願い
鼻歌混じりで、細身の男は上機嫌で階段を降りていた。地下へ続くこの階段は、かなり下まで続いているようだった。派手な着物をゆったりと来て、男はゆらりゆらり地下へ進んでいく。
お面のような顔は笑っているようにも見えるが、なんとも生気が無く、格好はまるで女のようで、纏う空気は不気味だ。感情がまるでないように見えた薄気味悪いこの男も、今はかつて無く高揚していた。今までこれほどまでに自分の思い通りに事が運んだ事があったであろうか。
(やはり私は選ばれた存在であった)
「ふふふ、ハハハハハ」
赤い唇は、ぱっくりと割れた半円のようにニヤッと伸び、相良は込み上げる笑いを堪える事が出来なかった。地下の階段に男の薄気味悪い悪い高笑いがこだまする。
(ザマアミロ。お前らから受けた屈辱、倍にしてお前らに振りかけてやろうぞ)
半円から光る小さな黒い瞳はギラリと光り、感情を爆発させている。闇はまるで相良に味方しているようであった。
暗い階段に足音が響く中で、小さな光がみえた。相良はまた元の表情に戻り、光の方へと進んだ。
そこはカビ臭く、小さな灯篭がユラユラと揺れて居た。鉄の棒が並び、そこには札が何枚も貼られている。
「やあ、気分はどうだい。ここでの暮らしも慣れたか」
相良は女のような声で、牢屋に向かって話しかけた。部屋の奥で、髪の長い女がムクリと起き上がり、ええと小さく答えた。
「神谷が動き出した。……あいつはお前の身柄と引き換えに、一世一代の博打に打って出たよ」
女は何も答えなかった。顔は汚れ、痩せた体から以前の美しさを彷彿させるのは難しかった。
相良は忌々しそうに舌打ちし、話を続けた。
「……あんな男を選ぶなど、お前も見る目がないね。まあ、下等な出身のお前には、あいつはちょうどいいがね」
相良は、女に顔を近づけた。照らし出された顔は、鼻筋の通っており、痩せこけてはいたが目の光は失われていなかった。
「あなたなど……」
女は振り絞るように声を出した。
「神谷様の足元にも及ばない」
半円が3つ並んだ顔はぐにゃりとなり、怒りを露わにした。相良の目は、妖しく光ったかと思うと、女は苦しそうにうめき出した。
「身の程をわきまえられよ」
相良は、女の顔に唾を吐きかけて、怒りを露わにしたまま階段へと向かった。
静まり返った牢屋は、カビ臭く気持ち悪かった。女は、呻くのをやめボンヤリと灯篭を眺めた。悔しさと、情けなさが自分を支配していくのを感じる。でも、こんな時どうすればいいか女はよく分かっていた。
ゆっくり目を瞑り、心の中の最も大切な宝箱を開ければいいのだ。
あの自信無さげな困った表情の青年の顔が、瞼に浮かぶ。
(私の願い……分かってますよね神谷様)
頬を伝う涙を感じながら、高菜は気を失った。




