ありがとう
高菜はお団子とお茶を盆にのせ、廊下を歩いていた。ここの障子を開ければ、あの無邪気な笑顔が飛び込んでくる。だが障子を開けた先には、予想だにしない姿が目に飛び込んで来た。
「何してる んですか?!」
高菜は金切り声を出して、息吹を睨んだ。息吹は、頭やら腕やら足やらに包帯を巻かれたまま、いつもの黒い着物に手を通し、腰に刀を引っさげ、部屋から出て行こうとしていた。
「まだ安静にしていなきゃいけないのに、せっかく助かった命を無駄にする気ですか!?」
高菜は鬼の形相で息吹に詰め寄った。ここ数日、息吹はくつろいだ様子を見せた為、すっかり油断していた。
「あなたをここから出す事は出来ません」
青い瞳を睨みつけたが、どこまでも澄んでいて、吸い込まれそうだった。
「ありがとう」
息吹は高菜ににっこり笑いかけ 、ギュっと高菜に抱きついた。高菜は、突然の事でオタオタし、怒っていた気持ちも何処へやらという感じだった。
「私はもう大丈夫。お姉さん元気でね」
高菜を見上げる顔は、幼いながらも力強く、自信に満ち溢れていた。息吹は、高菜から離れ窓から出て行こうとした。
「あなたが出て行っても、 出来ることは何もないのよ!!」
高菜は必死で引き止めた。青い瞳はキラッと光って、にっと高菜に笑いかけた。
「うん。でも行きたいんだ」
息吹は微笑みだけ残して、風のようにその場を去った。高菜は窓に駆け寄り、息吹の姿を探したが、何処にも姿はなかった。あっという間の出来事だった。
ほんとにあの子はここにいたのだろうか。今までの出来事は全て夢か幻に、高菜は思えた。たった数日一緒に過ごしただけなのに、高菜の心は寂しさで苦しかった。
「バカな子」
握りしめた拳は熱く、目の奥がなんだかじいんとして開けていられなかった。
「神谷様の言う通りだった」
高菜は顔を俯け、片手で顔を覆った。
ーーあの子はね、風なんだよ高菜。誰にも縛りつけとく事はできないんだ。……だけど、時々俺たちに間を通り抜けて、自分でも知らなかった感情に気づかせてくれるんだよ。




