法力
息吹は真っ黒な着物に手を通し、手首にに包帯を巻いた。これは戦う前のいつもの儀式だ。黒子の男に頼んでおいた物達は、新品で綺麗だった。息吹はは革手袋に手をはめた。ギュっと拳を握り、目をつぶった。 昨夜の黒子の男の声が、耳にこだまする。
「尊治様を恨んでくれるな。あの方にとってハヤテ様は唯一無二の英雄であった。……あの方のハヤテ様への暴言は、憧れが強かったからこそなのだ。
お前がハヤテ様を大事に思うのなら、生きてハヤテ様の汚名をはらす事こそ、恩返しできたと言えるものだ」
息吹は小さくため息をついた。新しい革の手袋は、ピカリと輝き息吹の目に眩しかった。
(ここにも先生が影響を与えた人がいる。……私は先生をみんなから奪ったんだ。それを忘れちゃダメ)
息吹は拳をさらに強く握りしめた。
(私がバカにされるような事をすれば、先生も一緒にバカにされちゃう。それだけは絶対に嫌だ)
朝日はすっかり上がり、サンサンと城を照らしている。息吹は決意を固めると、約束の庭へ向かった。風は吹いておらず、乾いた空気が息吹の緊張を高めていくのであった。
庭へ赴くと、尊治と黒子の男が既に待ち構えていた。息吹は少しドキドキするのを感じながら、お願いしますと大きな声で叫んだ。
尊治は、少し片眉をあげ、黒子の男に目配せした。
黒子の男は息吹に近寄ると、大きな支柱が三本立つ円陣のほうへ立つよう指示した。支柱は大きな木と飾りたてられた金属で形を成し、円陣は息吹の見た事のない字がギッシリ埋め尽くしてある。
「お前はここに立つだけでよい」
黒子の男はそれだけ言うと、円陣から少し離れ、何やらブツブツと唱え始めた。息吹がしばらく黙って聞いていると、息吹の体の周りはうっすら青く光始め、円陣も亦青く輝き始めた。
(グッ、、)
息吹は身体中に熱さと痛みを感じながら、声も出さず耐えた。脂汗が止まらず、手足もしびれてきたが、歯を食いしばって、そこで踏ん張った。
(……絶対負けない)
黒子の男は更に印を結び、呪文を唱えると、輝きは増し 、息吹の身体は引きちぎられそうであった。
(せんせ、い)
光は消え、身体の熱さや痛みも治まった。息吹はそのままばたりと倒れ、気を失った。
「適正の方はどうだ」
尊治は、息吹の顔を覗き込んだ。
「適正の方は問題ないでしょう。此れ程強い法力をかけて死ななかったのは驚きでございます。期待してもいいかと」
「ふん、まだ今は初期段階にすぎん。法力の力が暴走するようであれば逆に厄介だ」
尊治は立ち上がり、空を仰いだ。黒子の男は息吹を抱き上げると、息吹の顔を見て微笑んだ。
「あの痛みに一言も発さず耐えるなど……なかなかも見どころがあるかもしれませぬ」
尊治は、過剰な期待はせぬ事だと呟き、庭から去って行った。黒子の男は息吹の顔を眺め目を細めた。
「お前は私達に新しい風を運んで来たのかもしれんな……」
一見平和に見えた倭国も、まだ権力争いは続いていた。息吹が嵐を巻き起こすカード になりかねない事を 、二人は感じていた。
少し、小さな風が息吹の頬通りすぎたが、息吹そのまま深い眠りに落ちていくのであった。




