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126. 四人目


 「おいおい、えらく不躾な来訪者が現れたものだ。 向こうの世界ではこれが当たり前なのか?」

 

 突然の出来事に皆が驚いている中、アルルカに続いて冗談混じりにそんなことを言うノエル。

 

 あんたがこの街に来たときも相当だったぞと言いたくなるが、今はぐっと堪えることにする。

 

 

 「勇者ガウスの仲間? ……って、つまりは敵じゃないですか!」

 

 俺は咄嗟に武器を構えてアルルカに訴えかける。

 

 「……っ!」

 

 状況を理解した皆も続々と戦闘体勢に入ろうとする。

 

 だが、そんな中でアルルカだけは平然と前に出て皆に思い止まるよう促した。

 

 「まあまあ、ちょうど彼女のことが話題に出てきたんだしいいじゃないか。少し話をしてみようよ」

 

 そしてそんな呑気なことを彼女言い出す。もちろん誰も納得はしない。

 

 好戦的な性格であるリインやノエルは今にも飛び出しそうな勢いだ。

 

 しかしこの二人が戦うのは駄目だ。せっかく修復したばかりのこの屋敷がもれなく全焼してしまう。

 

 だから俺は武器を構えたまま周りを取り成すよう相手に話しかけた。

 

 

 「……貴方は本当に勇者の仲間なんですか?」

 

 「ええそうよ。……と、言いたいところだけれど少し違う。 確かに昔は共に旅をして魔王を倒した。 だけど今は真逆、私はガウスを止めたくてずっと動いている」

 

 「ガウスを止める……? 仲違いしたということですか? いったい何故……」

 

 釈然としない返答。それを踏まえて俺が続けて質問しようとしたときだった。

 

 

 「ごちゃごちゃ言ってんな! とりあえずぶっ倒して拘束すんだよ!」

 

 俺の意図も察してくれず、聞く耳ももってくれず、単細胞リインが術式を展開する。

 

 

 「ちょ、ま……」

 

 

 「百火世界!!!!」

 

 

 そうして俺とリイン、ジェシカだけが異空間へと飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 「ちょっとリイン! いきなりすぎますよ!」

 

 

 相も変わらずおびただしい熱気が漂う炎の空間。

 リインは平然としているが、噴き出す汗が止まらない。

 

 

 「しゃーねーだろ、これが一番安全だ」

 

 「それはそうかもしれませんが……」

 

 

 抗議を続けた俺に対して、決して屈しようとはしないリイン。

 

 

 「……」

 

 

 その間、相手はまるで動きを見せなかった。

 

 

 「……へぇ、これ見てそんな余裕でいられんのかよ。 女のわりには肝が据わってんじゃねえか。 ……だが!」

 

 瞬間、リインが真っ直ぐに接近して攻撃を仕掛けようとする。

 

 炎の噴射を利用した見事な推力と速度に俺は驚く。相手もまるで反応出来ていない。

 

 相手の実力もわからない内に攻め込むのはどうかと思ったが、これならリインの言うとおり一度眠ってもらったほうが手っ取り早いのかもしれない。

 

 

 「もらったァァァァ!」

 

 

 そんなことを思いながら、煙たなびくリインの拳が相手を襲う様子をみていた。

 

 だが、そのとき……


 

 「……っ」

 

 

 どういうわけか、リインの攻撃が当たる前に相手が後ろに倒れ込む。

 

 

 「なんだァ!?」

 

 

 リインの様子からして、彼が仕掛けたわけではないことは明白だ。

 

 どうやら油断を誘う罠のようでもない。

 

 いったい、何が…… 

 

 

 

 「あーあ、倒れちゃった」

 

 

 

 そんなときに、外部から無理矢理侵入してきたのだろうアルルカが俺達の前に現れて、しゃがんではペタペタとジェシカの体を触って何かを調べた。

 

 

 「アルルカ、貴方にはこの状況の意味がわかるんですか?」

 

 「ああわかるとも。 というか、彼女を見て君達は何も気づかないのかい?」


 そんな安い挑発を受けて、もちろん俺が乗るわけはない。

 

 

 なら誰が乗ると思う?

 

 

 リインだ。

 

 

 「んだぁ!? 神だからって調子のんじゃねえぞ!」

 

 そのリインは猿のように跳躍して倒れるジェシカを物凄い勢いで調べた。

 

 嗅ぐわ当てるわ触るわで、端から見れば余裕でアウトな光景だ。

 

 すると何かに気づいたのだろうか、途端に静かになっては立ち上がる。猿が賢者になった瞬間と言えるだろう。

 

 

 「どうしたんですかリイン? 彼女にいったい何が?」

 

 そんな俺の問いかけに、リインはただ一言こう呟いた。

 

 

 

 「……こいつ、人間じゃねえ」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 「……ん」

 

 

  あれから一時間が経過した。

 

 ジェシカは屋敷のベッドに横たわっていて、たった今目を覚ましたようだ。

 

 

 「……気がつきましたか」

 

 

 俺は早速声をかける。

 

 

 「よく眠れたわ。……ところでこれは?」

 

 

 自分の手首を縛った手錠を見せるジェシカ。 もちろん彼女が眠っている内に俺達が取りつけたものだ。

 

 

 「流石に自由にするわけにはいかないので、そうさせていただきました」

 

 「……そ、まあこれで貴方達が私の話を聞いてくれるというならいいわ」

 

 ジェシカは顔色一つことなくそう言った。

 

 いや、もとより彼女には顔色が変化するという機能はないのかもしれないが。

 

 

 「驚きましたよ。まさか貴方が魔力で動く自立型機械人形〈オートマタ〉だったなんて」

 

 「……あら、バレちゃったのね。 この体、熱には弱いのよ。 あんな空間に送り込まれたら十秒ももたないわ」

 

 やはり彼女の顔色が変わることはない。

 

 それどころか表情の動きもどこか希薄で、それがオートマタ特有のものなのかオリジナルの彼女自身に依るものなのか判断に困る。

 

 

 そう、アルルカ曰く彼女はジェシカ本人ではない。

 

 ジェシカ本人、つまりオリジナルは考えの違いからガウスと決裂し、そのときに奴を封印しようとしたところを返り討ちにあってしまったそうだ。

 

 今俺の目の前にいるのは万が一に備えて彼女が用意していたというスペア。

 肉体は全くの別物だが、中身の部分、つまり精神だけを見れば本物という認識で問題ないのだという。

 

 

 「……貴方はまるで以前から私のことを知っているかのような口振りでした。 いったいどういうことですか?」

 

 「そうね、貴方は知らないだろうけど私はずっと貴方のことを見ていた。

 私達の世界、ドランジスタにやって来たときからずっと。 そして、貴方が私の思惑通りに動いてくれるように手助けもした」

 

 「手助け? いったい何を……」

 

 詳細を問おうとしたそのとき、突然俺の体表に現れる漆黒の紋様。

 

 言うまでもなく〈ベヘナ・ゲレナ〉ではあるが、俺は発動させた覚えはない。

 

 

 「……まさか」

 

 「そう、その魔法は私が用意したの。 おかしいと思わなかった? 現地の住人達が見たことも聞いたこともない魔法がそこら辺の露店で売られているなんて。

 私、新しい魔法やマジックアイテムを創るのが得意なの。ちなみに魔法瓶も私の発明」

 

 少しだけ得意気に話すジェシカ。どうやらまったく感情がないなんてことはないらしい。

 

 「驚きましたね、正直あの魔法が無ければ人間達の包囲から抜け出すことは出来ませんでしたから。今更かもしれませんがありがとうございました」

 

 「拘束しながら礼なんていい趣味してるわね」

 

 「それとこれとは別問題なので」

 

 

 なんだろう。 なんとなくだけどこの女は信用できるような気がする。

 いや、間違いなくメタルスライム達を皆殺しにした奴らの一人ではあるのだが。どうにも憎めないところがあるのが正直な感想だ。

 

 何か、ギーグバーンやオリヴィアとは違う何かを感じさせる。

 

 だから俺はその何かを確かめるために質問した。

 

 「貴方達は過去にマチュー…… メタルスライム達を大勢殺しましたよね? その事に対してどう考えているのですか?」

 

 「申し訳ないことをした。……とでも言えば許されるのかしら? 今も昔も、あの行為と犠牲に関して思うのは『仕方がなかった』ただそれだけよ」

 

 「必要な犠牲だったと?」

 

 「ええ、そうしなければ私達は誰も守れなかった。 人々を守るためなら私達は鬼になることだってできたの」

 

 「私から見ればあの世界の人間は守るほどの価値があるとは思えませんが?」

 

 そのとき俺は敢えて思ってもいないような敢えて相手を試すような厳しい言葉を放った。

 するとほんの少し、ほんの少しだけジェシカ表情を暗く落とす。

 メタルスライムの話題が出てきたときよりも、余程思い詰めたような顔を見せる。

 

 「……ああなってしまったのは全て私達の責任よ。私達が、あんなふうに人々を狂わせてしまったの」

 

 「……どういうことですか? そもそも、ガウス達は権力を手に入れていったい何を……」

 

 「……話せば長くなるわ、それでもいいの?」

 

 「構いません、包み隠さず全て教えて下さい」

 

 「いいわ、まず……」

 

 

 そうして俺は彼女の口からガウス達の企み、それを成し遂げようとする彼らの生涯を知った。

 

 それはあまりに壮絶な人生。

 

 己が正義を貫き通すために、数えきれない命を奪い続ける修羅の道。

 

 そうして、いつのまにか本人達は狂ってしまったのだという。

 あまりに長い時を生きすぎて、力に溺れ、欲に溺れ、命の価値観がわからなくなってしまって、自分達も知らない内におかしくなってしまったのだという。

 

 オリヴィアとギーグバーンはまさしくそうだろうと俺も思う。

 

 奴らはもう自らの狂気を抑えていられなかった。

 精神の不安定さがそれを証明している。

 

 そしてそんな彼らに影響されて民衆もおかしくなってしまったのだという。

 

 

 「それで、貴方とガウスは大会前に出会っていたのよ」

 

 「……心当たりはあります。 あの絵描きの青年がそうなんですね?

 だとするなら、オリヴィアやギーグバーンと違って彼からは何か信念めいたものを感じさせます。決して相容れるものではありませんが……」

 

 「……そうね、だけどあいつも危ういことに違いないわ。 ガウスは元々心優しい人間だった。 無血の英雄ライオに憧れ、魔族との共存を夢見るような純粋な少年だった。 私は、そんなガウスが嫌いじゃなかったんだけどね」

 

 抑揚のない声でジェシカが言う。

 

 そして少しの間が空いて、彼女が切り出したものはこんなことだった。

 

 

 「お願いカルラ、兄を止めて。 もう、貴方しかいないの」


 「……殺せ、と?」

 

 「元より私達はこの時代を生きていい人間じゃない。殺すんじゃない、在るべき形に戻るだけ」

 

 「なるほど…… まあ、言われなくとも私は魔族のために戦うつもりでしたから。 こちらこそ、貴方の力を貸していただけると有り難いで……」


 まさか向こうから兄を殺してくれなんて言われるとは予想していなかったが、とりあえず会話は一段落ついた。

 

 この話を皆と共有しようと立ち上がったそのときだった。突然どこからともなく漂いだす強烈な殺気。

 

 

 「カルラ! 大変大変! 街に侵入者だよ!」

 

 

 それと同時に部屋の外で待機していたロロが飛び出してくる。

 

 

 「……来てしまったようね」

 

 

 おそらくジェシカは今ので全てを察したのだろう。

 

 そんな彼女の様子を見て俺も気づく。

 

 この殺気の源が、侵入者が誰なのかということを。

 

 

 ガウスだ、ガウスがこの世界にやって来たのだ。

ご覧頂きありがとうございました。

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