109. 熱を帯びる
「ちょっと! オベリスクまではあとどれくらいかかるの!?」
「あ、あと1時間くらいは……」
「遅い! 30分で着きなさい!」
「はいぃぃぃぃぃ!!!」
ガッゾ海沖合、その上空を駆ける巨大な影。
黄金の鳥に股がるは世界の破滅を阻止せんと急ぐ少女達。
魔族が3人、エルフが1人、魔物が1匹、そして元女神が1人。
「というか、貴方着いてきて良かったの!?」
豪風が巻き起こすけたたましい音に負けないよう、ビスタは声を張り上げながら横にいたアルルカに問う。
「うん、大丈夫。私も戦える。 回復なら任せて……」
手持ちのメイスを構えながら、アルルカは戦う意思を見せた。
「……あっそ!」
その声は恐ろしく小さく風の音にかき消されてしまっていたので、ビスタは何となく彼女がやる気を出しているということしか分からない。
「にしても世界中が大変なことになってる! マガンタさん! カルラは本当に大丈夫なんですか!?」
「今は信じるしかない! 俺達に今出来ることは一刻も早くアベルのもとにたどり着き時間を稼ぐことだけだ!」
その横でエミリアとマガンタはそんな会話を交わしていた。
マガンタの肩の上ではロロが座っていて、彼女は静かに祈っているようだった。
そう、あれからマガンタ達はヨルンの指示通りにポロンロと共にセントラルクまで向かい、ビスタ達と合流しオベリスクへ全速力で向かっていた。
そんな道中、彼女らが上空から見た地上の光景は阿鼻叫喚の地獄絵図。
襲撃を仕掛けるドゥームレイダーと、迎撃する人間達。
場所によっては大砲などの兵器や、危険指定された大魔法まで持ち出され、100年来の戦争がはじまったのかと錯覚させるほど。
そんな凄惨な光景が各地で広がっていたのだ。
「見えた! オベリスク!」
視力のいいリサが真っ先に叫ぶ。
ポロンロはそのまま速度を緩めることなく進行して、最接近したところで降下を試みる。
しかしそれを制止するビスタの声。
「時間がないわ! 貴方このまま頂上まで飛べないの!?」
「さ、流石にそれは無理でございますぅぅぅぅ!!!」
「なら行けるところまで上に行って!」
ビスタが飛ばす指示のまま、ポロンロは地上から垂直に急上昇した。
彼がここまでだと止まったその高度は、とうの前に雲の上。
「いくわよエミリア! 魔力の充填は十分!?」
「バッチリだよビスタさん!」
そんな二人はオベリスクの雄大な壁に向かってそれぞれ構えていた。
「タイミング合わせるわよ! いち、にの……」
───ドッゴォォォォォォォン!!!!!
ビスタは手の平から魔力弾を、エミリアは帯電させた矢をそれぞれ最大火力で射出した。
もはや光線と化したそれは爆音を上げて壁に激突し、硝煙の向こうにはオベリスクの内部が見えている。
「えぇ……」
その光景を最初から最後まで見ていたポロンロは引き気味にそんな声を漏らした。
ダンジョンの壁を破壊して侵入する。
この世界では考えられない。そんな常識外れの行動は、異世界出身の魔族の姫と異世界帰りのエルフの娘からしてみれば大した問題ではなかったのだ。
「それじゃあ私達は行くから! ポロンロ、貴方はカルラ君のところに戻って彼が目を覚ましたら全速力で連れてくるのよ!」
「しょ、承知しました!」
そうして、ビスタ達とポロンロは別れた。
「……さあて、それじゃあ昇っていきましょうか!」
ポロンロを見送り、ビスタは前方へと視線を向けた。
そこには突然の侵入者を対処しようと駆けつけたダンジョンの大量の魔物達。
ビスタ達は戦闘体勢に入るが、マガンタが彼女達の一歩前に出る。
「ここは俺に任せろ!」
「ちょっと正気!? 流石にこの数は……」
「フッ、俺を誰だと思っている? カルラに剣を教えたのはこの俺だぞ?」
僅かにビスタの方を振り向き、口元だけをさらした仮面の下からニヒルな笑みを見せるマガンタ。
そんな彼の言葉は、ビスタ達を説得するには十分すぎる力を持っていた。
「……死んだら承知しないわよ! カルラ君が!」
「わかっている! ……ロロ! ヨルン様をお任せしたぞ!」
「がってんだ!」
そうして、ポロンロに続きマガンタも離脱した。
ビスタ達は先を急ぎさらに上層へと向かっていく。
ダンジョンの管理者である女神が存在しないゆえか、道中出現する魔物は比較的少数でトラップが作動することもなかった。
難なくビスタ達は最上階1つ手前の階層へ到達する。
しかしそのときビスタ達の前に立ちはだかる障害。
「ヌッフフフ、やっぱり来たねえチミ達ィ!」
「!?」
その強敵の出現を前に一同は驚愕した。
それはかつてセントラルクの街を襲撃した賊の頭領。
身の丈の倍はある太刀を軽々と振り、圧倒的な戦闘力を誇る彼女の名はセルハナ・セッバーナ。
彼女のことは、アルルカ以外全員が知っていた。
「おはよう雑魚諸君! 残念ながら先には行かせないよ!
上では今頃ダディがヨルンをコロコロしているだろうからねぇ!
君達の相手はこのボキ! さあ、死にたい奴からかかってきな!」
切っ先を向けながらセルハナが吠える。
しかしビスタ達からしてみればこんなところで足止めをくらっている場合ではない。
なんとか隙を見て逃走を謀ろうとしたが、厳しいことに刺客はもう1人いた。
例に違わずそのもう1人も見覚えのある人物。
下手をすればセルハナよりもさらに厄介な強さを秘めた人物だった。
「こ、ここは私1人で……!」
そんな状況で、エミリアが動こうとした。
どう見ても無謀。
無事でいられる可能性は限りなく低い。
しかしエミリアは声が震えても逃げようとはしなかった。
今彼女の脳裏に過ったのはとある一人の幼馴染み。
彼ならばここで逃げない。皆のために、世界のために、例え一人だろうと勇猛に立ち向かうだろう。
ならば自分も覚悟を決める。胸を張って彼の隣を歩き続けるために、決して置いていかれないように。
そんな決意を胸に秘め、これまでと同じように己を奮い立たせた。
「お? なんだいなんだい! もしかしてリードヴィーケのご令嬢一人でやろうって言うのかい!
アッハハハハハ! 可笑しい可笑しい! 相変わらずだなチミはぁ!
前にも言ったよね!? 勇気と無謀をはき違えるなって!!」
そんなことを言いながら、もう待ちきれないといった様子でセルハナはエミリアに斬りかかった。
「……っ」
よみがえるあのときの光景。
圧倒的な強さを持ったセルハナ達を前に、セントラルクの仲間達が次々とその毒牙にかけられていく。
そんなことを思い出して、弓を構えるエミリアの腕が僅かに震える。反応が少し遅れる。
「……ったく、見てらんねーぜ」
そのとき、エミリアとセルハナの間を遮るように出現する炎の壁。
セルハナは野生の感を働かせ咄嗟に急後退して回避した。
しかし、その退避先にも待ち受けていたかように炎が地表から噴き出す。
それはセルハナの周囲を取り囲んでいて、彼女の動きを封じ込めてしまっていた。
「な、なんだぁ!? おい!これはチミがやったのか!?」
「そんなふうに見えるかい?」
セルハナはもう一人の仲間のほうに振り向き訊ねるが、その仲間もセルハナ同様炎に取り囲まれてしまっていた。
「だったら誰が……」
「ヒャハハハ!!! 俺だよ!!!」
そして、どこからともなくそんな悪役染みた笑い声と共に颯爽と現れたのは白い髪をしたエルフの少年だった。
「お、おまえは!」
その少年の姿を見て、セルハナは激しく驚く。
「……よう、借りを返しに来たぜ」
そんなセルハナを、少年は静かに睨んだ。
「リイン!? どうしてここに!?」
そしてエミリアはセルハナ以上に驚いて、背中を向ける少年の名を口にして叫んだ。
そう、彼の名はリイン。リイン・セントラルク。
カルラの双子の弟で、彼に瓜二つの顔立ちをしている炎魔法の使い手。
そのリインは、気だるそうにエミリアの質問に答える。
「ああ? 俺ァずっとコイツのことを追ってたんだよ。
他の連中の仇だ。落とし前はつけて貰わないとな?」
「そ、それじゃあ私も一緒に……」
「アホか、テメエがいたら足手まといだ」
「でも……」
「いいからさっさといけ」
退こうとしないエミリアに、リインはやはり気だるげな言葉を返す。
彼女を一瞥することもなく、ぷらぷらと手を振っては先を急ぐよう促した。
「……エミリア、行きましょう」
そしてリインの意思を汲んだビスタはエミリアの肩に手を置きそう言って、ほんの一瞬エミリアは考え込む。
「……リイン! 死んだらやだからね!?」
「……」
「絶対絶対! 負けないでよ!?」
「……」
「が、頑張っ……」
「……だぁぁぁぁぁぁ!!! くどいっ! いいから行け!!」
なんてやり取りをした後、エミリア達は上層へ繋がる階段をかけ上がっていく。
そんな彼女達の進行を止められなかったことにセルハナは厳しい顔をして当たり気味に仲間へ指示する。
「おい何してるんだよ! あいつら行っちゃうじゃないか! さっさとこの炎をどうにかしなよ!」
「はいはい」
仲間が指をパチンと鳴らす。
すると不思議なことに彼女らを取り囲んでいた炎があっという間に消えてしまった。
セルハナはその瞬間に駆け出してエミリア達の後を追おうとする。
しかし……
「おいおい行かせるわけねぇだろうがよ、テメエの相手はこの俺だ。……百火世界!!!」
リインが足元に魔力を撃ち込む。
すると辺り一面が炎の空間と化した。四方八方が赤熱した岩壁へと姿を変え、当然エミリア達のところへ向かう道は閉ざされてしまう。
「なに!?」
「クソ女、後を追うなら俺を倒してからにしなァ!」
「チッ……! だったらお望み通り八つ裂きにしてやるよ!
瞬間、セルハナは凄まじい瞬発力でリインに迫った。
それは端から見れば彼女らの間にあった空間が削り取られたかのよう。
このスピードと、巨大な太刀による圧倒的なリーチと破壊力。
それらを前に、リインは一度このセルハナという剣士に敗北している。
そしてまた、あのときと同じようにリインその速度には反応出来ずにいるように見受けられた。
「ニャハハハハハ! しかし君もバカだねェ! お仲間のために自分から犠牲になるなんてサァ!?
あのときみたいに尻尾巻いて逃げていればよかったものの、君もあの金髪エルフのように勇気と無謀をはき違えてしまったのかい!?」
なんてことを言いながらセルハナはさらに加速してリインに迫っていく。
するとリインはその場から動くことなく静かに口を開いた。
「……なあ知ってるか? 人が人を守れるのは何より自分が強いって思えるかららしいぜ」
「あ?」
「それで他人と繋がれるからこそ人は強くなれるんだとよ。……テメエはこの意味がわかるか?」
「知るか! やる気がないならそのまま死んじゃいな!」
セルハナは相手の目前に迫ったところで問答無用で太刀を振り上げる。
「まあ凡人にはわかんねえだろうな。 ……いくぜ」
瞬間、リインは一段表情を険しくして動き出した。
彼は半身になって左手の手の平を後方に向け、凝縮させた爆炎を放出する。
そのときに生じる衝撃と推力。それらを利用して逆に距離を詰め返す。
それだけじゃなく、唐突に狂った距離感に驚き反応が遅れたセルハナの顔面を空いていた右手で握り掴んだ。
こんなこと、以前のリインに出来る芸当ではない。
今のセルハナの動きも言うまでもなく驚異的に速い。しかしそれはかつてのカルラのものと比べると大したものではなかった。
以前カルラと正面から戦ったリインからすれば、対応出来ないはずもなかったのだ。
「!?」
予想外の行動に相手の動きが止まっている、その一瞬の隙を彼は突く。
リインは後方に向けていた手を自身の左側面に向け炎を再噴射させる。
するとリインと彼が顔を掴んでいたセルハナはその場で一回転した。
「なっ……!」
やはりセルハナは驚きの声を上げることしか出来ずにいた。
彼女は今、宙でリインにマウントポジションを取られている。
セルハナの顔を掴んだリインの右手に魔力がみなぎる。唸りを上げるように腕の周りで火花が弾ける。
「ま……」
「待たねーよ、クソ女」
轟く大火炎。
すさまじい火力を誇るその炎は、セルハナの頭部全てを煤にするには十分だった。
呆気なく最後を迎えたセルハナを見下ろし、リインは念のためと全身も焼き払う。
「……で、おまえもヤるのか?」
そうして、リインは黒い硝煙と灰塵が舞い散る先で静かに佇んでいたセルハナの仲間に視線を向けて問いかける。
「ああそうだな、残念ながら私に撤退するという命令は与えられていないものでね」
セルハナの仲間。リインのそれとよく似た白い髪の少女はそのように答えた。
「……?」
そんな少女の姿を改めて確認して、リインは妙な違和感を覚えていた。が、それが何なのかは彼にはわからない。
そんな彼の様子を面白く思ってか、少女は妖しい笑みを浮かべながらリインに問いかける。
「しかし見事な炎魔法だ。威力、精度、共に申し分ない」
「なんだ? 突然上から目線で評価してきやがって。
そういやさっき俺の炎を消しやがったな。まさかテメエも炎魔法の使い手か?」
「……ぷっ、あっはっはっ。 ああそうだね。私も炎魔法にはちょっとばかし自信がある。
……少なくとも、君よりかは扱いに長けているんじゃないかな? リイン・セントラルク君」
「……テメエは誰だ」
「おっとっと、これはすまない。 この前といい、どうにも名乗るのが遅れてしまうのが悪い癖となりつつあるよ。
……私はノエル、ノエル・セントラルク。初代セントラルク卿其の人さ」
満を持してノエルが自らの名を明かす。
セントラルク家のはじまり、その偉業と栄光の伝説と共に語り継がれてきた名を明かす。
自分達の先祖を前にして、誰がそれまでの調子でいられるだろう。
「ノエル、だと……?」
流石のリインも、例外ではなかった。なんとも間抜けな驚きの表情を見せる。
果たして彼に勝機はあるのだろうか?
ご覧頂きありがとうございました。