動き出した歯車
久しぶりの小雨が白鷺の城を覆っていた。ポツリポツリと降る雨は、夏の暑さを和らげて、少しづつ秋の到来を感じさていた。
「夏の匂いも今は、寂しく感じますな」
七之助は、尊治の横を歩きながら、いつもの黒子の格好に戻っていた。尊治は返事をせず、城の門へと向かっていた。今日この城に来客が訪れる。神谷は実の兄であったが、尊治にとっては最も邪魔な相手の様にも感じられるし、誰でもない不思議な感情を持ちあわせている相手でもあった。
二人は門の前まで行くと数人のお付きの者が、重い扉を開けた。
ギギギと耳障りな大きな音立てながら、来客はすでに門の前で二人を待っていた。猫背に暗がりの曇り空を背負って、神谷が頼りなく数人の法力使いを引き連れて頼りなく立っている。
「悪いな。息吹の調子がまだ万全でないのに、こちらの都合で動いて貰って」
普段でさえハキハキ喋る事のない神谷であったが、今日は格別モゴモゴ言っているように聞こえる。
(あの女のせいか……)
尊治はすぐに高菜の不在に気づいたが、その事には触れなかった。息吹が相良と接触してることが予想された今、はっきりと相良の狙いを理解した。それは、尊治にとっては都合の良い事であり、この機を逃す手は無い。
「……案内は俺で無くてもいいだろう。好きにこの城を回って貰って構わない」
尊治はそれだけ言い残すとこの場を去った。分厚い雲は、益々空を覆い、両者の歩み寄りは無かった。
七之助は一礼すると、神谷一行を促した。人払いしてある城の中は不気味で、外から見る美しい城の姿は微塵も感じられなかった。
「なんや、相変わらず感じの悪い男やで。旦那もけったいな弟もって苦労すんなあ」
神谷にだけ聞こえる声で、稀代の法力使いは男はヘラヘラと喋った。
「尊治が高菜不在に気がつかないはずがないんだ。だが、今は息吹の選択にかけるしかない
。……こんな頼りない行動を取った俺を知れば、高菜はどう思うんだろうな」
神谷は自嘲気味に言ったが、男には神谷の目に輝きが取り戻され始めてる事に気づいた。
「あの姉ちゃんと俺らの命、天秤にかけて選ばんといてや。私情は禁物やで」
神谷はそんな事したら、高菜に一生口をきいてもらえないよ。といつもの、ヘラヘラした調子で返した。だが心の中は、今も不安と焦燥感で一杯だ。
(ずっと一緒に居たんだ。高菜の願いは分かってる)
神谷は灰色の空を眺めた。雨は強くなり、ぬるいく湿った空気が体にまとわりついて気持ち悪かった。
(……俺には足掻くことしかできないんだ。分かってくれよな)
神谷の脳裏には、振り向きざまに微笑みかける高菜の美しい顔が浮かんだ。
暗い廊下の先は、まるで闇が息を潜めているようで、神谷は足がすくんだ。それはまるでここから始まる、各々の思惑がこれから絡み合っていくことを、淀んだ空気が暗示しているかのようであった。




