110. セントラルクの炎
「ノ、ノエル……? ってことは初代セントラルク卿……? 適当なこと言ってんじゃねえぞテメエ!」
「いやいや、ジョークはよく口にするけどね。いまのはマジのガチだよ」
「ざけんな! 初代セントラルクは500年前の人間だ! この時代に生きているはずがねぇだろうが!」
「まあそうなんだけどね? かの悪逆大魔の手によって無理矢理生き返ら……」
「悪逆大魔!? 誰だそれ!?」
「えっ、いやアベル……」
「だから誰だよソイツは!?」
「……ええとリイン、君は何しにここに来たんだっけかな」
「あ? セルハナをぶっ殺すために追っかけてきたつってんだろ」
「お、オーケイオーケイ。 それじゃあエミリア達がどうして先を急いでいたかは……」
「んなもん俺が知るか!」
「……」
少しだけ頭が痛くなるノエル。
今までのやり取りから読み取れるとおり、リインはまるで状況を把握していなかった。
ただ己の目的のために、ついでにその場の雰囲気のためだけに行動した結果、エミリア達の手助けになってしまっていたのだ。
「おかしいな……? リイン・セントラルクは当代一の天才と聞いていたのだが、どうにもアホの子っぽいぞ……」
口に手を当ていぶかしげに呟くノエル。
彼女は相手に聞こえないよう小声で呟いたはずだが不幸にもそれらの発言のすべてはリインの長い耳に届いてしまっていた。
「……おい、まさか今俺様のことをアホっつったか?」
「む!? ノーノー! 言ってないぞそんなことは!」
決して可愛い子孫を傷つけてはならないと必死に否定するノエルだが、それで誤魔化せるほどリインは単純ではない。
彼女が弁明しようとすればするほど、彼の頭に血がのぼっていく。
「気に入らねえ、気に入らねえなさっきから!?
だいたい初代様の名を借りるってのが気に入らねえ! ぶっ殺してやるぜチンチクリン!」
怒りを露にしてリインはそんなことを言った。
目の前にいる少女を、そのやたらに小柄な体躯やら幼い顔立ちやら薄い胸やらをまとめて指差してチンチクリンと罵った。
「オォゥ、そっちこそ覚悟は出来ているんだろうね……?」
どうやらそれは彼女の逆鱗、あるいは地雷に触れてしまったようで、ノエルはリインとは対照的な静かな怒りを覗かせる。
「〈プロミネンス〉!!!」
次の瞬間、二人の魔導師は同じ魔法を繰り出した。
魔方陣から巨大な爆炎が発射され相殺する。
「チッ!」
「やるねえ!」
両者の動きはそれで止まらない。
続いて無数の火の玉を次々と射出する。しかしこれも互いの炎を打ち消すだけで本人まで届くことはない。
「なめてんのかテメエ!?」
その一連の攻防にどういうわけかリインは苛立ちを覚えていた。
彼は気づいてしまった。
相手がまだ余力を残しているということを。
リインが使う炎魔法を見てから同じものを繰り出しているということを。
「そうカリカリするなよ、ちょっと君の実力を確かめたかっただけさ!」
ノエルはそのように答えるが、一割くらいは失礼なことを言ってきた子孫をおちょくりたかったという理由もあっただろう。
実力は十分にわかったはずだが、その後もリインと同じ魔法で対抗し続けている。
だが、同じ魔法でも少しずつリインが押し始めていた。百火世界によるブーストがそうさせるのだ。
「ああそういや、この空間魔法は面白いね。 私の時代にはなかった発想だ」
辺りを眺めながらノエルが言う。
「そりゃ、俺が編み出したオリジナルだからな!」
リインは得意気にそう返した。
その言葉には、流石にこれは真似できないだろうという意味合いも含まれているのだろう。
しかしそんなリインの思惑とは裏腹に、ノエルは軽い調子で百火世界のポーズを取った。
「まさか、んなわけ……」
「こんな感じかな? ……百火世界」
瞬間、二人がいた空間がいとも簡単に書き換えられる。
見た目こそなんの変化もないが、その支配権がノエルの手に渡ったことは明白だ。
「嘘だろ!?」
「おおっと…… けっこう魔力が持っていかれるね……」
驚くリインに、急激な魔力消費で少しフラつくノエル。
彼女はすぐに体勢を整えて試しに魔法を放ってみせた。
すると先程までとは比べ物にならないほどの炎が発現する。
「ハハハ、凄まじいなこれは。 空間構築に魔力が喰われてしまうが、その分炎魔法をほぼノーコストかつノータイムで使えるようになるのか。
……いやはやリイン、さっきの発言は撤回させてもらうよ。紛れもなく君は天才だ」
「皮肉にしか聞こえねよボケがッ!!!」
リインが叫んで炎を放つ。しかし百火世界による強化が消えているので先程までの勢いがない。
ノエルは涼しい顔で同じ魔法で相殺してみせる。
「……しかし、だ。 これは少々オーバーキルというものではないかい?
こんなものが無くても並大抵の相手を焼き払えるくらいの火力が君にはあるはずだ。
いったいなんの意図があってこの魔法を創り出した?」
「アア!? それを知ってどうなる!?」
「ただの興味本意さ。答えたくないなら答えなくていい。代わりに私が推理して当ててみせよう」
そんな会話を交わしている間にも両者は攻撃の手を緩めることはない。
しかし汗を額に浮かべながら必死の様子で攻撃に専念するリインに対して、ノエルは汗一つかかず時折曲芸じみた動きを織り混ぜて対応していた。
さらにはその思考の半分を先程言った推理に回していて、それを察したリインはさらに苛立ちを見せる。が、彼女に一矢報いることはまるでない。
ノエルはリインの繰り出した炎弾を軽々と回避してみせて、流れていった炎弾が壁に衝突する瞬間を深々と注視する。
「……ふむ、単に炎魔法の強化という名目だけではこの空間の頑丈さは説明がつかないな。
他者の介入を許さないため? 一対一の勝負に持ち込むためか? ……いや、それだと魔力消費量がネックだな」
「ごちゃごちゃうっせーんだよ!」
ノエルが見せた僅な隙を突いてリインが接近し仕掛ける。
彼は拳に熱を溜めて殴りかかろうとする。
しかしノエルが腰に携えていた剣を抜刀、抜き身の刀身で防御する。
「この剣…… カルラが持っていたはず…… なんでテメエが!?」
「ちょっと前に頂戴したよ。というか、これはそもそも私のものなんだけどね」
「まだ言ってんのか偽者女ッ!!」
リインは叫ぶと同時に反動をつけて後方へ跳躍する。
口ではそう言っているが、実のところ彼女が本物のノエル・セントラルクであることを今まで見てきた実力から薄々実感してはいた。
しかしリインは認めない。
それは言ってしまえば意地でしかないが、圧倒的に不利なこの状況でも果敢に攻め続けられているのはその意地が彼を支えていたからだ。
「そういえば、セルハナ達がセントラルクを襲撃したときにはまだこの魔法は生まれてなかったはずだね?」
「ああん?」
「つまり、そのときの経験からこの百火世界を編み出したということ。
確か君はそのとき禁断魔法を暴発させて仲間を巻き込んでしまったんだっけ?」
様子を伺うようにノエルは淡々と述べていく。
それは彼女の思惑どおりか、リインはあからさまに苛立ちを募らせていた。
「……」
そんなリインの様子から、ノエルは一つの答えにたどり着く。
「……ああ、そういうことか。そういうことなんだねリイン。
私の推測が正しければ、この百火世界は一対他の短期決戦の戦闘を想定した魔法だ。一撃で決めるから魔力消費量を厭わない。
そしてどれだけ衝撃を与えてもびくともしない頑丈な造り。ここなら禁断魔法を使用しても外部に影響はないだろう」
「……」
「つまり、この百火世界は仲間を巻き込まないように大量の格上の相手を相討ち上等で仕留めるために作られている。
そして君は過去の失敗を二度と繰り返さないためにこの魔法を編み出した。違うかい?」
ノエルはそのように結論づけた。
「なんで俺が他の雑魚共のことを気にしなきゃならねえんだ!?
ハズレだハズレ! 一人で戦う方がやりやすいから俺ァこの魔法を考えたんだよ!!!」
リインはやけくそ気味に否定する。
「ふぅん、それでさっきの発言に繋がるわけか」
それに対して意味深なことを口にするノエル。
「あ?」
「エミリア達を先に行かせたことだよ。君は彼女達の事情も知らないのにここを離れるように促した。
それはやはり彼女達の手助けをしたかったという以上に、強すぎる自分の魔法に仲間を巻き込まないようにするためなんじゃないか?」
「……だったらなんだって言うんだよ」
リインはドスを効かせた声音で問う。
「ふむ、聞かれたからには答えよう。リイン・セントラルク、君はこのままじゃセントラルク家の次の当主にはなれない」
そしてノエルはそんなことを言い切った。当然リインがそんな指摘を許すはずもなく噛みつく。
「ア"ァ"? なんでテメエにそんなこと言われなきゃいけねえんだよ」
「なんでって、そりゃ私が初代セントラルク卿だからさ。
相応しくない人間を当主の系譜に迎え入れるほど私は甘くないよ。例え炎魔法が使えなくとも、君よりかはカルラの方が相応しいだろうね」
「ふざけんな、例えテメエが本物の初代だったとしても、死人の戯れ言に耳を傾ける気にはならねぇ」
唸ると共にリインの手の平から火炎が放射される。
「ん? 本物だということは認めてくれたのかい?」
そんなリインの攻撃をノエルは嘲笑うかのように回避する。
それは単に彼女が素早いからというわけではない。なによりもリイン自身が相手の言葉に動揺し魔法の精度を鈍らせてしまっていたのだ。
「やれやれ、感情が昂りやすいのは君の課題だな。
……いいかいリイン、よーくお聞き。これは時代の流れと共に忘れ去られつつある概念だけどね。
私達が使う炎は、決して人を傷つけるためだけにあるんじゃないんだ」
「ハァ!? 炎は燃やすためにあるんだろ! それ以外になんの価値があるってんだ!」
リインはたまらず反論する。
「いいや違う。その認識自体が根本的に間違っている。
セントラルクの炎は、かつてのセントラルクの民達が私に望んだ炎というのはね、決してそんな野蛮なものじゃないんだ」
「……」
そのとき、リインは思い出していた。
伝記に記された初代セントラルクの足跡。
もともと旅芸人だった彼女が寒さと暴れ狂う邪竜に苦しむ住民達の現状を見かね、その剣で竜を下し、その炎で暖を取らせて住民達の命を救ったというエピソードを。
その熱で、その光で、初代セントラルク卿は人々に希望を与えたということを。
「流石天才君、今ので何が言いたいかわかったようだね。
セントラルクの炎は、決して相手を傷つけるためにあるんじゃないんだ。その本質は人々に希望を与えることにある。
周りに人がいてこその炎魔法だ。仲間を守ろうとすること自体は素晴らしいけどね。君のように人と関わることを恐れているようじゃあダメなんだよ」
そして示し合わすようにノエルも言う。
以前、リインはカルラと一騎討ちの決闘を行った。
その結果はリインの敗北に終わったわけだが、彼はそのときカルラから受けた言葉を糧にして確実な成長を果たしていた。
他人を守ることは決して貶されるようなことではない。
自分に価値を見出だせないからではなく。何よりも自分が強いという自信があるから、その強さは他人との関わりで生まれるものだから、だから人は人を守れる。
その言葉の意味をリインは理解しつつあった。それは先程エミリアを庇った一連の出来事を振り返ればわかるだろう。
しかし彼はまだ真の意味では他人を守ることの本質を受け入れ切れていないのだ。
それは何よりリイン自身が知っている。
今のように一人で戦い続けるのは、本当の意味で他人を守っているわけではないのだと。
そこに互いの信頼がなければ結局は同じ、強すぎた力を得てしまった自分は、結局兄のようにはいかないのだと。
そんなことは頭のいい彼にとって既知の事実でしかなかった。
「……」
そのとき彼が思い返していたのはあのときの悲劇。
己の実力を周りに見せつけてやろうと意気揚々と戦場に飛び込んでいったにも関わらず、予想以上の相手の強さを前に動揺し魔法を暴発させてしまった。
そしてその結果、多くの仲間達を犠牲にしてしまった。
そのときのことを彼は片時も忘れたことはない。
〈百火世界〉は言わば戒めだ。
もう二度と己の未熟さで仲間を巻き込むようなことはしない。死ぬときは一人で。
そんな彼の決意が、空間魔法などという千年に一度生まれるかどうかの奇跡の創造に至ったのだ。
それは、彼がずっと心の奥底に秘めていたもの。
カルラすらも知らないリインの想い。
「……気に入らねえ」
「うん?」
「気に入らねえつってんだよ! ボケがッ!!!」
瞬間、リインが感情をさらに激しく昂らせる。昂らせて、息を荒くし、己の全てを爆発させる。
「誰がなんと言おうと俺は俺の戦い方を変えるつもりはねえ!!!
俺は強い! 天才だから強い! 守るべき奴らがいるから強い! 間違っても一人だから強いなんてことはねえ!
けどなァ! 希望かなんだか知らねえけど、俺はこの炎で大勢仲間を殺しちまってんだよ! それを自分の口で希望の炎なんてほざけるほど俺は図太くねえ!」
「……」
途中、ノエルがリインの言葉を遮ることはなかった。
彼女は彼の言葉の続きに興味を持っていた。
セントラルクの教えに背いてまで何を貫き通そうというのか、彼の答えに期待していたのだ。
「もう一度言うッ! 500年前のババアかガキかもわかんねえ奴にとやかく言われる筋合いはない!
俺には俺の譲れないものがある! 決して退けねえ理由があるッッ!!」
そしてリインは屈んで両手の拳を固めた。
固めて、大きくふりかざし、自らのタイミングで同時に地面に打ちつける。
「そんでもって、この百火世界はテメエみたいなペテン師が使っていい魔法じゃねえ!
これは俺と、アイツらだけの魔法だッ!」
そして打ち込んだ地点からマグマによる刻印が形成され広がっていく。
それはまるで生きているかのような、血流そのものと見間違うかのように生々しい。
気づけば刻印が空間全体に及ぶ。術式がノエルの百火世界を侵そうとしているのだ。
そしてリインはその術の名を、新たな魔法の名前を高らかに叫ぶ。
「……いくぜ、〈百火新世界〉ッ!!!」
ご覧頂きありがとうございました。