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1. メタルスライム、転生する


 ───ハハハハハ!!!!!



 ───どうだ!やってやった!やってみせたぞ!



 煮えたぎる溶岩流に囲まれた火山地帯。まるで生物なんて一匹たりとも存在しないだろうと思われるその場所で、やはり生物らしくはない、しかし確かに生きている、そんな銀色の物体が独りで吠えていた。



 「逃げ続けた結果こんなところまで来てしまったが、かまわないさ、俺は誰の糧にもならないまま死んでいく。メタルスライム族としてこれほど誇らしい最後があるか?」



 疑問形で話してはいるが、誰もそれに答えはしない。当たり前だ、そこには彼以外は誰もいないのだから。これは全てやたら声の大きい独り言である。



 彼の名はマチュー。この世界にメタルスライムとして生を受けた一匹の魔物であり、彼は今まさにこの誰もいない火山地帯で、誰にも看取られることなくその天寿を全うしようとしていた。



 彼の生涯の中で最期を看取ってくれるような友や家族がいなかったのか、それは違う。悲しいことに彼の同胞は皆、既に死に別れてしまっている。だから彼は今独りだった。



 ちょうど乗り心地のよさそうな、死に場所によさそうな岩を見つけたマチューは、老衰して言うことの効かない体をなんとか酷使して岩の上に登る。



 あとは死ぬのを待つだけだ。



 その間彼は自分の一生を振り返った。



 



 


 58年前、彼はメタルスライムの里で生まれた。そこは森に囲まれ人目のつかない静かな場所で、メタルスライム族は皆慎ましく穏やかに暮らしていた。



 しかしある日、その平穏はいとも簡単に崩された。



 自らを勇者一行と名乗る四人組の男女達がメタルスライムの里に足を踏み入れ、あろうことか襲いかかってきたのだ。



 「うぉぉぉぉ!メタルスライムがこんなに!ラッキーだな!」



 「口を動かす前に手を動かせ、僧侶職と魔法職じゃ有効打を与えられないから俺達が率先して動かなければ」



 「わたくし達はおとなしく見物していますから、ダメージを受けたら言ってくださいね~」



 「……」



 


 拳を叩きつけ、剣を斬りつけ、淡々と、一匹一匹丁寧に狩られていく。



 そのときまだ子供だったマチューは、その悲惨な光景を目の当たりにして、昔族長からこんなことを言われたことを思い出した。



 「いいかマチュー、私達メタルスライムは決して人前に出てはならない。彼らは危険だ。もし遭遇してしまったら一目散に逃げるのだよ」



 あのときの言葉の意味が今なら分かる。



 メタルスライム族、彼らは他の魔物とは異なる幾つかの特徴を有している。



 一つ、敏捷性と防御力が極めて高いこと。



 二つ、反面攻撃手段をほとんど持ち合わせていないこと。



 三つ、倒されれば、討伐者は莫大な経験値を得られること。



 


 このことから、人間達は彼らのことを『ローリスクハイリターンな割の良い獲物』と認識している。



 一度人間がメタルスライムと対峙すれば、彼らは経験値目当てに目の色を変えて襲いかかる。



 メタルスライムはまともに反撃することが出来ないので、一方的に狩られるか、なんとかして逃げるかしか選択肢がない。



 そして、今まさに、マチューを含む里の者達はその選択を迫られていた。



 


 「人間の好きにはさせん!!!」



 そう勢いよく飛び出したのは、里で一番博識で思慮深い、そして最も魔法の扱いに長けていた里のリーダー、マフグス族長だった。



 マフグス族長は敵のリーダーらしき剣士の男に狙いを定めて渾身の魔法を繰り出した。



 「《ファイアー・ジャベリン》!!!」



 ごうごうと燃える、巨大な槍の形状をした炎が、壮大な爆発音をあげて男に直撃する。



 


 「やったー!敵のリーダーを倒したぞ!さすが族長だ!!」



 消耗して少し息を乱したマフグス族長が称賛の声に囲まれる。



 男がいた場所はいまだ白い煙が立ち上っていて、焼け焦げたであろう彼の姿はまだ現れない。



 きっと絶命してしまったのだ。メタルスライム達は誰もがそう確信していた。



 しかし、現実は非情なものだった。



 「それで倒したつもりか?」



 煙の中から平然と、まるで一切の熱を失ったと言わんばかりの冷徹な声が聞こえてきた。



 やがて煙が薄れていくと、何事もなかったかのように立ち尽くしている男の姿が現れた。



 「ッ!?」



 メタルスライム達に動揺が走る。



 男は、無傷だった。



 「お前達の攻撃は弱すぎる。俺が本当の攻撃というものを見せてやろう」



 そう言って男はものすごい速度で族長に接近したかと思えば鮮やかな剣技を以て族長の体を貫いた



 「剣技《魔神突き》、悪く思うな、これも正義のためだ」



 ずいっと抜いた剣からは、ぽたぽたと体液が零れている。



 そうして男は辺りを見回して、茫然としていたマチューを新たなターゲットとして捉えた。



 「ひっ……!」



 「逃げろマチュー!お前だけでも生き延びるんだ!」



 そう声を荒げたのはマチューの父、バリオだった。



 バリオは息子を守るために勇敢にも勇者達に立ち向かった。それに呼応されてか、他の大人達も勇者に立ち向かう。



 


 「子供達を守れ!我らメタルスライム族の誇りを見せろ!!!」



 声高々に突撃していくが、彼らが束になったからと言って勇者達に敵うはずもない。



 また一匹、また一匹とメタルスライム達は切り伏せられていく。



 


 「クッ……!ごめん、みんな……!」



 マチューはその様子を最期まで見ることはなく、後ろを振り返って駆け出した。



 「そう、それでいいんだマチュー……」



 上手く逃げ出せた息子の様子を確認して少しだけ口元が緩んだバリオは、再び男に視線を向けて決死の覚悟で突撃した。



 



 それからマチューは走り続けた。



 もうどれくらいの時間が経ったのかはわからない。ただがむしゃらに必死に必死に走り続けた。



 気がつけば鬱蒼とした森のなか、マチューは一人になっていた。



 逃げてきた道を振り返ってもそこには誰もいない。もしかしたら他の子供達は逃げ遅れてしまったのか。



 それから少しの間立ち止まっていたものの、結局誰も追いついてはこなかった。不安と恐怖と孤独がマチューの心を埋め尽くす。



 しかし、マチューは己を奮い立たせた。



 


 立ち止まっている暇なんてない、俺は誇り高きメタルスライム族の生き残りだ。皆屈することなく気高く勇猛に散っていった。



 だったら俺は惨めに逃げ回ってでも、泥水啜ってでも生き延びてやる。仲間の分まで強く生きること、それが俺に与えられた使命だ。



 そして、ゆくゆくは生き残りを集めて俺がメタルスライム族の里を新たにつくって、あわよくば同胞を屠ったあの憎き四人組に復讐してやるんだ。



 そう心に誓って、マチューは再び歩みだした。目的地はない、ふらふらとさまよい森のより深いところに姿を消した。



 



 


 そうして、時は現在に至る。



 結局、マチューは他の生き残りを見つけ出すことも出来なかったし復讐も出来なかった。多少は鍛えもしたが、メタルスライムという種族の限界か、勇者達を倒せるほどの強さを手にいれるには至らなかった。



 少し悔いの残る最期ではあるが、彼は強く生き抜いたのだ。人間の糧にならずに死ねる。今となってはそれだけで十分だった。



 


 そしていよいよそのときが訪れる。



 マチューは静かに目を閉じてこの世からお別れを告げた。



 



  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



 気がつけば彼はなにもない光の空間にいた。ここは天国か?と怪訝に思い辺りを見回す。



 


 「やあ、こんにちは」



 どこからともなく姿を現したのは人の子供の姿をしたなにかだった。



 「誰だおまえは?」

 

 咄嗟にマチューは名を聞いた。相手が敵か味方かわからないうちはとにかく出来るだけ情報を聞き出すというのは生前マチューが学んだことだった。



 「僕はアルルカ、君達の世界を管理してる神だよ」



 そう自己紹介したアルルカは一人称こそ「僕」であるが、外見からすると少女であることが伺える。



 「へえ、神様ね、神様が俺になんの用だ」



 「アハハ、君は僕が神様だとわかっても変わらずタメ語で話すんだ。面白いねぇ」



 「ああ、こんなちんちくりんが神だとは信じていないからな」



 「ころすぞ」



 それまでにこやかな表情だったものが、一瞬だけ真顔になる。かなりの威圧感を醸し出しているが、マチューはそれを見ても一切怯みはしない。



 「まぁ、いいさ。所詮魔物に礼儀なんて求めていない。僕はね、君にチャンスをあげようと思うんだ」



 こほん、と咳払いしてアルルカが本題に移りだした。



 「チャンス?」



 「そ、悲惨な一生で終えてしまった君の人生をやり直すチャンスだよ」



 「おあいにくさま、俺は自分の人生に満足している。情けをかけられる覚えはない」



 「へぇ?じゃああいつらに復讐しなくていいんだ?」



 「仕方のないことさ、皆死んで俺も死んだ。復讐なんてどうでもいい、俺は早くあの世で待ってる仲間達に会いたい」



 「あぁ、なるほどね。でも残念、君の仲間はあっちにはいないよ」



 「どういうことだ」



 「この世界じゃ勇者に倒された魔物は成仏することは出来ないんだ。今なお君の仲間の魂は勇者の糧として縛られ続けている」



 「……一概には信じられないな」



 「嘘じゃない。神は嘘をつかない」


 アルルカは少しだけ目を細めてそう言ってみせた。

 

 ほんのわずかの間、二人はお互いを睨みあう。


 「それでだマチュー君。この話を聞いて君はどうしたい?勇者を倒して仲間の魂を解放させたくはないかい?」



 まるで誘導されている。



 マチューはそう感じ取ったが、構わず話を続けた。



 「わざわざそんなことをする必要があるか?勇者も所詮人間だ。放っておいてもそう長くないうちに寿命で死ぬだろう」



 「いやぁそれがね、困ったことに彼は強くなりすぎて擬似的な不老不死になっちゃったんだよ。寿命で死ぬことはまずない」



 アルルカは肩を竦めてみせて、やれやれとため息混じりにそう語る。



 


 その間、マチューは言葉を発することなくアルルカを見ていた。

 

 彼は先程からこのアルルカとかいうガキの態度が気に入らなかった。神だ管理者だと言っているが、相手がメタルスライムだからか、やたら偉そうなところが気に入らない。

 

 



 「一つ聞くが、おまえ、チャンスをやると言っときながら、実は俺に倒してほしいんじゃないのか?」



 そう言ってみせたらアルルカはわざとらしく少しだけ驚いたような顔を見せた。そのいちいち芝居がかったリアクションが、マチューにとっては直のこと腹立たしい。



 「あらま、中々鋭いね。そうだよ、僕は君に勇者を倒してほしい。人の身には不老不死の概念は手に余る。いつしか命の理は乱れ世界を脅かすのは必至だ。

 だから僕は勇者にははやく死んでほしいんだけど、残念ながら神である僕が直接手を下すのは神々のルールで禁じられている。そこで君に頼んだわけさ、勇者が憎くてたまらない君なら協力してくれるんじゃないかと思ってね」



 神は嘘をつけないというのはあながち本当のことなのかもしれない。ベラベラと、聞いてもいないことまでアルルカは喋ってしまった。

 

 バカかコイツ、とマチューは心の内で神を罵倒した。



 そして、もう情報収集は充分だと判断してマチューは大きく出る。



 「だったらおまえは偉そうに出来る立場じゃないということだな。ほらどうした、人に頼むならそれなりの態度があるんじゃないか?」



 「おいおい、メタルスライム風情がいっちょまえなことを言うなよ。僕は神で君は魔物だ。君は神の天命として僕の要求を甘んじて受け入れるべきだ」



 「糞無能雑魚神のおまえこそ偉そうなことを言うな。これは今までの会話から推理したことだが、恐らくおまえは神の中での地位は低く、そして勇者の不老不死化は末端神であるおまえの不手際、管理不届きの可能性が高い。自分の不手際が上司にバレたくないから、こうやってこそこそ俺に頼んできている。そしておまえは地位が低いゆえにこの交渉の決定権を持っていない。持っていないから俺に言うことを聞かせることもできなくて、いつまでも俺の承諾を待っている。違うか?」



 マチュー長々と語った。それは本当にただの推論でしかなく、何の根拠もない。


 「くそが……」


 だが、アルルカは悪態をつくだけで否定しない。いや、否定できない。マチューの言ったことは全て本当のことだった。

 




 「残念だったな無能、格の違いが理解できたならとっとと誠意を見せろ」



 マチューがそう言い放ったら、アルルカは頭を下げてみせた。



 「……します」



 震える声を振り絞るアルルカ。



 「聞こえないな、もう一回」



 「お願いします…… 転生してください……」



 「ボケが、最初からそうしろよ」



 マチューは無能僕っ娘神の下げた頭にペッと銀色の唾を吐きかけた。



 アルルカはそれを受け止めるしかなくプルプルと震え、何かをこらえるかのように、くそが……くそが……とぶつぶつ呟いている。



 「おい、転生させるなら早くしてくれないか?そうやって無駄な時間を過ごすからおまえは無能なんだよ」



 ペッペッと、今度は二度唾を吐きかける。

 

 

 アルルカの頭はもう銀液でべとべとだ。



 


 メタルスライムのマチュー。享年58歳、彼は仲間の分まで強く気高く生き抜いたが、その分傲慢で薄汚れた、底意地の悪い性格になってしまっていた。 

ご覧頂きありがとうございました。

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