100. すれ違い
リサとラビアンの、ビスタ護衛役の座を賭けた決闘はリサの勝利で幕を閉じた。
「あだだだたたたっ!!!」
俺達はたった今満身創痍のリサをなんとか屋敷のベッドまで運ばせたところだ。
勝ったのはいいが、とてもじゃないが今のリサはまともに動けそうもない。
そんな彼女を運んだのはラビアンだ。彼も相当のダメージを負ったはずなのに、リサとは対称的にピンピンしている。話によると幻狼の驚異的な回復力がそうさせるらしい。これじゃあどっちが勝者なのかわからないな。
「おつかれさまです」
俺は労いの言葉をラビアンにかける。
「何を仰るか、これくらいしないと俺の気が済みませんので。いやはや、自分でもどうしてここまで躍起になっていたのか……」
今回のことで何か思うところがあったのか、ラビアンはまるで夢から覚めたかのように態度が改まっていた。
「……しかし驚きました。 あのリサが、まさか黒天狐の力をあんなに使うなんて」
「そんなにですか?」
「そんなにですとも。アイツは今まで黒天狐の力の殆どを封じていたんです。
……いや、俺達がそうさせてきたと言ったほうが正しいでしょうか。影を操るなんて戦士の恥だ、サンヴォルルフの戦士ならば正々堂々とした戦い方をしろと、大人達はリサをずっと矯正してきました」
「それでリサ自身も……」
「ええ、多分アイツ自身も黒天狐の力を疎ましく思っていたはずです。それなのにあれだけ躊躇わず使うなんて、いったいどういう心境の変化があったんでしょう」
「それは彼女にしかわかりませんよ」
確かに同じようなことをリサ本人も昨日言っていたような気がするが、さっきの戦いは本当に見事なものだった。
ラビアンの言うとおり、彼女の中で何か変化があったのだろうか。
細かいことまではわからないが、リサは自分の持つ力を信じて一歩前に踏み出したということだけははっきりしている。
俺も早く精霊化を会得して続かなければ。
「カルラ」
と、そのとき、ベッドに横たわっていたリサがチョイチョイと俺を手招きした。
「なんですか?」
動けないリサの為を思って、俺は近づき耳を傾ける。
するとリサはこの部屋にいる俺以外の人間に聞こえないくらい小さな声で囁いた。
「……見ての通り私はしばらく動けそうもない。お嬢様のこと、頼めるか?」
バレないくらいの僅かな挙動でリサがビスタに視線を向ける。ビスタはこちらが気になっているようだったが、割り込もうとする様子はなさそうだ。
リサが言うビスタを頼むというのは、何も自分が不在の間代わりに警護してくれという意味だけではないだろう。
母親の死を乗り越えられるよう手を貸してやってくれというのが本命のはずだ。
「でも、私に出来ることなんて知れてますよ?」
「そんなことはないさ。まっ、よろしく頼んだ」
半ば強引に押しつけられたようなような気もするが、まぁ修行に何か良い影響を与えるかもしれない。
ということで、俺はビスタを連れて外に出た。
◆ ◆ ◆
と言っても、どこか目的地があるというわけではない。
なので街中をひたすらぶらつく。
途中、作業をしているエルフや魔族がこちらに気がついて手を振ってくる。
なので俺も慣れないながらそれに返す。
「ほら、ビスタも」
「え、ええ……」
言われるがままビスタも俺に続く。
こうしていると、ちょっと前まで魔族が酷い仕打ちを受けていただとか、セントラルクの街が賊に襲われていただとか、今世界がピンチかもしれないだとか、そんな諸々のことを忘れてしまいそうだ。
「あっ、ビスタ様ー! 」
そのとき、エルフと魔族の幼い女の子二人組が元気に駆け寄って来た。
「あら、こんにちわ」
「こんにちわー! あのねあのね、ビスタ様につけて欲しくてこれ二人で作ったの!」
そう言う魔族の少女の手には、手作りの花冠が携えられていた。
「わぁきれい、ありがたく頂戴するわ」
ビスタは優しく微笑んでそれを受け取ろうとする。
しかし少女はビスタに渡さなかった。
「はい!」
どういうわけか、彼女ではなく俺に渡してきたのだ。
「えっと……?」
「カルラ様が被せて!」
この子達はいったい何を考えているのか、俺から彼女に渡すことにいったい何の意味があるというのか。
少し戸惑いを覚えるが、しかしなんだ、少女達の視線が凄まじい。
ワクワクという擬音が聞こえてきそうなほど期待の眼差しを向けてくる。
「じゃあ、はい……」
ちょっと恥ずかしい気もするが、こんなふうに期待されては断るのも申し訳ない。
躊躇う気持ちを抑えて、俺はビスタの頭に花冠を被せる。
ビスタも少し恥ずかしそうにしているが、黙って被せやすいように頭を屈めてくれる。
その様子を、やっぱり少女達はキラッキラの純粋な目で見てくるわけだが……
「わー! すっごいきれー!」
その姿を見て、二人はぱちぱちと拙い拍手を送ってくる。
「ど、どうかしら……?」
「似合ってますよ、とても」
「そ、そう……」
聞かれたので思ったままの感想を伝える。
以前ならもっと素っ気ない感じのリアクションだったような気がするが、今回はどういうわけか顔を少し赤くして照れくさそうにしていた。
視線を合わせず髪の毛先を指で弄るその姿はいかにも思春期の女の子って感じだ。
それから少女達と別れ、俺達は街を一望できる高台へと向かった。それはいつの日かエミリアにリインと連れ出された高台だ。
「ここからなら、皆の作業風景がよく見えます。
……不思議なものですよね、姿も文化も住む世界も違う魔族とエルフが、こんなふうに心を通わせ共同作業をしているなんて」
「……そうね、ところでそろそろ貴方の目的を教えてくれると嬉しいのだけれど?」
俺は語りかけるが、ビスタはやけに急かそうとする。
どうやら長々と俺の話に付き合うつもりはないようだ。
それに関しては俺も同じだ。今更俺のせいだとかグダグダ言うつもりもないし、同情の意を示すつもりもない。
それはただの自己満足だ。自分だけ贖罪したつもりになって、彼女のことはなにも解決していない。
俺はただ彼女に前を向いてほしい。
今はまだ立ち止まる場面ではないと、守らなければいけないものがまだたくさんあるのだと気づいてほしいんだ。
「……私が貴方を連れ出したのは、知っておいてほしいことがあったからです」
「知っておいてほしいこと?」
「ええそうです。リサから話を聞きました。ビスタのお母さん、既に亡くなられていたそうですね……」
「……」
俺が母親のことを口にすると、ビスタは一瞬表情を歪ませた。
「……そ、あの子もダメね、内緒にしておいてって言ったのに。
でもカルラ君気にしないで、私は全然平気だから。あっ、もちろん貴方のせいだなんて言うつもりも無いから安心して」
歪ませたが、また平静を装うとしていつもの軽い調子で返してくる。それがむしろ、余計にタチが悪いと俺は思う。
俺は彼女が中々本音を言ってくれない厄介な女の子だってことを知っているんだ。
自分は人の嘘を見抜いてしまうくせに、そのせいで人と深く関わることを、本心を晒すことを躊躇ってしまうような臆病な子だってことを知っているんだ。
だったら俺は本気でぶつかる。絶対に、逃がさない。
「それで知っておいてほしいことって?」
「それは、貴方の行動は決して間違っていないということです」
急かすビスタに俺はそう返した。
「……どうしてそんなことを私に?」
「きっと、ビスタは今自分を責めているんじゃないかと思って。お母さんを救えなかったのは、自分が間に合わなかったのは自分が選択を誤ったせいだ。
……貴方は今、そんなことを考えているんじゃないですか?」
「……仮にそうだとしたらなんだというの?」
ビスタが少しだけ表情を厳しくするが俺は臆することなく質問に答える。
「今のセントラルクを見てください。エルフと魔族が共に支え合い生活することが出来ています。
……正直私はこんなに上手くいくとは思っていませんでした。もっと障害があるものだと思っていました。でも、貴方が尽力しているから衝突することなく共存することが出来ている。貴方が頑張ったから今がある」
「それと母が死んだこととは関係ないわ」
「関係あります。そもそも、今この土地があるのは賊を追い払うのにビスタが協力してくれたからなんです。
例えその結果元の世界に戻るのが遅れてしまぅたのだとしても、魔族のことを考えれば貴方の取った行動は……」
言い切ろうとしたそのとき、もう我慢の限界だと言わんばかりにビスタは激昂した。
「ふざけないで!!!」
「ビスタ……?」
「誰も彼も、カルラ君みたいに割り切れたりしないわよ!
私の気持ちをわかったかのようなこと言って! カルラ君は、カルラ君は何も失ってないじゃない!
家族も、幼馴染みも、皆救えている。大切な人を失うことがどれだけ辛いのか貴方は知らない!
そんな貴方に、私の何がわかるっていうのよ!!!」
そのときのビスタにいつもの余裕はなかった。歯に衣着せぬ、悲痛な叫びが彼女の口から発せられて……
「わ、私はただ……」
息を切らしたビスタに俺はなんとかして言い繕おうとする。
「……話はもういいでしょう」
しかし彼女はもう俺の言葉には声を貸そうとはせず、静かにその場から立ち去ってしまった。
俺はそんな彼女を追いかける気にはとてもなれなかった。
嗚呼、俺はなにをやっているんだ。
不器用というか、下手くそというか……
本音でぶつかっても、彼女を傷つけてしまったら何の意味もない。
相手のことを理解していない内から言いたいことを言うだけじゃ駄目なんだって、リインのときに学んだはずなのに……
最低だ。
俺はひどく最低なことをした。
ご覧頂きありがとうございました。