逃亡
「阿修羅!阿修羅!」
両腕に果物を一杯抱えた息吹は、一気に飛び込み阿修羅の羽に顔を埋めた。
「見て、ゲリーさんがお前にって。ふふふ、こそばいよ。早くお食べ」
阿修羅は器用に嘴を使って、次々と果物をたべていった。
「今日アッカーテ様が来て、ここに明日客人が来るから、いい子にするようにって言われたんだー。先生にも伝えるように言われたんだけど。阿修羅、先生はどこ?」
一瞬空気が流れたかと思うと、そこには、気だるそうな細身の男が頬杖をついて座り込んでいた。
「今の話ホントなの。息吹」
息吹は、ジロッと男をみると、文句を言った。
「先生!びっくりするから普通に登場してよ!…ホントだよ。明日、ギア殿下の親戚の人が来るんだって」
息吹の口からギアという名が出ると、男は眼光を鋭く光らせ、
「アッカーテ。私欲に走ったな……」
怒りを抑えるように呟いた。
息吹は動揺した。先生が怒っているのを初めて見たからだ。先生はいつもひょうひょうとしており、余裕に満ちていた。息吹を叱ることはあっても、今のように怒りをあらわにしたことは一度もなかった。
「アッカーテ様はジョルジュのお祝いと言ってたよ。どうして怒ってるの?」
先生は答えなかった。地面を睨みつけながら、絞り出すように声を出した。
「息吹。すぐこの森から出る準備をしなさい。阿修羅のことはなんとかしよう。俺が現れるまで身を潜めろ。これは命令だ。」
息吹は訳が分からなかった。
「……嫌だ。そんな命令聞きたくない。明日エマとピクニックに行く約束した」
息吹は負けじと先生に反抗した。
先生は一瞬悲しそうな表情をした。息吹は胸の中がキュっとした。自分が先生を悲しませてると思うと泣きたい気分だった。
先生はそっと息吹に近寄り、優しく抱きしめた。甘えんぼうの息吹はよく抱っこしてと、小さな頃先生にお願いした。
今は何も言わず、従って欲しいという先生の気持ちが伝わってきた。
「……一人で隠れるなんて無理だよ」
息吹は、半ベソをかきながら言った。先生は頭にぽんっと手を置くと眼を細めて言った。
「お前は俺の自慢の弟子だ。……俺の出会ったどの忍びよりも、才能がある。お前なら、大丈夫だ。」
息吹は先生の首に抱きついた。ギュっとした後、振り返る事なく小屋に歩いていった。
先生は息吹の背中をじっと見つめた後、阿修羅の背中に飛び乗り、空へ消えていった。
コウテカの庭。そこは神々の棲む土地であると人々に崇められながら、其の実、昔から秘密を隠す場所であった。神聖と穢れが混在する場所。
今、又、一つの秘密が暴かれる。
息吹は、小屋の中で荷物をグイグイと詰めながら、エマ達のことを思っていた。
(もう会えないのかな。)
寂しさと不安で胸が破けそうだった。
不安な気持ちを打ち消すように、大きく被りを振り、マスクと頭巾を被ると、今は小屋からでて行くしかなかった。