129. メタルスライムと少女と①
「経験値、経験、値ィィィィ……」
目の前にいる男の首が飛ぶ。
他でもない、俺自身の手によるものだ。
「これで一人…… まだだ、一人残らず俺は殺…… ぐぅっ……!」
かつて俺の仲間達を皆殺しにした勇者一行。
俺はその仲間達の無念を晴らすため、囚われた魂を解放するために転生した。
転生して、あのアルルカとかいう無能に復讐するだけの力を寄越させた。
紆余曲折を経てしまったが結果はこの通りだ。
俺は順調に復讐を進めている。
しかしどうした。
あの忌々しい半身を切り捨ててから、次第に体が思うように動かなくなってきた。
言うならば、常に渇き飢えているかのよう。
踏ん張っても踏ん張っても力が入らない。
目を閉じれば、気づかぬ間に存在そのものが消え入りそうな錯覚を覚える。
それを回避する方法を俺は知っている。
あれは確か人間の兵士と抗戦していた時だ。
敵がもう目の前に迫ってきているというところで俺の意識がプツリと途切れた。
そして次に目覚めたとき。
どういうわけか俺は血みどろになって倒れ尽くす兵士達を見下ろしていた。
いったい何が起きているのかわけもわからなかったが、もう一つ驚くべきことがあった。
苦しくない。
そう、苦しくないのだ。
わけもわからず俺を襲っていたあの漠然とした苦しみが、今はなぜか薄れていたのだ。
俺は察した。
俺はきっと、無意識の内にこの人間共を喰らったのだな、と。
そしてそれが、おそらく俺の飢えを満たしたのだろう、と。
少しだけ頭が白くなった。
この満たされる感覚が、体の奥底で蠢くような感覚が、メタルスライムである俺にとっては嫌悪すべき感覚であることを知っていたからだ。
が、そんなことは気にする必要もないことをすぐに思い出す。
なぜなら俺は人間を憎んでいるから。
だから俺は人間を殺してもいい。
だから俺は、勇者達全員を倒すまでは生き延びねばならないと、醜い人間達が大勢いるあのパージェスとかいう街を襲った。
あわよくば勇者共々潰す。 ただの平民だろうと、あの街に限って言えば武闘大会での観衆の醜悪さを思い出せばなんの躊躇いも起きることはなかった。
そんな心積もりで襲撃を仕掛け、勇者達は仕留め損なってしまったが逃げ遅れた豚共は見つけ次第残さず喰らった。
おかげで、四、五十年は飢えに苦しむことはなかった。
そうして逃げた勇者達を追いかけ今に至るわけだが……
「ハハ…… 流石にもう限界か……? ふざけんなよオイ……」
これでも喰らう人間は選別しているつもりだ。
戦士や兵士、盗賊。
そういう他者の命を奪うような連中は躊躇いなく喰うが、決して子供には手を出さないようにしてきた。
なぜそんなことをしているのかわからない。
わかったところで、それは仕様もないエゴの類いであることには違いないだろう。
そして、俺は今そんなことでまたくたばりかけている。力が尽き欠けている。
さっきのギーグバーンとの戦いで消耗したことも少し起因していそうだ。
ああくそ、また倒れてしまう。こればかりは、自分のアホさ加減が嫌になる、な……
◆ ◆ ◆
「……ここは」
どうやら俺は無防備にも眠っていたようだ。
また無意識に人間を食った…… なんてことはないらしい。
それはないが、なぜか俺は謎の液体に浸っていて、目の前には人間の少女がいた。
「あ、起きた! よかった~!」
人間が、魔物である俺が目覚めるのを見てよかったなんて言葉を口にする。
状況が飲み込めない。いったい何がどうなっている?
「……ここはどこだ?」
「ん? 私のおうちだよ。 あっ! 自己紹介がまだだったね! 私はスピカ! 森を歩いていたら偶然倒れていた貴方を見つけたの!」
「……あっそ」
「むっ! 助けたんだからお礼くらい言って欲しいかも! ところで貴方は誰? 魔物?」
「魔物? って…… どこからどう見ても俺はメタルスラ……」
そのとき、俺は少女の様子に違和感を覚える。
その正体に気がついたのはすぐのこと。
「……おまえ、目が見えないのか?」
「うんそうだよ! だから貴方がどんな姿をしているのかわからなくって……」
「……へえ。 マチューだ、メタルスライムのマチュー」
「マチューね! メタルスライムって
めずらしい! マチューはいったいあそこで何をしていたの?」
「……なんもしてねぇよ」
まさか復讐のために人殺しなんて言えるわけもない。余計な面倒ごとが増えるだけだ。
「……それじゃあ俺はもう行く。 世話になったな」
だから俺は早々に立ち去ろうとした。
けれど、やはり体力の消耗が激しかったようで、動こうとした瞬間に力が抜けてしまう。
「あーもう、無理しちゃ駄目だよ」
少女が俺に駆け寄ってくる。 駆け寄ってきて、手で俺の体を掬ってはまた謎の液体の中に戻そうとしてくる。
目が見えないわりには的確な動きだ。
まあ、一人で出歩けるのだからこれくらいは出来てもおかしくはないのかもしれない。
「この液体はなんだ?」
「エーテルだよ。 マチューは魔力が足りてなさそうだったから浸けておいたの。 しばらくそのまま安静にしておけばそのうち元気になれるよ」
「……おまえは魔素の機敏がよく視えるんだな」
「うん、そう。 おかげで目が見えなくても家のことはなんとかなるんだ!」
少しだけ得意気になる少女。
どうやらもう少しこの少女の世話になる必要があるとわかったところで、俺は新たな疑問が思い浮かんだので質問をした。
「ところで、ここにはおまえ一人で住んでいるのか? 家族は?」
「今はいないよ。 お母さんはずっと昔に病気で死んじゃって、お父さんは二年くらい前だったかな? 魔物に食べられちゃったんだって、その日一緒にいた人が言ってた」
そんなことを、彼女はあっけからんとした様子で口にした。
敢えてそういうふうにしているのか、家族が魔物に殺されても全く悲しくないようだ。
「魔物に、ね……」
「うん。……お父さん狩人だったんだ。 魔物の命を貰って生活してきた。 だからもし魔物のせいで死んだとしてもそれは仕方がないことなんだって覚悟はしてたの。 それに……」
「それに、なんだ?」
「……ううん! なんでもない!」
少女は花のように笑って半ば強引に会話を終わらせた。
興味本位で余計なことを聞いてしまったかもしれない、なんてことを思っていると彼女は水を汲んでくると言って外に出かけた。
なので、俺は見渡せる範囲で家の中の様子を観察した。
なんてことはない木で造られた質素な小屋だ。
家具は必要最低限で、椅子やベッドの数から本当にあのスピカとかいう少女が一人でここに住んでいることがわかる。
「……ん?」
そんな中、俺は一枚の写真に目が止まった。
そこにはスピカと、先ほど彼女が言っていた両親が写っていた。
三人が揃っていること、スピカ本人がまだ幼いことから相当前に撮ったことがわかる。
そして俺は驚嘆した。
そこに写った父親の顔に見覚えがあったからだ。
確かこいつは狩りを生業にしているとか言ったか……?
それで二年前に魔物に食われて死んだって……
「そんなこと、あんのかよ……」
ああ、間違いない。
少しずつだが思い出してきた。
二年前、俺は俺を狙いつけ回してきた狩人の集団を食い殺したことがある。
何もかもが一致している。
スピカの父親を殺したのは紛れもないこの俺だ。
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