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107. ご先祖様はお見通し


 炎で囲まれ、事実上住民達が人質に取られたこの状況。

 そんな状況のもとで、目の前にいるエルフの少女ノエル・セントラルクはセントラルク家に伝わる剣を要求してきた。

 

 いったいどうして彼女があの剣を欲しがるのか、それは俺にはわからない。

 まあ、元々彼女の所有物ではあるし思い入れがあるのかもしれない。

 

 しかし、だ。彼女は本来この世にいるはずがない存在。遠い遠い大昔に亡くなり、この現代にアベルの手で蘇った存在だ。

 

 今、彼女は誰の意志で動いているのか?

 

 もしかしたらアベルの命令で動いているのかもしれない。

 本人にそのつもりがなくても無理矢理操られている可能性は十分にある。

 

 それになにより、こんなふうに住民達を危険に冒して脅すような行為を俺は認めるわけにはいかない。

 

 つまり、今目の前にいる少女は俺達の敵。ご先祖様だからと安易に要求を受け入れるわけにはいかないということだ。

 

 

 「……」

 

 「どうした? 知っているのか? 知らないのか? はやく答えてくれないとここにいる住民達がひどい火傷を負ってしまうかもしれないぞ?」

 

 まるで試すようにそんなことを言ってくるノエル。まるで俺が所持していることを確信していかのような物言いだ。

 

 そんな非常に危険な状況ではあるが、しかし俺は質問に答えずその言葉に対して強気の姿勢で返した。

 

 

 「精霊術って知ってます?」

 

 「精霊術? ああ、確か精霊使いだとかいう連中が使う奇怪な術のことだったか?

 精霊達の加護を受けることが出来るとかなんとか……」

 

 「だいたい合っています。実は私はその精霊使いなんですけれども、例えば炎の精霊〈閼國〉の力を借りれば貴方の炎を無力化することが出来ます。何が言いたいか、わかりますね?」

 

 〈閼國〉の精霊符を見せつけながら俺はそう言った。

 

 それはつまり人質が人質として機能していないということ。

 おまえの脅しには乗らないということだ。

 

 「……」

 

 ノエルはそれを聞いて少しだけ真剣な表情に切り替わる。

 

 しばしの間俺達は睨みあった。先に動き出したのはノエル。

 彼女は堪えていたものを吐き出すかのようにクククと小さく笑いだす。

 

 「ククク…… あっはっはっは…… いいねカルラ、大変肝が据わっているじゃないか。

 それだけ堂々とポーカーフェイスで迫られたら誰だって乗せられてしまうところだ。君、案外芸人に向いているかもしれないよ?」

 

 「……」

 

 俺は敢えて取り合わず相手の言葉の続きを待った。

 

 「今だって眉間の一つも動いていない。全く大したものだよ。

 ……けれど、それじゃあ私は騙せない。一つ聞くが、君の精霊術とやらはどこまで炎に対抗出来るのかな?」

 

 「どういう意味ですか?」

 

 「……例えば」

 

 ノエルは得意気に笑みを浮かべて指を鳴らした。

 すると俺達を取り囲んでいた炎が今よりも一段激しく燃え出した。心なしか温度も上がったような気がする。

 

 住民達が悲鳴を上げる、それを見てノエルが一言。

 

 

 「こう言った具合だ。……まだ続けるかい?」

 

 

 それは降参を促すものだった。お望みならばまだまだ火力を上げられるぞと息巻いているようにも見える。

 

 

 「そうはいくか!」

 

 そう言って相手の背後に回ったのは俺達の中で最も敏捷性に長けたリサだった。

 

 彼女はその鋭い爪で必殺の一撃を繰り出そうとする。

 

 しかし……

 

 「ぐあっ!?」

 

 ノエルはそれを一瞥することもなく地表から火柱を上げてリサを攻撃した。

 加減をしたのか、ダメージ自体は然程でもなさそうだ。

 

 「なら私が!」

 

 エミリアはその間に矢を構え放とうとする。

しかしこれも矢じりがドロドロに溶けだして失敗に終わってしまう。

 

 「そ、そんなぁ……」

 

 その場でへなへなと力を失うエミリア。

 

 その圧倒的な実力を前にして、俺とビスタはそれ以上の抵抗をすることをやめた。

 

 どうやったって、相手の方が一枚上手であることは明白だ。

 

 

 「貴方の探している剣とはこれのことですか?」

 

 そうして俺は実質的な降服宣言としてその剣を亜空間から取り出した。

 

 

 「おおっ、そうだそうだ。それに間違いない」

 

 

 その剣を前にして、ノエルは少しだけ目を見開き子供のような無邪気な表情を見せる。

 

 俺はそんな彼女の様子を気にすることもなく投げ渡す。

 

 「うーん、やはり私にはこの愛剣がないといかん。子孫達も言いつけを守って手入れを欠かしていなかったようだな。よしよし」

 

 抜き身にして、刀身をじっと確認して小さく呟くノエル。

 そのときにはもう、俺達を取り囲んでいた炎は完全に消え失せていた。

 

 

 「うん、それじゃあ私はこれで失礼するよ」

 

 ノエルは余裕の表情でおもむろに踵を返し立ち去ろうとする。

 

 「待ってください、貴方は今アベルと共に行動しているのですか?」

 

 「アベル? ああ、悪逆大魔のことか。ふむ、そうだな。

 ここだけの話、私は今アイツに操られている。今日ここへ来たのは君達の様子を見てこいというアイツの命令。剣はそのついでさ」

 


 俺の質問に、そんなことを淡々と答えるノエル。

 やはり師匠の予想は当たっていた。

 

 しかしこれは非常にまずい。

 

 アベルに加えて初代セントラルク卿程の大物が相手に回るなんて厄介な状況になってしまった。

 いや、もしかすれば彼女並みの強者を各地で蘇生させている可能性も十分にありうる。

 

 

 「それじゃあカルラ、もしかしなくてもまた近い内に会うことだろう。

 ……そのときまでには力をつけておけよ? 言っておくが次は手加減無しの本気で君達と戦うことになる。 アベル次第では、この街に襲撃をかけることだってあるだろう。

 そのときに民を守れるのは君達だけだ。どうかご先祖様の手を汚させないでくれ」

 

 「……」

 

 「おっとっと、言葉が悪かったかな? これでも今のは先人からのエールのつもりだったんだ。だからそんなふうに思い詰めたような顔をしないでくれ。

 ……頑張れカルラ、君なら大丈夫。小鳥が羽撃くときはそう遠くない」

 

 

 ノエルは最後にこちらに近づいてきて、子供をあやすかのように頭を撫でてきた。

 

 そしてとうとう、グッバイと言っては立ち去った。

 彼女はとんでもなく軽い身のこなしで森の中へと消えていく。

 

 

 俺達はその様子を見届けた後、父に報告しようと屋敷に戻る。

 

 まず第一に剣が盗まれたことを謝罪したが、民の安全が第一だと咎められることはなかった。

 

 やはり父は人格者だ。息子としても誇らしい。

 

 ただ……

 

 「私もノエル様にお会いしたかった! よしよしされたかったされたかった!! カルラばかりズルいズルい!」

 

 まるで子供のように駄々をこねる父。あまりの痛々しさに皆一様にして目をそらす。無論、俺も。

 

 ああもうほんとこの人は……

 

 こういうところさえ無ければ、もっと素直に尊敬出来るんだけどなぁ……

ご覧頂きありがとうございました。

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