108. 強襲
ノエルが現れてから数日が経過した。
それ以降アベルは動きを見せないし街も平穏だということで、俺は精霊化の修得を目指してあれやこれやを試していた。
山に籠ってみたり、復興作業の手伝いをしたり、本を読んでみたりひたすらに食べてみたり……
自分だけの強みとやらを見つけるために、それはもう試行錯誤四苦八苦していた。
けれど、習得の兆しは未だ見えず。
そんなときに、師匠が少しだけヒントをくれた。
「ここ数日お前さん達の様子を見守っていたわけじゃが……」
「なんですか?」
「お前さんは、アホじゃな」
「え、なんですかいきなり……」
「答えを見つける手掛かりはいくつもあったと思うぞ?
思い出してみんか、仲間の窮地を、立ち上がるきっかけを与えたのは何なのか」
「いや、それは…… そんなことを言えば、私は師匠から何度も……」
「かぁーっ、甘い甘い、そんな考えではまだまだじゃ。
よいかカルラ? 人は生まれてきたときは何も持っていない。人と出会い、学び、己の糧とするのじゃ。
今のお前さんに足らんのは自信、そう自信じゃ。
今一度、己の過去を振り返り照らし合わせるのじゃ。そうすればきっと、過去の自分が今の自分を肯定してくれるはずじゃ」
「……はい」
なんてことを昨日師匠と話した。
そんな会話の内容からわかるとおり、実はというと少し答えを掴みかけているのではないかというのが現状だ。
その答えのヒントを教えてくれたのはやはりここ最近の出来事の数々。
リサやビスタ、それにエミリアも、皆同じようなことを言って俺を評価してくれたことがある。
それもちろん、マチューによる防御力や敏捷性のことではなくて……
気がつくまではまるで自覚が無かったが、もしかしたら俺にはそういう力があるのかもしれない。
もしそうなのだとしたら嬉しくは思う。
自惚れと取られるかもしれないが、俺は心の内でそんなことを思いながら自問自答の瞑想に励んでいた。
場所はハクバカの森、ここなら静かだし邪魔されることもないということで俺が選んだ。
同じく森の方にいるのは師匠とマガンタとロロ、あとアルルカ。
他の面々はセントラルクの街に残り復興作業に勤しんでくれている。
静かな森の中、精神を集中させ、自分だけの世界に没入する。
そうしてひたすらに自分を見つめ続け、過去の行いを振り返る。
それが根拠なき願望ではないことを自分自身に証明しようとしているのだ。
時間がない、急がねば。
そう自分に言い聞かせていたそのときに暗闇の中一筋の光が差し込んでくるような錯覚を覚える。
「これは……」
謎の光を放つ自身の体に目をやりながら俺は呟く。
「ついにやったか」
と、そのとき師匠が俺のもとへやって来た。
「……師匠」
「ギリギリ習得出来たようじゃな。〈精霊化〉の奥義を」
「そう、なんですかね? いまいち実感が……」
「そりゃ発動させんと変化は起きんわい。それよりカルラ、急いだほうがよいぞ、そろそろあやつが動き出しよる」
「まさか、アベルが……?」
そのとき、強烈に肌を突き刺すような邪悪な気配。
そして次の瞬間にロロが俺のところへやって来た。
「た、大変だよカルラ! ドゥームレイダーがたくさん森にやって来てる!」
そしてロロに続きポロンロまでやって来て、
「カルラ様! 今世界中が大変なことになっています!
禁忌の悪魔が世界中に現れて人や街を襲っているのです!!!」
なんてことを言ってくる。
とりあえず、俺は貸し与えられていた〈交信石〉を使ってビスタ達に連絡を取った。
「ビスタ、無事ですか?」
『ええ、あの魔物が何体か来たけどなんとか倒したところよ。いよいよアベルが動き出したのね』
「どうやらそのようです。しかもドゥームレイダーは世界中に出現しているらしくて……」
『一大事じゃない! いったいアベルは今どこに!?』
そんなことをビスタから聞かれ、通信を横で聞いていた師匠に目を向ける。
「……おそらく、オベリスクの頂上じゃろうな。
アベルはラウディラを蘇らせる儀式をはじめたに違いない。
……ともなれば、邪魔者が入ってこない場所で行うのが道理、この世界で最も適した場所となればそこ以外にはないじゃろ」
師匠は難しい顔をしながらそう意見した。
「でも、それと魔物の襲撃になんの関係が?」
「儂らの目を誤魔化すためか。あるいは、もっと別の何か……
少なくとも、なんの目的もないというわけはないじゃろうな」
『……わかった。それじゃあ私達はその儀式とやらを止めにいったほうがいいのかしら?』
「それでいいと思います。おそらくドゥームレイダーの殲滅に回ってもキリがないでしょう。それはもう各地の人々に任せるしかありません。
私達は私達の出来ることをしましょう。ポロンロに乗せてもらって一旦そちらに向かいます」
『……その様子だと奥義を会得したのね、いいわ、なるべく急いで、ね、カル、ラ君……』
そのとき、突然ビスタの声が淀む。アイテムの故障かと最初は疑ったがどうやら違った。
ドゥームレイダーよりもさらに強烈な邪悪な気配。
それは例にならって突如として俺達の目の前に現れる。
「……ごきげんよう精霊使い諸君」
それは間違いなくアベル本人だった。
「そんな、儀式をしているという予想は外れ……?」
「うん? 老師ヨルンはそこまで見抜いていたか。
安心しろ銀精剣、儀式は今現在も進められているよ。アレは、今のところ術者が付きっきりにならないといけないというわけでもないのでね」
俺の言葉に、アベルは余裕の笑みをもって返してくる。
「……それで? いったいワシらになんの用じゃ?」
「そうだな、簡潔に言えばおまえを特等席に招待しに来た」
「招待じゃと?」
「世界が恐怖と絶望に支配される光景、かつて命懸けで倒した宿敵が目の前で復活する光景。
老師ヨルン、私はおまえにそんな光景を見せたいのだよ」
「……ワシに不死の呪いをかけたのはこのときのためか?」
「そうだとも。私はこのときをずっと待ち望んでいた。
単に殺すだけじゃまだ足りない。おまえには後悔と失念に苦しむ姿を見せてもらってから死んでもらう」
俺とマガンタは差し置いて、アベルと師匠は静かな闘志の炎を燃やしていた。そこで俺はたまらず口を挟む。
「そうはさせませんよ! 貴方は私がここで討つ!」
声を大きくしてそう言うと、鬱陶しげな表情を見せながらアベルがこちらを一瞥。
「いきがるなよ銀精剣。 君のことなんざどうだっていい。私はヨルン以外に用はないんだ」
「知ったことか!」
相手の言葉を無視して、俺は予備の剣で斬りかかった。
「フン」
だが、その動きをまるで見透かしていたかのように、アベルの手のひらから放たれる黒い障気。
「なっ…… こ、これは……?」
それ自体にダメージは無いが、受けた俺の体は動けなくなってしまっていた。
「〈第六波〉、受けた者はもれなく深い眠りにつき永遠の時間を悪夢の中で過ごすことになる。
……これで煩い奴が大人しくなった。さあヨルン、私に着いてきてもらおうか」
「ヨルン様!」
「……マガンタ、お前さんはスターバードに乗せてもらってセントラルクへ向かいなさい。
そしてあの子らとオベリスクの頂上まで来て時間を稼ぐのじゃ。カルラが目覚めるまでに、な」
「し、しかし!」
「二度も言わせるな! ……なに、ワシとて死ぬつもりはない。
弟子達の成長を見届けんで何が師匠か。ワシはオベリスクで待っておる。だから、はやく」
「……わかりました」
倒れ伏せ、朦朧とする意識の中、師匠はアベルと共に姿を消して、マガンタとロロはポロンロに乗って空へと飛び立った。
嗚呼……
嗚呼……
俺はまた、こんな肝心なときに何も出来ないのか。
これじゃあカイゼルのときと何ら変わらない。
皆を守る。そう決めたはずなのにな……
そんな想いを胸の内に抱きながらも、抵抗むなしく俺の意識は深い闇へと誘われた。
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