沈黙
高菜は、必死に寝ず看病した。息吹は一向に目覚める事なく、容態もなかなか良くならなかった。この子はもしかしたら死ぬかもしれないと思いながら、高菜は幼き頃の自分と息吹の姿を重ねた。
高菜は孤児で、幼い頃から理不尽な世界の中で生きてきた。今の地位に辿りつけたのも、神谷が稀な存在だったからで、出会わなければ、今頃野垂れ死んでてもおかしくはなかった。
(子供が、安心して希望を抱ける世界を築きたい、そう思ってここまでやってきたのだから、寝ずの看病位なんだというの)
高菜は、挫けそうになる心を奮い立たせ、息吹の命を必死で繋ぎ止めた。
神谷も時間を作って、看病を手伝った。二人は諦めなかった。
なかなか下がらなかった熱は、少しづつ治まり、息吹の眉間のシワも緩み始めた。二人が希望を抱き始めた頃、息吹はようやく目を覚ました。
二人は青い瞳に釘付けとなった。だが息吹は、意識が朦朧としているようで口を少しパクパクさせて、また目を瞑った。二人は、顔を見合わせフッと笑いあった。
倭国は長らく雨が続いていたが、ようやく晴れの日も増え始め、すこしづつ夏草の匂いを風が運び始めた。高菜は、この季節が一番好きだった。緑豊かなこの国で味わう夏ほど素晴らしいものは無いと信じていた。夏の匂いはどんなものより力をみなぎらせてくれる。
夏の到来を感じた頃、息吹も目を覚ます時間が多くなった。
息吹は最初、起き上がることができず、高菜と神谷を見て怯えた表情を見せた。二人は、ひたすら何も心配しなくていいと語りかけ、息吹はだんだんと寝てしまう感じが続いた。
だが、瞳に恐怖の色が浮かばなくなっても、息吹は喋ろうとしなかった。二人は、もしかして口がきけないのかと思ったが、高菜が小鳥に話しかける息吹を目撃し、誤解は解けた。
この事から高菜は、息吹が身体だけでなく、心も傷ついている事を感じ取っていた。神谷にもう少し待って上げて欲しいと懇願し、息吹に寄り添い続けた。
神谷も高菜の思いを汲み取ってやりたかったが、息吹の存在がどこまで知れているのか、大鷲の行方は何処なのか、一刻を争う状況である事に変わりなく、やはり息吹から情報を得る必要があった。
息吹から情報をを得る為には、あの言葉を言うしか無かった。
ぼんやりと外を眺める息吹の横に、神谷は胡座をかいて座った。息吹は少しビクッとし、あの石のような青い瞳で、髪の隙間から神谷を伺った。
「息吹、お前が傷ついているのはわかる。だがこのままでは、沢山の人がまた死んでしまう。だからお前の知ってる事を話して欲しい 。」
息吹のぼんやりとした瞳は潤み始め、唇は震えている。
「……俺はハヤテ殿を知っている。阿修羅と君を、ハヤテ殿に引き渡す事を提案したのは俺だ」




