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124. 英雄の旅路④


 あれからどれ程の時が経ったのだろう。

 

 100を過ぎた辺りから数えるのはやめた。

 

 

 王を殺害し、大臣となって、後を継ぐ子孫共を裏から操っては最終的に自らが王となった。

 

 

 このパージェスにおいて貧しい思いをする人間は一人もいない。

 

 己だけ得しようと考えるクズは俺が消したから。もう、あんな地獄のような光景が見られることはない。

 

 

 それも全て、生き残りの魔族を奴隷身分として使役したからだ。

 

 最下層の人間が虐げられるなら、さらにその下の身分を作り魔族にそれを充てればいい。

 

 

 教団も内部から生まれ変わらせた。

 

 こんな狂った世界を創り出した神を信仰するなどどうかしている。

 

 だからオリヴィアに指示して教団の信仰対象を勇者、つまり俺自身に差し向けさせたのだ。

 

 勇者、王、神。

 

 この三位が一つとなったとき、パージェスは絶対的な基盤に支えられた強国へと成長した。

 

 そして他の国に取って代わり率先して魔族達を抑えているという名目がある以上、多少の無茶な政治を行っても他国は口出し出来ない。

 

 

 間違いなくココが世界の中心。

 

 

 俺の意思で世界が動く。

 

 

 神に抗う準備は着実に進んでいた。

 

 

 はずのに……

 

 

 

 「どうして、こうなってしまったんだろうな」

 

 

 

 人里離れた薄暗い森の奥深く。

 

 仲間達も知らない秘密の場所。

 

 そこに設置された結晶の中で眠る女性。

 

 ジェシカ、俺の妹。この世界で唯一の肉親。

 

 小瓶の中じゃ窮屈だろうから、体だけは人目につかないようにして外に出していたのだ。

 

 

 「俺は、間違っていたんだろうか。 これが正しいと、己の正義に偽りはないと信じて進んできた。

 ……けれど世界は崩壊の一途を辿っている。まるで俺を嘲笑うかのように。 結局、俺も奴らと同じだったのか?」

 


 彼女と世界を隔てる結晶に手を添え呟く。

 

 言葉が返ってくることはない。

 

 

 そう、パージェスは今まさに荒廃の一途を辿っていた。

 

 原因はあの暴れ狂うメタルスライムもどき……


 いや、それは切っ掛けに過ぎない。崩壊の兆しはもうとっくの昔から現れていたのだ。

 

 

 例えば空、いつのまにかこの世界の空に日の光が差すことはなくなっていた。

 

 

 厚い厚い灰色の雲が空を覆って闇を誘い、それが世界からの制裁なのだということはすぐにわかった。

 

 だが俺は自分のやり方を変えるつもりはなかった。

 

 

 生かさず殺さず。

 

 

 奴隷として魔族を生きながらえさせ、互いに憎悪の念を燃やし続ける。

 

 それこそが残された道。

 

 人を危険に晒さず、魔族を絶滅させることもない。それがほんの少しの希望を取り持つ道だと信じていた。

 

 

 しかしどうやら、世界はそれすらも許さないのだという。

 

 どこまでいってもこの世界の神が求めるのは殺戮と闘争。

 

 どこまでいっても、俺達は狂ったように踊らなければならないのだという。

 

 

 そしてとうとう、俺は世界に見放された。

 

 

 「我が正義に応えよ……」

 

 

 聖剣を呼び出すための呪文。

 

 その呪文を唱えても、今の俺の手に聖剣が握られることはない。

 

 

 

 この手の内に、何も残りはしなかった。

 

 

 

 つまり、俺は勇者の資格を剥奪されたのだ。

 

 つまり、俺はもう英雄でもなんでもないのだ。

 

 

 この数十年、人間の街を襲うメタルスライムもどきに俺達は成す術もなかった。

 

 

 ギーグバーンは死んだ。

 

 

 あのとき俺がアイツを捨てる覚悟で動いたから。

 

 アイツはもう俺のことを信じてくれなくなった。

 信じてくれなくなって、一人で行動することを選んで、半ば自暴自棄になったアイツは力を求めて単身メタルスライムもどきに挑んだ。

 

 

 そしてもう、アイツは帰ってこなかった。

 

 

 それはきっと俺に対する罰だろう。

 

 

 心を捨て、必要以上に人と関わることを避けた。

 

 そうしないと誰も救えないから、冷酷にならなければ迷いが生じてしまうから。

 その結果、俺とアイツの絆はいとも簡単に崩れた。

 

 ライオがもたらした硝子細工の平和協定、俺達の関係はそんなものよりももっともっと脆い関係だったということだ。

 

 

 ギーグバーンのことを思い出すとつられてあの少年のことを思い出す。

 

 

 ビスタ・サードゲートを誘き出すために開いた武闘大会。そこに現れた異世界から来たとかいう銀髪の少年。

 

 名は確か、カルラ・セントラルク、だったか。

 

 

 今思うと、あのときよりもさらに前に俺は少年と出会っていたことになる。

 

 あのときは互いに素性を隠していて、ただの生意気なガキという認識しかなかった。

 

 

 食い物を粗末にするわ、人の気に入りの場所を陣取るわ、挙げ句の果てには人の絵を小馬鹿にしてきて、ライオに憧れるなんて言い出す始末だ。

 

 まるで幼いときの弱い自分を見ているかのようで、あのときの俺は酷く苛立っていた。

 

 だから、柄にもなくあんなガキを相手に突っ掛かっていたのだろう。

 

 

 それで、ああ……

 

 あの少年が選手として大会に現れたときには流石に驚いたな。

 なんせ奴は屈強な戦士達を顔色一つ変えることなく薙ぎ倒していき、さらにはあの騎士団長カイゼル、ギーグバーンとすらも互角の戦いを繰り広げたのだから。

 

 いや、ギーグバーンに限って言えば互角でもなければもはや戦いですらもなかったか。

 

 人が変わったように相手を屠る姿は、とてもライオに憧れる少年のものとは思えなかった。

 

 

 

 まさか、あのとき見逃したメタルスライムが……

 

 

 ……おそらく、いやきっとそうなのだろう。

 

 

 

 アベルが言っていた。おまえ達が蒔いた種だろうと。

 

 ああそうだな、そのとおりだ。

 

 多くの犠牲を払って築き上げた平和だ。

 

 屍の上に立つ俺達だ。

 

 その屍が起き上がるというのなら、この平穏は崩れ去って当然なのだろう。

 

 

 だとしても……

 

 だとしても、俺はまだ立ち止まるわけにはいかない。

 

 

 アベルが死に、俺達は不死身ではなくなった。

 

 だがそれと引き換えに奴の記憶を手に入れた。

 

 只者ではないと踏んではいたが、まさかこの世界を創った狂神と関係をもつ存在とは想像もしなかった。

 

 そしてまたもやあのカルラ・セントラルクが絡んでいたことも判明したわけで、あの日を境に消えた魔族達の行方も知りえた。

 

 ……いや、そんなこと今となってはどうでもいい。

 

 奴の記憶の中から、俺は起死回生の一手を見出だした。

 

 俺はこの世界を壊させやしない。

 

 誓ったのだ、人々を守ると。

 

 もう誰の笑顔も奪わせはしない。

 

 ハキリのような犠牲を生み出さない。

 

 俺のような想いをする人間を絶対につくり出さない。

  

 全てをかなぐり捨ててもその信念だけは譲らなかった。

 

 だから俺はまた進む。

 

 この手の内には何も残らなかった? ならば己自身で生み出すまでだ。

 

 爛々と輝く光が俺には見える。まだ希望は失われていない。

 

 

 

 

 全ての鍵は、ビスタ・サードゲートだ。

 

ご覧頂きありがとうございました。

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