信じて
古城を後にしながら、神谷は高菜を引き連れトボトボ宮中を目指していた。高菜はこんな事は慣れていたので、気に留める様子も無く、周囲を警戒しながら歩いていた。宮中はもうすぐだ。
空は紫と赤が少しづつ混ざり、暑さもひいて趣き深かった。
高菜はうーんと伸びをしながら、神谷顔を覗き込んで話しかけた。
「今日は暑かったですけど、夕方は涼しくなってきましたね。今日はよく眠れそうな気がします」
「高菜が眠れない日なんてあるんだ」
「ありますよ、これでも繊細なんですから」
高菜は髪を揺らしながらぶうたれた。神谷は、高菜の横顔を眺めた。胸がなんだか苦しい。
「そうだよな。俺のせいでいつもいらん苦労ばかり背負い込ませてるもんな。悪いな」
「そうですよ。もっと感謝して下さい」
高菜は立ち止まり、神谷の先を歩き立ち止まってニッコリ微笑みかけた。
「相良様が今回は一枚上手だったようですね。私に何か頼み事があるんでしょう」
神谷は何も言えず、唇を噛み締めた。
「ふふ、人質に私をとでも言われたんじゃないですか?」
高菜が紫の空を背負って馬に跨る姿は、凛として美しかった。
「お見通しってわけか」
「神谷様の顔色を見ればわかります。……私には勿体無いお気遣い感謝します。ですが、もとよりこの命、神谷様に捧げる事は前から決めていた事です。」
遠くに月が見える。優しい光が、空を覆い始めている。
(どうして高菜は俺なんかの側に居てくれるのだろう)
神谷は、自分の不甲斐なさに心底辟易していた。
「……そんな事承諾できない。結局俺には手に負えない問題だったんだ」
神谷は馬を進め、高菜の横を通り過ぎようとした。
「息吹様に賭けるとおっしゃいましたよね」
高菜は引き止めるように、声を張り上げた。神谷は振り向かない。馬はパカラパカラと高菜を通り過ぎて行く。
「できると思ったんだ。……でも、高菜を失うなんて、怖くて俺には無理だ」
高菜は小さな猫背を見つめた。彼は心優しい普通の青年だ。だが、この宮中ではその普通こそが尊く、高菜が求める物だった。
「意気地なしですね。私が居なくても、図太く生きなくちゃあダメじゃないですか。……あの時約束してくれましたよね。忘れちゃいましたか?」
神谷は馬を止め、振り向いた。高菜の瞳に迷いはない。
「忘れるもんか。……平和を求め、生きてる限り足掻くと誓った」
高菜はそっと神谷に近づき、手を握った。汗ばんだ神谷の手は、ひんやりとした高菜の手に包まれ、高菜の思いが神谷に伝わっていく様だった。
「私は信じてます。貴方になら出来るって。神谷様も、私を信じて欲しいんです。きっと上手くいくって。……私は死ぬ気はまだありませんよ?」
神谷は高菜を見つめた。高菜の表情は明るく、自信に満ちていた。神谷は目頭が熱くなって、溢れそうになる涙を隠す様にそっと俯いた。
「ありがとう」
空は紺と紫が混ざり、ヒグラシの鳴く声が聞こえる。微かな風が二人の頬を撫でた。月は二人の歩く先を優しくいつまでも照らしているのであった。




