再会
黒い頭巾と黒いマスク間から、青い眼がキラリと光った。その瞬間、矢は放たれ、獲物を捕らえた。息吹は、枝から枝へ飛び移り、獲物の前に音もなく降りた。
先生と別れてから10日が過ぎようとしていた。あれから何の音沙汰もなかった。息吹はコウテカの庭を離れずに身を潜めていた。ここを離れることも考えたが、勇気と自信がなかった。この庭で狩りをして暮らす事は、息吹には簡単だった。
(阿修羅と先生は大丈夫なのかな。……このままずっと一人で暮らすなんてやだな)
息吹は一人で食事をしたことが一切なかった。先生は必ず、朝と夕食は一緒だったし、昼はエマを連れ出したり、ゲリーさんお手製のランチを食べていた。いつも先生やゲリーさんが作った食事に、野菜は嫌い、この味付けは好きじゃ無いなどと文句を言いたい放題だった。エマも好き嫌いが激しく嫌いな物を交換したりするのが楽しかった。……あの時間が恋しかった。
(エマの所に行ってみようかな)
先生の様子では、あの家に近付くのは避けた方が良さそうだったが、息吹は寂しくて限界だった。
(夜こっそりテラスに行けば、きっと大丈夫なはず)
息吹は身体能力は優れていたが、考えは子供であった。
獲物を掴んだ息吹は、駆け出したかと思うと、暗闇の森に姿を消した。
エマは、ここのところ眠れずにいた。毎日遊びに来てた息吹が来なくなり、日常から急に音が消えたようだった。息吹の出生と阿修羅の重要性を、今回の事でアッカーテから説明された時は、とても驚いた。息吹が倭人の子である事は気づいていた。だがあまり他人に話さないように言われていたし、 理由を聞くといつもはぐらかされていた。
(ギア殿下が阿修羅に興味を持ってるなんて知らなかった。…倭人の子である息吹は、牢屋に入れられるのかしら)
父親のアッカーテは息吹達が姿をくらました事を知ると、この恩知らず達が!と叫び大変憤慨していた。毎日、コウテカの森に出て、息吹達を血眼で探していた。いつも子供達に甘い優しい父はいなくなってしまった。エマとジョルジュの事も見えないようだった。
(母様も、塞ぎ込んで部屋から出て来ない)
今まであった幸せだった空気はどこに行ったのだろうか。エマは自分を取り巻く環境が大きく変わっていくのを感じていた。
(私は息吹に会ったらどういう顔をすればいいのかしら)
息吹を罵倒し、憎むのだろうか。今はまだ、自分でも息吹をどう思っているか分からなかった。
息吹に再会する事が怖かった。
テラスにでて、エマは、もっと近くで星を眺めるため柵に手をかけようとした。すると、黒い革の指手袋をした白い手が、ピョコっと先に柵を掴んだ。真っ黒な髪のすき間から、よく知ってる青い眼がエマを見つめた。エマはゴクリと唾を飲んだ。
月の光に照らされて、無邪気な獣はエマを見ると、ニカッと笑った。