきおまえ達は何をそんなに謝りあっていたんだ?」

 

 「え!? いや、んと…… それは……」

 

 どうしても気になったので開口一番俺がそんなことを質問すると、スピカは先ほどと同じように何やら恥ずかしそうにする。

 

 結局スピカは教えてくれなくて、俺の疑問が晴れることはなかった。

 

 

 

 そうして数時間後。

 

 大量の石を詰めた袋を抱えてフレイが戻ってきた。

 例によって俺は物入れの奥に隠れ観察する。

 

 しかし親切な奴だな。 生活に関わる食糧ならまだしも、コレクションしたいなんて理由でしかないのにあんな大量の石を集めてきて。

 

 ……ああ、そうか、そういうことか。

 

 人間が特定の異性に対して想う感情。

 

 名前は確か恋だったか。

 

 カルラもビスタ・サードゲートの顔を見るたびに無意識ながらも同じ感情を抱いていた覚えがある。

 

 そのとき俺は知ったが、どうやら人は恋をした異性のためならば見返りを求めず何でもするらしく、フレイはきっとスピカのことを好いているのだろう。

 

 うむ、そう考えれば奴の親切さも納得できるな。

 

 

 「……そんじゃあ、俺もう帰るわ。 念のため戸締まりはちゃんとしとけよ?」

 

 「うん、今日はありがとう。 ほんと助かったよ」

 

 

 ……変だな。外はもう暗くなりかけているのだから、人間の社会の常識ではこういうとき泊まっていくものなんじゃないのか?

 

 様子からしてフレイは誘われることを期待しているように見える。

 

 スピカは気がついていないのか? いや、そんなふうには見えない。

 

 なんというか、彼女の言葉からは敢えて相手を突き放すかのような冷たさを感じさせる。

 

 泊めるという選択肢に気づいていて、それでもそうしないのだ。

 

 いやまあ、どう考えても俺がいるせいなんだが。

 

 

 結局フレイはそのまま帰っていった。奴の背中は少し寂しそうにも見えた。

 

 ちなみに石は不味かった。

 

 見た目ばっかで肝心な質がまるで伴ってねえ。

ご覧頂きありがとうございました。

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