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102. 展望


 

 「ひっぐ、ひっぐ…… おかあさまぁ……」

 

 「あらあらビスタ、また泣き虫さんになっちゃって…… 今日はいったいどうしたの?」

 

 「お、男の子達がね、いじわるしてくるのっ。ビスタなんて変な名前だ。全然女の子っぽくないって……」

 

 「あらまあ、そんなこと言われちゃったの? きっとビスタが可愛いからそんなことするのねぇ」

 

 「そ、そんなことないもん。私はお母様みたいに綺麗じゃない……」

 

 「ううん、ビスタはこれから綺麗になっていくのよ。

 いっぱい遊んで食べてお勉強して、大きくなって色んな人と出会って、そしていつか男の人を好きになって……

 その頃にはきっと、ビスタは私なんかよりももっと綺麗な女の人になっているわ」

 

 「ほんとっ?」

 

 「ええ本当よ、 私がビスタに嘘をついたことがある?」

 

 「なぃ……」

 

 「でしょう? だからビスタ、もう泣き止むのよ。あんまり泣きすぎると、せっかくの可愛いお顔が台無しになるわ」

 

 「……うんっ」

 

 「まあいい子。 それじゃあ、今日はもう遅いから一緒に寝ましょうか」

 

 「うん! 一緒にねる!」

 

 

 

 

 「……ねえおかあさま」

 

 「うん? なぁに?」

 

 「男の人を好きになるってどういうこと?」

 

 「うーん、ビスタにはまだちょっと難しいんじゃないかしら。

 わかりやすく言うと、私とお父様みたいな感じかしら?」

 

 「なかよしってこと?」

 

 「それもちょっと違うのだけれど…… 例えばそう、こういうふうにむぎゅーってするじゃない? ビスタは今どんな気持ち?」

 

 「うれしい、ぽかぽかする」

 

 「そう、それが"好き"ってこと。私でもなくて、お父様でもなくて、他の人とむぎゅーってした時に同じ気持ちになったとき、それが、人を好きになっているってことなのよ」

 

 「うーん? むずかしくてよくわからない……」

 

 「うふふ、やっぱりまだ早かったかしら」

 

 「むー…… あっ、それじゃああのね、ビスタっていったいどんな意味?」

 

 「ああ、そういえばまだ話していなかったかしら。

 ビスタはね、ビスタリアっていうとても綺麗で私が大好きなお花からとっているのよ。

 でね、それには花言葉があって「展望」って意味があるの」

 

 「てんぼう……? むずかしい言葉……?」

 

 「そうね、ビスタにはまだ難しいかも。わかりやすく言うと、遠くを見るって意味なの」

 

 「どうして、それを私の名前に?」

 

 「それはね、ビスタがいつか大人になって、魔族の民を導く人になったとき、そのときに、民と一緒に未来を見据えられるような人になってほしいからよ」

 

 「……? よくわからないけど、素敵な名前なんだねっ」

 

 「ええそうよ、私の愛しいビスタに似合う、とってもとっても素敵な名前。

 だからビスタ、馬鹿にされたって気にすることなんてないのよ。そんなことを言う男の子なんて相手にしなくていいの。

 いつかきっと、貴方のすべてを好きになってくれる人が現れる。素敵な名前だねって褒めてくれる人が現れるわ」

 

 「うーん、やっぱりよくわかんないっ。今はおかあさまと一緒にいれたらそれでいいっ」

 

 「あらあら、ビスタはまだまだお子様ね」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ああ、どうして私はこんなときに思い出してしまったんだろう。

 幸せだったあの頃の思い出。二度と戻っては来ない、母と過ごしたあの日々を……

 

 

 

 「どうして、私の名前を……?」

 

 一人思い出にふけている場合ではないと、私は気を取り直して目の前にいる二人に聞き返した。

 

 「どうしてって、それはビスタ様も私達の恩人だからですよ!」

 

 すると、私の名前を借りたいなんて言い出したエルフの少女はそんなことを言ってくる。

 

 「私が恩人? 私は、なにも……」

 

 私が言いかけると、食って掛かるようにロイドが迫ってくる。

 

 「何を仰っているんスか。 ビスタ様は俺達のために戻ってきてくれたじゃないッスか。

 貴方様が生きていてくださっただけで、俺達魔族がどれだけ救われていると思っているんスか。

 それだけじゃねえ、ビスタ様は俺なんかの平民の手を取って声をかけてくれた。

 それがどれだけ誇らしくて、どれだけ嬉しかったか」

 

 「ビスタ様は、カルラ様と一緒に戦ってくださいました!」

 

 戸惑う私にロイド達はそんなことを言ってきた。

 こんな私にも恩がある、生きていてくれただけで有り難いなんてことを言ってきた。

 

 だから私はこの胸の内に抱えていた靄を取り払おうとするかなように質問した。

 

 「ねえロイド、貴方達魔族にとって私は唯一無二の存在かしら……?」

 

 「そんなの当たり前じゃないっすか。ビスタ様は俺達にとって象徴みたいなもんスよ。

 ビスタ様がいてくださるから、俺達は安心してここで生活出来てるんス」

 

 「……そっか」

 

 「そ、それであの、ビスタというお名前にはいったいどんな意味が込められているのですか?」

 

 少女がまたそんなことを聞いてくる。

 そのときにはもう、私は堪えるのが難しくなってしまっていた。

 

 「わ、私の……」

 

 泣いてはいけないと分かっていても、心の自制がどうにも利かなくなっていた。

 

 「私の、私のビスタって名前は、おか、お母様がつけてくださって…… ビスタリアっていうとても綺麗な花からとってくださって……」

 

 みっともなく涙を流して嗚咽を漏らす。何度も何度も涙を拭うがまるで止まらない。

 

 そんな私を見て、二人は慌てながら側に寄ってくる。

 

 「ビ、ビスタ様、いったいどうされたんですか!?」

 「なんでもないの、ごめんなさい……」

 

 

 お母様はもう戻ってこない。それは紛れもない事実。悔やんでいても仕方がないのもまた事実。

 

 そして、私自身が己を咎めていても、それと周りの認識が一致しているとは限らないわけで……

 

 人には人それぞれの役目があって、自分にしか出来ないことがあって……

 

 私には、私にはまだやらなくちゃいけないことがある。

 ガウスを倒して、皆の居場所を取り戻す。

 

 そしてそれ以上に、象徴として皆の拠り所でいなくちゃならない。

 

 それはきっと私にしか出来ないこと、カルラ君ですらも出来ないことだ。

 

 過去を責めたって仕方ないんだ。

 

 重要なのは、それを反省して次の糧にすること。

 

 大切な人を失ってしまったからこそ、次こそはもう誰も失わせない。

 

 そういう覚悟が人を強くする。

 

 そういう決意があるから、きっと彼は強いんだ。決して、責任感だけで戦っているわけじゃないんだ。

 

 

 

 だったら、私は……

 

 

 私も、強くなる。

 

 私のことを慕ってくれる皆の期待に応えるために、立ち上がって未来をみる。

 

 

 

 私はビスタ、魔族の姫ビスタ・サードゲート。

 

 その名の由来になった花の花言葉は「展望」。

 

 分け隔てなく民を想い、共に将来を見据える。

 そんな人になれるように、母が祈りを込めてつけてくれた名前だ。

ご覧頂きありがとうございました。

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