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「ねぇ、セージはあたしと仕事、どっちが大事なの?」
「ごめん……。今は仕事」
「信じらんない! もう社会人6年目でしょ? プロポーズとかしてくれても良い頃じゃないの? なのにあたしよりも仕事なの?」
「来月からやっと希望のとこ行けるんだよ? 5年もかかったんだ……これからなんだよ……。今後の事を考えたら余計……」
「何それ? ずっと待ってたあたしはどうなるの?」
「一応30前にはケジメつけるつもりではいる……待てないなら……あいつに幸せにしてもらったらいいだろ?」
「……何のこと?」
「隠してるつもりなんだろうけど、知ってるんだよ。林とも付き合ってるんだろ? 嫌でもサッカー部の集まりに行ったら耳に入って来るんだよ? しかも俺とは別れたとか言ってるんだろ?」
「知ってたのに何も言わなかったの?」
「ミキ本人から聞いたわけじゃないからな……信じようとしてたんだよ。でも認めるならもう終わりにしよう。お互いのために。」
そうして俺は7年間付き合っていたミキと別れた。
ミキは高校時代俺が所属していたサッカー部の1歳年下のマネージャー。
どちらかと言えば清楚で可愛い部類に入る彼女は、割と俺のタイプだったし、よく気のきくところとか、甘えたがりな性格も好きだった。初めは勢いに押されて付き合った感はあったものの、いつの間にか彼女よりも俺の方が夢中になっていた。
高校の卒業式の日、彼女に告白されて付き合うようになり、俺が調理師学校に通っている2年間は順調だった。
俺が社会人になり、なかなか会えなくなると彼女は段々変わっていった。
俺はレストラン勤務で、接客業という仕事柄、休みも合わず、拘束時間も長かったので余計だったのだろう。
学生だった彼女には俺の忙しさが理解出来なかったようだ。
いつの間にか彼女の服の趣味や化粧が変わり、派手になっていく。やたら携帯を気にする。俺が携帯に触るのを極端に嫌がる。
服装に関しては一度、そういう格好はあまり好きじゃないと言ったらすごく怒ったのでそれ以降は言わなかったが、一連の行動から明らかに男の気配を感じた。
正月に地元に帰り、その時その疑惑は疑惑で無かったことが発覚する。
「お前ミキと別れたらしいじゃん。今はもう、1コ下の林と付き合ってるらしいぜ?」
急に友人に言われて、俺は否定も肯定もできず、苦笑いすることしかできなかった。
林はサッカー部の1年後輩で、高校時代、ミキとは同じクラスだった。
淋しい思いをさせているから……彼女の一時的な気の迷い……そのうち俺のところに戻ってくればいい……そんな事を思っていた。
なのに1年経っても、2年経っても別れたという話は聞かないし、3年経った今年の正月には、林がミキにプロポーズするとかしたとかそんな話を聞く始末。
それでも彼女を信じていた。
彼女の中では俺が1番なんだと。
でもそうじゃ無かったらしい。
彼女との結婚だって考えていなかったわけじゃない。希望の部署でそれなりになってから……遅くとも俺が30になる前には……ただ漠然とそう考えていた。
そんな時、機会はやってきた。
入社して5年間、ギャルソンとして頑張ってきた。
そして、来月から厨房で働ける。
そんな時に、どちらが大事か聞かれたら……。
結婚を俺なりに、真面目に考えていた結果、出した答えだったのだ。
ミキが、林との関係を否定すれば、結婚を考えた上で今は仕事を頑張りたい旨を彼女が納得するまで説明するつもりだった。
しかし、彼女は認めてしまった。
不思議と淋しくなかった。
いっそ、今別れられて良かった、これで全力で仕事に臨めるとまで思ってしまった自分が可笑しかった。
そんな時、ギャルソンとして最後に接客したのが蘇芳様だった。
***
蘇芳様は、俺が働くグランメゾン"Je porte bonheur"の、開店以来(開店当時は子どもだったそうだが)通って下さっている上得意様で、ここ5年は月に1度以上の頻度で来店されている方だ。
そのだいたいが商談を兼ねた食事会で、時々祖父母や家族らしき人と食事にいらっしゃることもあったが、絶対に女性と2人で来店されることはなかった。
確か俺よりも2つ年上で、高学歴のお坊っちゃま、しかもイケメンで長身ときたらモテないわけがないであろうに、絶対に女性をつれてくることが無いのだ。
従業員にも彼のファンは多く、「商談王子」とか「商談の鬼」なる呼び名がこっそりついていたりする。
なぜか、俺は彼に気に入られ、もう2年程、彼が予約する度にサービスは俺と指名して下さっていた。
そんな彼から予約があったのは来店予定日の1週間ほど前だった。
急に海外へ仕事で行くことになり、しばらく行けなくなる、そう前置きした上で、「特別な日だから」と、個室をご予約された。
そしてもちろん、「サービスは佐伯君にお願いしたい」とご指名をいただいていた。
「特別な日だから」というのは従業員の間でも密かに話題になっていた。「いよいよ恋人を連れて来るのか?」とか、「一世一代の商談じゃないか?」とか、くだらない憶測が飛び交った。
そして、当日いらっしゃった蘇芳様は、とても綺麗な女性を連れていた。
派手な美人というタイプでは無く、正統派で、奥ゆかしいタイプの美人だった。
エスコートする蘇芳様は、壊れものを扱うかの様に丁寧に扱い、彼女は少し恥ずかしそうに彼に寄り添っていた。
もう、裏方では一瞬にして蘇芳様がついに綺麗な女性とご来店されたと大騒ぎだった。
その後、彼女が幻のお姫様としてひっそりとスタッフ間で語られることになるほどに。
蘇芳様はいつもはクールと言うか少し冷たい雰囲気を持っているように感じられた。鋭い眼差しのせいかもしれない。
しかし、その日は、終始笑顔で、とても幸せそうな顔をしていたし、温かな眼差しで彼女を見つめていた。
「あぁ、この人もこういう顔をするんだな……」
そう密かに俺は思った。
蘇芳様が「ナツキ」と呼ぶその女性は、深いグリーンのワンピースに、白いヒール、首には控えめなダイヤのネックレスをして、左手の小指には小さなダイヤの散りばめられた指輪をはめていた。
艶やかな長い髪は、片側にまとめられ、彼女の横顔をより美しく見せていた。
蘇芳様と話す様子や言葉遣い、ふとした仕草からも気品を感じる淑女であった。
おそらく特別な日という位なのだから、婚約者なのだろう。
2人は終始幸せそうな笑顔で見つめ合い、楽しそうに話していた。
彼女は料理が美味しいと、涙を流してまで感動していた。
それがなぜか淋しそうだったのがすごく印象に残っている。
デザートには、メッセージが添えられていた。
"Je porte bonheur"
この店の店名でもある。
フランスでは5月1日が「スズランの日」で、幸せをもたらす花と言われるスズランを贈る風習があるらしい。その際、添えられる言葉が"Je porte bonheur"で、直訳すると「私は幸せを運びます。」という意味だ。
余談ではあるが、食べる人に幸せを運ぶ、そんなレストランにしたいという願いが込められてこの店名なのだそうだ。
「ナツキ、"Je porte bonheur"の"porte bonheur"は幸せのお守りって意味だよ。"Je porte bonheur"は、直訳すると『私は幸せを運びます』だけど…要約すると『あなたに幸せが訪れますように』って事かな。だから今日、ナツキとここで食事をしたいと思った。それで連れてきたんだよ。ナツキに幸せになって欲しくて…。」
蘇芳様が言ったことにはすごく違和感があった。
なぜ、『幸せにする』そう言わないのだろうか?
彼女は泣いていた。
それが嬉しくて泣いているのか、悲しくて泣いているのか俺にはわからなかった。
そして、やはりデザートも美味しいと涙を流しながら召し上がっていた。
***
その半年後、俺は衝撃を受けていた。
厨房の仕事にも多少は慣れてきた頃で、用事がありパティスリーへ行った時のこと。
その厨房には見覚えのある女性がいた。
半年前、蘇芳様と一緒にいらした女性なのではないのか?
髪は短く、化粧っ気もなかったが、横顔はあの日の女性にそっくりだ。
しかも、販売スタッフに彼女が誰なのか尋ねてびっくりした。
「あの子? 水縹 夏月さん。半年前からここで働いてる社員だよ? なに? 佐伯くん一目惚れ?」
彼女の名前もまた「ナツキ」だった。
ここまでが5年前の話。
そんな彼女が2年前、レストランの厨房にやってきた。
フランス修行から帰ってきたデセール担当の春日野 涼さんがパティスリーからスカウトしてきたらしい。
寡黙で、真面目に黙々と仕事をこなす彼女と涼さんはタイプが似ていて相性も良いようだ。
それまでのデセールとは比べものにならない位、クオリティが上がったのにも関わらず、仕事も美しく早いので、デセールの担当人数が少なくなった上、他の部門の仕事のフォローまでしてくれる。
特に、俺の担当する前菜のフォローをしてもらうことが多かった。
何かお願いしても、嫌な顔ひとつせずに、ニコリと笑って応じてくれる彼女。
普段は頑固な師匠と寡黙な弟子といった雰囲気で真剣な顔で笑うことなく仕事をしている彼女とのギャップにやられて彼女のファンになるスタッフも多かった。
実は俺もその1人だ。
元々は料理人志望だった俺だが、ギャルソンとして働いた5年間で、デセールへの興味も大きくなっていた。
機会があれば、デセールも担当してみたい、そう上にこぼしたこともあったが、彼女を見ているとその気持ちがより強く、より大きくなっていった。
気がつかないうちに、俺は彼女を目で追うことが多くなっていたし、彼女に惹かれていた。
蘇芳様との関係も気になっていたが、男性の気配がないどころか、男性には興味がないなどという悪意のある噂を流されているほどだ。
彼氏はいない、彼女自身もそう言っているらしい。
あの日はあんなに幸せそうだったのに何があったのだろう?
彼女があまり笑わないのは、何か心に傷があるのではないか?
その傷を癒したい。
そう思うようになっていた。
この頃になると、俺は彼女が好きなのだという自覚もあった。
少し前、ある日の帰り。
「佐伯っち、反省会行くでぇ!」
毎週ほぼ恒例となっている前菜担当3人プラスαの「反省会」という名の飲み会に先輩に誘われる。
メンバーが集まるまで、外で待っていた僕らの耳に、とんでもない話が飛び込んできた。
「涼、まだ夏月ちゃん出てこない?何かあったのかしら?…もしかして、また襲われてるかも!?どうしよう!?助けなくちゃ!あの子ね、佐藤さんにしつこく嫌がらせされてて…何度か襲われかけてるの!」
「大丈夫だろ?」
「私、やっぱり見てくる!」
「だったら桃子は待ってろ。俺が行くから。」
そう言って涼さんはパティスリーに走って行ってしまった。
そして数分後、殴られたとおぼしき、俺と同期の佐藤が建物から出てきた。
反省会のメンバーが集まってしまい、その場を離れる事になってしまったが、俺は気が気じゃなかった。
顔に出ていたのだろう。反省会の主催者の篠山さんが教えてくれた。
篠山さんは姉御肌で情報通だった。
「夏月ちゃん、パティスリーで佐藤とその愛人にイジメっちゅうか嫌がらせされてたらしいで?」
本当に酷い話だった。
「なんかなぁ、フラれたのにやたら執着してるとか、押し倒したらしいしなぁ?奥さんおるのに最低やろ?それだけじゃなく愛人もおるのに、やで?」
同期の佐藤は今やパティスリーのスーシェフで1年前に結婚している。子どももいるはずだ。
なのに、店の女の子数人に手を出して愛人にしてるとか言う話もある。
「でも、あの子、佐藤のこと殴って逃げたらしいで。しかも1度だけじゃないって……その腹いせに仕上げの担当外されて洗い場させられたり、愛人のミスのフォローしたり、責任取らされたりしてたって話やし。あの子仕事できるからなぁ、そんなん余裕でこなして、余計面倒事押し付けられてたらしいしなぁ。関さんがよく出かけてた頃の話で、あの頃佐藤がパティスリー任されて、やりたい放題であっちの人間関係グチャグチャだったやん? 彼女が1番の被害者だったらしいで。それで、2年前、涼さんがこっちに連れて来た途端店が回らなくなってしまったんやって。関さん何度か半泣きで涼さんにお願いしてたで? 『スーシェフ佐藤と夏月ちゃん交換してくれ』って。涼さんが『無理』しか言わへんのが笑けたけどな。しかも佐藤とトレードって……関さん冗談キツイなぁ」
さっき彼女の身に何があったのだろう?
無事だったのだろうか?
心配と同時に怒りがこみ上げてきた。
「なぁ、佐伯っちって夏月ちゃんが好きなんやろ?」
だいぶ酔いも回ってきた頃、篠山さんに急に言われた。
他のメンバーは……潰れて寝ていたり、少し離れたところで盛り上がっていたりしていた。
前菜3人の反省会と言いつつもなんだかんだで毎回6〜8人になる。
皆に知られたく無いが、この状態であれば大丈夫そうだ。
「あの子、良い子なんやけどなぁ。ようオススメせんなぁ」
急にそんな事を言われて……少し腹が立った。
「彼女、ちょっと普通じゃ無いってゆうんかな、世間知らずやし……天然やし……。しかも厄介なタイプの天然やねん。」
どれも彼女には当てはまらない。
仕事だってあんなに真面目に頑張っているし、普通以上の努力が普通じゃ無いならそれは認める。世間知らずとは思えないし、天然なんて可愛いじゃないか。
明らかに俺が腑に落ちない顔をしたのだろう。
「あんな、そういう意味じゃなくて……あの子、お嬢様やねん……多分。」
まだ本人だと確定したわけではないが、それもあの日の彼女を知っている俺にはすでに予想の範疇だったし、だから何? という感じだった。
言わんとしていることはわかるが、それは篠山さんに心配されることではない。
俺の態度が悪かったせいだろうか? 気まずい空気が流れ、その話はそこでおしまいになった。
「佐伯、今日からデセールに行け。」
休み明け、急にシェフに告げられる。
厨房に衝撃が走った。
どう考えても不自然だ。
デセールは十分手が足りているはずだ。
そういえばついさっきまで、涼さんと夏月ちゃんが上と話をしていたようだった。
引き継ぎ?
俺がデセールを担当する?
嬉しかった。興味があるとアピールしておいて良かった、そう思った。
「え?マジっすか?」
俺がデセールに行けと言われたのは予想外の理由だった。
来年には涼さんも夏月ちゃんも店を辞めるという。
そして、彼らの辞めた後、俺がデセールを任されるのだと。
夏月ちゃんの顔は晴れ晴れしていて、以前の固さが無くなっていたし、「春日野さん」「水縹」と呼び合っていた2人が「ハルさん」「夏月」と何とも親しげになっているではないか……確か涼さんは桃子さんと付き合っていたはずで……皆が衝撃を受けていたが、桃子さんの一言で皆が納得し、翌日から彼女の事を皆が下の名前で呼ぶ様になっていたのは少し悔しかったが、ちゃっかり俺も便乗していた。
今まで心の中では「夏月ちゃん」だったが、本人を前にした時は「水縹さん」と呼んでいたのだから……。
「夏月ちゃん」そう呼ぶと、初めは驚いていたが彼女は受け入れてくれた。
以前よりも笑顔が増えた。自然な笑顔が……。
近くで見る彼女の仕事は丁寧で美しかった。
こんな皿をお客様にサーブしたかった、そう思った。以前の担当者が雑だったわけではないが、女性ならではの繊細さというか細やかさがあった。
引き継ぎも親切丁寧だったし、質問や相談には親身になって答えてくれた。
俺は前にも増して彼女に惹かれていった。
彼女に認められたくて、必死だった。
仕事中はもちろん、家に帰ってからや休みの日も勉強したし、食べ歩きもした。
勉強を口実に誘い、1度一緒に出かけた。
「2人だと色んな種類食べられるから嬉しい!」
そう言って彼女は食べる前にケーキを綺麗に切り分けてくれた。
1つのケーキを一緒につつくというシチュエーションを密かに期待していたので少しがっかりしたが、1日で5件のケーキ屋を回って、6皿のデセールと15個のケーキを2人で食べることが出来たのは大きな収穫だ。
彼女は随分俺に気を許してくれる様になった実感もあった。
このまま、少しずつ仲良くなって彼女が辞めるまでに思いを伝えよう……仕事に支障が出ないように、慎重に……。
「佐伯っち、反省会行くで〜!」
「夏月ちゃんも行かない?反省会という名の飲み会」
秋の終わりの頃、定休日前日の仕事終わり、夏月ちゃんと話している途中に篠山さんに声をかけられたので夏月ちゃんを誘う。
「私が行っても良いの?」
「もちろん、みんな喜ぶよ」
今回のメンバーは篠山さん、宇部ちゃん、北上&山田、サービスの加奈子さん、そして俺と夏月ちゃん。
サービスの加奈子さんがちょっと厄介かな…。
チェーンの居酒屋へ行き、個室に通される。
「私、こういう店初めて……帰りに飲むこと少なかったし……桃子さんと行くのはビストロとかバールが多かったから…」
そう言う彼女は見るもの全てが新鮮!といった様子だった。
学生時代も未成年だったから…ってどれだけ真面目や! そう篠山さんに突っ込まれていた。
程良くお酒も入り、和やかな雰囲気になった頃、女性陣では加奈子さんが会話の主導権を握り始めた。
こうなった時の加奈子さんは厄介だ。普段は仕事でも頼れる姐さんなのだが……。
「夏月ちゃん彼氏いないの?じゃ誰かそういう相手いるの?」
「そういう相手…好きな人ですか?」
「いやいや、そんなんじゃ無くて、セフレとか?」
「?? 何ですか? それ?」
「はぁ!? 時々エッチする友達、セックスフレンドやで?」
「!?? ……そ、そんなのいるわけないじゃないですか!?」
「え? 普通いるって。どうやって性欲満たすの? あ、特定の相手がいないだけ?」
「宇部ちゃん方式やな、合コン行って引っ掛けるとか?」
「それ、私が見境無いみたいじゃ無いですか? ちゃんと選んでますから。」
大丈夫だろうか…会話の内容がエゲツない。
「満たすも何も、特にそういう欲求感じたことないです……」
そう答える彼女は、顔が真っ赤だった。
こう言う話に免疫がなさそうだ…。
「はぁ!? それじゃあダメよ!? あっという間に老けちゃうわよ!! 定期的にエッチしなくちゃ!! 美容のためにも女性ホルモン大事だから!」
「すみません……ついて行けません……」
夏月ちゃんはドン引きだった……。
今日誘った事を激しく後悔した……。
彼女は本当に困っていたのだろう。グラスを空にするるペースがどんどん速くなっていた。
「んで、初体験はいつ?」
「宇部ちゃん早過ぎやで?」
「15なんて普通ですって。篠山さんが遅いんですって、21とか……それまで彼氏居なかったんですか? 20過ぎて処女は重たいですよ?」
「女子高女子大だったんやから仕方ないって!」
「いやいや、中学が共学ならチャンスはある!」
「ほら、夏月ちゃん、みんな言ったんやから……じゃあ質問変えようか、今から何年前?」
夏月ちゃんは完全にカモだった。
完全に悪い顔をしたお姐さん2人と宇部ちゃんに囲まれ弄ばれていた。
「高校より前? 後?」
「夏月ちゃんに限って後はないやろ? 絶対モテたで、この子。」
「初めての彼氏はいくつの時?」
彼女の顔がどんどん引きつっていく。
少し顔色も悪い。
「18です…。」
必死で答えようとしているらしい。
「いやぁ、そんなわけないやろ?」
「高校までずっと女子校だったんで……」
「じゃあ18かぁ」
「……でもその人とはしてません」
「んじゃいつなん?」
「その次の彼氏?」
「その先にも後にも……お付き合いした方はいません……18の時の人もきちんとお付き合いしたとは言えませんけど」
俯いてボソボソ答える彼女は本当に恥ずかしそうだった。
「え!??まさか…未だに…!?そしたら天然記念物やで?!」
「流石にそれはないですっ!!一応経験はありますから!!」
彼女は真っ赤な顔だった。
流石に天然記念物扱いはナシだとおもう。
「お、ついに言ったで? いつやー? はけぇ! 吐いて楽になるんや!!」
「……26です」
「えー? 遅くないですか? すごく意外です!!」
「んで彼氏じゃないって誰? まさか佐藤?」
「それはないやろー? あはは!」
「それは全力で否定します。あんな人が初めてとか生きていけません。1度もないですから」
「ははっ! 殴ってでも逃げて正解だよー、佐藤くん、あんまり良くなかったし? 彼自身は自信満々だったからその気にさせといたけどね!」
「!?? 加奈子さん??」
そりゃ驚くだろう。
俺も初めて加奈子さんも一緒に飲んだ時はあまりの自由さにドン引きだった。
「夏月ちゃん、気にしないで良いで? 加奈子、酒入ると欲望に忠実やねん。他にも何人か喰ってるしなぁ」
「私としては、涼くんとか佐伯っちに抱かれたいんだけど、涼くんには桃子ちゃんいるし、佐伯っちには全力で拒否され続けてるから……北上辺りで手を打つしかないかな?」
夏月ちゃんの目が点になっている。
お願いだからそういうネタで俺の名前を出すのは勘弁してくれ。
「それより、誰なんですか?」
「そうや、夏月ちゃんの話や、加奈子の話はどうでも良いねん」
「ずっと好きだった人…。」
「え?その後どうなったん?」
「1度きりでその後会っていないので…。」
その後も質問責めにされて困り果てる彼女を助けてあげたくて、ここは切りあげてカラオケに行くことを提案した。
その提案が受け入れられ、移動となった時、ようやく彼女は解放されていた。
かなりの量飲んでいるせいか、顔が赤いし足取りもおぼつかない。
「大丈夫? 歩ける?」
「ありがとう。ごめん、ちょっとトイレ」
気分が優れないのかもしれない。
俺はトイレの近くで待つ。
「佐伯っち行くで〜!」
「すみません、先に行ってて下さい。夏月ちゃんトイレに行ってて……俺、後から連れて行くんで」
「ちゃんと来るんやで〜、2人で消えたら許さへんからな〜!」
本音としては2人で消えたい。
実際は無理だけど。
「体調大丈夫? なんか俺が誘って嫌な思いさせてたらごめんね……」
「うん、吐いたらスッキリしたから大丈夫。それに、お酒入っての事だから……佐伯さんが気にすることじゃないよ? 確かに困ったけど、もう解放されたし。」
皆に遅れて、カラオケに向かう。
「ねぇ、20過ぎて初めてって重たいかな……」
「……」
「何も言わなくても、初めてだって気づかれるものかな……」
「……ごめん……わからない……」
彼女の質問に答えられなかった。
26歳、5年前だ。あの人なのだろうか……。
「変なこと聞いてごめんね。今の話、忘れて……」
その後、カラオケへ行き皆と合流する。
彼女が歌ったのは、アップテンポのノリの良い曲だったが、失恋の歌だった。