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106. 炎の曲芸士


 昨日の疲労が残る、少し気だるさを感じた朝の目覚め。

 

 「うう~ん……」

 

 

 そのとき感じたのは太陽の光でもなく澄んだ冬の空気でもなく、冬だというのにやけに汗ばんだ肌着が吸い付く感覚。

 

 そして、何かが俺の下半身にまとわりつくような違和感。

 

 

 ハッとなって布団を剥がすと、そこにはなぜか無垢な寝顔を浮かべるアルルカがいた。

 

 彼女は俺の脚に抱きついていて、俺のナイーブな部分に顔をうずめかけている。

 

 

 「ああ!?」

 

 

 たまらず俺は怒号を上げてアルルカを放り出そうとする。

 

 エミリアのときとはワケが違うのだ。

 

 俺はこの無能女神のいい加減な仕事によって人生を狂わされている。

 それも受け入れた今となっては特別コイツを恨んだり責め立てたりはしないものの、やはり思うところがないわけがない。

 

 ゆえに端から見れば美味しいシチュエーションだとしても、俺の中は嫌悪感で満たされていた。

 

 俺は力ずくでアルルカを引き離そうとする。だがこの元女神はどういうわけか人間離れした腕力を持っていて、俺がどれだけ力を込めてもビクともしなかった。

 

 そうこうしていると、いよいよお目覚めになったようで。

 

 「ん…… カルラ、おはよう」

 

 なんてことを、状況のおかしさを疑おうともせずに言ってくる。

 

 「おはようじゃないんですよ! なんか寝苦しいなと思っていたら貴方のせいですか! 離れて! そしてはやくこの部屋から出ていってください!」

 

 俺は怒りと嫌悪感を包み隠すことなく叫ぶ。

 

 「いじわるしないで……」

 

 するとアルルカは少しだけ泣きそうな顔をする。しかし、その儚げな表情と俺の脚を絞める力の強さが全く一致していない。

 

 「いや、もう…… さっきからあたっているんですよ……!」

 

 「……朝だから、仕方ない」

 

 「だぁぁぁぁぁぁぁ!!?!? なに言ってるんですか貴方は!?」

 

 「なにって、ナニ……」

 

 

 ああもうやだ。ほんとやだ。どうしてこんな奴が俺達の世界の神なんだ。

 

 下品というか、節操がないというか……

 

 そういえばこいつは再会早々に俺の唇を奪って来たんだっけか……

 

 それだけじゃない。実のところコイツはことあるごとに俺にへばりついてきてずっと鬱陶しかったんだ。

 


 てか、唇……

 

 唇……?


 

 そのとき、俺は昨夜の出来事を思い出した。

 

 ああそうだ、そうだった。

 

 

 俺は、昨日、ビスタと……

 

 

 

 って、ヤバイヤバイヤバイ。乙女が如く唇に手を当てて想いふけている場合じゃない。

 

 もしこんなところをビスタに見られたら間違いなく半殺しだ。幻滅されること間違いなしだ。

 

 俺はこのキス魔と違って節操ある行動を心掛けているんだ。ビスタ一筋、目移りダメ絶対。

 

 ともなれば、なんとかしてコイツを引き剥がさなければ。

 

 「こら! もう大人しくしてください!」

 

 俺はいよいよ相手が女の子だからという遠慮も無くしてアルルカの頭を掴んで押し退けようとする。

 

 「んーん! やーだ!」

 

 アルルカは子供のように駄々を捏ねて抵抗してくる。

 

 

 端から見れば俺がコイツをいじめているように見えるのかもしれない。

 もしかすれば、奴の顔面と俺のアレの位置の関係から俺がそういうことを強要しようとしているようにも見えるだろう。

 

 例えばこの部屋を入ったところの角度から見れば一発アウトだ。

 

 まっ、そんなピンポイントで誰かが来るわけないけどな。

 

 そんな呑気な考えでいると、ノックもなく開けられる扉。

 

 「どうしたのカルラ君、朝からそんなに騒い……」

 

 

 偶然って、必然なんだね。

 

 

 

 「あっ! いやビスタ! これは違うんですよ!?」

 

 蔑む目にたじろぐことなく、俺は誤解を解こうと必死に弁明しようとした。

 

 「違うってなにが……? 私にはカルラ君が記憶を失ってなにもわからない女の子に酷いことをしているように見えるのだけれど?」

 

 「逆ですよ逆! アルルカが私を襲おうとしているんです! 私はそんな不誠実な男では……」

 

 「……大きくなった」

 

 そのとき、俺の固い意思に反して俺のソレが固く反る。

 

 それをアルルカは服越しに超至近距離からまじまじと見つめて、必要のない状況報告を口にした。

 

 ビスタは握る拳を震わせている。

 

 「えっと、これは……」

 

 「……バカ!」

 

 そうして俺の言い訳を聞く前に部屋を飛び出していく。昨日の今日で、なんとばつの悪い……

 

 いやでもさ、好きな女の子がいたら反応しちゃうもんじゃない? 俺、なんも悪くなくない?

 

 

 「……元気出してカルラ」

 

 「十分元気なんですよねえッッッッ!!!」

 

 

 やけくそ気味に俺は叫ぶ。それは嘆いていると言い替えてもおかしくはなくて……

 そのときにはもう、相も変わらずべったり抱きつくアルルカをどうこうしようとする気は失せてしまっていた。

 

 

 

 それから身支度を整え自室を後にし、腕を組んでくるアルルカと格闘しながら居間に降りる。

 

 すると、不機嫌そうなビスタと怪訝にこちらに視線を向けるリサ。

 きっとあらぬ疑いが俺にかけられているのだろう。是非とも挽回したいところだが、こうもアルルカにまとわりつかれていると説得力に欠けることは俺にだってわかる。

 

 

 「カルラ、おはよう」

 

 もうこれ以上朝から揉め事は勘弁だと。俺はため息をついて母のところへ向かう。

 助けを求め…… たわけではない。普通に朝の挨拶をしようとしただけだ。

 

 以前とは打って変わって、母の状態もだいぶ良くなったようだ。顔色もいいし、痩せこけていた頬も幾分か肉がついた。

 

 そんな母と互いに挨拶を交わして、俺が居間へ戻ろうとしたそのとき、母が突然こんなことを言い出した。

 

 「そういえばカルラ、ここだけの話本命はどの子なの?」

 

 「……はい?」

 

 「貴方も年頃なのだし、まさか意識しないわけじゃないでしょう? お母さんに教えなさいよ」

 

 らしくもなく目を輝かせる母。

 

 うちの息子にもついに春が、なんて言いたげな表情だ。

 

 「少なくとも、彼女のことは何とも思っていません、よっ!」

 

 「あぅっ」

 

 俺は言いながら抱きついてくるアルルカの眉間を指で小突いた。

 アルルカは短い声を上げるが懲りずにまたひっついてくる。

 

 そうして、今日一日の行動を相談しようとビスタ達のところへ戻ったそのときだった。

 

 

 「ちょっ…… みんな大変大変っ!」

 

 玄関から続く扉を勢いよく開けて入ってくるエミリア。

 

 「どうしたのですか?」

 

 俺は息を切らす彼女の側に寄って事情を訊ねた。

 

 

 「ま、街に変な人が…… とにかく来て!」

 

 

 有無を言わせずエミリアが俺の手を引く。

 

 まだ朝食もとっていない。

 

 朝からトラブル続きで、俺は重いため息をついた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 そうして街に出てみると、聖火台のある広場になぜか異様に人が集まっていた。

 

 人混みを掻き分け、その集団の中央に出る。

 

 

 そこにいたのは、ミステリアスな雰囲気を醸し出した白髪の少女。

 

 「さあどんどんいくよ。次はこの子猫さんに頑張ってもらおうか」

 

 少女が起伏のない声音でそう言うと、彼女の手の平の上に猫の形をした炎が出現する。

 

 それはまるで生きているかのよう。仕草、動き、何もかもが愛らしい子猫そのものだ。

 

 「にゃーお、にゃーお」

 

 そして、彼女自身が口を手で隠してそんな声を発する。

 所詮声真似でしかないが、そのクオリティはおそろしく高い。

 

 見物している集団の内、幼い子供なんかは完全に騙されてしまっている。

 

 そうして、少女は子猫とは別に自身から少し離れた場所に輪っかの形をした炎を出現させた。

 

 どういう原理かはまるでわからないが、その火の輪は完全に宙に浮いている。

 

 「可愛い子猫さん一世一代の大舞台。見事この火の輪を潜れましたら御喝采」

 

 さ、いっておいで、と。少女は子猫を乗せた手をそっと火の輪の方へ差し向けた。

 

 そのタイミングにあわせて子猫が大きく跳ぶ。

 

 そして、輪を潜ろうとしたその瞬間。

 

 

 

 「ガァァァァ!!!」

 

 

 

 驚くことに、子猫は獰猛な虎へと姿を変えて気高い咆哮を轟かせた。

 

 大虎はそのまま火の輪から飛び出していき、危うく観衆とぶつかるかのように思えたが、少女がパチンと指を鳴らすと瞬く間にその姿を消した。

 

 皆が呆然としている中、少女は静かにお辞儀をする。

 

 すると、観衆の中から聞こえ出すまばらな拍手の音。

 それはたちまち全体へと広がっていき、その場を取り巻く大きな喝采へと変わっていった。

 

 「わーすごいすごい!」

 

 横にいたロロも拍手しながらはしゃいでいる。

 

 つまりこれは炎の魔法を使った曲芸、ということなのだろう。

 大変素晴らしいもの見せてもらったわけだが、彼女の正体が少し気になるところではある。

 一見簡単なことをしているように見えるが、あんなふうに炎を安定して発現、維持、さらには操作させるなんて、並みの魔導師には出来ない芸当だ。

 

 少女は汗一つかかない涼しい顔をしながら観衆に手を振っている。まるで魔力の消費を感じさせない。

 

 才に富んだリインですら、こう簡単にはいかないだろう。

 

 

 そんなふうに俺が疑うように少女を観察していたそのとき。

 少女はこちらに気がついたのかちらりと俺に視線を向け妖艶に笑った。

 

 不意に目が合ってしまい、俺は反射的に目を伏せる。

 

 なんというか、不思議な感じだ。俺はあの少女のことを今知ったはずなのに、なぜだか妙な親しみを覚えてしまっている。

 

 どこか深いところで彼女との繋がりがあるような、そんな錯覚を覚えてしまっている。

 

 

 というか、彼女は何用でこの街を訪れたのだろう。

 絶賛復興途中の、雪以外には何にもないこんな辺境に。

 

 疑問に思い、俺は少女に近づき話しかける。

 

 「素晴らしい芸でした。お見受けしたところ、貴方は旅芸人の方ですか?」

 

 「ん? ああ、昔はそんなこともしていたかな。人が喜んでいるところを見るのが好きでね。……ところで君は?」

 

 「これは失礼、申し遅れました。私はカルラ・セントラルクといいます。この街の領主シャーディー・セントラルクの長子です」

 

 「ほほう、これはこれは失礼した。私はノエルという者だ。以後お見知りおきを」

 

 どこかで聞き覚えのある少女の名。思い出そうとするがどうにも浮かんできはしない。

 

 少女は自らの名を口にしながら握手を求めて手を差し出してくる。

 俺はその手を取る前に、一つだけ少女に質問した。

 

 

 「……ところで貴方はこのセントラルクの街にはどのような御入り用で?」

 

 「おや、案外しっかりしているんだね。若いのに大したものだ。

 見たところ回りにいる女の子達は君の許嫁かい? それとももっと進んだ関係なのかな?」

 

 俺の質問に答えず、少女はケラケラと猫のような笑みを浮かべて話をはぐらかした。

 

 「……質問には答えてくれないということですか? そういうことなら、貴方を歓迎するわけにはいかなくなるのですけれど」

 

 俺は語気を強める。しかしノエルはくだけた態度を崩そうとはしない。

 

 

 「おやおや、子供が見ているぞ? 何もそんな険しい顔をすることはないだろう」

 

 「誰のせいだと……」

 

 

 俺がそう言いかけたとき、突如として周囲に起きる異変。

 

 俺達を取り囲む集団の外側に、円形の炎の壁が出現したのだ。

 状況を整理するまでもなく俺達は逃げ道を炎に阻まれていた。これも芸の一つと言うには流石に無理があるだろう。

 

 エルフと魔族の観衆達は、突然の出来事に混乱し動揺している。

 彼らのことはエミリアとビスタに任せて、俺は不敵な笑みを浮かべる目の前の少女に集中した。

 

 

 「……いったいどういうつもりですか?」

 

 「私はね、とある剣を探し求めてここに来たんだよ」

 

 「剣?」

 

 「そうそう、ちょうどこれくらいの刃渡りの…… いわゆるレイピアと呼ばれる分類に入るかな? セントラルクの人間である君なら、何かわかるんじゃないか?」

 

 ノエルが腕を広げてその剣の大きさを見せてくる。

 

 俺はすぐにピンと来た。

 

 どうやら彼女が探している剣とは今俺が所持しているものに間違いないようだ。

 

 しかしどうしてその剣の存在を知っている?

あれはせいぜいセントラルクの者しか知らないはずだが……

 

 先程の炎魔法といい、妙に親しみを覚えたあの感じといい……

 

 それに、ノエルというこの少女の名……


 

 「まさか貴方はセントラルク家初代当主、ノエル・セントラルク、様ですか?」

 

 「ええっ!?」

 

 

 脳裏を過るその少女の正体を、俺はそのまま口にした。

 驚きの声を上げたのは炎に動揺する住民達を必死におさめようとしていたエミリア。 

 

 

 「……あららバレてしまったか。いかにも、私がノエル・セントラルク。

 会えて嬉しいよカルラ、我が血を引く末裔よ」

 

 特に焦ることもなく、少女は淡々と白状した。

 しかしまだ気になることが一つ。伝聞によればノエルこと初代セントラルク卿は享年54歳と聞いていたのだが、目の前にいる少女は俺と同世代か下手をすれば年下に見えてしまうくらい幼い顔立ちと身体をしている。

 

 というか、そもそも女性だったことが驚きだ。

 

 まあ、そんな些細なことを気にしたって仕方がない。彼女がこの世に蘇った初代セントラルク卿であることに間違いはないだろうから。

 

 「……っ」

 

 まさかの大物の登場に、俺達の中に緊張が走る。

 いつかは現れると思っていたが、まさかこんなタイミングだったとはな。

ご覧頂きありがとうございました。

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