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104. 誓いの夜に


 「カルラ、非常に言いづらいんだがその花ビスタリアの花じゃなかったぞ」

 

 そんなことをリサから言われたのは、あれから少し時間が経って彼女が分厚い図鑑を抱え戻ってきた時のことだ。

 

 「……まじすか」

 

 「マジだ。どうにも匂いが違うなと思ったんだ。これを見てくれ」

 

 リサはそう言って抱えていた図鑑を机に拡げる。

 

 そこには俺が持ってきた花そっくりの白い花の絵が描かれているわけだが……

 

 「えと、なんて書いてあるんですかコレ」

 

 魔族の文字が読めないので俺は素直に答えを聞いた。するとリサがそこに書かれているであろう内容を読み上げる。

 

 「イリファンスの花、見た目はビスタリアの花に酷似しているが匂いに僅かな差異あり。

 また、ビスタリアの花と比べるとその希少性は然程でもなく、一年中どこにでも生えているごくありふれた花」

 

 「oh……」

 

 「だーから言ったんだよ、素人が見つけられるもんじゃないって」

 

 「ですね…… すみませんビスタ。せっかく喜んでくれたのに……」

 

 横にいたビスタに俺は謝った。

 

 きっと、心底俺に呆れているに違いないと思ってまともに顔を見ることが出来ない。

 

 しかし、ビスタが俺に告げた言葉は意外なもの。

 

 「どうして謝るの? 私はカルラ君の気持ちが嬉しかったの。花が本物かどうかなんて関係ないわ」

 

 「ビスタ……」

 

 彼女は得意気に笑みを浮かべてそう言った。

 

 そう言ってくれると少しだけ救われた気持ちになるが、やはり本物を持ってきたかったというのが男心というものか。

 

 「しっかし、よりにもよってイリファンスの花か…… こいつもしかして狙ってやってるのか……?」

 

 なんてことを、誰に言うわけでもなく独り言としてぼそりと呟くリサ。

 

 どういう意味だと問い質そうとする前にビスタが口を開いた。

 

 「……ねえカルラ君。連れていってほしいところがあるのだけれど」

 

 「連れていってほしいところ? ええ、別に構いませんけど……」

 

 少し困惑してリサに目線を送ると彼女は何も言わずに頷く。

 

 だから俺は、そのビスタの誘いを内容も確認せず了承することにした。


 

 そうして、俺達二人は真冬の夜に繰り出したのだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 数時間後、ビスタの案内のもとポロンロに乗せてもらって俺達が辿り着いたのはドランジスタのとある谷の奥地。

 

 魔族達の間では王家のと呼ばれている場所で、サードゲートは代々死後この地に埋葬されるのだという。

 

 そこは日の光りもほとんど届かない、暗くて冷えた空気の漂う空間。まるで洞窟の奥深くに迷い込んでしまったかのような錯覚を覚える。

 

 そんな感想を思いながらビスタが灯す魔法の光を頼りに進んでいく。

 人間達が侵入した形跡はない。そもそも人が立ち入るような場所ではないしそれも当然か。

 

 「……ここにビスタのお母様がいるんですね。でもいいんですか? 私なんかがこんなところに着いてきて……」

 

 「本当はダメなんだけど、でも、どうしても今けじめをつけたくて、お母様にお別れを言いたくて……

 一人じゃ心細いけど、カルラ君が一緒にいてくれると出来そうな気がするの」

 

 俺の質問に、ビスタはそんなふうに答えた。

 

 その真意はなんとも読みがたいところではあるが、俺は深くは考えずビスタに着いていく。

 

 そうすると、こんな辺境には似ても似つかわしくないとても大掛かりな石墓の姿が現れた。

 

 それを見た瞬間、ビスタはひとりでに立ち止まってしまう。

 きっと自分のなかで"躊躇い"と戦っているのだろう。弱い自分との間で葛藤しているのだろう。

 

 俺はそんな彼女の肩を優しく擦って、亜空間から花束を取り出し彼女の華奢な手にそっと握らせた。

 それはもちろんビスタリアの花ではない。俺が間違えて採ってきてしまったイリファンスの花なわけだが、ビスタがこれがいいと譲らないので供え用として持ってきた。

 

 「……いきましょう」

 「……うん」

 

 

 涙混じりの声で返事をして、鼻を啜らせながらビスタが献花台に花を置く。

 

 そして静かに、あくまでも自分のペースで、ゆっくりとしゃがんで手を合わせた。

 

 俺はその間彼女の背中を見守る。

 

 最初は静かなものだった。けれど、時間が経つにつれて彼女は肩を震わせはじめた。

 母との記憶を想起しながら、その思い出達1つ1つにお別れを告げているのだろう。

 

 それは確かめるまでもなく悲しいことで、聞くまでもなく辛いことで……


 その光景はとても見ていられたものではないが、俺には見届ける役割がある。

 

 ビスタが思い残すことなく立ち上がれるように、彼女の哀しみを少しでも分かち合えるように、俺は目をそらすことなく見届けなければならないんだ。

 

 そうして数分後、ビスタは静かに立ち上がった。

 

 「……もう大丈夫、ありがとうカルラ君」

 

 「お役に立てたならなによりです。……ハンカチ使いますか?」

 

 「うん……」

 

 そっと差し出して、ビスタがそれを受けとる。

 

 

 「……お母様とは、どんな話をされたのですか?」

 

 「魔族のためにこれからも頑張るって伝えたわ。これから幸せになるとも。

 ……きっと、きっとお母様も笑ってくれていると思う」

 

 「笑っていますよ。自分の娘がこんなに立派に頑張っているのだから」

 

 「……ありがとう」

 

 少しだけ笑みを浮かべてビスタが言う。

 

 そんな彼女の、少しだけ前向きになれたように見えるのを確認して俺は伝える。

 

 

 「……ビスタ」

 

 「なに?」

 

 「次は、ビスタリアの花を供えに来ましょう」

 

 「……うん」

 

 

 それは一つの誓いだ。必ず魔族達の平和を取り戻してみせるという誓い。亡くなった者達の犠牲を無駄にはしないという誓い。

 

 

 そして、ビスタを人間達の好きにはさせないという、守り抜いてみせるという誓い。

 

 

 そんな誓いを、俺は言葉の裏に潜ませた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 そうしてまたもポロンロに乗ってセントラルクへと戻っていたとき、俺達は暗い雰囲気を避けようと他愛もない会話を交わしていた。

 

  

 夜空に浮かぶ月を見てビスタが言う。

 

 

 「綺麗ね、見事な満月だわ」

 

 「そうですね、地上からよりも大きく見えます」

 

 

 ポロンロの上に乗るのは向かい風が難儀なわけだが。

 何度も乗っている内に風の精霊術で相殺出来ることに気がついた。おかげで最初からは想像も出来ないほどに緩やかな空気の流れていて、会話をするくらいの余裕は確保できていた。

 

 こんなことをしていると、屋敷でのことを思い出す。

 

 俺はやはり彼女のことを、いわゆる異性として好いているのだろうか。

 

 いったいいつから? ……いや、最初からか。

 

 ダンジョンの奥地で彼女に出会って、幻想的な光景の何よりも美しかった彼女に見惚れて、そして、それが好意と気づかないままこんなところまで来てしまった。

 

 自分の心に正直になんて心掛けていても、こういうところはまだまだか。

 

 てか、もしかして……

 

 もしかして、今ってものすごく良いムードだったりするのか?

 

 いや、疑問が介入する余地なんてない。これほどまでにロマンチックな状況が他にあるか。

 

 行くしかない。告白するなら今しかない。

 

 

 そうは思うが、今のビスタの心情を想うととてもそんな気にはなれなかった。

 きっと彼女の心の内の傷はまだ癒えきれていないだろう。

 

 自覚しても今はそのときじゃない。自分一人舞い上がっていても仕方がないんだ。

 

 

 だから、戦いが終わったら想いを伝えよう……

 

 

 「……ねえカルラ君」

 

 「な、なんですかビスタ」

 

 「私ね、お母様を亡くしてしまったのは悲しいけれど、城の中の門をくぐったことは後悔してないの」

 

 「……それは、どうして?」

 

 「それは、カルラ君と出会えたから。カルラ君がいてくれるから、こんな自分の人生にも、あのとき逃げたことにも意味があるのかなって思えるの」

 

 「そんな、大げさな……」

 

 「大げさなんかじゃないわ、本当にカルラ君に会えてよかった」

 

 照れ臭いあまり俺は誤魔化そうとするが、それを彼女自身が拒むように念を押してくる。

 

 少しの間の静寂。

 

 それで俺は観念して、意を決して自分も同じであることを告げた。

 

 「私もビスタと出会えて良かったと思っています。

 5年もの時間を修行に費やし、何のためにこんなことをしているんだと何度も自問自答していました。

 けれど、あのダンジョンで貴方を守ったときに思ったんです。自分が力をつけたのは、きっとこのときのためなのだろうなって。

 ……まあ、今は無力なただのエルフですけど」

 

 俺は皮肉混じりにそう言った。

 

 「そんなことないわ、貴方が側にいてくれるだけで私は力が湧いてくる。

 私だけじゃない、リサやエミリア、魔族達だってきっとそうよ」

 

 「買い被りでは?」

 

 「もう、またそうやって誤魔化そうとする。もっと自分に自信を持ったっていいのに」

 

 「そう言われても……」

 

 そう言われても、自分が今は無力な存在であることに変わりはない。

 ビスタを守ることも、人間達と戦うこともままならないことに変わりはないのだ。

 

 はやく、精霊化を修得しなければ……

 

 いつのまにかそんなことを頭の中で考えていて、ビスタとの会話が途中で途切れていたことに気がつく。

 

 彼女の方を見てみると、ビスタはじっと俺の方を見ていた。

 

 「……いま、何を考えていたの?」

 

 「な、なにって、大したことじゃありませんよ……」

 

 「……ふぅん」

 

 ビスタは疑うような視線をこちらに向けてくる。俺はたまらず話題を変えて窮地を脱しようと試みた。

 

 「に、にしてもビスタのお母さんはいいセンスしていますよね!」

 

 「えっ?」

 

 「あ、いや、変な意味じゃないですよ? ただ、自分の娘に好きな花の名前をつけるだなんて、なんというか、ロマンがあっていいでなあって」

 

 苦し紛れに俺はそんなことを言った。もちろん世辞ではない本音ではあるのだが、自分でも状況に合わない不自然なことを言っている自覚がある。

 

 だけど、なぜかビスタは動揺する俺をツッコもうとはせず。

 

 「……」

 

 口をポカンと半開きにしたまま、顔を赤くして硬直してしまった。

 

 「ちょ、ビスタ!? いったいどうしたんてすか!?」

 

 俺は驚き彼女を正気に戻そうと呼び掛けた。

 

 ビスタはすぐに我に返って、首を激しく横に振り落ち着きを取り戻す。

 

 だが、返す彼女の言葉にはまだ動揺の色が見え隠れしている。

 

 「だ、だってカルラ君が突然変なこと言うから……」

 

 「あ、いや…… 確かに唐突だったかもしれませんけど、そんなビスタが恥ずかしくなるようなことは……」

 

 「言ってるの! カルラ君のバカ!」

 

 「え、えぇ……」

 

 いったい彼女の中でなにがあったというのだろうか。

 彼女の名前を褒めることに、何か重要な意味でもあったか?

 

 そんなことを思っていると、数分間の間が空いた。

 俺が何か話さないとと思考を巡らせていると、先に口を開いたのはビスタ。

 彼女は俺の様子を伺うように、神妙な面持ちで問いかけてくる。

 

 

 「……ねえカルラ君」

 

 「は、はい、なんでしょう」

 

 「ビスタリアの花言葉は"展望"なわけだけど、イリファンスの花言葉がなんなのか気にならない……?」

 

 「え? あぁ、言われてみれば…… いったいどういう意味があるんですか?」

 

 さっきの続きからそんなことを言い出してきたのか、そんな推察をしながら俺は聞き返した。

 

 すると彼女はこんなことを言う。

 

 「それは、"真実の愛"。イリファンスの花はね、男の人が女の人に告白するときに使われる花なのよ」

 

 「え、ええ!? ……って、その手には乗りませんよ。昨日だって同じようなことをリサに───」

 

 ビスタがそんなことを言ってくるから、俺はいつものようにからかわれているのだろうと考えた。

 

 

 だから言ったそんな言葉を遮るように、重ねられた唇と唇。

 

 

 「……え?」

 

 

 それはほんの一瞬の出来事。

 

 

 こちらが何かを考える前にビスタはその重なりをほどく。

 そしてその感触が乾く間も与えてくれないまま言葉を紡いだ。

 

 「……これが私の気持ち。ずっとずっと、カルラ君のことが好きだった」

 

 そよぐ風に髪をなびかせながら、頬を紅潮させて少女が告げる。

 それは普段は決してみせることのない、俺自身もはじめて見るような乙女の表情だった。

 

 

 「今じゃなくていい、いつかカルラ君の返事を聞かせて。……待ってるから」

 

 

 目の前の少女は俺の言葉を待つことなくそう打ち切った。

 

 

 どうして彼女がこの場で返事を聞こうとしなかったのか。

 

 

 それはきっと、俺が思っていたことと似たようなものだろう。

 

 つまり、これは彼女にとっての誓いなのだ。

 

 絶対に生き延びてみせる。

 

 絶対に魔族の平穏を取り戻してみせる。

 

 だから、ここで満足しないために今は未完で終わらせたかったのだろう。

 

 

 だから俺はこう返す。

 

 

 「……亡くなった人達の分まで強く生きないとですね」

 

 「……うん」

 

 

 月光が、俺達を優しく照らした。

 

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