117. 精霊使いvs死霊使い
精霊使いと死霊使い。
勇気と恐怖。
未来を見る者、過去を見る者。
どこまでもわかり合えない、どこまでも相容れない二人の戦いがはじまった。
「くらえッ!!!」
アベルが無数の魔力弾を放つ。
「……」
俺はそれを大きく飛び回って回避した。
通り過ぎたところを魔力弾が遅れてすり抜けていく。そして、行き場を無くした魔力弾はそのまま彼方へ飛んでいき、一定のタイミングで虚空で弾けた。
その余波だけでも凄まじい威力だ。これはもっとビスタ達から離れたほうがいいだろう。
そうして俺は飛び回って少しづつアベルを誘導していく。
そんなとき、痺れを切らしたアベルは攻撃をやめて別の魔法を行使した。
「フンッ!」
アベルの眼が怪しく光る。
「!?」
すると不思議なことに俺の体は言うことが利かなくなり動けなくなってしまった。
「はっはっは! 貰った!」
動きを捉え、確信を持ったアベルが得意気に笑う。
奴は遥か上空に黒く巨大な魔弾を作り出して、次の瞬間勢いよく降り下ろしてくる。
だが、奴の力の根源が恐怖による精神支配である限りは俺の力で威力を半減させることくらい造作はない。
魔弾は俺と接触するなり呆気なく散ってしまった。
「……チッ」
「次はこちらの番だ。 ハァァッ!」
術の効力が切れたのか、自由になった俺はお返しに金色の炎を集め固めてそれを相手にぶつけた。
「こんな、もの……!」
アベルは両手を前に出して必死に堪える。
押し切れるかと思われたが、相手の執念が上回ったのか奴はなんとか炎を弾き飛ばして事なきを得た。
しかし、炎と接触した奴の手の内からはダメージの証しとして煙が燻っていた。
どうやらいつものように無効化することは出来なかったよう。俺の炎は奴に有効らしい。
「バカな、これほどの力をおまえごときが何故使える……!
出来損ないないで、臆病で、自分も他人も信用できないどうしようもなかったクズが何故これほどの力をッ!」
アベルが叫びながら魔力弾を発射する。
俺はそれを手で払い除けて答える。
「人は成長する。変わることが出来る。未来を見据えることで強くなることが出来るんだ」
「変わる…… 変わるだと!? 愚かな! それは弱者の言葉だ!
不変こそが世の理想、万物において永遠こそが美しい!
揺るぎない信念、絶対不変の執念を持った者こそが全てを手にする資格があるのだァァァァ!」
アベルが四つの魔方陣を展開する。
そこから出現する四体の〈緋血布の巨人〉。
俺は即座に炎で焼き払おうとしたが、どうやら奴の目論みはここで終わるわけでは無さそうだ。
「死霊使いの真髄、刮目せよッ!!!」
アベルが両の手を勢いよく組み合わせる。
それに伴いアンデッド達に起きる変化。
巨人が一ヶ所に集結する。身と身を重ね合わせはじめる。
「ウ゛ォ゛ォ゛ォォォォォォォォォォ゛ォ゛ン゛」
そうして生まれたのは緋血布の巨人よりもさらに巨大な魔物だった。
その身に纏う呪力は目で見てわかるほどに凄まじい。
そこにいるだけで、光の空間に漂う聖なる魔力と反発現象を起こしている。
下手をすればこのままだとこの空間が呪い侵されてしまいそうだ。
しかしどうやら力の使い方に慣れ切れていないためか、俺だけでは奴を焼き払えない。
かと言って、ビスタ達の力を合わせたところでは……
「我らのことを忘れてはいまいか!?」
そのとき、颯爽と俺のもとに駆けつけた集団。
それは一様にして生命を超越した者達。
「大精霊! なぜおまえ達が!? まさかこれも……!」
「ええ、さっき彼らにも力を与えておきましたよ。 眠っていた時間が長かった分、目覚めるのも遅かったようですがね」
「精霊使いカルラ…… いや、我らが迦楼羅王よ。今こそ長きにわたる戦いに終止符を打つとき。我らが大精霊十一柱、助力させて頂こう!」
うぉぉぉぉぉ!!! と、大精霊達が闘志を燃やして雄叫びを上げる。
数的要素からわかる絶対的不利。
このような状況を前にして、なぜかアベルは狂ったように笑った。
「あっはっはっは! 面白い、面白いじゃないか! しょせん一人では何も出来ない精霊使いに相応しい戦い方だよ!
さあかかってこい! 一匹残らず殺してやるッ!!!」
大精霊もアベルもかつてない殺意を放っている。
だが、俺は精霊達に指示を下す。
「皆、あのアンデッドを任せます。それで、出来ればビスタ達を守ってあげてください」
「なにィ!?」
「何を仰るか! 我らも共に……!」
「誤った判断ではないと思いますが」
「あ、あいわかった……!」
語気を強くした俺の命令に精霊達はなんとか納得してくれたようで、彼らはアンデッドの対処に向かった。
傍らに見ていたアベルはそれが酷く気に入らなかったようで。
「舐めたマネを……! どいつもこいつも、それがエゴだと気がつかんのか!」
「エゴじゃない、これが私の信じる道だ」
「同じことだろうッ!!!」
俺達の戦いが再開する。
アベルはどこからともなく剣を抜き放ち挑みかかってくる。
俺も予備の剣を亜空間から取り出して応戦した。
アベルが放つ、神に愛されたと云わんばかりの美しい業の数々。
努力の果てに培った俺の剣技とはまるで違った。
「哀れですねアベル。 これほどの才に恵まれながら、どうして貴方は悪の道を進むのですか?」
「悪だと? 物事を善と悪の二極でしか捉えられないのか? 連中は私のことを悪逆大魔なんて呼ぶが、私は自分を悪だと思ったことは一度もない。
私は私の本能に従っているだけ、おまえだってそうだろう!? いったい何の違いがあると言うんだッ!」
刃を競り合わせながら問いかけるアベルに対して、俺は弾き返しながらそれに答える。
「それは自分を都合よく正当化させているだけだ! 貴方は自分自身の悪と向き合おうとはしなかった! 常に楽な方へと逃げ続けた! それがこの結果だ! 貴方は女一人守れず、500年もの時間を復讐のために費やした!」
「知ったふうな口をッ! 私は全てを精算する。そしてまた彼女とやり直す。そこから私の人生が再びはじまるのだ! そこに後ろめたいことなどは微塵もない! 見ろ! 彼女の周囲に漂うこの障気を!」
アベルが剣で差し向けたその先。そこには確かにドス黒い靄のようなものがどこからともなく集まってきていた。
「なんだアレは、いったいどこから……」
「ククク、わからないか? アレは地上にいる人間共が生み出している負の感情だ!」
「負の感情……? まさか!」
「ああそうさ! これを集めるために私はドゥームレイダーを地上に送り込んだのだ!
彼女は、ラウディアラは世界が恐怖に支配されたそのとき覚醒する。あと少し、もう少しだ! もう少しで、ラウディアラは復活する!」
アベルの背後に巨大な闇のシルエットが一瞬現れた。
もしかすると、アレがラウディアラの魂なのかもしれない。
世界が恐怖に染まると魂と肉体が一つに戻る、ということなのだろうか。
「そうはさせない! この世界は私が守る!」
「やれるものならやってみろ! 最後に笑うのは私達だ!」
俺もアベルも、互いに譲れないものがあることに違いはなかった。
それゆえに奴が強いのだと、嫌でもわかってしまう。
だけど、それでも俺はアベルを認めるわけにはいかなかった。
アベルの理屈を認めてしまえば、それは今の俺を、師匠の教えを否定することになるからだ。
ご覧頂きありがとうございました。