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コウテカの庭  作者: 島 アヤメ
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婚約

 アッカーテ伯爵は今日という日、並々ならぬ決意でいた。

(今日が俺の分岐点だ。うちの息子とエスペランサ様の婚約が滞りなく進めば、俺は伯爵令嬢の婿という立場から、アッカーテ宰相まで登り詰めることができる)

アッカーテ伯爵は強く拳を握りしめた。そんな旦那胸中を知ってか、知らずか、エリザベート夫人は呑気に尋ねた。

「今日はゲリーさんがミーツパイを焼くと言ってたの。食べれないなんて残念だわ。ジョルジュもそう思わない?」

 ジョルジュは窓の外を眺めながら面倒くさそうに答えた。

「別に。ミーツパイ好きじゃないし…あんなの男が食べるもんじゃない」

「まあ、さっき友達にからかわれたからってそんなむくれるもんじゃないわよ。ゲリーさんが可哀想だわ」



 ジョルジュは無視して外の景色を眺めていた。エリザベート夫人はジョルジュの態度など まるで気にかけずお喋りを続けている。アッカーテ伯爵は深くため息をついた。この能天気な奥さんの為に自分はいつも一人頑張っているようなものだ。


 身分の低かった自分が伯爵令嬢と結婚できたのは、並々ならぬ努力の賜物であった。恋愛結婚では無かったが、一緒に暮らすうちに彼女の偏見の無さや、穏やかで少女のような無邪気さは彼のささくれた心を癒してくれた。だからこそ、今度は彼女の家の力を借りず、家族を守ろうとしているのに、彼女の頭の中は食べれなかったミーツパイのことで一杯だ。


 大事な息子の方は、同性にまた容姿をからかわれ御立腹だ。

(この容姿で腹をたてるなど、なんと贅沢な悩みだ)

 だがアッカーテ伯爵は息子の言い分も理解はしているので、思ってることは口には出さずに置いた。


 エマもジョルジュも目も肌も、髪の色も母親そっくりであった。黄金の髪に、緑黄石の瞳、肌は陶器の様に真っ白で、唇は薔薇の様に赤かった。


 エマもエリザベートもその容姿の為、誰からもちやほやされ、自分達もそれをよく理解していたため、社交的でその場を和ますのに長けていた。その一方で、ジョルジュは顔形は父親に似て少年らしい風貌であったが、エマと並ぶとどうしてもお人形が並んでるようにみえ、同性からからかわれがちであった。負けん気の強い彼にとっては それはとてつもなく屈辱で、喧嘩になる事も多々あった。また同世代の息吹が先生から武道習っていたたため、女子でありながら同等に強い事も彼のプライドを深く傷つけた。そのため美しい金髪は短く刈り上げられ、瞳は強く輝き、いつかみんなを見返してやるという意思がいつも感じられた。父親のアッカーテ伯爵はこの傾向はいい事だと思っていた。

 領主の跡取りになるのだから、此れくらい男気がないとと思っていたからだ。



 そんな彼にふさわしい縁談が舞い込んだ。この国の国王、ギア殿下の姪にあたるエスペランサは燃える様な真紅の瞳に、真っ赤な髪の美しい娘であった。まだ、9つであったが、その地位を狙う者達から多数の縁談がもちかけられていた。そんな時、闘技場で訓練していたジョルジュの姿が彼女の父親の目に留まり、ジョルジュとエスペランサの縁談が持ち上がったのだ。エリザベートもまたこの国でかなりの資産を持つ家柄だった事も幸いした。


(この機会を逃す手はない)

 ジョルジュにこの話をしたところ、特に反論も無いようだった。この国で恋愛結婚するのは稀で、親が選んだ相手と結婚するのは常識であった。社交的なエリザベートはすぐにエスペランサの母親と親しくなり、順調に事は運んでいるように思われた。だがここでアッカーテの出生が話題となり、今この話は頓挫しようとしていた。

(いつまで私はこの事で苦しめられ続けるのだ)

 彼は自分の生い立ちを呪いのように感じていた。エスペランサの父親は王族出身で、身分の低い者への目は大変厳しかった。

(今こそ奥の手として置いていた息吹と阿修羅を利用する時だ)


 息吹と阿修羅は、アッカーテが手に入れた倭国の秘密であった。


 この国は長い事、倭国と緊張状態であった。彼の父親は商人の出身であった。このため倭国ともそれなりのツテがあった。息吹はこの国と、倭人とのハーフであった。彼女の姿形は倭人そのものだったが、瞳と肌の色だけはこの国の人間のものであった。


 倭国で大鷲は、神聖な存在とされ、禁忌の赤児である息吹の始末も阿修羅に委ねられた。息吹は生き残り3つになるまで阿修羅の側を片時も離れず育った。だが民には、息吹の存在は隠さなければいけなかった。息吹の存在は倭国の悩みの種となった。


 そんな時、亡命先としてアッカーテの父親の名が上がった。アッカーテがコウテカの庭所有するエリザベートの家に婿入りしていたことが決め手となった。阿修羅を匿うには、大きな森は必須条件であった。


(エスペランサの父親は優秀な武人だ。独特な戦闘方法をもつ倭国に大変関心があるのは有名だし、きっと阿修羅にも興味を持つに違いない)


 息吹は阿修羅のオマケとして連れて行くつもりであった。事を大事にすれば、阿修羅をギア殿下に渡すきっかけを作ってしまう。きっと向こうも、この話は隠密にしたいはずだ。阿修羅を匿うのは、コウテカの庭が最も適切だ。この縁談破断にしたくは無いだろう。



(ジョルジュの縁談が決まれば、我が家は王族の親戚だ。私もこれから、色々と動きやすくなる)

 アッカーテは武人としては平凡であったが、交渉、取り引きには優れていた。



 アッカーテは場所から空を眺めた。風は吹かず、空はからりと晴れていた。

 馬車は、それぞれの思惑が渦巻く大きな古城がそびえる丘へ向かったのであった。


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