表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/146

114. 退カズ省ミズ


 ああ眠い、ひどく眠いな……

 

 どうしてこんなに眠いのだろう……

 

 

 みんな……

 

 みんなが先を歩いている。

 

 

 待て、待ってくれ……!

 

 俺を置いていかないでくれ、俺を一人にしないでくれ!

 

 

 ロロ! リサ! エミリア! ……ビスタ!

 

 どうして、どうしてだ……

 

 俺のことがわからないのか!? 俺の声が聞こえないのか!?

 

 

 

 俺は…… 俺は、誰だ?

 

 

 

 「惨めだな■■■」

 

 マチュー、マチューなのか? おまえは今なんて言ったんだ? 俺の名を呼んでいたのか?

 

 「アッハハハハ。何だおまえ、自分が誰かわからないのか?」

 

 

 わからない……

 

 自分が何者なのか……

 

 何のためにここにいるのか……

 

 

 「……まっ、そりゃそうだろうな。 おまえは俺ありきの存在だったんだから、俺がいなかったらおまえはカラッポさ」

 

 

 俺は、カラッポ……

 

 

 「カラッポの分際で粋がるからこうなるんだよ。

 おら、見てみろ。大切なお仲間さん達が大変なことになってるぜ?」

 

 

 マチューの言うままビスタ達の方へ目を向けると、そこには血塗れになって倒れた彼女達の姿。

 

 

 うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!

 

 そんな、そんな……

 

 どうして? どうしてこんなことに……


 

 「全部おまえのせいだよ」

 

 

 お、俺の……?

 

 

 「おまえが弱いから、弱いくせに自己主張をやめなかったからこうなったんだよ」

 

 

 弱いから……

 

 

 「つまり身の程をわきまえろってこった。抱えきれないものを抱えてちゃ、そりゃこぼれるものもあるさ」

 

 

 俺は、無力……

 

 

 「ああそうさ、おまえは無力でカラッポで何もないただの■■■さ。……おっと、もはや名前すら無かったか」

 

 

 そっか……

 

 そうだよな……

 

 俺は今まで何を頑張っていたんだろう……

 

 俺はもういなくていい存在なんだ。消えても誰も悲しまない。

 

 だって俺は虚ろだから、無色透明、存在価値なんてまるでない。

 

 だからもう寝よう。

 

 静かに眠って、全部忘れて、さっさと楽になってしまおう。

 

 

 ああ、背負うものがないって素晴らしいな。

 

  

 俺は今までこんなに重たい重りを背負っていたのか。

 

 バカだなぁ、どう見たって守りきれるわけないじゃないか。

 

 

 こんなの無理無理。

 

 

 そうさ、無力な俺は最初から全部諦めておけば余計な苦しみを味わうこともなかったんだ。

 

 ああよかった。危うく後悔するところだった。

 

 

 

 

 

 

 ……本当に、これでいいのか?

 

 

 

 「本当にそれでよいのか?」

 

 

 師匠……? どうしてここに……

 

 

 「お前さん、今まで何のために頑張ってきたんじゃ。こんなところで終わりたいのか?」

 

 

 違う違う、俺は何も頑張ってなんかないよ。

 

 努力なんてしていない、何もしていない。

 

 何もしていないから俺は無傷だ。何も後悔することなんてない……!

 

 

 「そうやって自分を誤魔化すのか? それじゃあ昔に逆戻りじゃな」

 

 

 そんなこと言ったって! 結局どうにもならなかったじゃないか!

 

 俺だって、俺だって頑張ったよ! 自分を変えたくてずっと頑張ってきたよ!

 

 けど! 結局俺はマチューがいなきゃ何も出来ない!

 

 防御力も! 敏捷性も!

 

 何もない俺じゃあ足掻いたところで無駄だったんだよ!

 

 

 結局、俺は変われないんだよ……

 

 

 

 「喝ぁぁぁぁっ!」

 

 

 

 み、耳が痛い! 何するんだ師匠!

 

 

 「バカもんが! お前さんはもう見つけたはずじゃ! 自分だけの"強さ"を! 誰にも負けない最強の"ステータス"を!!!」

 

 

 俺だけの"強さ"……?


 

 「騙されんな! お前はカラッポだ! 何も持ち合わせてなんかいない!」

 

 「ヌシはだまっとれぇい!」 

 

 「グ、グァァァァ!!!」

 

 

 俺だけの"強さ"……


 俺の最強の"ステータス"……

 

 

 「お前さんは、それを幾度となく皆に分け与えてきたはずじゃ!

 今彼女達が前を向けているのは、ヌシの力があってこそじゃろう!!」

 

 でも、それは俺が最初から持ち合わせていたものじゃない……

 

 師匠がいてくれたから、何度も言葉をかけてくれたからであって、俺の強さでは……

 

 

 「馬鹿もん! 何度も言わせるんじゃない! 人は皆ゼロからはじまる! 出会い、学び、あらゆるものを糧として成長していくんじゃ!

 はじまりなんてどうでもいい、大事なのは今じゃ。今のお前さんの、その胸の内で光るものはなんじゃ!?」

 

 

 これは、この光は……

 

 

 「安心せい、お前さんはもう十分に強い。一人で立ち上がれる強さを持っておる」

 

 

 師匠……


 

 「師匠ではない、じゃろ?」

 

 

 ああそうだな……

 

 おまえなんか、クソジジイだ。

 

 

 何考えてんのかわかんなくて、小難しいことばかり言ってきて。

 

 気分屋で、怒りっぽくて、ことあるごとに耳攻撃してきて……

 

 

 でも、俺が立ち止まってしまったときに手を差し伸べてくれる。

 

 

 最低で最高の……

 

 

 

 「そうじゃ、叫べカルラ!!!」

 

 

 「大っ嫌いだクソジジイィィィィィィ!!!」

 

 

 

 

 ──────────。

 

 ────。

 

 

 

 まったく、もう少しマシな起こし方はなかったのか?

 

 おかげでまだ耳が痛いよ。

 

 でも、ありがとう師匠。

 

 師匠のおかげで俺はまた立ち上がれたよ。

 

 

 このイヤリングが、痛みを呼び起こさせる幻覚が、師匠からの喝が俺を悪夢から目覚めさせてくれた。

 

 俺を、闇から解放してくれたよ。

 

 

 

 ───パキッ

 

 

 

 俺は感謝の意を唱えつつ耳のイヤリングに触れようとした。

 

 しかしそのとき、俺の指とすれ違うようにイヤリングは砕けて地面に落ちる。

 

 それはまるで、何かの凶兆を暗示するかのよう。 

 

 

 

 「……」

 

 

 

 俺はそれをゆっくりと拾い上げた。

 

 全てを察して、込み上げる感情を抑えて、今はまだそのときではないと言い聞かせて俺は拾い立ち上がる。

 

 

 

 「ほぉら、言わんこっちゃない」

 

 

 

 そのとき、俺の背後から何者かの声が聞こえる。

 

 

 「貴方は……」

 

 

 俺は振り向き相手の姿を確認した。

 

 それはいつの日かに出会った行商人だった。

 

 

 「お久しぶりです銀精剣、その節はどうも……」

 

 「どうして、貴方がここに?」

 

 「どうしてって、そりゃあ貴方に会いにきたんですよ」

 

 「私に? もしや、貴方はアベルの仲間ですか?」

 

 「ホホホホホ、実はそうなんですよ。ワタシはアベル様の忠実な部下ナージョン。

 私はかのお方のご命令でずっと貴方を狙っていたんですよ。あのとき貴方が私の葡萄酒を飲んでくれればここまで拗れることはなかったのに……」

 

 「いったいなんの話を?」

 

 「ああ失敬。いや、こちらの話、というより昔の話です。

 やはり貴方は危険だ。アベル様の〈第六波〉から抜け出すなどただ事ではない。

 だからもう捕らえるのは諦めます。アベル様は格下の存在を甘くみる悪い癖がありますからねぇ、きっとプライドが邪魔して貴方に止めを刺さなかったのでしょうが、ワタシはそうはいきません」

 

 

 

 ナージョンはそう言って一つの酒瓶を取り出した。

 

 「ングッ! ングッ! ……プハァァァァァ」

 

 そして豪快に栓を開けては中身を飲み干した。

 

 するとどういうわけか彼の体は不自然に膨張しはじめ、みるみる内に巨大な球体の肉体へと変貌を遂げる。

 

 

 「アハハハハ!!! 悪く思わないでくださいヨ! 貴方が我が主を脅かす存在だから悪いンダ!

 言っておきますケドワタシは強いデス! セルハナ君よりもモットモット強イ! 今の貴方じゃ、勝てナ、勝てナイイィィィィ!!!」

 

 「くっ……」

 

 

 ナージョンはその巨体を弾ませて俺にのし掛かろうと攻撃してくる。

 

 俺はそれを避けるだけで精一杯で、隙を見ては岩陰に隠れた。

 

 「なるほど、かくれんぼデスカ? いいでしょういいでしょう! 付き合ってあげまショウ!」

 

 そう言ってナージョンは周りの木々を破壊しはじめる。

 

 「……困るンですよネェ、貴方が精霊になるト。 アベル様も気づいていない、ずっと観察していたワタシだから見抜けた貴方のステータス。あんなものが覚醒しては流石に不利ダ」

 

 ナージョンはおもむろに語りはじめるが、俺はもちろん返事はしない。声を発すれば間違いなく場所を割り出されてしまう。

 

 だからしきりに移動だけを繰り返して逃げに徹する。

 

 「それでネェ、貴方がこっちに戻ってきてからあの手この手で邪魔してたんですよォ。

 気になりませんでしたか? なぜあのラビアンとかいう魔族がこちらの世界でのリサさんの様子を知っていたのカ」

 

 しかしナージョンは構わず喋り続けてそんなことを口にした。

 

 確かに疑問には思っていた。

 

 どうしてラビアンがあのときのことを知っていたのか。

 告げ口するには人物が限られている。それがまさかコイツだったっていうのか?

 

 「ソウ、ワタシなんですヨ。ワタシが彼にコッソリ教えてさしあげて、貴方達を内部から崩壊させてやろうと、精霊化の邪魔をしてやろうと画策したンですがね?

 なんということデショウ、その企むすらも貴方の力を見せつけられる結果に終わってしまッタ」

 

 いったい彼はどこまで俺達のことを観察していたというのだろう。その狡猾さに、執念に、少しだけ身震いする。

 

 そして、中々俺を追い詰められないことに苛立ちを覚えたのか。あるいは俺の反応を期待したのか。

 

 ナージョンは脈絡無くこんなことを口にする。

 

 

 「アーソウソウ、貴方の師匠ヨルンですけどネェ、彼、死にましたよ」

 

 木陰から僅かに覗ける相手の表情はこれ以上ないくらいに汚いものだった。

 

 村を襲った盗賊の男やギーグバーンと同類の、命を侮辱するかのような悪意に満ちた醜い

顔。

 

 「……ビスタ達は?」

 

 俺はその挑発に敢えて乗って姿を晒して質問する。

 

 「彼女達デスカ? 一応はまだ生きてますヨ。今頃儀式の邪魔をしようと奮闘しているんじゃナイデスカァ? まっ、どうせ無駄ですけどネ! あの程度の実力でアベル様に敵うわけがナァイ!」

 

 少しだけつまらなさそうにしてナージョンが答える。

 

 「……なるほど」

 

 俺は短くそれだけ返した。その声量は驚くくらいに小さい。

 

 「おやおや? もしかして怖くなっちゃいましたカ? 無理もナイ、心の支えであった恩師が死んだンダ、不安にならないはずがないですヨネェ!?」

 

 瞬間、これを好機と見たナージョンが仕掛けてくる。

 

 奴は口から紫色の体液を俺に向けて吐き出した。

 

 きっと、それは強力な酸だとか毒だったりするのだろうか。

 

 

 俺はその液体を逃げることもなく全身で浴びてしまう。

 

 するとその液体は俺の体に触れた瞬間に硬化して石のようになってしまった。

 

 

 「……やるときは確実に、これワタシのモットーデス。

 さあこれで終わりにしまショウ。あのゴミクズのように、貴方もあの世に送ってあげマスよ!!!」

 

 なんてことを言ってきて、ナージョンは高く跳んだ。

 

 

 しかし、結果は奴の思う通りにはならなかった。

 

 

 「な、なんだこの光はァ!?」

 

 

 石が剥がれ落ちていき、静かに拳を構える。

 

 「ゴミクズは貴方でしょう」

 

 俺がそう言葉を発していたときにはもう、ナージョンの巨大な体には穴が空いていた。

 

 

 「バ、バカな、これほどまでとはァァァァァ!!!」

 

 

 そして奴の体に金色の炎が燃え広がる。

 

 燃え広がって、灰になることもなく、奴のすべては瞬く間に消滅した。

 

 

 「カルラ様! ご無事でしたか!!!」

 

 

 そして、俺がナージョンの最期を見届けて間もなく急いだ様子のポロンロが空から降りてくる。

 

 

 「ポロンロ……」

 

 「カルラ様、そのお姿は……! つ、ついに精霊化に成功されたのですねっ……!」

 

 「ええ、まだコントロールが難しいですけどね。 ああ、もう維持出来なくなってしまった」

 

 「ああっ…… そ、それより……! ヨルン様の、ヨルン様の魔力が感じれなくなってしまったのです……!」

 

 「……」

 

 「そ、そんなことないですよね!? ヨルン様はまだ生きていらっしゃいますよね!?」

 

 「……ビスタ達のところへ急ぎましょう。送ってくれますか」

 

 ポロンロの問いかけに、俺は敢えてそんなふうに答えた。

 するとポロンロは涙を滲ませ声を荒げる。

 

 「……ど、どうしてそんなに冷静でいられるのですか!? カルラ様は悲しくないのですか、何とも思わないのですか!?」

 

 「悲しんだら、何か変わるんですか?」

 

 「!」

 

 「ポロンロ、今は立ち止まっている場合ではありませんよ。

 私の到着を信じて戦ってくれている仲間達の想いに応えなければ」

 

 

 そうして、俺達はオベリスクへと急行した。

 

 

 

 そうだ。今は涙を流している場合じゃない。

 

 今の自分に出来ること。

 

 今の自分がしなければならないこと。

 

 それを見失うな。

 

 

 

 師匠は死んだ。もういない。

 

 もう、俺に進む道を教えてくれる人はいない。

 

 けれど俺は迷わず前を進む。

 

 

 師匠がくれたこの力は、もう俺のものだから。

 

 師匠がくれたこのチャンスを無駄にはしたくないから。

 

 

 だから師匠、俺は残された命を全力で守るよ。

 

 きっとそれが貴方の願いであり、俺の意思でもあるから。

 

 だからどうか……

 

 どうか、遠くから見守っていてくれ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ