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123. 英雄の旅路③


 青年達が次に目覚めたのはとある教会でのことだった。

 

 「ここは……」

 

 「お目覚めになられましたか。勇者ガウス様」

 

 「おまえは誰だ?」

 

 青年達の目の前に立つ神官風の男。

 

 さらには取り囲むように並んでいたのだろう大勢の魔術師らしき連中が絶命したのか皆床に倒れていて、その床には大仰な魔方陣が敷かれていた。

 

 足下にはかつて自分達を封じた壺が転がっていて、この連中が自分達の封印を解いたことが察せられる。

 

 

 「これはこれは、申し遅れました。 私はラウディアラ教団ビルドンと申します」

 

 「ラウディアラ教団?」

 

 そのとき、青年はラウディアラ教団に最も詳しいオリヴィアに視線を送り、それに応じて彼女は口を開いた。

 

 「おかしいですね。私が知るかぎり教団にビルドンなどという人間はいないはずです。 オルドノルド様はどこですか? 第二席マンチ・オルドノルド様は……」

 

 「ふむ…… オルドノルド…… やはりそうでしたか……」

 

 オリヴィアの言葉に男は唸り周りの者達はざわついた。

 

 その反応を見て、オリヴィア達は不審に思う。

 

 「勇者ガウス様、聖女オリヴィア様。 これから私が言うことを落ち着いて聞いてください。 ……今は新星暦6147年。貴方達の時代から5000年以上の時が経過しております」

 

 

 「!?」

 

 

 一同に衝撃が走る。

 

 

 「ま、待ってください。 それではオルドノルド様は!? 人間と魔族との戦いはどうなったのですか!?」

 

 「静粛に、ここは神聖な場所です。我々が知る限りの情報、歴史を順を追ってお伝えしますから、どうか静粛に……」

 

 

 それから青年達はビルドンから話を聞いた。

 

 彼の口から告げられる事実はことごとく衝撃的なものだった。

 

 

 青年は危惧していた。

 

 勇者である自分がいない人間達は、魔族達の侵攻に抗えなかったのではないかと。

 

 それが5000年以上経過した今、人類は絶望的な状況に立たされているのではないかと。

 

 

 しかしビルドンは青年の予想に反したことを口にした。

 

 今から800年程前、魔族が隆盛を誇っていた時代。

 

 勇者を失った人類のもとに一人の男が現れた。

 

 その男の名はライオ。

 

 どいうわけか青年が子供のときに憧れた勇者の名と同じ名をした男が現れ、どういうわけか当時の魔族と停戦協定を結んでしまったのだという。

 

 そうしてそこから近年に至るまで、人間と魔属はまるで争うことがなかった。

 

 

 「そりゃすげえ! 本当に平和な時代が来たんだな!」

 

 話を聞いたギーグバーンは驚きと喜びの声を上げる。

 

 オリヴィアも声には出さないものの少し緊張をほぐすような気配を見せた。

 

 そんな中で、青年だけは警戒を解かなかった。

 

 

 「……それでどうして、俺達は呼び起こされた?」

 

 「……中々に鋭いのですね。平穏な時代が訪れた。先程はそう述べましたが、今は状況が少し変わっているのです」

 

 「……? いったいどういうことですか?」

 

 「今世界は重大な危機を迎えています」

 

 「重大な危機?」

 

 「はい、ことのはじまりは10年前。 突如として世界中の土地が闇の中へと飲み込まれる現象が起きたのです」

 

 「ほう」

 

 「私達はその大災害に〈ア・バドン〉闇の王の所業と名をつけました」

 

 「……だいたいわかった」

 

 「え?」

 

 「おおかた、それがきっかけでまた魔族達との戦争が始まろうとしているのだろう?」

 

 「さ、左様でございます! それで私達は必死の想いであなた方が封印されていた壺を魔王城の宝物庫から奪取し……」

 

 「だから、わかったと言っただろう。 皆まで言うな」

 

 「……」

 

 「心配しなくとも俺達は人間の味方だ。 例え時代が移り変わろうとも、俺達の使命は人類の障害を撃ち滅ぼすこと。その本質は変わりはしない」

 

 「おお、では……」

 

 「その前に一つ聞いておきたい。 こいつらは死んでいるのか?」

 

 そのとき、倒れ伏せた魔術師に目を向けながら青年は質問した。

 

 「……」

 

 「俺達を封印していた壺を盗み出したとき、その作戦には何人携わって何人生き残っている?」

 

 「それは……」

 

 「……いや、いい。 つまらないことを聞いたな」

 

 

 それから青年達はまず国の王に謁見することとなった。

 

 パージェスと呼ばれるその国は青年達がいた時代にはなかった国だ。

 

 現皇帝レスト・ハウクス・アウシュトロム・パージェス。

 

 でっぷりと出た腹、知性や品格の一つも感じさせないくたびれた表情。

 

 青年が当代の王をはじめてみたとき抱いた感想は"醜い"であった。

 

 「うむ、よきにはからえ古の勇者よ。おそらくビルドンから話は伝わっているだろう。 魔王討伐の命、受けてくれるな?」

 

 「……ええ、この勇者ガウス。王の仰せのままに」

 

 いわゆる謁見の間とされるその場所。

 

 政の中心であるはずのその神聖な場所で、王はなぜか複数の女を侍らせていた。

 

 「……」

 

 「ふむ、どうした? 女が欲しいか? よいぞ、好きなのを連れていけ」

 

 「……いえ、そのようなご厚意私の身には余ります。

 その代わりと言ってはなんですが、少し外の様子をお見せいただけませんか? 5000年以上経ったこの世界がどのような変化を遂げたのか興味があります」

 

 「ああよいぞ、存分に見物するがよい」

 

 

 王の許可を得た青年は早速街に繰り出した。

 

 

 「……おいおい、こりゃあんまりじゃねえか?」

 

 一通り街を回ってギーグバーンはそんな言葉を漏らした。

 

 いったい彼らは何を見たというのか。

 

 

 賑わう大通り。

 

 幸福に満ちた人々の笑顔。

 

 青年達がいた戦乱の時代には想像もつかなかったくらいに民衆は恵まれていた。

 

 

 けれど、一歩裏路地に入ってみればどうだ。

 

 

 満足な衣服を着ることもできず、飢えを満たすこともできず。

 

 病にかかれば、治療を受けることも出来ない。

 

 10にも満たない少女は町往く男共に体を売ろうとし、さらに幼い少年は食い物を露店から盗み出しては大人に捕まり制裁を受けている。


 

 そして右も左もわからない赤ん坊は、母が死んでいることにも気づかず、その腐敗しかけた乳房をまさぐっては生を渇望していた。

 

 これがこの世界、魔族と争うことをやめた人類の現状。

 

 ビルドンから話を聞いたときから、こうなるっていることを青年は察していた。

 

 

 そもそも人と魔族は何故争っているのか。

 

 

 土地が足りていないのだ。食い物が足りていないのだ。

 

 それらの根本的原因が解決されていないのに、上の人間だけで偽りの平和協定を結ぶ。

 

 その結果がこれだ。

 

 全ての皺寄せは最下層の者へと及び、人は人の尊厳を失った。

 

 

 青年は呪った。

 

 

 ライオの名を呪うのはこれで二度目だ。

 

 

 そもそもそのライオという男が何物なのかはわからない。

 勇者は一人しか存在しない。つまりその者は自らを偽ったということだ。

 ライオの名を語ったから察するに、「無血の英雄」に憧れ己のエゴのままに行動した愚か者に違いない。

 

 自分が死んだ後の世がどうなってしまうのかろくに考えもせず、あるいは分かっていても欲に敗けた阿呆に違いない。

 

 青年は辟易した。

 

 いつの時代も世界は力だけはあるエゴイストに振り回される。それが悪だという自覚もなく、無邪気な善意を押しつけてくる。

 

 それは青年が最も忌避するもの。最も正義から程遠いものだ。

 

 そして、今一度自分が守るべき存在はなんなのかを胸の内に深く刻んだ。

 

 

 「……どうするのですか、ガウス」

 

 

 オリヴィアが訊ねる。

 

 

 「決まっている。まずは現代の魔王を倒す。今度は封印などさせはしない。呪いごとの一つも許さず、一方的に殺戮する。

 ……それからもやることは変わらない。人類の障害を撃ち滅ぼす。ただひたすらに正義を遂行するんだ」

 

 

 それから青年達は再び戦いの中に身を委ねた。

 

 

 殺しても殺しても蛆は涌いてくるから。

 

 斬っても斬っても光はまだ見えないから。

 

 

 そうしてまた遥かなる時の果て、青年は幾度も罪を重ねた。

 

 そうしてまた、数えきれない犠牲の末、青年は魔王の元に辿り着いた。

 

 

 

 「ここまでか……」

 

 

 

 目の前の悪魔が膝を落とす。

 

 苛烈を極める死闘を制したのは青年達。

 

 当代の魔王バストルドは善戦したものの不死身の勇者に敵うことはなかった。

 

 

 「やっと、か」

 

 

 

 例に違わず魔王の魂が青年の中に流れ込んでくる。

 

 これでとうとう青年の悲願が達成されたのだ。

 

 不死身の肉体に魔王の魂を閉じ込め、二度と転生させないようにするという悲願が。

 

 それと同時に流れ込んでくるものがまた一つ。

 

 それは記憶。

 

 古くから伝わる言い伝えによると、勇者が魔王を倒す、あるいはその逆の場合においても、どちらかの魂を吸収した際に過去の勇者魔王の記憶が継承されるというのだ。

 

 

 かつてアベルという男が言っていた、魔王を倒せばわかるという言葉。

 

 

 そう、なぜこれまで人と魔が争い続けてきたのか。

 

 なぜ歴代の勇者達は真の平和を求めようとしなかったのか。

 

 その謎が、世界の真理が、今解き明かされようというのだ。

 

 

 「……ああ、なるほどな」

 

 

 青年は男の言葉の意味を理解した。

 

 

 まず見えた記憶のビジョン。

 

 一人目の勇者は過去の勇者の記憶ではなく世界の成り立ちとこれから起きる全ての事象を脳に埋め込まれた。


 

 例え魔族と共存し平和を求めようとも世界がそれを許さず崩壊がはじまり土地を巡って戦争が再開する未来。

 

 かといって争うことを選んでもやがて戦争は激化し、皮肉ながらもそれが文明や技術の発展を促して世界を滅ぼすほどの威力を持った兵器の開発に至って両陣営とも終焉を迎えてしまう。

 さらには焦土と化した大地から新たな命が産まれては一から文明を築き出し結局はまた争い争乱と破滅を繰り返すのだという。

 

 そんなどうしようもない運命を前にして、最初の勇者もその勇者の記憶を通して未来を知ってしまった後の勇者も、みんなみんな絶望して廃人と化した。

 

 自分達は今まで何をしてきたのだ。何のために殺し続けてきたのだと、それまで敢えて触れずにいた罪の重さに押し潰され心を壊したのだ。

 

 

 「しかしまあ、くだらんな」

 

 

 だが青年は屈しなかった。鼻で笑い、過去の勇者達を侮蔑した。

 

 それはアベルという男からあらかじめ真相を聞かされていたから?


 いや、そうではない。

 

 命を奪うこと、その罪深さなど青年はとうの昔から理解している。

 ただそうまでしてでも救わなければならないものがある。その本質は、正義の在り方はどこまで行っても変わらない。

 

 それがどうした。こうも容易く己を見失い、未来を恐れて何が"勇者"か。

 

 強さではない、優しさでもない。

 

 誰よりも"勇気"のある者が"勇者"だろう。

 

 

 だから青年は歩みを止めない。

 

 

 この旅路に終わりはないから。真の敗北は諦めることだから。

 

 絶望の未来が待っているなら、人々のために抗えばいい。

 

 他者の命を奪うことが罪だというなら、己自身が十字架となり墓標となればいい。

 

 立ち止まってしまった腰抜け共は指をくわえてそこで見ておけ。

 

 勇者の在るべき姿を、英雄の正しい在り方をこの俺が教えてやろう。

 

 

 「さあ、行こう。世界に正義の栄光を……」


 

 そして青年は国に戻り王に戦果を報告した後、ギーグバーンには残党の殲滅を、オリヴィアにはサードゲート一族の捕獲を指示した。

 

 

 その間青年は……

 

 

 「待て! 血迷ったのか古の勇者よ!」

  

 

 青年は、人の王に剣を向けた。

 

 

 「いいや? 血迷ってなどいないさ。 魔族が人類の敵ならば、平民を虐げ私腹を肥やすおまえも十分に敵。正義に仇成す存在だ」

 

 「よ、よしわかった。 褒美がほしいのだな!? なんだ、好きなものを言ってみろ、金か? 女か? それとも地位や名誉か!?

 そ、そうだ、城の前におまえ達の像を作らせてやろう! 黄金で作った巨大な像だ! それで未来永劫おまえ達の活躍を人々は知……」

 

 

 言葉を待たずして王を斬る。

 

 人の命を駒のように掃き捨てた教団の上層部も、平和惚けしていた貴族共も。

 

 同じ人間を差別し隷属にした連中を、祈る間も与えず皆暗殺した。

 

 

 真の平和は、人が人の尊厳を勝ち得るには。

 

 見過ごしてはならない悪があった、許してはならない腐敗があった。

 

 それは魔族と争うことをやめたことが原因に他ならない。

 

 

 残念ながらこの世界において人の本質は魔と争うことにある。

 

 生きるとは戦うことである。

 

 神にそう定義付けられた以上、何の考えもなしに争うことをやめたとて世界がそれを許すわけもない。

 

 ア・バドンだとかいう天災も争乱を望む神の意志の現れであって、そんなことで崩れ去った硝子細工の平和はむしろ消えて当然だ。 

 

 本気で世界に抗うなら、綺麗事など捨てていけ。

 

 例え悪魔に魂を売ろうとも、同族を殺めてままで罪を重ね続けようとも。

 

 それでも青年は人を救う。

 

 魔族との共存などとという淡い期待を抱かせてはまた無益な犠牲が出てしまうから。

 

 下手に戦うことをやめれば人は人を傷つけはじめるから。

 

 自分がはじめたこの物語を、寿命などという理由で半端に終わらせてはライオの二の舞だから。

 

 だから少年は理想を捨てた。

 

 だから青年は殺戮した。

 

 だから英雄は王になり不老不死となることを選んだのだ。

 

 

 

 「本当にこれでいいの!?」

 

 剣に滴る王の血を拭い鞘に納める。

 

 そのとき、傍らから様子を見ていた魔法使い、実の妹であるジェシカが口を挟んだ。

 

 

 「どうしたんだジェシカ」

 

 険悪な空気の中青年が訊ね返す。久方ぶりに交わされた兄妹だけの会話、それがこんなものだと誰が予想しただろう。

 

 

 「私はガウスがしていることが正しいこととは思えない…… 今までは魔王を倒すために不死身になることも選んだ。

 ……けど、これはやり過ぎよ。元々私達は過去の人間、いつまでもこの時代にいるべきじゃない。人のもとを去るべきよ」

 

 「……それでは駄目だ。 半端なまま終わらせることは正義ではない」

 

 「そう…… 説得は無理みたいね。 なら、力づくでも貴方を止めてみせる」

 

 「何をする気だ? 不死身の俺をどう止めようというんだ」

 

 「そりゃあ、これしかないでしょ」

 

 「まさか……」

 

 

 ジェシカが術式を展開する。

 

 それがかつての魔王フルードが用いた封印魔法だと誰が予想出来ただろうか。

 

 

 「そうか、おまえは昔から新しい魔法を創るのが好きだったな」

 

 「……終わりよ」

 

 

 ジェシカが魔法を発動する。しかし勝利を確信した彼女の隙を突いて、青年は反射魔法を発動させた。

 

 封印魔法すらも跳ね返してしまう反射の魔法を。

 

 

 「そ、そんな……」

 

 「……薄々感づいてはいた。おまえは賢くて優しいから、俺を止めようとするんじゃないかと」

 

 「こんなの、上手くいくわけないよ…… それくらいお兄ちゃんにだって……」

 

 「そうだな、そうかもしれない。けど、俺はやっぱり止まれないんだ。こんなところで終われはしない。

 ……だからジェシカ、世界が平和になったらまた会おう。そうしたら、きっとおまえも認めてくれるはずだ」

 

 ジェシカが小瓶に封印される。

 

 青年はそれを拾ってそっと懐にしまった。

 

 

 「……出来ることなら、おまえにはわかってほしかったんだけどな」

 

 

 

 さあ、勇者よ。

 

 人の英雄よ。

 

 あらゆるものを捨て続けて、その手に残るものは一体なにか。

 

 希望か、絶望か、はたまた……

ご覧頂きありがとうございました。

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