116. 《迦楼羅》
ポロンロを急がせオベリスクに到着する。
「も、申し訳ありませんカルラ様……! 私ではここが限界です……!」
「十分ですよポロンロ、お疲れ様でした」
雲をも越える超高高度。
なぜかどデカい穴が空いたオベリスクの外壁を前にしてポロンロからそう伝えられる。
どうやらビスタ達が空けてここから潜入したらしい。なんとも無茶をするな。
「それじゃあ、私も多少は無茶をしないとですね」
俺もそこからオベリスク内部へと入り、天井を見上げながらそう呟いた。
「……光明霊地仁悟於齎」
そして師匠から教えられた呪文を唱える。
それは精霊化のトリガーになる呪文だ。
すると、俺の体に異変が起きる。
命を削り、命を燃やし、命を輝かせたかのような俺の姿。
鏡で見たわけではないので詳細を語ることは出来ない。
ポロンロ曰く、今の俺はヒトと鳥が混じりあったような、精霊の名に相応しい神々しい姿なのだそうだ。
まあ、自分の目で見える範囲でも、鳥のような鋭い鉤爪に背中から伸びる金色の翼は間違いなくエルフのものではない。
俺はその翼をグンと羽撃たかせた。
そしてその勢いのまま天井を突き破っていく。強引に階層を上がっていく。
師匠が言っていたとおり、精霊化よってもたらされる力は凄まじいものだった。
パワーもスピードも、何もかも全てが精霊術を用いたときを軽く凌駕していた。
いや、流石に防御力はマチューがいたときよりかは劣るか。
天井に激突する度に多少なりともダメージがあることからそれがわかる。
そうしてひたすらに上昇し続け、とある階層に出たところでマガンタが1人魔物の群れを相手に奮闘しているところに出くわす。
「カルラ! その姿は……!」
「マガンタ、無事でよかった。 見てのとおり、おかげさまで精霊化に成功しましたよ」
「そうか、ついにやったんだな……」
仮面の隙間から覗けるマガンタの表情は決して明るいものではなかった。
きっともう彼も察してしまっていたのだ。敬愛する俺達の師匠がもうこの世にいないということを。
「……後のことは私に任せてマガンタは先に脱出していて下さい。外でポロンロを待機させていますから」
「……わかった。 ロロ達が待っている、急いでくれ」
「はい」
そうして俺達は別れた。
お互い思うところはもちろんあるが、今はそんなことを言っている場合ではない。
そのまま俺は立ち止まることなく頂上へと向かった。
途中リインとノエルの姿が見えたような気がしたが多分気のせいだろう。
◆ ◆ ◆
「なんだその姿は、なんだその光は!? なぜおまえがここにいる! おまえは私の術によって恐怖と絶望の呪縛に囚われたはずだッ!!!」
アベルが狼狽えながら俺を指差す。
理解出来ない状況を前に困惑しているようだ。
俺は静かに答える。
「……師匠の、声が聞こえたんです。 いつものように喝をいれてくれて、私を夢から目覚めさせてくれました」
「ヨルンが……? バカな、そんなことあるわけがないッ! 私の死霊術は最強だ! おまえ達精霊使いごときがどうこう出来る代物では……!」
「負けませんよ、精霊使いは。生命を侮辱し弄ぶ邪術などには決して屈しない」
そう言い放ちながら俺は翼を拡げて金色の鱗粉を撒いた。
それは瞬く間に周囲に拡がりその場にいる全員に付着する。
「んっ、あぁっ……!」
「むぅ……」
すると、おそらく俺と同じく〈第六波〉によって縛られていたのだろうリサとアルルカが唸りながら意識を取り戻す。
そんな二人は俺の姿を見るなりやはり驚くわけだが、すぐに状況を理解してくれたようだ。
なので俺は二人に指示を下す。
「リサ、アルルカ。 ビスタ達をお願いします」
「まかせろ!」
「……んっ」
二人はダメージを負ったビスタ達の介抱に向かう。
どうやらアルルカは回復魔法が使えるようで、重傷だったビスタ達の傷はみるみる内に塞がれていった。
アベルはその行動を阻もうとはしなかった。
そんなことよりも、自分の術がいとも簡単に破られてしまったことに驚いている様子だった。
「私の〈第六波〉が……! カルラ・セントラルク、おまえはいったい何をした!?」
「なにって、力を貸し与えたんですよ。精霊化を果した私が持てる力をね」
「精霊化、だと……? バカな、そんなわけがあるか!
精霊化は確固たる自己の認識が必要不可欠、何者にも負けない自分だけの強さ、加えて他人に分け与えることが出来る力があって初めて至ることができる精霊使いの極致だ!
分離し、力を失った抜け殻のおまえなどに出来るはずがない!!!」
アベルが言い切ったそのとき、ビスタを介抱していたリサが突然高笑いを上げる。
「あっはっはっはっ! なんだカルラ、修行ってそういうことかよ!
自分だけの強み、それを見つけるためにこんなに時間がかかったのか? そんなもの、私達はずっと前から知っていたぞ!」
「なに!?」
リサの発言にアベルは身を震わせたまらず不快感を示していた。
「そーそ! 私もいっぱい貰ったもん! カルラがいたから私は強くなれたんだから!」
「そうね、私も皆も、カルラ君が寄り添ってくれたから前を向ける。
カルラ君がいてくれたから、未来を見据えることが出来た。
……アベル、カルラ君は貴方になんか負けはしない。恐怖で人の心を押し潰すような力じゃ、カルラ君は折れはしないわ!」
「そうだそうだ!」
「……」
アルルカは黙って頷き、彼女達は口々にそんなことを言った。
それを目の当たりにして俺は少しだけ笑みを浮かべる。
自分がしてきたこと。それが決して無駄なことではなかったこと。
空っぽだなんて思っていた俺でも、仲間の力になれていたんだということ。
その事実が俺の存在を強めてくれる。俺が俺であるということを証明してくれるんだ。
「なんなんだ……! カルラ・セントラルク! 虚ろなおまえが、いったいどんな力を誇るというのだっ!」
アベルは声を荒げて問いかけてくる。
そして彼女達の想いに答えるように、俺は言葉を紡ぐ。
「あらゆる絶望、挫折、困難、恐怖。それらを前にしてなおも進もうとする力……
人はそれを〈勇気〉と呼ぶ。 我はカルラ、勇気の精霊《迦楼羅》だ!」
「勇気、だとォ……? ふざけるな! そんな不確かなもので精霊へ至ったのか! そんな曖昧な力で私の死霊術を退けたというのかッ!!!」
───ふざけるなぁぁぁぁ!!!
怒り、叫び、感情を剥き出しにしてアベルが〈第六波〉を放ってくる。
しかし、もうそれが俺に届くことはない。
黒い障気は、俺が放つ金色の光によって浄化されてしまったからだ。
「なに!?」
「……覚悟しろ悪逆大魔、もうおまえの思うようにはいかない。野望も、邪心も、私が全てを打ち砕く」
「……なるほどな、その精神力がおまえの武器ということか! だがこれを前にして平静を保っていられるかな!? ……いけ!!!」
自身の術が通用しないことに驚いたアベルだったが、彼はすぐに調子を取り戻して指示を飛ばした。
それは誰に対して?
何も言葉を発そうとせず、彼の後方で待機していた師匠に対してだ。
「……」
「カルラっ!」
エミリアが俺を案じて声をかけてくる。
なるほど、どうやらあれは偽物でも幻覚でもなく本物の師匠のようだ。
きっとエミリア達も同じ手で苦しめられたのだろう。
流石は悪逆大魔、その名に恥じない卑劣な奴だ。
「ハハハ…… どうした勇気の精霊よ。 流石に自身の師が相手では手も足も出ないか?
しょせんは人の子、それがおまえの限界だ!!!」
アベルが得意気に笑う。
そこにもう人の心は感じ取られなかった。
かつてこの男と師匠は師弟関係だったはずだが、師匠を殺すことも、こうやって無理矢理蘇らせることにも躊躇いはない様子。
「……はっ」
だから俺は吐き捨てるように短く笑って手を師匠に向けてかざした。
すると師匠の体が黄金の炎に包まれていく。
悲鳴一つ上げることなく跡形もなく消え失せていく。
俺の取った行動を見て、エミリアやリサ、そしてビスタは少なからず驚きの反応を見せた。
そして、紛れもなくアベルも。
「なん、だと……!? バカな、おまえにヨルンを手にかけられるわけが……!」
「寝ぼけたことを…… あれはもう師匠じゃない、師匠はもうこの世にいないんだ」
抑揚のない声で俺は答える。
「なんだ、えらく冷静だな……! 心が痛まないのかおまえは!」
いったいどの口が言うのか。
そんな問いかけに、俺に代わって答えたのはロロだった。
「そんなわけ、そんなわけないじゃん! カルラは優しくて、ちょうろーはカルラにとって恩人、ずっと慕って来たんだもん!
悲しいけど、辛いけど…… でも、だからこそカルラは止めをさしたのっ! 後悔したらだめだって、自分の声に従えってちょうろーが教えてくれたから!」
彼女の目には涙がたまっていた。俺に気を遣って、自分が泣いてはならないと必死に堪えているのがわかる。
「アベル、御託はもう結構だ。さあ構えろ、おまえの全てを否定してやる」
「……否定してやる、だと? 思い上がるな! おまえにそんな権利はない!」
俺とアベル、二人の魔力が解放される。
解放され、衝突し、もう他の者では介入出来ないような領域に到達する。
「みんな、巻き込まれないように避難してください」
ビスタ達にそれだけ言って俺は翼を羽撃かせ突撃した。
精霊使いと死霊使い。
相反する二つの力が激突する。
決戦の火蓋が今切って落とされた。
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