始まり
今朝、早起きした息吹は、バシャバシャと顔を洗うと、そろりと枝に飛び移った。黒子の男から、この城で誰にも気づかれず暮らす様指示されたからだ。
(今日から修行をつけてもらえる)
息吹は久しぶりに自分がワクワクしてるのを感じた。
(あの人は見た事の無い力を使ってた。教えてくれるかも)
息吹の脳裏に、あの輝く青い光が鮮明に浮かんだ。息吹は魔法を見たことがなかった。そのため、法力の様な不思議な力に興味深々であったのだ。
(きっと先生も使えたはず……どうして教えてくれなかったんだろう)
息吹は胸の辺りがキュッと苦しくなった。寂しい気持ちに蓋をした筈であったのに、やっぱり、まだ甘えん坊の息吹から卒業できずにいた。
(強くなれば、先生にまた会えるのかな……)
心の中に微かな希望が湧いたが、息吹はかき消すように被りをふり、今はただ頑張ろうと強く決意した。
約束の場所につくと、まだ黒子の男は来て居なかった。美しい白鷺の城にも、こんな物騒な所があったんだと息吹は少し怖くなった。其処は、草がぼうぼうと生え、白骨化した動物の死骸がいくつも転がっていた。
ヒュッと音がしたと同時に、息吹は地面に体をくっつけた。吹き矢だ。
「俺の気配を感じとれんようでは、やはり期待外れであったか」
息吹は、黒子の男の姿を探した。だが何処にも見つからない。
(こんな事……)
息吹は気配を感じ取る事に関しては、かなり自信があった。そのため、わからなかった事が大変ショックであった。
(耳を澄ませて……コウテカの庭でしてきた事を思い出さなきゃ)
ハヤテがいつも息吹に教えていた事は、相手を注意深く観察し、常に冷静であることであった。息吹は集中し、目を瞑った。不思議なことに、見えない方が気配を感じ取りやすいのだ。
息吹はクナイを手に取り、目を閉じたまま草むらに向かって投げた。微かだが気配を感じる。草が微かに擦れた音が聞こえた。
(次は……上?!)
上空から黒子の男が襲いかかる。息吹は視界に急に黒子の男が現れたので動転した。
「うわっっ」
息吹は、なんとか避けることができたが思わず声が出てしまった。
「まだ始まったばかりだぞ」
黒子の男は感情を感じさせないトーンで息吹に言い放った。
(この人……)
息吹はなんだか気味が悪かった。気配は確かに感じたのに、今見えるこの男からは何にも感じない。
(まるで人形と戦ってるみたい)
そう思ったとき、黒子の男は息吹に短剣を投げてよこした。
「まずは、俺に少しでも傷をつけてみよ。……その調子では当分無理そうだがな」
息吹はなんだか胸のうちが弾むのを感じた。到底こなせそうに無い試練なのに、今はなんと楽しいのだろう。
青い瞳はキラリと光り、息吹は嬉しそうだった。黒子の男は、息吹の表情を見て複雑な気持ちになった。
(やはり、ハヤテ様の弟子ということか……)
雲行きは悪く、冷たい風が吹き始めた草はらは殺伐としていた。そんな不穏な空気の中、今一匹の小さな獣が目覚めようとしているのであった。




