128. 傲り
「〈不動剣・倶利伽羅〉!!」
灼熱の炎刀で斬りかかる。
斬った箇所から再生が開始されるが、あまりの一撃の重さに回復が間に合っていない様子。
「キャ、キャァァァァ!!?!?」
たちまち悲鳴を上げるオリヴィア。
そんな仲間のピンチを、意外なことにガウスは見逃さなかった。
奴はリインを魔法で吹き飛ばして時間を稼ぎ、稲妻がごとき速さで駆けては俺達の間に割り込んできた。
そうして俺に対して剣を薙ぎ払い、俺がその場から離れることを強いてくる。
「……立てるか、オリヴィア」
「もちろん。こんなところで倒れられませんから……!」
ガウスの乱入によりオリヴィアの調子が取り戻される。
彼女は立ち上がると再び〈オーレン・リスター〉を唱えた。
二人が互いの隙を埋め合うコンビネーション。
気がつけば、ある意味でアベルのときよりもさらに厳しい戦いになってしまっている。
やはり俺達も連携を取るしかないのだろうか……
「おいカルラ! テメエなにチンタラやってんだよ! さっさとあのヒーラーなんとかしやがれ!」
「そうは言ってもガウスの妨害が…… リインこそちゃんと相手を抑えておいてくださいよ!」
「アア!? 俺のせいだって言いてえのか!?」
「そうは言ってません!」
ああもう、こんな言い合いしている場合じゃないのに。
やっぱりこいつと連携なんて出来るわけがなかった。
「……なにを遊んでいる。一気に仕掛けるぞオリヴィア!」
「はい!」
そのときガウスとオリヴィアが同時に魔法を発動させて、強烈な光の奔流が俺達を襲った。
「ぐああああ!!!」
反応が遅れた俺達はそれをモロに食らってしまう。
術で強化していなければもれなくお陀仏になっていたところだ。
「……チッ! あいつら調子にノリやがって! おいカルラ! ちと耳貸せ!」
「なんですか?」
「……いいか、俺らの中で決定力があるのは悔しいがおまえだ。
だから限界までパワーを溜めろ。そうすりゃ一撃であいつらぶっとばせんだろ」
「しかし最低でも五分は時間がかかります。 まさかその間一人であの二人を足止めすると?
それに、この空間自体が私の最大火力に耐えられるかも……」
「共に問題ナシだ。俺の百火世界は進化した。 炎だったら全部吸収してやる。
そんでもって俺は一人で戦うほうが性に合っている。もしかしたら俺一人で倒しちまうかもな?」
冗談混じりにリインは笑う。俺はそこに彼の覚悟を垣間見た。
「……死なないでくださいよ」
「誰に言ってんだッ!!!」
そうして俺達は動き出した。
リインは単独で突撃し俺は後方に下がり早速力を溜めることに集中する。
「ッオラァァァァ!!!」
ガウスとオリヴィア、二人の強者を前にしてリインは一歩もひけをとらなかった。
彼の見事な大立回りは、上手く俺に目が向かないように誘導している。
確かに、本人が言うようにリインは一人で戦う方が性に合っているのかもしれない。
「ハハァ……! いいぜ、いいぜ!!! 昂るなぁオイ!」
リインが放つ渾身の業火がオリヴィアに直撃する。
「くぅ……!」
ダメージ自体はすぐに回復されるはずだが、なぜか彼女はその場でうずくまり動こうとしない。
「なんだァ!? もうバテたのかババア!」
これを好機と見たリインは立て続けに仕掛けようとした。
無茶な行動だ。本来時間稼ぎをすればそれで十分なのに、勝利を焦るあまり正しい判断が出来なくなってしまっている。
……いや、俺はいったい何を勘違いしていたのだろうか。あれほどの強敵達を前にそんな余裕が誰にある。
立場が逆であれば俺も同じミスをしていたのかもしれない。
「ダメだリイン!」
警告するも時すでに遅し。
きっと全ては誘い出すための演技だったのだろう。オリヴィアはリインの接近に合わせてカウンター気味に目を妖しく光らせた。
「な、なんだこれは……!」
瞬間、リインの動きが鈍る。
まさか、あれはビスタと同じ〈魔眼〉のスキル?
ビスタの母から眼を奪ってスキルまでも己のものにしてしまったとでも言うのか。
「……ッ! リイン、もう十分です下がってください!」
幸いリインが頑張ってくれたおかげで力を溜めることには成功した。
だから俺はそのことを知らせたが、やはりリインはその場から動けずにいる。
「俺達の勝ちだ」
それどころか、 隙を見せるリインにガウスはゆっくりと近づいてその剣で彼の胸部を貫いた。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「リインッ!」
「どうしたカルラ・セントラルク。 この者のことなど気にせずに攻撃すればいいだろう?」
冷たい声音でガウスが迫る。
まるで、自分なら躊躇うことなくそうしているところだと言わんばかりだ。
「そうだカルラ……! 俺に構わずさっさとやれ……!」
そして、リインまでもがそんなことを言い出してくる。
「そんなこと、出来るわけ……!」
皆が俺が取る行動を待つ。けれど、俺の焔が放たれることはなかった。
「……甘いな」
「!」
気が動転し、ほんの少しだけ見せてしまった一瞬の空白。
ガウスはそれを見逃さず、光の刃で俺の右腕を斬り落としにかかる。
当然そんな攻撃を大人しく受けるわけがない。
苦しい状況ながらも冷静に回避行動を取ろうとした。
しかし、そのとき。
「!?」
どういうわけか途端に全身から力が抜けて、思うように体が動かせなくなってしまう。
そうして俺の右腕はものの見事に両断されてしまったのだ。
「ガ、ガァァァァァァァッ!!!!!!」
あまりの痛みに発狂に近い叫び声が漏れる。
俺の精霊化とリインの百火世界が解除されたのはほぼ同時のことで、次第に鮮明になっていくもとの世界の光景。
するとなぜか、その状況は俺が想定していたものとは全く異なるものだった。
気づかれないよう潜伏でもしていたのだろうか。
俺達がいたときにはいなかったはずの、百はゆうに越えるであろう人間の兵士達。
「カ、カルラ…… ごめん……」
エミリアやマガンタ、他の魔族兵やエルフの住人達も取り押さえられていて、俺達の街は完全に制圧されてしまっていた。
「なん、で……」
虚しく溢れた俺の言葉にガウスが答える。
「もとより俺達の作戦は、カルラ・セントラルク、貴様と他の者達を分断させることにあった。
〈精霊術〉、貴様の持つ強化の力は集団戦術でその真価を発揮するからな。魔族共が強化されればこの状況は作り出せなかった。
つまり、貴様達は自分の意思で動いているようで最初から俺の手の平で踊らされていたのだよ」
得意気に話すでもなく、ガウスは淡々とそう語った。
奴はアベルの記憶から得た情報だけでこの作戦を立案したというのか。
俺はここにきてはじめて相手との知略の差を思い知らされてしまう。
「……さあ答えろ。 ビスタ・サードゲートはどこだ」
「それだけは絶対に…… ぐあっ!」
「言え」
抵抗しようとした瞬間、俺が逆の手で庇っていた右腕の傷口をガウスが剣を突き立て抉ってくる。
その痛みを耐えきれるはずもなく、俺の悲鳴が辺りに響き渡る。
まるで、いや間違いなく、ビスタを誘き寄せるための行為だろう。
俺はもう祈るしかなかった。
せめて彼女だけは、ビスタだけは守りきらなければならない。
俺を好きだと言ってくれた人だけでも無事でいて欲しい。
だからどうか……
神でも精霊でもなんでもいいから……
彼女をここに来させないでくれ……!
そんなふうに俺は心の内で必死に祈ったが、こんな状況で仲間を見捨て逃げ出すような女性でないことを俺は誰よりも理解していた。
屋敷の方から現れる人影。その人影が真っ直ぐこちらに向かってくる。
「だ、駄目だ……!」
苦痛に顔が歪む中、俺の視界に映るその少女は誰よりも美しく、誰よりも気高く、そして誰よりも優しかった。
この世は無情だ。
俺が培ってきたものを、やっとの想いで手にした幸せを、こうもあっさり奪おうとするのだから。
「駄目だビスタ……! 逃げて、はやくここから逃げるんだ……!」
「……駄目よ。 このままじゃ皆が、カルラ君がひどい目にあってしまう」
「そうだとしても……! 私は、私は貴方に生きて欲しい!!!」
俺がそんなふうに訴えかけると、ビスタはいつものようにクスリと悪戯な笑みを浮かべる。
浮かべて、倒れる俺の頬をそっと撫でてこう言うのだ。
「カルラ君子供みたい。そんな我儘な子私キライよ?」
そうして彼女は俺に背を向ける。
一歩、また一歩。
抵抗を見せることなくガウス達のもとへ自らの足で向かっていく。
「ビスタお嬢様!」
俺の後ろでリサがビスタの名を呼ぶ。
きっと彼女は何度も止めようとしたのだろう。けれど、ビスタのその決断が揺らぐことはなかったのだ。
「……今まで惨めったらしく逃げ回っていたわりにはえらく素直だな?」
「そうね、私この街も皆のことも大好きだから。だから約束して、もうこれ以上なにもしないって」
「……ふん」
人間達がビスタを連れて去っていく。
俺はその光景をただ茫然と眺めることしか出来なかった。
俺は今、なにをしている。
俺は今、なにを見ている。
どうして体が動かない。どうして動けなくなるほどの傷を負っている。
意識はあるのに、心は今も助けたいと願っているのに。
もがけども、もがけども、俺は無様に地を這うだけだ。
なあ、どうやったら守れるんだよ。
どうやったら俺は大切な人を失わないで済む?
あんな想いを、俺はまた味わわなければならないのか。
ご覧頂きありがとうございました。